Big Talk

「超高度科学技術立国」を旗印に国からの投資を加速せよVol.392[2024年3月号]

日本戦略情報研究所 所長 林文隆
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アパグループ会長 元谷外志雄

新聞記者から日本経済新聞の講師に転身。自らの目で取材した事例と、世界の状況を絡めた経済に関する講演が人気を博している日本戦略情報研究所所長の林文隆氏。約三十年間経済が停滞している日本がこれを打破するには、何を行えばいいのか。日本にまだまだ残されている未活用の資源とは何なのか等をお聞きしました。

林 文隆氏
1942年東京生まれ。慶応義塾大学を卒業後、産経新聞社、日経スタッフ編集教育部専任講師を経て、現在、みずほ総合研究所登録講師、日本戦略情報研究所所長。日本が沈滞して元気を失ったといわれる中、具体的な映像とデータで示しながら、日本の前途が洋々としていることを語る講演を、全国各地で実施している。

経済の停滞からの脱却には
需要の創造が不可欠だ

元谷 本日はビッグトークへの登場、ありがとうございます。林さんには、以前から勝兵塾でも講演をしていただいています。

林 お招きいただき、ありがとうございます。

元谷 まずは自己紹介からお願いします。

林 生まれは東京の田園調布です。父親は今で言えばコンビニエンスストアなのでしょうが、よろずやを三店舗経営していて、さらに町内会長や商店街の会長等を引き受ける活動的な人でしたが、忙しさが祟ったのかもしれません、私が大学二年生の時に急逝しました。まだ高校生だった弟や、嫁ぎ先から帰ってきた姉の面倒を見ているうちに就職が遅れ、二十八歳で産経新聞に就職、十年間記者として働きました。経済に関心があったのですが、「産業経済新聞」のはずなのに、産経新聞は経済が弱い。ちょうど日本経済新聞社で講師の募集があり応募、五人の一人として採用されました。経済の話をするということで、大学時代の教科書を最初から読み直して勉強しました。その甲斐あって、講師は派遣先の評判が悪いと首なのですが、五人の内私だけが最後まで残りました。

元谷 それから日本経済に関する講演を様々な場所で行って、人気講師となっていったのですね。今日はまず、いつも講演されているお話をお聞きしたいと思います。

林 はい。まず今の日本は、世界で一番安定している先進国だと思います。まず人種差別がない。アメリカの黒人が日本に来ると、とても楽に感じるそうです。また所得格差が酷くない。その結果、社会不安がほとんどありません。しかし問題は、平成から令和まで全く経済成長をしていないことです。一九九一年から二〇一九年のOECDの経済成長率を見ると、イタリアが二%、アメリカ、イギリス、カナダが四%の成長をしているのに、日本はゼロです。高度経済成長期には九%、その後も四%の成長率を維持していたのですが、バブル崩壊後は〇・七%以下の成長率になりました。また一般世帯の収入が最も多かったのが一九九七年で、現在はこれより平均年収が百万円減っています。福沢諭吉は「経済なき道徳は戯言。道徳なき経済は犯罪」と言ったと言われていますが、経済成長なくして、国防や憲法改正に国民の関心は向かいません。ではなぜ経済成長できなかったのか。政治の問題としては、不景気に突入したのに財政出動を行なわず、逆に消費税の導入で増税をしてしまったことです。経済の問題としては、多くの国民が電化製品等必要なものを既に持ってしまったこと、グローバリズムの進展で日本の工場が国外に流出したこと、そして技術の端境期に入って日本製同様の家電製品が海外でも製造できるようになったことがあります。結局この三十年間、政府が不況対策として行ったのは、金融政策で通貨の大量発行の一点張りでした。

元谷 ではどうすれば、この停滞状況を脱することができるのでしょうか。

林 イギリスは十九世紀末のビクトリア女王期に大不況に陥りました。これは今の日本と同様、どんどん物価が下がる不況で、最大で三〇%も下げました。この不況が終焉を迎えたのは、通貨の大量発行と莫大な有効需要の発生があったからです。当時は金本位制でしたから金の裏付けがないと、通貨は発行できませんでした。しかし植民地の南アフリカで金山が発見され、これによって通貨が発行できるようになったのです。また有効需要は、イギリスとドイツの戦艦の建造競争で生まれました。イギリスやそこから派生して製鉄業を行っていたヨーロッパ各国が抱えていた余剰鉄がなくなり、さらに鉄の生産が必要となったのです。これらによる物価上昇で、ビクトリア不況は終わりました。もう一つ、日本のような膨大な国債残高を減らすことができた例は、第二次世界大戦後のアメリカです。戦時国債がGDPの二倍に達していたアメリカですが、全米にハイウェイ建設を行い、この国を自動車王国にしたのです。高速化に伴ってエンジンが高性能化、タイヤも太く広く低圧になるなど、自動車産業全体に改革が起こりました。これが一九五〇~六〇年代のアメリカン・ドリーム時代を生み、アメリカの国債残高も減少したのです。

元谷 こちらも、需要の創造を行ったということですね。

日本が命運を託すべきは
次世代半導体の開発・製造

林 さて、経済成長の要因で日本に今後期待できるのは、技術の進歩しかありません。政府はこの技術のために、財政政策を勧めるべきなのです。明治政府は「富国強兵」を旗印に日本の近代化を進めましたが、今の日本は「超高度科学技術立国」を旗印に進むべきで、ここに投資を集中するのです。これから注目の技術としてはAIや量子コンピュータ、再生医療等がありますが、最も大事なのは半導体です。半導体を制するものは世界を制するのです。ロシアは半導体を作ることができません。戦車にも敵との距離を電波で測るための半導体が必要ですが、ロシアは中国から輸入しています。中国はその半導体を、他の先進国の製造装置と日本製の部品で作っているのです。日本経済はもう駄目だという人がいますが、それは日本の本当の凄みを知らないからです。昨年七月に次世代半導体に関する日米共同開発が決まり、その製造拠点が日本になりました。なんでも国内に抱え込みたがるアメリカが、なぜ工場を日本にしたか。もうアメリカはソフトの国となり、半導体を大量生産する力がないのです。日本はオランダ製の極端紫外線露光装置を除けば、全ての製造装置を国内で製造することができます。こんな国は世界の中で日本だけなのです。半導体でリードしていると言われる台湾や韓国は、日本から部品を購入して製造しているのですが、日本は全部自国で行うことができるのです。

元谷 それは凄いことですね。

林 さらに凄いのは、半導体の製造装置や材料のほとんどのトップシェアを、日本が握っているのです。物によっては九割のシェアが日本です。

元谷 半導体に関しては、台湾や韓国にはもう追いつけないほど引き離されていると思っていましたが、そう単純な話ではないのですね。

林 そうです。そして半導体には今革命が起ころうとしています。材料が全部変わるのですが、それらの特許の重要なものは、日本が全て保有しています。台湾や韓国が作っている半導体がプロペラ機だとしたら、日米で共同開発しようとしているのはジェット機です。台湾、韓国の半導体は電子回路なので発熱するのですが、日米がやろうとしているのは光通信技術を使うもので、発熱はありません。半導体は国家の存亡を賭けても良い技術であり、時間や技術、予算も度外視で日本は半導体生産に邁進すべきなのです。

元谷 全く同感です。

林 また、「日本はアメリカにとって不可欠な存在。関係が深まることがあっても、薄まることはない」と言っているのは、アメリカの航空機メーカー・ボーイングの社長です。化石燃料を燃焼させるという環境問題もあって、欧米の航空産業では新しいエンジンと機体のデザインの開発が進められています。そして機体の重量を削減するために、炭素繊維が重用されてきています。炭素繊維の重量は、従来航空機の外殻に使用されるジュラルミンの五分の一しかありませんが、強度は十倍になります。炭素繊維はアメリカでもヨーロッパでも生産しているものですが、それらはジュラルミンと一緒になると溶けるのです。しかし日本製の炭素繊維は溶けない。だから日本製に頼り切っているのです。アメリカのF‐35戦闘機は炭素繊維製で軽量ですから、同じエンジン出力のジュラルミン製のロシアや中国の戦闘機よりも軽々と飛ぶことができます。

元谷 そんな重要技術を日本が押さえているのですか。

林 はい。そして今後機体が大型化、それに伴い軽量化するのも重要だということで、今ボーイング社は全く新発想の航空機の製造を計画、その工場を名古屋に建設することを決めました。最初はロサンゼルスに作ると言っていたのです。しかし、例えばアメリカであれば「こういうビスが欲しい」と言っても、手に入るのは三年後ぐらい。それが日本であれば、凄い町工場がありますから、翌日には宅配便で届くのです。それならばということで、結局日本の名古屋に決まったのです。名古屋といえばゼロ戦を作っていた土地です。そこでかつての宿敵であるボーイング社が航空機を製造するというのは、運命のいたずらというか因縁を感じます。

元谷 本当にそうですね。

ロボット開発に投資を行い
中小の部品工場を活かす

林 超高度科学技術立国の達成のためには、人材育成が重要な鍵を握ります。そのため、早期高度教育が絶対に必要です。具体的には、小学校一年生から四年生までは日本語の読み書きをみっちりやり、五年生から中学、高校は一貫教育で、大学は専門課程のみ、大学院は世界的な論文を執筆する場とするのです。さらに天才を育てるために、飛び級を認めます。全科目まんべんなくほどほどの点ではなく、ある科目で突出した才能を見せる学生を高く評価するシステムも必要でしょう。今は内閣府の総合科学技術・イノベーション会議の専門部会が、技術に関する予算の配分を行っていますが、これを再編強化、ノーベル賞受賞者ら各界の有識者の協力を仰ぎ、客観的な観点から予算配分を決定するようにします。そして超高度科学技術国債を百兆円、さらに建設国債を百兆円発行、合計二百兆円を五年間に分けて、年間四十兆円ずつ投資するのです。金利負担増や円の暴落を心配する人がいますが、日本の利率の低さと国債の外国人保有率の低さから、金利がGDPに与える影響はほとんどなく、国富が海外に流出することもありません。もう一つ、国際決済銀行のデータですが企業の持つ余剰金は、日本がアメリカよりも、EU二十七カ国よりも多いのです。投資先がないから、全部抱え込んでいる。

元谷 それはあまり良くない話です。

林 ではどこに投資すればいいのか。電線の地中化と光ファイバーです。アパグループ本社のある赤坂界隈は地中化が進んでいますが、日本中まだまだ電線だらけです。また、髪の毛一筋の太さのプラスチック製の光ファイバーで、一万チャンネル分の動画データを流すことができます。この光通信に関する特許は全て日本にあるのです。大容量に加え、電波ではないので太陽フレアでも障害を起こさない長所があります。光通信では大量の情報が送れますから、身体障害のある子供が自宅からまるで登校しているのと同様に授業を受けたり、北海道でも沖縄でも東京の一流の脳外科医の手術を受けることができたり。光ファイバーはサイバー攻撃にも強いのです。

元谷 いい事ずくめですね。

林 超高度定点滞空型飛行船への投資も有望です。携帯電話の通信システムは5Gから6Gの第六世代へと今後移行することになります。電波の届く距離が短いため、より多くの基地局が必要とされる見込みです。欧米では高度二万~五万メートルに基地局となる無人機を飛ばすことで対応しようとしていますが、航続時間には当然限界があります。日本ではこれを飛行船で実現しようとしています。高度二万メートルであれば、三機あれば関東平野全域に電波が届くのです。しかし高度二万メートルの寒暖差はとても激しく、普通の材質の飛行船であれば破裂してしまう。十グラムで地球を二周できる長さの極細炭素繊維を製造できるのは日本だけ。これは航空機の外殻の素材としても使われていますが、この繊維で二十四枚重ねの袋を作って、それを飛行船の外皮に使えば高度二万メートルで長時間飛行しても、破裂することはありません。この技術は二〇〇六年に実験に成功していて、これに投資をするかどうかは、既に政治の決断の問題になっています。
 日本の精密部品を作る技術を活かす投資もあります。現行のガソリン車は三百万点の部品がありますが、電気自動車では十万点まで部品が減少します。このままでは東京の大田区や大阪の東大阪市、新潟の燕三条等の部品製造業は全滅します。この技術を活かすためにも、ロボットへの投資を行うのです。ロボット生産量世界一の中国製ロボットの部品も大半が日本製。特許や重要なソフトも日本のものが世界一多く、二位のアメリカと組めば無双の状態です。デンマークは国立ロボット介護学校を作り、世界中の介護ロボットを集めて実際に使用していますが、日本の介護ロボットに高い評価をしています。これまで介護する人々にとって重労働だったベッドからの持ち上げや入浴介助、食事介助等もロボットが行ってくれます。ロボット介護を入れれば、介護をする人間の給与をもっと上げることができるはずです。また脳や心臓の手術にロボットが活用され始めています。

元谷 人間が遠隔で手術をするということでしょうか。

林 最初はそうなのですが、ある部分からはロボットが自律的に手術を行います。人間だと対応できないような、細かく神経が集中しているところでも、ロボットなら処置することができるのです。そば職人のロボットや寿司職人のロボットも、今後生まれていくと思います。

元谷 人口減少社会である日本には、ロボットの普及は福音となるでしょう。

様々な「凄み」を持つ日本
その前途は洋々たるものだ

林 また日本は将来に向けて、エネルギー自給率を上げていかなければなりません。そのためには、私はマグネシウム燃料電池の開発が大切だと考えています。このマグネシウム燃料電池は非常用の電源として、病院や警察、消防、自衛隊で既に使っています。

元谷 海水からマグネシウムが取れる…というお話でしたでしょうか。

林 はい、そうです。ただ海水から取った塩化マグネシウムを電気分解してマグネシウムを製造するのは以前の話で、今はマグナイド鉱石を燃やす方法が行われています。このマグネシウムは燃料電池としての活用ができます。燃焼の際に二酸化炭素は発生しません。燃焼後に出る酸化マグネシウムは、太陽光を利用したレーザーを当てると、また金属マグネシウムに戻るのです。これを活用すればマグネシウム循環社会が実現、そうなれば今の全世界のエネルギーの五十万年分は確保できていることになります。また再生可能エネルギーでは、日本でもっと活用できるものがあります。一つは、全国に三千ある温泉です。源泉で百℃あるとそれを水で冷まして使用するのですが、であればバイナリー発電に使えばいいのです。温泉のお湯で五十℃と沸点の低いアンモニアを沸騰させて、その蒸気でタービンを回して発電するのです。この発電機は神戸製鋼が量産して発売しています。もう一つは農業用水です。日本の農業用水路は四万五千キロメートルと、赤道の三分の二の長さがあるのです。しかし、この用水路を活用した発電施設は全国に四十カ所しかありません。温泉のバイナリー発電や農業用水の発電の電力で植物工場や魚の養殖等を始めて、町興しをすることもできるでしょう。

元谷 それはいい考えです。

林 植物工場は全国に約六百五十カ所あるのですが、採算にのっているところは十カ所程度なのです。やはりネックは電気代で、工場の廃熱利用等で電気代が不要のところが黒字化しています。低コストの電気が使えれば、可能性は広がります。米は四毛作が可能ですし、野菜も品種によっては一週間で収穫できます。一つの工場で三百人ぐらいは働きますから、大きな雇用を生み出すことになります。水産物は今、中国がトロール船で根こそぎ持っていくこともあって、世界的に不足、天然物よりも養殖物が増加しています。日本でも二〇一三年に養殖物が天然物を抜いています。陸上養殖というのは、基本的には水族館と同じです。最新の技術では、水中で一ミクロンのナノバブルを破裂させて、一億ボルトの電圧を瞬間に掛けて殺菌するのです。これで薬剤を使用することなしに、大量に魚介類を養殖することが可能になりました。千葉県の東西物産という会社では、アユやイワナ、ヤマメといった川魚を大量に養殖しています。大豆を餌にすることで、魚臭さの少ない商品の提供に成功していて、食べた外国人からも高く評価されているそうです。奈良県天川村では廃校でのトラフグの養殖を開始、コストに見合う生存率の上昇を目指して試行錯誤中です。奈良県のような海なし県でも、漁業を営むことができる。このようなお話を、依頼を受けて全国で行っています。

元谷 いろいろ知っているようで物事を知らない人が多いですから、林さんが日本がこれだけ凄いことをやっているのだと知らしめるのは、非常に良いことだと思います。

林 はい。しかし皆さんとてもいい話だと仰るのですが、では皆さんのところで食料工場や陸上養殖をしますかとお聞きすると、他はどうなのでしょうかという話になり、なかなか前へ進まない。結局明治政府ではありませんが、官営施設を作って払い下げる方法が一番いいのではと思う時があります。地方に行くと、多くの人が資産を持っています。まずは施設を作れば、数億円ぐらいであれば地元の方が買っていくのではないでしょうか。こういった方法が特に有効だと思われるのは、北海道ですね。

元谷 林さんの提言は、どれも発想の転換ですね。日本には有効活用されていない資源がまだあって、それを活用することによってさらなる発展の可能性があるということでしょうか。

林 その通りです。

元谷 最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。

林 私がいろいろと具体的な数字もお出ししてお話したように、日本の実力はまだまだ凄くて、その前途は洋々たるものだということです。自信をもって、社会で活躍していって欲しいと思います。

元谷 今日は興味深いお話をいろいろとありがとうございました。

林 ありがとうございました。