Essay

新帝国主義時代の到来Vol.308[2018年5月号]

藤 誠志

国家首席の任期を撤廃して
『終身独裁強化』に踏み出した

 三月六日の読売新聞一面トップの見出しは、「習氏『一極体制』確立へ」だった。同日の産経新聞三面には、「習氏、改憲で長期政権へ基盤」という見出しで、習近平首席が目指す新しい体制について詳細に報じられている。習近平の盟友で、昨年、一旦六十八歳定年で党職から退いた王岐山氏を、国家副主席など要職で登用することにも注目だ。彼は江沢民派や胡錦濤派の追放に活躍した人物であり、権力一極集中を進める習近平への恨みを、盾となって守る役割を担うのではないかと目されているが、私は、かえって習近平が恨みを買うことになり、暗殺や内乱・分裂の可能性が高まってくると思う。また同じ日の読売新聞に、中国の今年の国防予算の対前年比の伸び率が、八・一%となることが報じられている。これら全てのニュースにアメリカはナーバスになっていることだろう。
 また同じ三月六日付の夕刊フジに掲載されたこの全人代についての「独裁色強める習を米牽制」という見出しの記事が、アメリカの反応について詳しい。「中国の習近平国家主席が『終身独裁強化』に踏み出した。中国の国会にあたる第一三期全国人民代表大会(全人代)が五日、北京で開幕し、国家主席の任期の上限を撤廃する憲法改正案が、審議・可決される見通しなのだ。ドナルド・トランプ米大統領は『彼は偉大だ』と強烈な皮肉を放ち、全人代当日に原子力空母をベトナムに寄港させる。この動きについて『米国主導の対中包囲網』が築かれつつあるとの見方も浮上している」「トランプ氏は三日、米南部フロリダ州の高級別荘『マール・ア・ラゴ』での非公開の昼食会で、『彼(習氏)は今や終身制の国家主席だ。彼は偉大だ。いつか米国も同じことを試してみよう』と揶揄(やゆ)した。米CNNが発言の録音を入手し、報じた」「米国は軍事的にも、警戒感を示している」「全人代開幕の五日、米軍の最強原子力空母『カール・ビンソン』が、ベトナム中部ダナンに寄港したのだ。米空母のベトナムへの寄港は、一九七五年のベトナム戦争終結後初めてで、南シナ海で軍事拠点の建設を進める中国に対する牽制の可能性が高い」「国際政治学者の藤井厳喜氏は『終身独裁制の導入で、中国はさらに独裁色を強め、周辺諸国の帝国主義的な属国化を進めている。カンボジアやラオスは徐々に属国化している。南シナ海問題もあり、ベトナムが独立を失う危機がある。トランプ氏は当然、警戒感を強めている。米国は、日本やベトナムとともに「対中包囲網」を形成しようとしているのではないか』と話している」という。
 私は二〇一三年に習氏が国家主席の座に就いてから、本稿「社会時評エッセイ」や「日本を語るワインの会」「BIG TALK」において、折々に彼について触れてきた。これら過去の原稿から、習近平氏の野望の変遷を見ていきたいと思う。
 最初に私が習主席に触れたのは、二〇一二年の十二月号(同年十月十九日執筆)のエッセイだった。「中国があれだけ暴動を煽ったり、領海侵犯を行ったりと尖閣諸島の国有化に対して反発した背景には、この十一月に予定されている中国共産党大会で、胡錦濤氏の後任として新たな党の総書記に習近平氏が就任することがある。習近平氏は前総書記でここのところ元気を取り戻してきた江沢民氏の流れを汲む太子党(中国共産党高級幹部の子弟グループ)の一員であり、共産主義青年団(共青団)出身である胡錦濤氏とは一線を画する。中国の政治では、常に背後で太子党と共青団との争いが行われているのだ。」
 二〇一三年三月号のワインの会(同年一月八日開催)でも「中国は共産党一党独裁で党が軍や国を保有する特殊な国体を持つ国であり、日本などの民主主義国とは全く異なる。これを忘れてはならない。中国の今あるインフラの中には日本のODAで造られたものも多い。他の国であれば『日本のODAで造りました』と明言し、日本に対して感謝の意を表すのに、中国はそうしない。問題は、かつて江沢民氏が過度な反日愛国運動を展開したことにある。目立った軍歴も党歴もなかった江沢民氏は、権力者だった鄧小平氏に地方の一書記から抜擢された人間だ。その成り上がりをカバーするために、極端な反日に走ったのだ。さらに胡錦濤体制になった後も、一部の役職を辞さずに江沢民氏は院政を行っていた。今回胡錦濤氏は自ら全ての役職から引退すると宣言、江沢民氏も道連れとして引退させた。しかし新しく発足した習近平体制では、江沢民氏の息のかかった太子党と見られる人の数が多い。しかし次に幹部が入れ替わる五年後には、多くの胡錦濤氏が所属する共青団(共産主義青年団)の人間が重要な役職に就く可能性が高いだろう。」と、太子党と共青団の対立という観点から習近平体制を読み解いた。

弱腰の民主党はすぐに『ごめんなさい』
をしたが安倍首相は違う

 二〇一二年の野田政権末期から尖閣問題が日中の大きな課題となった。
「元谷●日本の場合はアメリカも含め、中国、北朝鮮、ロシアと周辺国全てが核武装をしています。中国が尖閣諸島付近で日本の自衛艦に射撃管制用のレーダーを照射したりするのも、背景に核兵器の力があるからです。二〇一〇年、北朝鮮が韓国の延坪島を砲撃したのも、二〇〇六年と二〇〇九年に核実験を行って核保有国になっていたからです。この砲撃は金正恩が指揮したと喧伝され、その『功績』で箔をつけて、彼は北朝鮮の最高権力者の座に就きました。それと同じように中国の習近平は日本への武力による圧力で箔をつけて、最高指導者としての権力を確かなものにしようとしています。核を保有している国に軍事行動を行うのは危険。核を持たない日本なら少々のちょっかいを出しても安全だと考えたのでしょう。実際の海軍力や空軍力は中国軍よりも自衛隊の方が優っているのですが、核を持っていることで、中国は強気な態度に出ているのです。」(二〇一三年五月号ビッグトーク・同年二月六日対談)
「一方、中国の習近平主席はまだ軍と共青団を掌握しきれておらず、政府の中で明確なリーダーシップを発揮できていない。そこで決して反撃してくることのない日本に攻撃の矛先を向けてきた。弱腰の民主党はすぐに『ごめんなさい』をしていたが、安倍首相は違う。中国は振り上げた拳の落とし所に困り、反日カードが使えなくなってきた。尖閣問題で揉めるのも、中国側から棚上げ論が出てくるようではそろそろ終わりだ。」(二〇一三年十二月号ワインの会・同年十月三日開催)
「元谷●中国は国民を一致団結させて、習近平体制を確立させるために日本を利用しているのでしょう。いつ分裂、内乱になるかわからない状況ですから。」
「水間●習近平主席の暗殺未遂はすでに二件。彼が怯えているのは確かです。太平洋に乗り出そうという中国のことをアメリカが意外に理解していません。中国人は二百年後にはアメリカは自分達のものになっていると考えているのです。」(二〇一四年六月号ビッグトーク・同年四月四日対談)
 さらに習近平氏は人民解放軍を抑えにかかった。「中国も若い人々の間でのインターネットの普及で、以前とは様子が変わりつつある。元々中国で共産主義を信じている人はいない。古くからの皇帝中心の統治が、共産党中心の統治に変わったという感覚だ。十三億人以上の人口があり、しかもその中に多くの民族を含む国を統治するという行為は、いわば有史以降初めての実験だ。」「習近平はまだ軍部を掌握していない。共産党対人民解放軍の権力闘争が行われている真っ最中だ。特に最近シャドー・バンキング規制の話が出てくるのは、この闇の金融のバックにいるのが、人民解放軍だからだ。今後、習近平が江沢民派を一掃し、軍部を抑えることができるかどうかに、中国の崩壊がいつになるかがかかっている。日本は警戒しつつ、注視していかなければならない。」(二〇一四年七月号ワインの会・同年五月十四日開催)

反腐敗運動で
二十五万人を超える共産党員を逮捕

 権力掌握が進むにつれて、当初極端に反日的だった習近平氏の日本への態度が変わってくる。
「中国と北朝鮮の関係は江沢民が金正日を暗殺しようと画策したと思われる二〇〇四年の龍川駅列車爆発事件によって、大きく変わった。金正恩が叔父のチャン・ソンテクを処刑し、中国から距離を置き始めたのも、父である金正日氏の遺言ではないか。中国の属国だった北朝鮮が核実験に成功してから大きく変わってきた。拉致被害者の帰国に大きな期待が膨らむ。しかし関係が進展し過ぎて、日朝国交回復か!となると、核とミサイルに怯えるアメリカが大反対してくるだろう。今は安倍首相が巧みにアメリカの矛先を交わしながら、北朝鮮と交渉を続けている。」(二〇一四年九月号ワインの会・同年七月九日開催)
「元谷●この日米接近の空気を感じて、四月の日中首脳会談時の習近平主席の表情でわかるように、早速中国の態度も変わり、日本に歩み寄ってきています。まだ日本に対して敵対しているのは、韓国だけです。彼らは当時の日本の法律では合法だった慰安婦に関して、朝鮮半島から女性が二十万人強制連行されたなど、虚偽の歴史を未だに主張しているのです。しかもベトナム戦争に参加した韓国軍兵士が現地で多くの女性に暴行を行った結果、ライダイハンと呼ばれる混血児が一万人以上生まれたと言われています。極力国際法を守ろうとしていた日本軍には、そんな多数の混血児を作ったという歴史はありません。」(二〇一五年八月号ビッグトーク・同年五月十一日対談)
 反腐敗闘争によって二〇一五年にはとうとう人民解放軍も抑え、習近平氏は得意満面で九月の軍事パレードに臨んだ。
「元谷●習近平主席は、権力を確立するために反腐敗運動を続けてきましたが、ようやく軍まで掌握することができました。それを踏まえての九月三日の抗日戦争勝利七十年記念式典の軍事パレードだったのでしょう。抗日戦争勝利と言いますが、日本は中国共産党と戦ったわけではありません。これまで中国は建国記念のパレードを十年単位で行っていたのですが、建国七十周年の二〇一九年まで待てなかった。ここで是が非でも国威を発揚しなければならないほど、中国経済が今大変な状況になってしまったということなのでしょう。」(二〇一五年十一月号ビッグトーク・同年九月四日対談)
「習近平は反腐敗闘争という名目で、江沢民派、胡錦濤派を粛清している。トップを反腐敗で粛清することで、習近平はようやく軍を把握できた。しかしこの反腐敗運動が今の中国の景気後退の要因となっている。中国全土の公務員達が腐敗を追求されることを恐れ、何もやらなくなったからだ。しかし習近平の意識にあるのは、国家経済疲弊の危機ではなく、自身の権力の保持だけであり、大躍進政策や文化大革命を行い、数千万人もの人々を死に追いやった毛沢東にも似ている。」(二〇一五年十一月号ワインの会・同年九月九日開催)
「ケント・ギルバート●リッパート駐韓大使が二〇一五年三月に暴漢に切り付けられました。これで韓国がどういう国なのか、ようやく気づいたのでしょう。そして中国は戦勝七〇周年と称して、九月に軍事パレードを決行、そこで習近平主席は嘘八百のスピーチを行いました。またこのパレードに韓国の朴槿恵大統領がのこのこと出掛けて行っている。やはり一番信頼できるのは、日本だと改めて認識したはずです。そんな中国に南シナ海を譲るわけにはいかないと、オバマ大統領は決意を新たにしたのでしょう。」(二〇一六年一月号ビッグトーク・二〇一五年十一月六日対談)
 二〇一六年には習近平氏の権力一極集中の野望はより顕著になる。
「中国では反腐敗闘争と毛沢東時代を彷彿とさせるような手法で、習近平国家主席が権力の集中を図っており、これまでに軍部を握り、任期の十年を超えても政権を手放さず、習近平帝国化へと進めようとしているのではないだろうか。」(二〇一六年八月号エッセイ・同年六月十六日執筆)
「中国の国家主席の任期は五年で、最長でも二期十年だ。これは、鄧小平氏のお墨付きで選ばれた江沢民氏も胡錦濤氏も守ってきた。しかし、鄧小平氏と直接の繋がりのない習近平氏は、軍の掌握を進めながら、反腐敗闘争と称する反権力闘争で胡錦濤・江沢民派の一掃を図り、二期十年後(二〇二二年)に国家主席の座を譲っても、党主席や軍事委主席は譲らず院政を敷き、習近平帝国を目指そうとする可能性が非常に高いと思われる。しかし反腐敗運動でこれまでに二十五万人を超える共産党員を逮捕したり処分したりしてきて不満が渦巻く中、中国がそれまで国家自体を存続させることも難しいのではないかと思われる。」(二〇一六年十一月号エッセイ・同年九月九日執筆)
「中国の習近平国家主席は、二〇一六年十月の『第十八回中央委員会第六回全体会議』にて『党中央の核心』と位置付けられた。これまで『核心』と呼ばれたのは、毛沢東、鄧小平の二人だけだ。習近平はこの二人に倣って、強い権力を握って長期に亘って政権を保持するつもりではないだろうか。江沢民・胡錦濤と、中国ではそれぞれ十年で国家主席を交代してきたが、習近平は、国家主席は譲っても党主席と中央軍事委の主席は譲らず、習近平帝国を築くつもりなのだろう。北朝鮮の最高指導者の金正恩氏はもちろん、最近はフィリピンのドゥテルテ大統領という、人権を全く重視しない国家のトップも出てきている。」(二〇一七年二月号エッセイ・二〇一六年十二月五日執筆)
 二〇一七年には世界的に新帝国主義が勃興し、北朝鮮危機とも相俟って、中国は覇権主義を露骨に打ち出してくる。
「元谷●新帝国主義の到来とも言える世界情勢下では、アメリカが自国第一主義となるのも当然かもしれません。ロシアがプーチン帝国、中国が習近平帝国となり、アメリカもトランプ帝国となっていくのです。」(二〇一七年五月号ビッグトーク・同年三月二日対談)
「朝鮮連邦国家はいずれ中国の属国となって、中国の尖兵として日本に圧力を掛け続け、内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区やチベット自治区のように、日本は中国の『日本自治区』へと追い詰められるだろう。そして太平洋をハワイの以西と以東に米中で二分割して支配しようとアメリカに不遜な提案をした、中国の習近平の思惑が現実のものとなる。今回の北朝鮮危機は日本存亡の危機なのだ。自ら解決する意志を日本はしっかりと諸外国に示さなければならない。」(二〇一八年二月号エッセイ・二〇一七年十二月十一日執筆)

限定的な軍事行動を起こす際でも
全面戦争の準備を行う

 私がこの五年、『Apple Town』で予見してきた通り、江沢民氏や胡錦濤氏のように鄧小平氏に認められて国家主席になったのではない習近平氏は、反腐敗闘争によって敵対する勢力を弱体化することで習近平帝国への足がかりを着々と築き、今回の全人代でこれまでの二期十年の国家主席の任期を撤廃して、自身が長く権力を保持しようとしている。新帝国主義時代の到来とも言える国際情勢の中、東アジアの緊迫感は高まる一方だ。
 アメリカ軍は限定的な軍事行動を起こす際でも、まず全面戦争の準備を行うが、それには七〜八カ月かかる。すぐにでもアメリカが北朝鮮に対して軍事行動を始めるという見方もあったが、それは無理だ。そもそも北朝鮮の核開発は中国侵攻に対する防衛の為のもので、既にそれは成し遂げた。今可能性が増しているのは、韓国が北朝鮮に屈服して、核兵器を保有した朝鮮連邦国家が誕生することだ。北朝鮮が核で報復されない相手に核攻撃を行う場合、相手は同胞である韓国ではなく日本だ。二度の原爆投下を受けた日本が、また核兵器の被害者になってしまう可能性は高いのではないか。習近平帝国となった中国は、アメリカを凌駕する国づくりのために、いずれこの朝鮮連邦国家を従えて日本に突きつける刃として利用し、日本の大中華圏への取り込みを図ろうとするだろう。今こそ日本は憲法改正で自衛隊を軍と認め、アメリカとニュークリア・シェアリング協定を締結して、核バランスをとらなければならない。国会議員をはじめ多くの地方議会議員が結束して一大国民運動を起こして、憲法改正のための国会発議、国民投票と、憲法改正を強力に推し進めていかなければならないのだ。

2018年3月9日(金) 18時00分校了