Essay

ホテル大戦争を勝ち抜き、百年企業を目指すVol.392[2025年5月号]

藤 誠志

成功の秘訣は「運」だが
掴むには準備が必要だ

 アパグループは二〇二五年二月二八日に二〇二四年十一月期の連結決算を発表した。売上高が二千二百六十億円、経常利益が七百九十六億円と、前期に引続き二期連続で過去最高売上、過去最高利益を更新することができた。好調な業績の直接的な要因は、コロナが終息してからの訪日外国人の急増と、国内のレジャー需要や会議、イベント需要の拡大などが挙げられる。その一方で、国内のビジネス需要は伸び悩んでいる。コロナ禍下で普及したテレワークやオンライン会議の影響も大きいのだろう。しかし、アパホテルはいずれも大都市の主要駅近くにあり、ビジネスだけでなく、レジャーや観光等、多目的に利用しやすいという利点を持っている。そのため、顧客層の変化に合わせながら集客することができ、それが好業績に繋がっていると考えている。
 日本政府観光局(JNTO)の発表によると、二〇二四年の訪日外国人数の推計値は三千七百九十万人と過去最多となった。今年は大阪・関西万博もあることから訪日外国人数は更に増え、四千万人を超えるだろうとも言われている。私はこれまで世界八十二カ国を訪れ、それぞれの地の文化や習慣に触れ、各国の要人やトップクラスの専門家たちとディベートを行い、忌憚のない意見をぶつけ合ってきた。その経験から言えることは、日本ほど治安が良く、公共交通機関が時間に正確で、四季の移り変わりがあり、風光明媚で、食べ物が美味しく、衛生的で、長い歴史と伝統文化がある国は他にはないということだ。こうした日本の魅力が世界で理解されれば、日本はいずれ世界で有数の観光大国になるという確信を以前から持っていた。だからこそ、リーマンショックの後、不動産価格が暴落した時に、「頂上戦略」と銘打って、躊躇なく東京都心で集中的にホテル用地を取得し、ホテルを開発、開業することができたのだ。
 「なぜアパグループはうまくいっているのか?」と問われることがあるが、成功の秘訣をひと言で言えば、「運が良かったから」ということになる。ただ、漫然と待っていても運を掴むことはできない。先見力、洞察力を磨き、あらゆる可能性を想定して準備をしておくことで、訪れたチャンスを即座に掴むことができるのである。私は父の影響で、小学生の頃から複数の新聞を読み比べて新聞の行間まで読み、わからない言葉があれば『現代用語の基礎知識』や図書館で漁った書籍で調べた。このことで常識力が身に付き、文章の行間まで読むことで洞察力が磨かれ、先見力に繋がった。
 私の父は、元谷木工製作所という、戦時中は船の舵輪を、戦後は桐箪笥や木工品を作る工場を営み、一時期には百名もの従業員を抱える規模を誇っていた。あいにく父は結核を患い私が中学生の時に他界したが、事業家である父の背中を見て育ったことで、高校生になると私も将来事業家になるという思いを強く持った。そのため高校卒業後は、地元の小松信用金庫に入社するとともに、慶應義塾大学経済学部通信教育部に入学した。事業を興し成長させていくためには、金融のメカニズムを理解する必要があると考えたからであり、理論と実践の両方から金融や経済を学ぶことができた。いくら良い技術や商品、強い営業力があっても、会社の資金が回らなければ成長の過程でいずれ倒産してしまう。事業を興す人の中でも、このことをわかっている人は意外と少ないのではないかと感じる時がある。

「自己増殖期」に入れば
借入なしに資産が増える

 創業時の商品は住宅だったことから、一番の鍵は購入者の資金の問題を解決することだった。当時は今のような「住宅ローン」はなく、購入資金の半分を貯金して用意する必要があり、金融機関から融資を受けられたとしても返済期間が七年程度の元金均等返済で、月々の返済負担が重かった。私は当時、信用金庫で労働組合の幹部社員をしていて、三金庫が合併して現在の北陸信用金庫になる際の、その成否を決めるキャスティングボートを握っていた。そこで、合併に賛成することと引き換えに金庫を退職し、独立して事業を始めることに協力する約束をさせると共に、金庫に当時はまだなかった元利均等返済の長期住宅ローンを商品として作らせたのだ。こうして、サラリーマンでもわずかな頭金で住宅を購入することができるようになったと同時に、私は事業をスムーズに立ち上げることができた。
 企業経営に関して、私の持論の中に、「企業三段階成長論」というものがある。事業を興したばかりの時は、懸命に働いて利益を上げ、しっかり納税をすることで信用を得る。この段階で僅かな利益を節税して自慢しているようではその後の成長は難しくなる。信用を得ることでより大きな資金を借りることができ、その資金で事業を大きくしていくことができるのである。これが第一段階の「信用累積型経営」である。この信用累積型経営を行っていると、事業の拡大と共に資産が蓄積されてくる。そこで第二段階では、この資産を担保により有利な条件で資金を調達していき、資産を増やしていく「資産拡大期」に入る。資産価値が上がれば担保価値も上がり、調達できる資金も増える。この段階では、資産と借入の両方が増えていくが、時間の経過とともに資産は償却が進んで簿価利回りは上がり、借入は返済が進んでいく。そうすれば第三段階の、借入を増やさず、利益を原資に資産を自己増殖的に増やすことができるようになる「自己増殖期」に入る。アパグループは既にこの第三段階の自己増殖期に入っており、現在は一部の大型ホテルを除けば、ほとんどのホテルを、新規の借入をすることなく、自己資金で土地を購入、開発している。

外資や他業種の参入で
「ホテル大戦争」が勃発

 一九七一年五月に住宅会社としてスタートしたアパグループは、今では売上、利益のほとんどをホテル事業が稼ぎ出すホテル会社となった。その過程では、注文住宅から始まり、戸建分譲、賃貸住宅、マンション分譲、ホテル事業、総合都市開発へと、時代の変化に合わせて事業の形態を少しずつ変化させてきた。ただ、その根底には居住性の追求という一貫した思想がある。列島改造ブームとオイルショック、一九八〇年代のバブル経済とその崩壊、二〇〇〇年代のファンドバブルとリーマンショックといった経済大変動のいずれをも飛躍の機会とすることができたことで、今日のアパグループを築くことができた。経済が一貫して右肩上がりであれば、既存・先発・大手に追いつくことは容易ではないが、経済危機が起こると先発組の中には苦境に陥るところも出てきて、後発組にもチャンスが訪れる。経済危機後に登場した新興企業は、経済の回復と共にしばらくは成長を続けることができるが、次の経済危機で真価が問われることになる。実際、バブル経済の崩壊後に急成長した新興不動産企業の多くが、リーマンショックで破綻した。アパグループは経済危機を何度も乗り越えることで、強靭な財務基盤を作り上げることができたのである。
 アパグループは二〇二一年五月に創業五十周年の節目を迎えたが、その時はまだコロナ禍の最中で、二〇二〇年十一月期は保有していた高級賃貸マンションの売却益などもあって辛うじて経常利益の黒字を確保することができたものの、先行きの不透明感は払拭できなかった。しかし、二〇二一年十一月期決算は、依然として低い水準ではあったものの、増収増益と回復傾向が見え、新型コロナ感染症の終息も見えてきたことから、二〇二二年四月一日より私はグループ代表から会長という立場に一歩退き、二人の息子たちに経営を任せることにした。二人とも私の経営理念をしっかり理解した上で、それぞれの色を出しながらうまく経営の舵取りをしていると思う。その結果が二期連続の過去最高売上・最高利益の更新だ。また、今年は大阪・関西万博もあり、今期の三期連続の過去最高売上・最高利益の更新も十分期待できるだろう。このように、順風満帆とも言える経営環境にあるように見えるが、二〇二四年十二月号のエッセイで指摘したように、外資系ホテルがインバウンドをターゲットとしたラグジュアリー市場のみの展開から全方位戦略へと向かっており、今後様々なカテゴリーのホテルで内外のホテル事業者が入り乱れての「ホテル大戦争」が起こることは必至である。昨年十二月十三日にテレビ東京で放映された「ガイアの夜明け」は「ビジネスホテル戦争!~日本一アパvs世界王者マリオット」と題して、世界最大のホテルチェーンであるマリオットが、外資系ファンドKKRが取得したビジネスホテルを同社の新ブランドを冠してリニューアルオープンしたことを、アパグループと共に取り上げていた。外資だけでなく日本企業も様々な業種から、それぞれ創意工夫をしながら新しいコンセプトを掲げてホテル業界へ新規参入してきている。
 アパグループの強みは、累積会員数二千万人を超えるアパホテル会員と、直営ホテルの不動産のほとんどを所有し、自社ブランドで運営している点にある。多くの会員がいることで、新規出店してもすぐに集客することができ、また「アパ直」で集客することでエージェント手数料を抑えることが可能、さらにはブランドのロイヤリティや家賃の支払いもないことから、自ずと他のホテルと比べて利益率は高くなる。一方、多くのホテル事業者は不動産を保有せず、リースやマネジメント契約でホテルを運営している。その中にはブランドを借りて、ロイヤリティを支払って運営しているところもある。不動産を保有しなければ、初期投資の資金負担は軽く、急速にチェーンを拡大することができる一方で、利幅は小さい。当社は、マンション分譲などの不動産業を手掛け、不動産業で得られた利益をホテルに投資し、不動産の所有にこだわりながら、長い年月をかけて今日の規模までホテルチェーンを拡大してきた。

リスクを乗り越えて進化
アパは百年企業を目指す

 現在はアパグループに限らず、ホテル業界全体として非常に好況であると思うが、伸びていく業界では既存事業者の積極投資や新規参入が増え、競争が激化していくのが世の常である。従って、今のような良い状況がいつまでも続くとは思っていない。さらに、新型コロナのようなパンデミックや、大規模自然災害、戦争等の影響で、再び人の動きが止まることも起こりうるだろう。そうした事象は、自社の努力で回避することはできないが、そうしたことが起こっても持ち堪えられるだけの備えをしておくことはできる。絶えず悪い状況を想定しつつ、積極果敢に攻めるときは攻めるというバランスが、経営には必要不可欠である。私はコロナ禍以前から、ホテル業にとっての最大のリスクは、一.パンデミック、二.大規模自然災害、三.近隣諸国における戦争、と社員に対して言ってきた。だから新型コロナウイルス感染症が蔓延した時も、慌てることがなかった。当時でも、ワクチンができればいずれ落ち着くだろうと考えていて、我慢が必要なのは最長二年程度だと予想し、最悪の状況が続いてもその間経営を維持できるだけの資産は十分にあった。当社は創業以来、五十三年間一度の赤字も出さず、これまで黒字経営を続けてきた。新体制に移行してもう三年になるが、この調子でこれまでの経営の本質的な部分は継承しつつ、時代の変化に合わせて進化しながら、百年企業を目指してもらいたいと願っている。

2025年3月6日(木) 18時00分