Essay

現実的な安保議論で憲法改正を進めよVol.316[2019年1月号]

藤 誠志

超党派で合意された
アメリカの中国叩き

 以前に会って意見交換をしたことがある、アメリカの著名な戦略家、エドワード・ルトワック氏が十月に来日した際に語ったことをまとめた戦略学者の奥山真司氏の記事が、「E・ルトワックいわく『アメリカは中国共産党を潰す』」というショッキングなタイトルで雑誌WiLLの二〇一八年十二月号に掲載されている。「トランプ政権は対中政策の見直しを図り、いまや米中貿易戦の真っただ中にあります。そしてついに、中国共産党政権を崩壊させることを国家戦略として掲げるに至った」というのだが、この「予言」の根拠として四つの事実を挙げている。一つ目が「米国のエリート層の間でコンセンサスができたこと」。「CFR(外交問題評議会)という老舗シンクタンクを中心とした外交・国防の専門家たちによって、今後の米国政府の方針が話し合われ、そこで中国共産党政権を敵視するという合意ができた」という。二つ目が「軍事ロビーと外交ロビーが『反中』で合意したこと」。九月末、南沙諸島周辺で「航行の自由作戦」に従事していた米海軍の艦船に中国艦船が異常接近したことで、中国はアメリカの覇権を脅かすと、軍事・外交関係者の意見が一致したという。
 三つ目は「テクノロジー業界による要請」だ。アップルやグーグルなど新興IT企業に勤めた中国人が母国に技術やデータを持ち帰っており、これらの犯罪を防ぐために、IT業界がFBIのシリコンバレーへの常駐を求めているという。四つ目は「中国共産党の人権侵害にアメリカのメディアがしびれを切らしたこと」。最近激しくなっている新疆ウイグル自治区での弾圧を九月にニューヨーク・タイムズが特集記事にしたことで、アメリカ世論の中国共産党批判が激しくなり、ペンス副大統領も「数百万人の規模でイスラム教徒のウイグル族を再教育施設に収容し、政治的な洗脳を強いている」と強烈に中国政府を非難。これまでもアメリカの政権は中国の人権問題を取り上げてきたが、ここまで本格的に批判して関税で制裁まで行ったのは、トランプ政権だけだという。
 さらに次のように記事は続く。「つい最近もカバノー氏の最高裁判事指名をめぐって共和党と民主党による党派対立が激化しました。トランプ大統領就任以降、アメリカ国内や議会の『分断』が進んでいますが、対中政策についてだけは超党派で意見が一致しています。議会中間選挙の結果に関係なく、アメリカは徹底的に中国を叩き続けるでしょう」。これは正に「新米中冷戦」の始まりだろう。

新米中冷戦の火薬庫と化す
南シナ海、台湾、尖閣諸島

 この記事でも触れられていた「艦船の異常接近」から窺える米中の意図については、ニューズウィーク二〇一八年十一月十三日号に掲載された、ジャーナリストの近藤大介氏による「海軍に執着する習近平の夢」という記事が詳しい。「ペンス米副大統領が激怒した駆逐艦の異常接近」「新冷戦覚悟で南シナ海、台湾、尖閣にこだわる理由」というサブタイトルに続き、南シナ海で何が起こったかがまず語られている。「九月三十日に米ミサイル駆逐艦ディケーターが南シナ海を航行中、中国人民解放軍の駆逐艦が、『危険かつ軍隊としての規範を逸脱した行動で急接近した』というのだ。ディケーターは当時、スプラトリー(南沙)諸島のガベン(南薫)礁とジョンソン南(赤爪)礁の十二カイリ(約二二キロ)内を通過する『航行の自由作戦(FONOP)』を実施していた」「中国艦は攻撃的な行動を続け、ディケーターに周辺海域から離れるよう警告。最後は約四一メートルの距離まで接近したため、ディケーターは衝突を避けようと、やむなく進行方向を変更した」という。これに対する十月四日のペンス副大統領の反応は以下の通りだ。「ペンスはまず、習が一五年九月にローズガーデン(ホワイトハウスの会見場)で『中国は南シナ海を軍事化する意図はない』と発言したことに言及。だが実際には、人工島に軍事基地を建造し、高度な対艦ミサイルと対空ミサイルを配備。そして『ディケーターに対して攻撃的な異常接近を行った』と中国を批判した。『無謀な嫌がらせを受けても、わが米海軍は航行、航海、作戦行動を続けていく。われわれは脅威に屈したり、撤退することはない』」「実際、米海軍は習が『南シナ海を軍事化する意図はない』とうそぶいた翌月以降、これまで少なくとも計一二回のFONOPを敢行してきた」という。
 しかし中国はそんなアメリカの牽制を意に介していないようだ。「習は今年四月一二日、南シナ海を航行する駆逐艦『長沙』の艦上で、人民解放軍史上、最大規模の海上閲兵式を挙行。空母『遼寧』をはじめとする四八隻の艦隊、七六機の戦闘機、そして一万人を超す海軍兵士たちを前に、気勢を上げた」「『強大な海軍建設は、中華民族が領海を強化する時代に見合ったもので、民族の偉大なる復興の実現に重要な保障を与えるものだ』と、習は主張した。中国共産党の堅強な指導の下で、海軍は『波を蹴って進み、万里の海域を縦横に行き、遠海大洋に勇進し、時代の発展の潮流に大きく踏み出し、世界が瞠目する偉大なる成果を成し遂げる』と豪語したのだ」。そしてアメリカ軍との軍事的均衡を保つために、中国は南シナ海にスプラトリー諸島の人工島群など三つの頂点を擁する三角形の支配領域を構築しようとしていると、この記事は指摘している。
 さらにもう一つの中国の海軍力強化の理由として、「習が自分の主席在任中に台湾統一を図ろうとしていること」があるとしている。「習外交の『原点』は、九六年三月に起こった台湾海峡危機だ。台湾独立派の李登輝総裁の再選を阻止しようと、最前線に立って台湾を威嚇していたのが、当時、福州軍分区党委第一書記(福建省党委副書記兼任)を務めていた習だった。結局、アメリカ第七艦隊が繰り出した『ニミッツ』と『インディペンデンス』の空母打撃群に蹴散らされた。この経験は政治家・習に、『米軍に対抗できる海軍力を保持しなければ、台湾は永遠に統一できない』と痛感させた。現在、台湾西方の台湾海峡では大陸に二九カ所空軍基地を有する人民解放軍が有利だ。だが東方の太平洋側は『米軍の海』であり、北方には在日米軍の嘉手納基地がある。そのため、南方を人民解放軍が確保しない限り、台湾統一はおぼつかない」「今年三月一一日、習は全国人民代表大会で憲法改正を行い、二期一〇年という国家主席の任期制限を撤廃することに成功した。昨年一〇月の第一九回共産党大会では、党規約(章程)の『個人崇拝禁止条項』撤廃に失敗した習が、なぜ憲法の主席任期撤廃に成功したのか。筆者には、習が『必ず自分の代で台湾統一を果たしますから』と、長老たちを説得して回ったとしか考えられない」「実際、習近平が前述の駆逐艦『長沙』で派手な海上閲兵式を行った直後、人民解放軍は本格的な『台湾包囲演習』を実施した。空母『遼寧』が、台湾とフィリピンを隔てるバシー海峡の東方に出て、西太平洋で本格的な攻撃および防御の訓練を挙行。二機の爆撃機が沖縄本島と宮古島の間を抜けて西太平洋に向かい、その後、バシー海峡を通過して中国に帰還した。台湾海峡の福建省沖の海上では、射撃実弾演習を行った」「こうした中国の動きに対し、トランプ米政権は歴代政権の枠を超えて、台湾(蔡英文政権)への政治的・軍事的関与を強めている。そのため、台湾は南シナ海に次ぐ米中の『火薬庫』と化しつつある」という。この記事は「米中貿易戦争がエスカレートし、『米中新冷戦』が言われ始めた現在、南シナ海、台湾、尖閣諸島の『三つの火薬庫』は、いつ発火してもおかしくない」と結ばれている。

中国牽制のために
核秘匿を黙認するアメリカ

 中国は建国以来、周辺国を侵略し続けてきた。一九四八年にはチベットに侵攻、一説には百二十万人のチベット人が犠牲になったと言われている。一九五〇年にはソ連が金日成をそそのかして始めた朝鮮戦争に義勇軍と称して派兵し参戦、一九六二年にはインドと中印国境紛争、一九六九年にはダマンスキー島の領有権をめぐる中ソ国境紛争で武力衝突を引き起こし、一九七九年にはベトナムがカンボジアへの侵攻したことに対する懲罰として鄧小平がベトナムに侵攻し、中越戦争が勃発した。中国軍は、アメリカとの実戦経験と装備が豊富なベトナム軍の激しい反撃に遭遇、結局撤退を余儀なくされた。中国は、陸上で国境を接する国とは一通り紛争を経験、国境を確定させてきた。次に狙うのは、ニューズウィークの記事にあるように、海上での覇権と台湾の併合だ。二〇〇七年、中国海軍幹部がアメリカ太平洋軍のキーティング司令官に、ハワイを基点とした太平洋の米中での分割統治を提案したという報道があった。また二〇一七年にも習近平国家主席はトランプ大統領との共同記者発表で、「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」と太平洋二分を想定した発言を行っている。百年マラソンで、二〇四九年までの世界覇権奪取を目指す中国が、そのステップとして海軍力を増強して太平洋進出を行おうとしているのは、明らかだろう。
 現状では、中国人民解放軍は陸での戦いはともかく、制海権や制空権を握っているわけではない。日本と比較した場合、航空戦力では米軍と連携することで今はまだ日本の航空自衛隊の方が優れているが、中国軍も第五世代ジェット戦闘機の導入を加速させており、互角となるのは遠い将来ではない。海軍力でも日米安保条約に基づき米海軍と連携している海上自衛隊が中国海軍を凌駕しており、日本周辺の制海権は海上自衛隊が握っている。しかし中国海軍初の空母「遼寧」に次ぐ国産空母の一隻目はすでに進水しており、二隻目も建造中だ。このペースで海軍力が増強されると、日本にとって大きな脅威になる。
 北朝鮮を巡る中国とアメリカの駆け引きも微妙だ。今年六月の米朝首脳会談での共同声明では朝鮮半島の完全非核化が謳われているが、その後のアメリカの北朝鮮への対応が曖昧だ。アメリカは北朝鮮に徹底的な核の廃棄をさせるつもりがないのではないか。その目的は中国への牽制だ。そもそも北朝鮮の核兵器は中国に向けたものだ。それがわかっているから中国はなんとしてでも北朝鮮の核開発を阻止しようとし、二〇〇四年、金正日を北京に呼びつけて核開発を止めるよう説得、しかし金は核開発断念を拒否した。そこで中国側は金の排除を工作、北京からの帰り道の龍川駅で小型原爆並のTNT火薬八〇〇トンもの爆薬を使って、金正日が乗車する列車の全車両を破壊する大爆発で、金正日を爆殺しようとした。ところがその列車にはおそらく金正日のダミーは乗車していたと思われるが、ロシアかアメリカから情報提供されて本人は難を逃れた。そのことから金正日は自分を守るものは核しかないと悟り、二〇〇六年になって不完全ではあったが最初の核実験に成功した。その後、今回までに六回の核実験を行って水爆まで保有するようになった。しかし大量に核兵器を保有する核大国であるアメリカやロシア、中国に対しては、北の核はさほど脅威ではない。アメリカは大陸間弾道ミサイルの開発・保有や、今後の核兵器の製造・実験を一切行わない代わりに、秘匿されている核兵器には目をつぶり、潜在核保有国として中国に対する核バランスを維持させようとしているのではないか。トランプ大統領の金正恩への最近の発言を見ていると、このような憶測を禁じ得ない。これはもちろん日本にとっての最大の脅威だ。なぜなら核を隠し持つ北朝鮮が今後、北に融和的な文在寅政権を利用して韓国を併合、誕生する一国二制度の朝鮮連邦が中国の手先と化して日本を脅す可能性があるからだ。この朝鮮連邦が北朝鮮に対する戦前戦後の賠償金として数兆円の賠償を我が国に求めてくるかもしれない。それを支払えば、北朝鮮はさらに軍事力を増強するだろう。日本政府は情報を集め、戦前北朝鮮に残置した膨大なインフラ資産と相殺すれば賠償金など全く支払う必要はない。日本は最大限の警戒を怠らないようにしなければならない。

政権基盤を固め
対中強硬姿勢を強めるアメリカ

 南シナ海から東シナ海に、そして太平洋へと膨張してくる中国と朝鮮連邦へと向かう北朝鮮により、日本への核の脅威は格段に増してくる。近い将来、日本が中国の一自治区に追い込まれてしまうことも、十分有り得るのだ。そうならないために、日本も軍事力を増強して独立自衛のできる国にならなければならない。これにはどうしても日本国憲法の改正が必要だ。日本は決して憲法九条があったから平和だったのではなく、日米安全保障条約により、アメリカの軍事力を背景にした、東アジアのバランス・オブ・パワーが保たれていたから平和だったのだ。中国の台頭によって、このバランスが崩れようとしている今、憲法改正は急務だ。来年の参院選後にも改憲支持議員が三分の二を占める事が不透明である以上、衆参ともに改憲賛成勢力が三分の二以上を占める今、両院で改憲の発議を行わなければならない。そして六カ月以内に行われる国民投票で過半数の賛成を得るべく、状況によっては衆議院の解散を行い、ダブル投票をも辞さない姿勢で臨むべきだ。なんとしてでもまず一度改正不能とも言われる現行憲法の改憲条項に基づいて改憲を行い、九条二項削除などの本格的な改憲、さらには自主憲法の制定は、本当の日本の歴史はどうだったのかと自国の歴史を見直し、教科書もテレビも新聞も間違った教育や報道を繰り返すことを改め、世界の現実を見据えてから行うべきであろう。
 十一月のアメリカの中間選挙では、予想通り、下院では野党・民主党が多数派となったが、上院では与党・共和党が勝利し、トランプ大統領は、下院が行う予算承認などの議会運営には苦慮することになるが、外交については一定の評価を受けたということで、今の路線を続けることになるだろう。また下院で失った議席は歴代の大統領の最初の中間選挙と比較しても少ないということで、トランプ大統領再選への基礎固めができた。そしてルトワック氏が指摘したように、アメリカは対中強硬姿勢を強めることになる。しっかりとした関係を築いている安倍首相とトランプ大統領の在任中に、日米は新しい連携を構築するべきだ。そのために日本では憲法を改正し、非核三原則の国会決議を改めて、NATO四カ国がアメリカと結んでいるニュークリア・シェアリング協定を、日本もアメリカと結ぶべきだ。そもそもこのニュークリア・シェアリングは米ソ冷戦最盛期にヨーロッパで始まったものだが、新米中冷戦の今、東アジアの日本にも当時のヨーロッパと同様に必要となってきている。また中国や北朝鮮に侮られないレベルに軍事力を高めるため、最先端科学兵器の開発を進めると同時に、防御用兵器だけではなく攻撃用兵器の充実も図らなければならない。米中新冷戦が現実になろうとしている今、中国日本自治区にならないためにも、実態に即したリアルな安全保障議論と、それに基づく現実的な国防プランが求められているのだ。

2018年11月20日(火) 18時00分校了