Essay

自由民主主義諸国は結束して中国に対抗せよVol.336[2020年9月号]

藤 誠志

自由民主主義を脅かす
香港国家安全維持法

 
 七月一日の日本経済新聞一面トップの見出しは「香港国家安全法が施行」「中国、統制強化 一国二制度危機」だった。中国が制定した香港国家安全維持法によって、香港の一国二制度が危機を迎えている。記事の冒頭には「香港国家安全維持法のポイント」として、以下のようにまとめられている。
・国家分裂、政権転覆、テロ活動、外国勢力との結託を犯罪と規定
・中国政府は指導・監督のために香港に「国家安全維持公署」を設置
・香港の他の法律と矛盾する場合は国家安全法が優先する
 さらに日本経済新聞では三日間に亘って「強権中国と世界」という囲み記事を掲載している。
 第一回目のタイトルは「民主主義への挑戦状」だ。この国家安全維持法は「香港の立法会(議会)を通さず、中国の法律を直接適用するという『一国二制度』を揺るがす非常手段」であり、これは「米欧が培ってきた民主主義に中国が突きつけた挑戦状」だという。
 一九七八年に改革開放路線を打ち立てた鄧小平は、香港を窓口として資本主義を導入し、経済発展を目指した。その結果「中国は鄧氏の想定を遥かに上回る速さで豊かになった。世界のGDPに占める割合も二〇〇一年の四%から一八年には一六%にまで上昇し、多くの国にとって最大の貿易相手国となった」。この発展を背景として中国は、「国家安全法の下で香港は安定し、繁栄は続く」として、「民主主義がなくても資本主義は機能する」証拠の一つに香港を加えようとしている。「民主主義と強権体制の攻防は新たな次元」に入ったと、まずこの項を結ぶ。
 第二回目のタイトルは「幻の『平和的台頭』」「経済『人質』動けぬ各国」だ。
 一国二制度はそもそも中国が台湾統一する際のモデルとして考案されたものだが、それが香港で骨抜きにされた。さらに中国は台湾の「独立阻止のためには武力行使も辞さないと公言し、台湾を威嚇」している。一九六七年発足の東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国は、長年安全保障はアメリカ、経済は中国という「いいとこ取り」をしてきたが、中国は「平和的台頭」という大前提を捨てて「政経を渾然一体にし始めた」。オーストラリアが新型コロナウイルスの発生源の調査を提案すると、中国は「豪州産の大麦や食肉の輸入規制に踏み切り、豪州への観光・留学の自制を国民に勧告した」。イギリスに対しても、5Gからファーウェイ製品を排除すれば、英国内の原発や高速鉄道の建設計画から中国企業が手を引くぞと脅しているという。
 第三回目のタイトルは「一〇年後米中は拮抗」「民主国家の結束問われる」だ。
 「香港国家安全維持法」の成立に対してアメリカ議会は、自国の金融システムから中国を締め出す等の制裁法案可決に向けて調整を行っているが、これに対してトランプ大統領は消極的だ。新型コロナウイルスによって多数の死者が出たイタリアは「一帯一路」への参加国だ。それ故にファーウェイ等の中国企業は人工呼吸器や防護用品を多数イタリアに寄付、それらについてイタリア国内で盛んに報道が行われている。
 二〇三〇年代にはGDPでアメリカを抜いて首位になると予測される中国は、露骨に拡張主義を推し進めている。これを「食い止めるには、自由や民主主義の価値観を共有する国々の結束が欠かせない」のだが、アメリカやイタリアの例からも、今や国際協調は揺らいでいる。この自由民主主義国家陣営の結束の再構築が、今求められているというのが、このシリーズ記事の結びだ。正にその通りだろう。

英米の覇権の下で
繁栄した資本主義

 世界は今、資本主義から脱却して、「豊かなゼロ成長時代」に向かおうとしている。元財務官で経済学者の榊原英資氏が、就活サイト「キャリタスファイナンス」に寄せている「ポスト資本主義の時代へ」という一文を引用する。「近代資本主義は、長い一六世紀(一四五〇~一六四〇年)から始まったとされている。中世の帝国の崩壊の後、イタリア諸都市から生まれた『主権国家』は次第に北上しオランダ、そして最終的にはイギリスが主権国家として世界に雄飛した。ブローデルが名著「地中海」(全五巻・浜名優美訳・藤原書店・一九九一~九五年)で指摘したように、その最大の分岐点は一五七一年のレパントの海戦だった。この海戦でのスペイン・イタリア諸都市連合軍のオスマン帝国に対する勝利は、いわば中世の終焉であり、西欧近代の黎明だったのだ。この時期はスペインのフェリペ二世の全盛期、イギリスではエリザベス一世がすでに即位していた。エリザベス一世の時代は一六〇三年まで続き、一五八八年にはドレーク等がスペインの無敵艦隊を破り、次第にスペインからイギリスへとヨーロッパの主役は移っていったのだった」。
 「イギリスは一八世紀末の産業革命を経て資本主義体制を確立、世界の七つの海を支配し資本主義システムを世界に広めていった。日本もまた明治維新を経て、後発の資本主義国家として、ドイツやイタリア等とともに資本主義体制を確立していき、一九〇二年(明治三五年)には日英同盟を結び、イギリスをモデルに近代化・産業化を進めていった」「資本主義システムはイギリスからドイツ・フランス等の大陸ヨーロッパ、そしてイギリスの植民地だったアメリカにも広まっていった。第一次世界大戦・第二次世界大戦の戦場となったヨーロッパは次第に疲弊し、第二次世界大戦後はアメリカが資本主義システムを担うこととなる。一九世紀半ばから第一次世界大戦まではイギリス帝国の最盛期、パクス・ブリタニカと呼ばれた時代だったが、第二次世界大戦後はアメリカを盟主とするパクス・アメリカーナの時代が続き、アメリカはマーシャル・プランでヨーロッパを支援し、日本にもガリオア・エロア資金等で援助をしたのだ」「第二次世界大戦で荒廃したヨーロッパと日本は戦後復興のフロンティアだった。また、アジアやアフリカ諸国も援助等を軸に力強く経済復興を展開していき、『より遠くに、より速く、より合理的』に進むことによって近代資本主義は大きく花ひらいていったのだ。戦後、世界経済は高度成長期に入り、特にOECD諸国は一九五〇~八七年の間平均で三・九%の成長を達成した。(一九〇〇~五〇年の平均成長率は二・二%)特に、敗戦で荒廃した日本やドイツ等の成長は目覚しく、一九五〇~八七年の平均成長率は日本が七・一%、西ドイツが四・四%、イタリアが四・四%に達した。日本は高度成長期(一九五六~七三年)には平均九・一%、安定成長期(一九七四~一九九〇年)には平均四・二%の成長率を記録している。しかし、高度成長期・安定成長期は一九八〇年代に終焉し、日本・ドイツ等をはじめ世界経済は成熟期に入っていく。一九九〇年から二〇一六年の日本の年平均成長率は一%弱であり、また多くの先進国もその成長率は〇から二%のレンジ、平均一%だった」。

ポスト資本主義時代に迫る
パクス・チャイナの脅威

 「ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授はこれを中長期的停滞(Secular Stagnation)と呼んでいるが、資本主義が成熟し『豊かなゼロ成長』の時代に入ったのだということがいえるのではないだろうか。これは、ある意味では、資本主義の終焉と考えることもできる。世界経済、特に先進国経済は成熟期に入り最早より遠くに、より速く、より合理的に進むことが難しくなってしまったのだ。地理的にも産業展開の面でもフロンティアはほぼ開発しつくされ、『より近くに、よりゆっくり』進まざるをえなくなってしまった」「そして、利潤率と利子率は低下し、各国の金利は大きく低下してきている。二〇一七年一月六日現在日本の一〇年債の金利は〇・〇五一%、ドイツ一〇年債〇・二四六%、アメリカ一〇年債二・三六一%となっている。この低金利は、中世終焉後の長い一六世紀(一四五〇~一六四〇年)以来の一時代であった『近代資本主義時代』の終わりを招いたと言えるだろう。そして世界は『ポスト資本主義』の時代として、世界が未だ経験したことのない豊かなゼロ成長の時代に入っていく。今後、世界経済がどのように展開していくのかは、予測しにくい状況だといえよう」。
 かつて世界は七つの海を支配したイギリスが世界覇権を握り、その後は第二次世界大戦に勝利したアメリカとソ連による冷戦となり、冷戦終結後は第三次となる大きな戦争がない時代となり今日まで続いてきた。そして今、時代はパクス・チャイナ時代に向かおうとしている。覇権はヨーロッパからアメリカ、そして中国へと地球を西廻りに巡っているのだ。しかし資本主義的手法を導入しているとはいえ、国家運営は社会主義、一党独裁の体制を貫く国家の下に世界中が入り込んでいって、果たして良いのだろうか。かつてのソ連のように分裂することがなかった中国は、十四億人もの国民を一つの政権の下に統治するという、人類が試みたことのない実験を続けている。この統治を支えているのが防犯カメラや盗聴システム等、最新のIT技術によって構築された強固なハイテク監視体制だ。これが世界のスタンダードとなることは、人権を重んじる自由主義への大きな侵害となる。

中国は民主化せず
香港が中国化されつつある

 日本経済新聞の記事にもあった通り、一国二制度はそもそも台湾統治のためのモデルであり、今香港で起っていることは、将来台湾でも起こり得ることだ。そして台湾の次は沖縄、そして日本本土と中国の傘下に入れられてしまうかもしれない。香港を他人事のように見ている人も多いと思うが、次は我が身なのだ。一九八四年の英中共同声明では、一国二制度を五十年間維持するという約束で一九九七年のイギリスからの香港返還が決められたのだが、中国は国家安全法によってその約束を反故にした。国際社会から見れば、不法国家との謗りは免れない。しかし不法をものともしない国家との対峙には、力のバックグラウンドが必要だ。平和とはバランス・オブ・パワーによって成り立つものであって、力がないと強い側に支配されてしまう。今の日本は日米安保の力も借りて、なんとか中国とのバランス・オブ・パワーを維持している状態だ。発火点となる可能性があるのは、日本固有の領土である尖閣諸島だろう。一九六八年に行われた海洋調査によって石油資源の埋蔵の可能性が指摘されたことから、一九七一年に中国が領有を主張し始め、一九七二年の日中国交正常化の時には日中双方が棚上げに合意した。しかし現状では、中国の公船による領海侵犯が頻発、いずれ中国人漁民が台風や事故による避難という名目で上陸してくるのではないか。一旦上陸すれば、これを守るためという名目で軍が派遣される。李承晩ライン制定直後、韓国の独島義勇守備隊が上陸した竹島と同じ展開になる可能性がある。日本固有の領土を占領された場合、それを奪還するために戦うことは自衛権の範疇だ。一九八二年のフォークランド紛争では、イギリスは客船クイーンエリザベスⅡ号を徴用、アンドルー王子までが従軍して、国の威信を掛けて植民地のフォークランド諸島を奪還した。尖閣諸島が占領された場合も、自衛隊は断固として奪還作戦を行い、バランス・オブ・パワーの回復に努めなければならない。
 過去における自由民主主義諸国の見通しも甘かった。一九九七年、香港を中国に返還する時には多くの国々が、五十年もあれば中国が民主化すると考えていたのだ。しかし実際には反対に香港の中国化が進行した。さらに、南シナ海の岩礁を埋め立てて、公海を中国の領海に転換しようとしている。百年マラソンとして、建国百周年となる二〇四九年までに中国は世界覇権を握ろうとしている。十四億人の人口は広大な市場でもあり、強力な生産力の源でもある。この人口をベースに経済力、軍事力を増していけば、確かにアメリカに代わって覇権を握ることも可能だろう。そして生まれるパクス・チャイナによって、自由主義と民主主義は根こそぎ失われるかもしれない。そうならないためにも、自由民主主義国家は結束して中国への警戒を怠らず、自由主義と民主主義と市場経済を守るべく行動すべきだ。まずはイギリスを中心に協調して、香港における一国二制度の維持を中国に迫るべきだろう。自由民主主義諸国の覚悟が今問われている。

2020年7月14日(火) 16時00分校了