駐日パラオ共和国大使館 特命全権大使 フランシス・マリウル・マツタロウ
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APAグループ代表 元谷外志雄
1948年生まれ。1974年ハワイ大学にて教育学学士を、1985年グアム大学にて教育学修士を修得。パラオ国立大学学長、パラオ国際サンゴ礁センターCEO、パラオ共和国副大統領執務室長官を経て、2013年より現職。
日本の委任統治領へ
元谷 本日はビッグトークへのご登場、ありがとうございます。パラオ共和国には先の大戦で激戦地となったペリリュー島があり、私も二年前に慰霊の旅に行ってきました。またかつての日本の委任統治領でもあり、百年にも亘って日本と良好な関係を続けてきました。ぜひ今日はパラオのことをいろいろと教えていただきたいのと、パラオの方から見た日本観もお聞きしたいと思いお招きしました。よろしくお願いいたします。
マツタロウ お招きいただき、ありがとうございます。このような機会が来ることを、心待ちにしていました。私はパラオから日本に赴任して八年になります。その際、パラオの大統領からはビジネスの話として、ホテルやゴルフリゾート開発に関して日本の企業と何らかの提携を結ぶことを託されました。
元谷 成田空港とパラオ国際空港が直行便で結ばれるようになり、また二〇一五年四月に当時の明仁天皇・美智子皇后が、国際親善と戦没者慰霊のためにパラオを訪問しました。これらのことから、多くの日本人がパラオを訪れるようになりました。私も天皇・皇后の訪問を見て、これは行かなければと思ったのです。近年の日本からの観光客数はいかがでしょうか。
マツタロウ 日本からの観光客数は、最近は三万人台と比較的安定しています。日本からの直行便は、新型コロナウイルスの影響で今は飛んでいません。日本航空と全日空の両方が定期チャーター便を運航しており、スカイマークも八月に定期便を開始させる予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期されています。
元谷 今は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、どの国でも観光客が激減しています。しかしこの状況は一過性であり、いつまでも続くものではありません。この対談がきっかけで、パラオに行ってみたいという人が増えるかもしれません。この月刊Apple Townは毎月十万部発行していて、全てのアパホテルの客室に置いています。アパホテルには年間三千万人のお客様が宿泊しますから、マツタロウさんの言葉も多くの方の目に留まるはずです。パラオの魅力を沢山語っていただければと思います。
マツタロウ ありがとうございます。まずパラオ共和国の基本的なことをお話します。四百以上の島々から成るパラオの面積は、全部合わせても日本の屋久島と同じぐらいです。人口は約二万人ですが、その他約一万五千人のパラオ人が海外で暮らしています。首都はマルキョク。公用語はパラオ語と英語で、アメリカドルが通貨になります。島々は十六の州に分かれていて、それぞれの州政府が自治を行っています。全域が熱帯雨林気候で年間平均気温が二十八℃、雨期が六〜十月、乾期が十一〜五月になります。
元谷 私が訪れたのは十一月でした。乾期の良い時期だったのですね。
マツタロウ はい、そうだと思います。
元谷 第一次世界大戦の時に、日英同盟に従って日本はパラオを含むドイツ領ミクロネシア(南洋群島)を占領しました。
マツタロウ 十九世紀にスペインの植民地に、その後はドイツの植民地だったのですが、日本軍の占領後の一九二〇年、国際連盟によって日本の南洋群島の委任統治が認められ、ドイツの植民地からは脱することになります。パラオのコロールに南洋群島全体を管轄する南洋庁本庁が設置され、第二次世界大戦の終了まで日本の統治が続きました。その後は国連の太平洋信託統治領としてアメリカの統治下に入ります。一九七八年、パラオはミクロネシア地域の統一国家からの離脱を住民投票で決め、一九八一年に憲法を発布して自治政府が発足します。しかし依然としてアメリカの国連信託統治下にあったのです。その後のアメリカとの自由連合盟約(コンパクト)案に合意、八回の住民投票によってようやくこの案が承認され、一九九四に発効、独立を果たしました。昨年が独立二十五周年であり、パラオと日本との国交樹立二十五周年でもあったので、両方を同時にお祝いしました。
美しい島やラグーンを満喫
元谷 産業は観光がメインなのでしょうか。
マツタロウ はい、その通りです。パラオでは観光が一番成熟した基幹産業で、中でも日本からの観光客が一番安定しています。パラオを訪れる観光客は年間十万人程度なのですが、その中の三割から三割五分が日本人観光客です。パラオの観光は三つの「S」で成り立っています。太陽(sun)、海(sea)そして砂(sand)です。まず海はダイビングスポットとして、世界的に人気があります。島として世界自然遺産にも登録されているのが、コロール島とペリリュー島の間にある島々、ロックアイランド群と南ラグーンです。古代のサンゴ礁が隆起した島々がロックアイランド群で、ほとんどが無人島。周囲にはサンゴ礁で作られた浅い湾であるラグーンが広がっています。このロックアイランド群の一つ、マカラカル島にある塩水湖・ジェリーフィッシュレイクでは、その名の通り数百万匹ものタコクラゲが回遊していて、パラオでも有名な観光地になっています。このような湖底が海と繋がっている湖が多く、ニードルスパインコーラルゴビーというハゼの固有種や、カニハゼ・テッポウウオ等、多くの生物が生息しています。またラグーンには、ブラックフィンバラクーダの大群を観ることができるスポットもあります。ロックアイランド群には古代の岩絵や村の住居跡等、様々な遺跡も残されています。
元谷 海は本当に美しかったですね。あと思っていたよりも暑さを感じなかったです。パラオ国際空港のあるバベルダオブ島がパラオ最大の島で、商業の中心であるコロール島には、日本の援助で作られた日本・パラオ友好の橋で繋がっています。ここから船でパラオで二番目に大きい島・ペリリュー島に渡りました。先の大戦の末期の一九四四年九月、この島で日本軍守備隊とアメリカ軍の戦闘が行われたのです。
マツタロウ はい、私はペリリュー島の出身ですから、それらのことは良く知っています。
元谷 そうでしたか。このペリリューの戦いでは叩き上げの中川州男大佐が守備隊の指揮を執り、全島を徹底的に要塞化しました。そのためアメリカ軍の上陸前の激しい艦砲射撃にもほとんど損害を出さずに逆に上陸部隊を攻撃、多大な損害を与えました。結局中川大佐は、アメリカ側が三日で攻略できると楽観視していたペリリュー島を、七十一日間に亘って守りきったのです。ただ最後は約一万人の日本兵が戦死、中川大佐は自決しました。またその戦果以上に評価されているのが、ペリリュー島にいた民間人を事前に全員他の島に移していて、一人の犠牲者も出さなかったということです。ペリリュー島には今も多くの戦争の跡が残っています。日本軍の司令部跡には建物が残っていて、爆弾の跡や銃痕を見ることができます。日本軍、アメリカ軍双方の戦車や短砲も当時のままの姿です。日本兵慰霊のために一九八二年に再建されたペリリュー神社には、アメリカ太平洋艦隊司令長官・ニミッツ提督の言葉「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ」を刻んだ碑が置かれています。敵からも称賛される戦いを行った中川大佐とペリリュー島守備隊は、素晴らしいと思います。多くの日本人に訪れて欲しい場所です。
マツタロウ 私も日本軍は本当に勇敢で良い戦いをしたと思っています。
元谷 ただ今は新型コロナウイルスの影響で、ホテル等観光産業はどの国でも厳しい状況に陥っています。日本も今年は外国人観光客が一万人程度しか入ってこないでしょうし、海外に行く人も激減するでしょう。一過性のもので、いつまでも続くことはないと思うのですが。パラオでは、農業や漁業等、観光以外に力を入れようとしている産業はないのでしょうか。
マツタロウ 全てはこれからという状態です。今の政府の政策目標として、日本からの支援を受けながら、農業や魚の養殖、海洋開発を行っていこうとしています。これまでも二回、日本からの貿易ミッションがパラオにやってきました。また日本とは漁業についても協定を結んでいて、マグロを日本に輸出しています。
元谷 石油等の資源の状況はどうでしょうか。
マツタロウ 北部の海域を科学的に調査したところ、海底油田の可能性があることがわかっています。この開発もこれからですね。当面は観光に力を注ぐことになると思います。代表にもぜひパラオにホテルを建設して欲しいです。
元谷 二百室のホテルを作るとして、×三百六十五日の部屋が埋まる予測が必要になります。年間の外国人旅行者数等の数字から検討していくことになりますね。例えば国がホテルを建設、アパホテルが運営のノウハウを提供するという形ならあり得るでしょう。海外にいるパラオ人からも出資を集め、国が主導してホテルを建設することは、観光政策として王道だと思います。場所もパラオで最も景色が美しい場所に、海面と同じ高さに見えるプールやプライベートビーチ等施設も充実させることがポイントになります。
マツタロウ ぜひ実現させたいですね。
元谷 リゾートホテルにもいずれ本格的に進出したいですが、やはり安定したホテル運営には、ビジネス客をメインターゲットにするのが一番です。一週間で最も多いのは平日であり、平日に利用者が多くなる業態がベストなのです。だからビジネス客が利用しやすいように、アパホテルは必ず地下鉄等の駅から歩いて数分のところに作っています。
マツタロウ なるほど。アパホテルは高稼働率を保っていますので、代表の戦略が正しいことがはっきりと証明されていますね。
整備されたシステムが必要
元谷 ただ今年の業績は新型コロナウイルスの影響を非常に強く受けていて、厳しい情勢です。世界中同じですからしょうがないのですが…。中国のおかげで、世界中が迷惑を被っている状態です。人が移動できなくなると何もかもが駄目になります。航空各社も多くが破綻寸前です。この状況があと半年も続けば、来年の東京オリンピックの開催にも赤信号が灯るでしょう。さらなる延期はあり得ませんから、中止にだけはしたくありません。多くの企業が東京オリンピックを目指してホテルを建設していますから、開催中止となれば大打撃を受けるでしょう。ただ、そういう単一のイベントだけを考えてホテル事業に手を出すのは危険です。建設する場合は、数十年に亘って需要があるかどうかをよく検討する必要があります。
マツタロウ 非常に幸運なことに、パラオでは現在に至るまで新型コロナウイルスの感染者が一人も出ていません。
元谷 それは素晴らしいことですが、今後も検疫による水際対策の徹底が必要ですね。一人でも感染者が入ってくると、どんどんウイルスが広がっていきます。日本でも岩手県でずっと感染者が出ていなかったのですが、七月三十日に出てからは毎日感染者が報告されています。化学兵器や核兵器等の大量破壊兵器の中でも、ウイルス等の生物兵器が一番怖い。核兵器が爆発してもその影響は周囲数十キロメートルにしか及びませんが、大陸間、国家間を人々が行き交う現代においては、ウイルスは一気に世界中に広がっていきます。新型コロナウイルスでは世界中で約七十万人、アメリカだけでも約十六万人が亡くなっていますから、これはもう第三次世界大戦と言っても良いでしょう。これから人類は常に感染症と戦う必要が出てきました。これをすぐに克服できるシステムの構築が急務でしょう。
マツタロウ その通りだと思います。
元谷 中国で最初に発生した新型コロナウイルス感染症ですが、日本、イラン、ヨーロッパ、アメリカと感染が広がり、今は南米で感染が拡大しています。オーストラリアも再度感染者が非常に増えています。不思議なことに、人口百万人当たりの死者数を多い順に国別に並べると、三桁に及ぶ上位国は全て白人国家です。しかし、東アジアの日本や韓国、中国の人口百万人当たりの死者数は一桁と、上位国と百倍違うのです。白人にだけ致死率が高いよう人工的に作られたウイルスではないかという疑いを、私は持っています。十六世紀、スペインが新大陸に手を伸ばした時、スペイン人が持ち込んだ天然痘によってアステカ帝国もインカ帝国も滅びました。そんな戦略の匂いすら感じるのです。とにかくパラオは検疫の強化ですね。
マツタロウ はい、仰る通りです。
進まない海外での遺骨収集
元谷 ところで、パラオの政治体制はどのようになっているのでしょうか。
マツタロウ アメリカに似ていて、直接選挙によって国家元首を選ぶ民主的な政治形態である大統領制です。議会も上院と下院の二院制になっています。
元谷 軍隊はあるのでしょうか。
マツタロウ ありません。先程お話したアメリカとの自由連合盟約(コンパクト)によって、パラオの安全保障・国防上の責任はアメリカが負っているのです。アメリカ軍がパラオに駐留しているわけではないのですが、有事の際にはアメリカ軍によるパラオの土地の利用が認められています。
元谷 日米安保条約に似ていますね。沿岸警備隊もないのでしょうか。
マツタロウ ないですね。国内的にも治安は安定しています。
元谷 人口が少ないので、国民が結束しやすいのかもしれませんね。
マツタロウ 伝統的な統治制度がまだ残っているのです。上院下院の他に、十六州それぞれを代表する十六人の酋長からなる酋長協議会が存在しています。彼らは大統領補佐官的な役割も果たしています。
元谷 税制はどのようになっているのでしょうか。
マツタロウ 比較的シンプルで、対個人としては六%の所得税のみです。資産課税や相続税、消費税はありません。法人に対しては事業税、所得税、輸入税の三つです。私も小さなビジネスをしていましたが、大体税率は合わせて十四%ぐらいでした。
元谷 移住したくなるような税率ですね(笑)。
マツタロウ 代表であればいつでも諸手を挙げて歓迎しますよ。太平洋の島々はポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの三つの地域に分けられるのですが、パラオはミクロネシアに属していて、ここには他にミクロネシア連邦やマーシャル諸島、キリバス等の主権島嶼国家があります。パラオは太平洋諸島フォーラム(PIF)やフォーラム漁業機関(FFA)、太平洋共同体(PC)に所属していて、周辺各国と緊密な協力体制を築いています。
元谷 やはりパラオは今後、高級リゾートとして開発するのが面白いと思います。観光的にはまだまだ伸びしろがあるでしょう。高い山はないのでしょうか。
マツタロウ 最大の島・バベルダオブ島のゲルチェレチュース山が、標高二百四十二メートルでパラオで最も高い山です。ペリリュー島にも尾根があり、その上に登ると島全体を見ることができます。軍事的な意味でもそれは重要な場所で、日本軍もかなり活用しました。山には何千もの洞窟があり、これを掘り出して日本軍は壕に変え、立て籠もったのです。
元谷 そうですね。その洞窟をアメリカ軍は火炎放射器で焼いたり、入り口をブルドーザーで塞いだりして攻略したのです。
マツタロウ 日本軍が利用した洞窟のほとんどが、今日までブルドーザーで入り口を塞がれて閉鎖されています。これを開けるために、パラオ政府と日本政府の間に遺骨収集の協約が結ばれています。収集した骨はDNAチェックを行い、日本人の遺骨と確認した上で日本に持ち帰られています。
元谷 何十年も前に亡くなった人の骨が日本人かどうかわかるなど、最近の技術は凄いですね。海外にはまだまだ日本兵の遺骨が眠っています。これらは全て回収しなければならないと、私は思っています。アメリカ軍の場合、全ての兵士の遺骨収集を行います。そして捕虜に取られた場合は、徹底的に釈放を求めます。だからアメリカ軍将兵は命を懸けて戦えるのです。日本も同様に全ての遺骨を集めなければ。しかし残念なことに、この作業は進んでいません。パラオは今後益々観光立国を目指し、一大リゾートとなることを願っています。最後にいつも日本の若い人へのメッセージをいただいているのですが。
マツタロウ 日本とパラオの関係は、百年以上も前に遡ります。一八二一年、日本の船が千葉沖で漂流し、その中でパラオに六人の日本人が流れ着いたのです。彼らは三年半パラオに滞在し、フィリピン等を経由して日本に戻りました。そして第一次世界大戦後の委任統治、一九九四年の独立後の国交樹立を経て、日本とパラオは友情を深化させてきました。パラオの人々は今日、日本のことを安定した同盟国であり、信頼できるパートナーであるとみなしています。日本の若い人も是非このことを知って、未来永劫この友情が続くことを願って欲しいと思います。
元谷 そんなに古くから日本とパラオは関係があったのですね。ところでマツタロウさんはどこで教育を受けたのでしょうか。
マツタロウ ハワイ大学です。
元谷 それは櫻井よしこさんと同じですね。日本の学校で教えていることと、海外の学校で教えていることが異なるのです。正しい歴史を学ぶには、日本の教育だけでは駄目です。日本は悪いことをしたとばかり言われていますし、戦争には負けましたが、日本の戦いによって世界から人種差別が撤廃され、植民地が開放されたのです。このことをしっかりと若い人に伝える必要があると考え、私は誇れる国・日本の再興を目指す運動を展開しています。マツタロウさんにも、ぜひ一度勝兵塾に参加していただきたいですね。
マツタロウ わかりました、是非。
元谷 今日は本当にありがとうございました。
マツタロウ ありがとうございました。
対談日:2020年7月31日