コロナ禍前に戻れない
昨年(二〇二三年)の五月八日に新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが、季節性インフルエンザと同じ「五類」に移行してから一年が経過した。それまでの「新型インフルエンザ等感染症(二類相当)」から五類に移行することで、政府としての一律な基本感染対策や感染症法に基づく外出自粛要請はなくなり、受診可能医療機関が限定機関から幅広い機関に拡大し、感染症対策は個人や事業者の判断が基本になった。さらに今年(二〇二四年)三月末で新型コロナに対する公費支援等が終了し、四月以降は通常の医療供給体制となった。これで公的には、コロナ禍は過去のものとなった。
新型コロナによるパンデミック下の世界的な旅行控えへの「反動」は、円安と相まって日本のインバウンドの回復に表れており、二〇二三年の訪日外国人数は約二千五百万人と、コロナ禍前の二〇一九年の約八割まで戻ってきている。しかし出国日本人の数は二〇一九年の約二千万人に対して、二〇二三年はその半分以下の約九百六十万人にまでしか回復していない。二月に公表された野村総研の生活者動向レポート「コロナ禍以前の生活に戻せない日本人」によると、二〇二三年十二月のネットでの調査では、三四%の人が「コロナ禍前の生活に戻った」と回答した一方、四九%が「完全には戻らない」、一七%が「コロナ禍と同じ生活を送り続けている」と回答している。この傾向は支出動向にも表れており、「外食」に関しては、コロナ禍以前の水準に戻した人が四割いる一方、国内旅行や海外旅行はコロナ禍真っ最中よりも、支出意欲が下がってしまっている。海外旅行に関しては円安が影響している可能性もあるが、国内旅行も合わせて考えると、消極的な生活に慣れてしまった人が多いことが窺える。新型コロナウイルスの感染者の中には、後遺症に苦しむ人も多いという。同様に日本人の経済活動も、まだまだコロナ禍の後遺症に苦しむ状況が続くように思える。
「風評加害」に注意せよ
私は予てから経営上のリスクとして、①感染症による世界的なパンデミック、②近隣での戦争、③大地震等の自然災害を挙げていた。新型コロナウイルスによるパンデミックは、正に私が予測していたリスクのうちの一番目のものだったのだが、今後日本に襲いかかる可能性の高いリスクとしては、前述の通り今年の元日に能登半島を襲った大地震のような自然災害がある。このようなリスクが発生した時には、デマが流布されたり、メディアによる不安を煽る報道が行われたりすることにより被害が拡大、救助や復旧活動の妨げになることがある。特にパンデミック下や災害時のメディアには、大きな責任が課せられていると言えるだろう。しかしこれまでの日本では、メディアやデマによる「風評加害」による「情報災害」が発生してきたと福島県在住のジャーナリスト、林智裕氏は著書『「正しさ」の商人 情報災害を広める風評加害者は誰か』(徳間書店)で主張している。林氏の「定義」では、「情報災害」とは「誤った情報により助かったはずの存在に犠牲と被害をもたらす災害」のことだ。「被災地の不安に火を点け、不満を煽り、行政は批判を嫌がって萎縮する。そのつけは結局、県民が当惑、困惑する形で負わされる。これも典型的な『情報災害』の被害例だ。しかし、そうした加害者は極端な過激派団体ばかりではない。むしろ、被害を拡散させてきた主流は、社会的地位があり、普段から『弱者の味方』のごとくふるまう知識人とそのシンパ、報道、学者、政治家、芸術や伝統宗教の関係者も数多く含まれていた」「一例を挙げよう。『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)の連載『美味しんぼ』で二〇一四年、東電福島第一原発を訪れた主人公一行が原因不明の鼻血を出した描写が批判を浴びた。科学的な検証など全く無視された形で不安が煽られ、『福島は危険だ』とする言説が再び活発になった。これも『情報災害』の一場面と言っていい」「原作者の雁屋哲が自身のブログで『私は自分が福島を二年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない』と述べていたが、放射線や医療専門家達の知見を差し置いて、素人が掲げる『真実』がより尊重されるべきと信じて疑わない自信はどこから来るのか」「そもそも放射線被曝そのものを原因とした出血の場合、三シーベルト(三〇〇〇ミリシーベルト)程度という桁違いの被曝線量が必要であり、鼻以外の粘膜からも出血して止まらず、ほどなく絶命する可能性が非常に高い」「しかし、雁屋の漫画が発表されて以降、現在に至るまで、鼻血被害を訴えた人が被曝影響で死亡した事実はない。公表されているデータからは、当時、鼻血を主訴とした医療機関受診数の有意な増加は見られていない。つまり、『美味しんぼ』に呼応して、当時あれほど多くの『被害者』や『知識人』が現れ、『鼻血は放射能の影響だ』と健康被害を悲痛に訴えたにもかかわらず、その誰もが実際には病院にすら行かなかったのだ」「つまり、あれだけ社会で大々的にクローズアップされた『鼻血』の訴えは、被害の実情からかけ離れていたと言える。それでも『被曝の影響で鼻血が出た』かのようにほのめかす人々は後を絶たなかった。ならば彼らは一体誰のために、何の目的で声を挙げていたのか。何故、彼らにとって『鼻血』の描写を支持することが、『正義(Justice)』になってしまったのだろうか」という。
さらにメディア報道の例としては、下記を挙げる。「福島では被曝そのものでの健康被害が出ていないことが、国連科学委員会(UNSCEAR)の二〇一三年報告書の時点ですでに明らかにされていた。しかし、あれほど福島を気遣い、『心配』するあまりに数々の不安を振りまいてきたはずの言論人の多くがこの〝朗報〟を黙殺、メディアも報告書をまともには取り扱わなかった」「そればかりか、テレビ朝日『報道ステーション』はその後も『被曝影響で甲状腺ガンが発生している』かのような、国際的知見に真っ向から反対する報道を繰り返した。環境省が『事実関係に誤解を生ずる恐れがある』として、ウェブサイトで『最近の甲状腺検査をめぐる報道について』とのタイトルで注意喚起をしたが、番組側はこれを無視して、その後も同様の報道を執拗に繰り返したのである」。
これらの偏向した表現や報道の原因を、林氏は「原理主義的な『反権力こそ正義』の幻想と、根底に潜む選民思想と福島への差別意識」だと看破している。つまりは、メディアが福島を原発事故の被害を受けた「格下の存在」と位置付け、それを「優れた」自分達が救うという虚構のストーリーを多くの人々に伝播しているというのだ。私達はこのような報道等を鵜呑みにすることなく、常に科学的根拠を確かめ、あり得ることなのかあり得ないことなのかを冷静に判断する必要がある。
火災を皆で防ぐ
一九二三年の関東大震災の時には、昼食直前の十一時五十八分に発生したために、調理用に火を使っていた家庭が多く、また木造家屋が多い時代だったため大規模な火災が発生した。犠牲者の八七・一%が火災によって亡くなっており、住居が潰れたことによる犠牲者は一〇%程度だった。例えば、現在の墨田区にあった陸軍被服廠跡の広大な空き地に約四万人が避難したが、燃焼によって生じた空気の渦が複数の炎を巻き込んで竜巻状になる「火災旋風」が発生、約三万八千人が死亡した。また、江戸時代からの大火の対策のため、燃えない瓦で屋根が葺かれていた東京だったが、地震で瓦がずれたり落ちたりしたために、火の粉による「飛び火」によって延焼が進んだ。建物の耐震性や耐火性の向上により、昨年発表された東京都による首都直下地震の被害想定では、死者数は関東大震災の十七分の一になり、その死因も火災によるものは四〇%に減るとされている。それでも火災対策は重要だ。
近年、特に注意が促されている地震時の火災原因が「通電火災」だ。NHKのサイトの防災ページに「地震が起きたら“通電火災”に注意!」という記事がある。「最近起きた地震の際の火災の出火原因の半数以上が、“電気に関係する火災”といわれています。特に気をつけたいのが、地震発生後、停電から電気が復旧したときに起きる『通電火災』。防ぐにはどうすればいいのか、自宅でできる対策をお伝えします」「地震の際、気をつけなければならないのが『電気からの出火』。これは阪神・淡路大震災でもクローズアップされた出火原因です」「電気火災は、今後三〇年以内に七〇%の確率で起きると想定されている『首都直下地震』で大きな問題になると言われています」「その理由を、『最近起きた地震の出火原因の半数以上が、電気に関係する火災』と東京理科大学火災科学研究所教授の関澤愛さんはいいます」「地震による火災の原因を調べると、阪神・淡路大震災ではおよそ六割、東日本大震災でも過半数が電気関係でした。そこで気をつけたいのが、停電から電気が復旧したときに起きる『通電火災』です。地震の際、家具の転倒などで傷ついたコードに電気が通ると、火花で火事になってしまうことがあります。また通電火災は電気が復旧したときに起きるため、地震から数日後に火災が発生することもあります」「通電火災を防ぐにはどうすればいいのでしょうか?」「①ブレーカーを落とす&コンセントからプラグを引き抜く」「地震が起きたら、安全が確認できるまでは、ブレーカーを落とし、コンセントからプラグを抜くなどして、器具に電気を通さないようにしましょう」「②『感震ブレーカー』を設置する」「外出中に大地震が起きて対処ができず、帰宅したときには、すでに火災が発生ということもありえます」「こうした事態を防ぐために、関澤さんが勧めているのが『感震ブレーカー』。一定以上の揺れを感知すると電気を自動的に遮断する装置です」「『感震ブレーカー』には、いくつかの種類があります」「『分電盤タイプ』は、ブレーカー自体にその機能がついているもの。『コンセントで電気を切るタイプ』もあります。比較的値段が安い『おもり式』は、ブレーカーのスイッチに取り付け、地震の揺れでおもりが落ちると、電気が切れる仕組みです」「首都直下地震では、内閣府は、感震ブレーカーなどで電気による出火を防げば、犠牲者や家屋の被害件数を半数近く抑えることができると試算しています」「自治体によっては感震ブレーカーを配布したり、設置助成を行ったりしているところもあります」という。こういったそれぞれの家庭での火災対策が、非常に重要になるだろう。
今、求められている
東京でも特に下町と呼ばれる地域には、木造二階建ての家屋が狭小地に連立していて道路幅も狭く、消防車が入ることが困難だったりする。浅草近辺もこのようなエリアだが、今そこに訪日観光客が集中して訪れていて一時的な人口増加も見られ、大規模な火災が発生すれば多くの人が犠牲になる可能性がある。消防設備の充実を図りつつ、都市計画の再検討も必要となるだろう。
東京を中心に全国各地にあるアパホテルでは、常時積極的な消防訓練を実施している。今や大地震は全国どこで発生するか、わからない。いざという場合にも被害が拡大しないように自治体や国、国民や事業者が万全の体制をとることで、観光立国としての日本の地位を確固たるものへとしていかなければならない。
2024年4月17日(水)16時00分校了