Essay

東アジアの平和のためにも日本は憲法改正を急げVol.372[2023年9月号]

藤 誠志

中東でもウクライナでも
衰えが目立つアメリカ

 日本会議の機関誌である月刊「日本の息吹」の七月号に、第二十五回憲法フォーラムの結語として、日本会議会長の田久保忠衛氏が語ったことが掲載されている。タイトルは「米国の衰退、日本は憲法改正で新しい局面を開け」だ。
 「今の日本の最悪の危機は、中国、ロシア、北朝鮮という核開発国に正面から対峙していることで、それが台湾に引火する危険性がある。しかし、それ以上の危機は、アメリカの力が、衰退に向かっていることだ」
 「三月、中国の仲介によりイランとサウジアラビアが国交正常化合意するというありえないことが起こった。米国の中東政策の原点は、大戦終結の直前にルーズベルト大統領がサウジの国王と会談し、安全保障の約束と交換に石油入手のルートを確保したところにある。この基本的構図は崩壊した」
 「ウクライナの問題では、アメリカは初めて直接軍事介入しなかっただけではなく、プーチンの一再ならぬ核の恫喝に立ち往生している」「日本は、奇妙にも米国の核の傘に不安を抱いていないが、韓国は不安を抱いている。韓国世論の七〇%は自国の核武装に賛成だ。韓国大統領がワシントンで会談したのは言い知れぬ不安が、朝鮮半島に漂い始めているからだ。北朝鮮が、アメリカの一都市を攻撃できる大陸間弾道ミサイルを保有した時にアメリカは同盟国を助けるか」「アメリカが息切れしたのならば、日本は頼るだけではなく、自立のチャンス到来と考えるべきだ。憲法改正によって新しい局面を開き、国の形を変えるべきではないか。皇室を中心とする平和国家であることを全面的に出して、『一旦緩急あれば義勇公に奉ずる』国であることを明確に世界に打ち出す必要があると思います」という。
 正に正論である。本来、独立している国家は自分の国は自分の力で守るものであり、守りきれない時に初めて同盟国の支援を要請するものだ。そのためにも絶えず軍事力を蓄えて「いざ」に備えることが、独立自衛の国家の条件と言える。

二〇一五年の安保法制で
日米間の情報共有が強化

 二〇二二年七月八日に安倍晋三元首相が銃撃されて非業の死を遂げて、一年が経った。
 安倍氏が日本の安全保障政策に関して行った貢献は、非常に大きい。これについて、二〇二一年三月十一日に配信された東洋経済ONLINEの「『外交と安全保障』に安倍内閣が残したレガシー」というタイトルの記事で、東京大学名誉教授の北岡伸一氏が詳細に論じている。
 「私は、安倍政権の最大の成果は、二〇一五年の平和安全保障法制と戦後七〇年談話、および二〇一六年における自由で開かれたインド太平洋構想の提唱であって、それは近年の日本外交の中でも特筆すべきものだと考える」(国家安全保障戦略の策定やそれに基づく防衛装備品輸出三原則の制定などの延長上に行われたのが)「二〇一四年五月の安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)の再開と報告書の提出、この報告書に基づく七月の閣議決定、そして二〇一五年九月の平和安保法制の成立である」「まず、安保法制懇は、第一次安倍内閣において活動していた懇談会(二〇〇七年五月設立)を、ほぼ同一のメンバーで再度立ち上げた。座長は柳井俊二国際海洋裁判所判事が、座長代理は私が務めた」「その提言は、日本国憲法九条二項は必要最小限度の自衛力までも禁止はしていないという一九五四年解釈と、これを支持した一九五九年最高裁判所の判決に基づき、現代においては集団的自衛権の部分的行使は必要最小限度のうちに入ると考えるべきであって、集団的自衛権行使を不可とした一九七二年法制局解釈を修正すべきだとした」「これに対し政府は、日本周辺における米軍などとの共同活動について、集団的自衛権の行使は可能と判断」「これを七月の閣議決定とした」「これを盛り込んだ法律は二〇一五年に提出され、異例の長い審議を経て、成立した。日本の憲法学者の多くは反対し、国会審議に際しては、多くのデモが国会を取り囲んだ」「しかし、日本の憲法学者の多数派の議論はきわめて特異なものであることには留意が必要である。そもそも憲法は国家の運用のルールであり、国家が国際競争の中で活動することを前提としているのにもかかわらず、日本の憲法学者は国際法や国際政治にほとんど関心を持たず、ただ成文憲法に合致しているかどうかだけを判断するのである」「二〇一五年安保法制の成立は、海外の多くの国々によって歓迎された。かつて日本が安全保障政策を強化すると、野党やメディアの一部はこれに反対し、アジア諸国は不安を覚えると言うことが普通だった。しかし、今回は、中国、韓国、北朝鮮からも強い反対はなく、東南アジア諸国は安保法制の成立を歓迎した。彼らは中国の脅威にさらされているのであって、当然の反応だった」「さらに興味深いことに、安保法制成立から五年を経た今、反対論は著しく後退している。反対論の拠点であった朝日新聞の二〇二〇年一二月一八日の記事によれば、安保法制を支持する人は反対論を明白に上回っている」「事実として、安保法制成立以後、日本とアメリカの間では飛躍的に情報の共有が進んでいる。ともに危険を負担する間でなければ機微な情報を共有しないのは当然のことであって、安保法制はその意味でも大きかったのである」という。
 近年、急速に緊張感が高まっている東アジアの安全保障体制の中、二〇一五年の段階で集団的自衛権の行使を可能にし、アメリカとの連携を強化した功績は大きい。また、安全保障環境の悪化に対抗すべく、二〇一四年に制定された防衛装備品輸出三原則の趣旨に沿った東南アジア等への防衛装備品の輸出拡大は、今正に検討されている真っ最中だ。

安倍氏が構築した
重層的な安全保障体制

 「二〇一六年八月には、安倍首相はケニアのナイロビで開かれたTICAD‐Ⅵ(第六回アフリカ開発会議)において、自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP、のちに自由で開かれたインド太平洋「構想」と言い換えている)を提唱した」「FOIPは、それは単に経済連携の構想ではなく、法の支配や航海の自由という普遍的原則と不可分であり、民主主義という価値とも結び付いている」「FOIPの不可欠の一部が、例えば集団的自衛権の部分的行使容認を含む日米関係の強化だった」「FOIPという言葉は、その後、アメリカも使うようになった。トランプ政権の間に日米印豪の間の安全保障協力(QUAD)が進むようになったが、これもFOIPの一部をなすと考えられる。中国の南シナ海支配に抗議する航海の自由作戦も、その一部である」
「FOIPの内容に、日米の間で完全な合意があるわけではない」「しかし、安倍政権が自由で開かれたインド太平洋構想を打ち出し、広めていったことには、誰も異論のないところであろう」「安倍首相の外交安保における成果は、本稿冒頭で在任期間を比較した佐藤榮作の沖縄返還や、桂太郎の日露戦争などとは、比べられるようなものではない」「しかし、中国の経済的・軍事的膨張と、強圧的な対外政策を前に、日本に根深い原理主義的な平和主義を考えるとき、相当の成果を挙げたと言って過言ではないだろう」と結んでいる。特に日本が独自に打ち出し、アメリカやヨーロッパにも広めていったFOIPという考え方は、日本と北大西洋条約機構(NATO)との距離を大幅に縮める役割も果たした。七月には東京にNATO連絡事務所を開設するかどうかが、NATO首脳会談で協議される予定だ。重層的に多国間の安全保障の枠組みへ関与することで、日本の将来的な安全がより確かになってきていると言えるだろう。

憲法第九条第二項により
自衛隊は危険な存在に

 二〇二二年十二月に「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の防衛三文書を閣議決定、防衛費をGDPの二%にまで引き上げる等、日本が防衛力を今後五年以内に増強する方針を明確にしたことは、独立自衛の国家に向けた第一歩だ。しかし本当の独立国家となるためには、憲法改正を避けて通ることはできない。そんな中、自民党安倍派は新たな憲法改正案を提案した。産経新聞は六月十五日付で「自民安倍派『憲法九条二項削除目指すべき』提言決定」という記事を配信している。「自民党安倍派(清和政策研究会、一〇〇人)は十五日、昨年七月に死去した安倍晋三元首相が悲願とした憲法改正を巡り、自衛隊明記を実現した上で、次の段階として『戦力不保持』を定めた九条二項の削除を目指すべきだとする提言を決定した」「提言は、九条二項によって自衛隊が行使できる自衛権の範囲が制約されているため『急変する国際情勢の変化に対応していくことは、今後、困難となる場合も想定される』と指摘。『自衛隊を国内法上も国際法上も普通の「軍隊」として位置付けることが必要だ』として、九条二項削除を目指すべきだとした」「一方で、改憲には国民の幅広い信頼と賛同が不可欠だとして『国民の理解を得ている』とする自衛隊明記を先行させるよう訴えた」「派内で改憲について議論してきたプロジェクトチーム座長の稲田朋美元防衛相は、党本部で記者団に『安倍氏は九条の問題を改憲の中核だととらえていた』と述べ、提言をまとめた意義を説明した」という。
 日本国憲法第九条第二項の文言は「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、戦力不保持、交戦権の否認の規定とされるが、主権国家としての自衛権は存在する以上、自衛のための必要最小限の実力は認められるというのが、現在の政府解釈だ。これを削除すれば、「必要最小限」や専守防衛に拘ることなく、戦力を増強することが可能となる。二項の削除には、他のメリットもある。東京大学名誉教授の井上達夫氏による三月二十四日配信のPRESIDENT Online「身を守るための反撃すらできない…平和維持活動に携わった自衛隊員2人は、なぜ帰国後に自殺したのか」という記事では、以下のように解説されている。「歴代政権の自衛隊合憲論の根拠は『自衛隊は戦力ではないし、その防衛行動は交戦権行使ではない』とする主張だ。『自衛隊は警察力』という論もその派生物だ。『自衛隊は憲法と法律でがんじがらめに縛られている』と思う人も多いだろう。しかし、真実はその逆だ。憲法九条二項があるために、自衛隊をきちんと統制することができないのである。日本国憲法は『戦力統制規範』を定めておらず、また定められない。『戦力統制規範』とは、文民統制、国会事前承認、軍法根拠規定(交戦法規立法・軍事司法制度設置の授権規定)など、軍事力の濫用を制御するための規定である。憲法九条が『戦力は保持しない、交戦権は認めない』と明言しているのに、ないはずの戦力を統制し、しないはずの交戦行動を統制する法体系を定めるのは、論理的に不可能だ。その結果、きわめて危険な状況が放置されている。自衛隊の武力が、自衛目的を超えて濫用される危険性を、日本の法体系は実効的に抑止できていない。また、自衛隊の武力行使を戦時国際法の交戦法規にしたがって統制する国内法体系も欠損している。自衛隊は『法的統制がきつすぎて使えない軍隊』なのではない。むしろ、安全装置がなく暴発をコントロールできない拳銃のように、『危なすぎて使えない軍隊』なのである」という。第九条第二項を削除すれば様々な軍法を制定することで、自衛隊をしっかりとコントロールできるようになるのだ。安倍氏が望んでいたのは日本の安全保障のため、そこまで他の国と同じように運用される軍隊の誕生だろう。
 強い経済力を軍事力に転換して台頭する中国、以前にも増してミサイルの発射を繰り返す北朝鮮、ウクライナ侵攻に加え内政にも不安が増してきたロシアと対峙して東アジアの平和を今後維持していくために、憲法を改正して軍事力を増強した日本が、独立自衛の国となって地域での役割を果たすことが、今強く求められているのだ。

2023年7月14日(金) 17時00分校了