Essay

政府はトランプ政権の意図を見誤るなVol.389[2025年2月号]

藤 誠志

次期トランプ政権は
台湾を守らないのか

 雑誌「選択」の十二月号に、「トランプが頼清徳に冷たい理由」「台湾が怯える米国の『心変わり』」という記事が掲載されている。「台湾の頼清徳政権の周辺から『第二期ドナルド・トランプ政権は台湾の味方ではないかもしれない』と懸念の声が上がっている。主要閣僚に対中強硬派を指名したものの、台湾が信頼する『親台三人衆』は外れている。肝心のトランプ氏自身は大統領戦中から台湾に厳しい言葉を浴びせた。さらに中国と関係が良好な実業家イーロン・マスク氏がトランプ政権の中枢に座る。中台情勢に不透明感が漂う」「当選後のトランプ氏は次期政権の主要閣僚を次々と発表している。対中強硬派といわれるマルコ・ルビオ上院議員を国務長官、マイク・ウォルツ下院議員を国家安全保障政策担当の大統領補佐官、退役軍人でニュースキャスターのピート・ヘグセス氏を国防長官に起用する」「だが台湾の政府関係者は、この人事にかなり落胆しているのが実態だ。台湾当局が近年、最も関係構築に力を入れてきた『親台三人衆』が外れているからだ。マイク・ポンペオ元国務長官、マイルズ・ユー(余茂春)元国務省中国政策首席顧問、マット・ポッティンジャー元国家安全保障担当大統領副補佐官だ」「トランプ氏は選挙中、一期目の時と打って変わり、台湾問題に厳しい態度を示した。九月、米紙ワシントン・ポストのインタビューでは『(台湾は)アメリカからの距離は九千マイル(約一万四千四百八十キロ)で、中国からはわずか百マイルだ。台湾の指導者たちが今後四年の間に国防投資を大幅に増加させることが重要だ』と語った。台湾を突き放したような言い方だったため、『トランプ氏は台湾を守るつもりはない』と分析する台湾の評論家もいた」「十月には、人気ポッドキャスト番組『ザ・ジョー・ローガン・エクスペリエンス』に出演し、『台湾は私たちの半導体ビジネスを盗んでいる。彼らは保護が必要だが、その料金を支払っていない。知っていると思うが、ギャングは保護費を取るものだ』と語った。発言を受け、台湾の半導体受託生産大手、台湾積体電路製造(TSMC)の株価は四%以上も下がった」「ある台湾の与党関係者は、『ウィスコンシン州の大型投資計画が実現しなかった件で、トランプ氏がいまだに怒っているようだ』と話す。二〇一七年、就任間もないトランプ大統領から提案を受け、台湾の大手企業、鴻海精密工業の創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が発表した液晶パネルの新工場の建設計画である」「同州に百億ドル(一兆五千億円強)を投じて、一万数千人の雇用を生み出すと強調していたため、トランプ氏は大喜び、誘致は自らの実績と強調し大きく宣伝した。翌年六月に行われた起工式に、鴻海精密の郭董事長と共に出席し、自らスコップを手に取って工場の建設開始を宣言した。しかしその後、税優遇などの条件面が合わず投資計画は頓挫した。地元から大きな反発の声が上がり、トランプ氏は政敵から『詐欺師』などと揶揄された。二〇年の大統領選でトランプ氏がウィスコンシン州で惨敗したこともあり、それ以降、トランプ氏の台湾に対する態度は明らかに厳しくなった」「一六年の初当選時、トランプ氏は台湾の蔡総督と電話会談をした。『米国の大統領もしくは次期大統領は外交関係のない台湾の総督と電話会談をしない』という外交慣例を破ったとして大きなニュースとなり、中国が猛反発した。だがトランプ氏は全く気にせず、自らのSNSに『大統領に当選しておめでとうと、台湾総統から電話してきたよ』と書き込んだ」「台湾の外交関係者によると、今年の大統領選のあと、台湾の頼総統はトランプ氏との電話会談を様々なルートを使って打診したが、全く相手にされなかったという。『態度が八年前と全く違う』と前出関係者は証言する」「トランプ政権が厳しい台湾政策を取れば、日本への影響は避けられない。『悪夢』は台湾だけではない」「トランプ第二政権の経済政策は対中封じ込めの色彩を一段と強めることになる。大統領選で強調した『六〇%関税』は中国の輸出に壊滅的な打撃を与え、先端半導体・同製造装置の禁輸は産業高度化を抑制する。そして極めつきはEV、バッテリー、太陽光発電パネルなど中国のシェアが高い製品群の米国内生産の強要だ。バイデン政権も、EV、バッテリーなどに追加関税を上乗せするなど対中強硬策を取ったが、トランプ二・〇は中国先端産業の生産拠点の中国外への移転を促し、中国産業の空洞化を狙う。世界に脅威を与えた習近平政権の産業政策『中国製造二〇二五』はトランプ大統領再登板とともに瓦解に向かうだろう」という。

次期政権の政策を左右する
プライオリタイザー派

 この「選択」の記事が主張するように、トランプ政権の台湾に対する考え方には、従来のバイデン政権や第一次トランプ政権に比べて、悲観的な要素が多いようにも思える。しかし本当はどのように台湾に接するのかを考えるためには、次期トランプ政権の外交政策全般を俯瞰的に予測しておく必要があるだろう。笹川平和財団のHPの「国際情報ネットワーク分析IINA」に十月二十三日にアップされた「トランプ政権二・〇の外交・安全保障政策を考える――『プライオリタイザー派』の台頭?」の分析が興味深い。バイデン政権は、中国が台湾侵攻を起こさないためにも、ウクライナ戦争への強固な対応が必要だとしてきたが、次期トランプ政権はウクライナ支援をNATOにその多くを任せる方向に舵を切りつつ、中国との対立・競争に注力することを考えている。しかしそのトランプ陣営も、一枚岩ではなく、中でも特に重要なのは「プライオリタイザー派」と呼ばれる人々の存在であり、その代表格が次期副大統領のヴァンス氏だという。彼の考え方は「ウクライナでの戦争、イスラエルでの戦争、そして中国が台湾を侵略した場合に起こりうる東アジアでの戦争を支える産業能力は私たちにはない。故に米国は収拾選択をしなければならない」と前提を示した上で、中国はヨーロッパの情勢で台湾侵攻を思いとどまるのではなく、アメリカが台湾侵攻を阻止できるための武力を持つことが、中国の野心を抑える効果があるとする。そして結論として、ヨーロッパ諸国自身が防衛により多くの責任を担うことでロシアへの対応は可能だし、アメリカは中国に集中できるという考え方をとる。つまりはアメリカのリソースが限られているから、中国を優先するべきという考え方の人々だ。一方トランプ氏の中国政策は、実は一貫していない。彼が第一に主張するのは軍事ではなく経済面であり、中国との不公平な貿易からアメリカの労働者や農業従事者を守ることだ。しかし台湾に絡んだ中国との軍事的対立については、曖昧な意思しか表明していない。追加関税など経済的な中国への対抗姿勢は明らかだが、結局次期トランプ政権が軍事的にどういう政策を取るかについては、かなりの不透明感が漂う。プライオリタイザー派の意見に従うにせよ、従わないにせよ、不公平是正を重視する次期トランプ政権は、ヨーロッパ諸国や東アジア諸国に地域秩序維持のための主体的役割を求めるというのが、この記事の結論だ。私もそのように考える。

追加関税の実施によって
米国経済は大きく傷つく

 次期トランプ政権の政策に関して、トランプ氏の判断の予測が難しいこともよく挙げられる。しかし私は、トランプ氏が気まぐれで物事を決めているのではなく、従来の政治家の考え方ではなく彼が生きてきたビジネスの世界での感覚で物事を判断しているために、「予測が難しい」と思われているのだと考えている。その彼が一番好むのが、ディール(駆け引きによる合意)だ。就任後には、中国からの輸入品に一律一〇%、メキシコとカナダからの輸入品には一律二五%関税を引き上げるという考えを、当選後にいち早く示したトランプ氏だが、これも相手国からなんらかの有利な条件を引き出すための手段だろう。これに対抗するには、相手国が逆にアメリカの弱点を狙って交渉に持ち込めば良いわけで、ビジネス同様、お互いの得になる妥協点を探り合うことは、一概に問題のあることとは言えないだろう。
 しかし、このビジネス感覚がアメリカ自身にとって、悪い方に向くこともある。野村総合研究所のHPに、十一月二十七日にアップされたコラム「木内登英のGlobal Economy & Policy Insight」の「ビジネスマン感覚に基づくトランプ経済政策の怖さ」というタイトルの記事では、トランプ氏が表明している追加関税について以下のように指摘する。「第一期目と同様に、トランプ氏は自らのビジネスマン感覚に基づいて経済政策を考えている点に大きなリスクがある。一国の貿易赤字は企業が赤字に陥っているのと同様に『負け』であり、貿易赤字を減らす分だけ、米国のGDPが増える、と考えているはずだ」「しかし実際には、海外から輸入する部品・材料などが追加関税で価格が上昇すれば、それを使って生産をする米国企業には大きな打撃となる。それを米国企業が国内で生産する部品・材料などにシフトすることは簡単ではない。米国企業や米国で生産する日本企業なども、こうしたサプライチェーンの問題から生産活動に大きな支障が生じてしまう。輸入品価格の上昇分を負担するのが、最終的には米国民であることから、国内需要も大きな打撃を受ける。米国の貿易赤字を減らし、米国のGDPを高めることを狙う『米国一人勝ち』のトランプ氏の試みは、実際には、米国経済を著しく傷つけることにもなってしまうだろう」「大統領選挙前には経済学者がトランプ氏の経済政策のリスクに警鐘を鳴らした」「が、トランプ氏は主要閣僚をイエスマンで固めてしまった。ビジネス感覚に基づくトランプ流の誤った経済政策を正してくれる人はもはやいないだろう。これは、世界経済にとって非常に怖いことだ」という。とはいえ、第一次政権の時には実際に追加関税を実施、それに報復関税で対抗した中国と関税合戦を展開したこともあったが、逆に交渉によって関税引き上げを延期したり、引き下げたりしたこともあった。彼の関税に関する発言は交渉のための「はったり」の可能性もあり、必ず実行するものでもないことにも留意する必要があるだろう。

自らの利益になる時のみ
アメリカは日本を重視する

 そうは言ってもトランプ氏の「ビジネス感覚」は、安全保障面では同盟国に不安をもたらす。さすがのトランプ氏も、中国の台湾侵攻を許すことがあれば結果的にアメリカが「弱く見える」ため、そんな事態に導くことはないだろう。しかしその抑止を実現するためのコストとリスクに関しては、台湾や影響を受ける日本等の周辺国に応分の分担を求めるのは、先にも触れた通りだ。また対中国に関して、トランプ氏がより日本を戦略的に重要な同盟国と考える可能性を指摘する論者もいる。ただその理由は日本がアメリカと価値観を同じくするからではなく、日本との同盟関係がアメリカの中国への対抗に有益であり、アメリカの安全保障コストの低減にも役立ち、将来のアメリカの経済的利益にも繋がるとトランプ氏が考えるからだ。台湾防衛に関しては一概に悲観的になるのではなく、日本も台湾も次期トランプ政権の出方をしっかりと注視して、その目的に合致した対策を講じていく必要がある。ただその場合も、日本自身の防衛力増強の歩みを止めないことが、大きな前提となるはずだ。「平和を願えば平和になる」という思想から脱却し、自らの国を自らの力で守る能力の確保を、日本は必ず実現しなければならない。

2024年12月17日(火) 17時00分