Essay

逼迫する尖閣諸島での非常事態に備えよVol.345[2021年6月号]

藤 誠志

ウイグルの収容所の運営は
やはり刑務所と同じだ

 新疆ウイグル自治区における中国政府の住民弾圧を非難する声が、日に日に高まっている。しかし、この問題は最近発覚したものではなく、もう何年も前から指摘され続けていたことだ。BBCのニュースサイトに、二〇一九年十一月二十六日付けで、「『中国はウイグル自治区に国連監視団受け入れよ』 英が要求」という記事が掲載されていた。「イギリス政府は二五日、中国西部の新疆ウイグル自治区に、国連監視団が『即時かつ無制限にアクセス』できるよう、中国政府に求めた」「この要求は、中国の公文書が流出し、何十万人ものイスラム教徒のウイグル人が、新疆ウイグル自治区の収容施設で虐待されている状況が判明したのを受けたもの」「英外務省の報道官は、『新疆における人権状況と、中国政府の弾圧強化を深く憂慮している。とくに、一〇〇万人以上のイスラム教徒のウイグル人や他の少数民族の人々を、法にのっとらずに拘束していることを懸念している』と表明」「『イギリスは中国に対して引き続き、国連監視団が即時かつ無制限に新疆ウイグル自治区にアクセスできるよう求めていく』と述べた」「BBCパノラマや英紙ガーディアンなど一七の報道機関が参加する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した公文書には、収容施設に入れられた人々が監禁、教化、懲罰の対象となっている模様が記されている」「収容施設には、イスラム教徒のウイグル人を主体とした一〇〇万人近くが、裁判を経ずに収容されているとみられている」「中国の劉暁明・駐英大使は、こうした報道はでっち上げだとしている」「ICIJが『中国電報(The China Cables)』と呼んでいる流出文書には、二〇一七年に新疆ウイグル自治区の共産党副書記で治安当局のトップだった朱海侖氏が、収容施設の責任者らに宛てた九ページの連絡文書も含まれている」「その連絡文書では、収容施設を高度に警備された刑務所として運営するよう指示。以下の点を命じている。
『絶対に脱走を許すな』
『違反行動には厳しい規律と懲罰で対応せよ』
『悔い改めと自白を促せ』
『中国標準語への矯正学習を最優先せよ』
『生徒が本当に変わるよう励ませ』
『宿舎と教室に監視カメラを張り巡らせて死角がないことを(確実にしろ)』」
「流出した文書はまた、収容者の生活が細かく監視、管理されている状況も示している。
『生徒のベッド、整列場所、教室の座席、技術的作業における持ち場は決められているべきで、変更は厳しく禁じる』
『起床、点呼、洗顔、用便、整理整頓、食事、学習、睡眠、ドアの閉め方などに関して、行動基準と規律要件を徹底せよ』」といった具合だ。

日本も人権問題を理由に
制裁可能な法律を作るべき

 ウイグル人という、イスラム教を信仰し、ウイグル語を話す人々が住む新疆ウイグル自治区は、一九三〇年代、一九四〇年代の二度にわたって東トルキスタン共和国として、一時的に独立した歴史がある。独自の文化と信仰を持ち、独立経験もある新疆ウイグル自治区では、特に一九九〇年代以降、民族独立運動が盛んになり、数年に一度テロが発生する状況となっている。中国政府は、このテロの可能性を理由として、裁判もなしに多くのウイグル人を収容所送りにしている。人工衛星からの映像でも、収容所の棟数は百万人を収容できる規模にまで拡大しているという。
 多くの証言によれば、収容されている人は前触れもなく拘束され、その拘束期限もわからない。習近平に対する忠誠心を植え付け、中国共産党の完全なシンパになるまで、帰ることはできないという。これは明らかに思想改造であり、人権侵害で、本来であればBBCの記事が伝えるように、監視団の派遣等、国連が事態収拾のためにアクションを起こすべきだが、安保理の常任理事国である中国に牛耳られた国連は何もすることができずにいる。日本政府も加藤官房長官が深刻な懸念を表明したり、四月十六日の日米首脳会談の共同文書に中国の人権状況に関する懸念を明記したりと、できる限りの手は打っている。今は日中の経済関係の深さに引きずられる時ではない。全ての先進国を含む、世界のほとんどの国が認めている人権を、平気で蹂躙している中国に対しては、日本も毅然とした態度で望むべきだ。EUやアメリカ、イギリス、カナダ等、欧米主要国は、この件で歩調を合わせて、政府幹部の国外資産の凍結や渡航制限等の、中国への制裁を発動しているが、日本には今はこれを可能にする法律がない。人権侵害を理由とした、他国民への制裁を可能にする法律を、日本も国会で速やかに可決するべきだろう。
 またこのウイグル問題に関して、日本のメディアの切っ先は鈍い。自ら一次情報を取ることはほとんどせず、海外の報道機関からの情報を流しているだけだ。この理由は、日中記者交換協定だ。この協定を根拠に、中国に都合の悪いことを伝えた報道機関の特派員は、中国からの退去を求められる。逆に中国の報道機関は、日本の悪口を言いたい放題だ。この日中記者交換協定は不平等条約の最たるものだが、民間である報道機関にこの協定の改定は難しいだろう。やはりここは、明治政府が江戸幕府による不平等条約の改正に取り組んだように、日本政府が日中記者交換協定の破棄に全力を尽くすべきだ。

うかつに手が出せない
中国「海上民兵」の脅威

 中国は日本に最も近い大国だ。この国のトップである国家主席は、最高指導者だった鄧小平の意向もあって、習近平主席の前の江沢民も胡錦濤も、五年を二期、合計十年の任期を守っていた。しかし今の習近平主席は、二〇一八年に憲法を改正し、二期という制限を撤廃して任期を実質終身とした。習近平帝国のスタートだ。日本に一番近い大国が個人独裁の国となって経済力を増し、その経済力で軍事大国となってきている。日本のメディアがあまり取り上げないが、これは明らかに脅威だ。
 こんな状況下でも、憲法九条も日米安保もあるから、中国が日本に武力行使することはないと主張する人がいるが、それは間違いだ。三月上旬に南シナ海のスプラトリー諸島周辺に、大型の中国漁船が集結し始め、その総数は二百二十隻に及んだ。中国の遠洋漁業は政府の統率下にあり、その指示による行動であることは明らかだ。一隻あたり五十人、約一万人の漁民は「海上民兵」と呼ばれる。この海域の領有権を主張するフィリピンもベトナムも、中国がこの二月に施行した海警法による武力行使を恐れて、漁船群に手を出すことができず、スプラトリー諸島は中国の実効支配を認めざるを得ない状況となっている。
 同様のことを、中国が東シナ海の尖閣諸島で行ったらどうなるのか。韓国と領有権を争っている竹島は、朝鮮戦争の最中の一九五三年に、韓国の独島義勇守備隊によって実効支配され、今に至っている。中国は海上民兵によって、尖閣諸島の実効支配を画策するかも知れないのだ。海上保安庁が海上民兵を排除しようとする場合は、海警法に従った中国海警局との武力衝突も覚悟しなければならない。このように尖閣諸島を巡る日中の対立は切迫しているのだが、多くのメディアはそのことを報じない。
 どの国の領土でも、不法に奪われた場合は、国を挙げて奪還を行うのは世界の歴史の常識だ。過酷な領土争いを繰り返してきたヨーロッパ諸国は、特に領土に敏感だ。

絶対に奪われないという
強い領土意識を持つべきだ

 中国も周辺国と領土争いを繰り返している。一九六九年にはウスリー川の中洲であるダマンスキー島を巡って、同じ社会主義国であったソ連(当時)と軍事衝突を起こした。一九六二年には中印国境紛争で、カシミール地方を巡ってインドとも戦っている。一九七九年の中越戦争では、カンボジアに侵攻してポル・ポト政権を崩壊させたベトナムに対して、ポル・ポトを支援していた中国が宣戦布告、ベトナムに侵攻したが、大きな損害を受けて約一カ月で撤退した。ベトナムは一九四六年からのインドシナ戦争でフランスを破り、一九六五年からのベトナム戦争ではアメリカに勝ち、中越戦争でも中国を撃退して領土を守った。どの国も自国の領土を守るためには、戦争を厭わないのだ。
 万が一にでも尖閣諸島が中国に実効支配されてしまった場合、交渉では取り戻すことはできない。武力で取り返すしか方法はないだろう。また日米安保があるからと言っても、尖閣諸島奪還のために、アメリカ軍が自衛隊の代わりに戦うことはあり得ない。あくまでも自衛隊が戦い、それをアメリカ軍が支援するという形になるだろう。竹島の二の舞のような事態にならないためにも、尖閣諸島への不法占拠の動きを未然に防ぐアクションと、それを可能にする軍事力の確保が急務だ。
 バランス・オブ・パワー、すなわち力の均衡のみが平和をもたらす。だから、抑止力としての軍事力はどうしても必要なのだ。国と国との約束も、条約だけで守られるものではない。国際仲裁裁判所に訴えても、その判断をどの国も守るとは限らない。実際、二〇一六年にハーグの仲裁裁判所が出した、南シナ海の中国の権益を認めないという判断を、中国は無視している。平和憲法があるから戦争に巻き込まれないという考えも、世界から見ればあり得ないものだ。戦後日本のこんな歪んだ外交観、領土観があるために、ロシアからの北方四島の返還も未だに実現していない。これ以上領土を奪われないためにも、尖閣諸島に人を常駐させるなど、官民を挙げた尖閣諸島防衛意識の向上が必要だ。特にメディアがもっと今の中国の動き、尖閣諸島周辺の動向について、突っ込んだ報道をしなければならない。中国はそれらの報道や世論を窺って隙あらばと、尖閣諸島を狙っているのだ。
 どの時代のどの国でも、戦争と戦争の間にしか平和は存在しないことを、今の多くの日本人はすっかり忘れている。平時において有時に備える国防精神は、本来どの国の国民でも持っているものだ。この精神を忘れれば、いずれ尖閣諸島だけではなく、沖縄や対馬等、日本の領土が次々と他国に侵されることになる。今日本人は最大限の警戒心を持って、中国への対抗策を考える必要がある。

2021年4月15日(木) 10時30分校了