Essay

日本は不測の事態に備えるべきだVol.388[2025年1月号]

藤 誠志

独裁者らの密約によって
北朝鮮兵がロシアへ

 十一月五日付の産経新聞のオピニオン面の「斎藤勉の眼」に、「金正恩が露朝同盟に縋る『斬首』回避」というタイトルの一文が掲載されている。「人命・人権に冷淡な独裁者同士の軍事同盟には大抵の場合、残忍な『密約』が隠されている。その代表格がソ連のスターリンとナチス・ドイツのヒトラーが一九三九年八月に締結した独ソ不可侵条約だ」「二人の独裁者は条約の裏で交わした『秘密議定書』に基づき、翌九月、ポーランドに東西から侵攻、第二次大戦が始まった。ポーランドを消滅させたこの密約こそ、ヒトラーのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)やスターリンのポーランド将兵大殺戮『カチンの森事件』(一九四〇年)の悲劇を招く元凶となった」「独ソの野合から八五年たった今年六月、二人の暴君が軍事同盟へと突き進んだ。ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記による『包括的戦略パートナーシップ条約』だ」「核心は『一方が戦争状態になれば、遅滞なく軍事的その他の援助を提供する』とする第四条だが、発表された全二三条に『秘密協定』は付記されていない」「しかし、元露情報機関将校は条約締結後、米紙ウォールストリート・ジャーナルに『条約は、ロシアがどう戦っているか、北朝鮮軍兵士が直接学ぶため、ウクライナに第一波の約千人を派遣する許可を与える―との秘密条項を含んでいる』と明かした」「密約の存在は締結から四カ月後の一〇月に裏付けられた。『暴風軍団』の異名を持つ精鋭特殊部隊『第一一軍団』がウクライナ軍の越境攻撃が続く露西南部・クルスク州などに配備された」「朝鮮半島情勢に詳しい李相哲・龍谷大教授は『一〇月末の段階で一万一千人の北朝鮮兵がクルスクなどに集結した。露軍指揮下で占領地奪還の戦闘に投入されるとみるべきだ。中には二〇代前半の新米兵士も多い。彼らは軍事経験が乏しく、クルスクは隠れ場のない大平原だけに、ドローン攻撃などで大量の戦死者が出る可能性がある』と指摘する」「北朝鮮が派兵の見返りに要求するのは当然、半島有事の際の露軍の介入だ。李教授は、金総書記が有事の緊迫状態の中で最も恐れる自分に対する米韓などの『斬首(暗殺)作戦』をできなくする手助けをロシアに縋ろうとする―とみる」「すでに北朝鮮は大量の砲弾や弾道ミサイルをロシアに送っているが、喉から手が出るほどロシアから欲しいのは、日米韓に重大脅威となる原子力潜水艦や偵察衛星などの高度な技術だ。李教授は『これらの軍事技術は派遣された兵士の死傷者数に応じて供与されるのでは』との見方を示す」「露朝密約の裏では北朝鮮兵の夥しい死傷者の発生が予想されるが、プーチン氏にとっては日々一二〇〇人超とされる自国の戦死者数を減らせ得るありがたい『弾除け』だ。金氏にとっては『兵士手当一人当たり年間四五〇万円、戦死保険一千万円の契約を露側と交わしており、年間ざっと一千億円分もの外貨がそっくり、自分一人の懐に入る』(李教授)。派遣兵は『金づる』だ」「兵士がたまたま生還すれば、ドローン戦など近代戦の実体験は半島有事に利用できるメリットもある」「哀れなことに、派兵家族には一銭も支払われないどころか、情報漏れ封じのため、家族ごと『隔離』『移住』を強制されている」「ウクライナ側も千載一遇の『脱北』機会を得た兵士に多額の金銭で『投降』や『韓国亡命』を呼びかける心理作戦に着手する」「今日五日に投票される米大統領選の結果を見据え、戦局をロシア有利に強引に転換させたい露朝連合軍の暴虐を世界は断じて許してはならない」と主張している。翌六日の産経新聞には、「交戦で北朝鮮兵死亡と米紙 当局者『かなりの数』 露軍と戦闘参加、日時不明」という見出しで、ロシアのクルクス州において、ウクライナ軍と北朝鮮兵が初めて交戦、多くの死傷者が出たとの報道もなされた。

訓練キャパシティが
限界を越えているロシア

 歴史を振り返ればそもそも北朝鮮は、第二次世界大戦直後の一九四八年、アメリカの後ろ盾で韓国が建国された翌月に、ソ連の後押しによって作られた国だ。直後の一九五〇年の朝鮮戦争にはソ連は戦争の拡大を恐れて参戦せず、中国と共に戦った北朝鮮だが、その後ソ連の援助によって経済発展し、ベトナム戦争においてはソ連や中国も支援していた北ベトナム側として派兵を行った。しかしソ連が崩壊すると、市場経済へと移行したロシアと社会主義のままの北朝鮮との関係は薄くなっていった。そもそもの縁は深いのだが、すっかり疎遠になったはずの関係が今、再び強化されているのは、お互いの思惑が一致したからだ。今年六月に露朝戦略的パートナーシップ条約が結ばれ、まず一説には百万発とも言われるかなりの数の砲弾、ミサイルが北朝鮮からロシアに供給された。そして次の段階として行われているのが、兵士の派遣だ。
 ロシア軍に詳しい軍事アナリストの小泉悠氏の十月二十八日付のnote記事「北朝鮮軍、ウクライナへ」には、次のようにロシア軍の「兵士事情」が分析されている。「ロシアにとって北朝鮮兵たちを受け入れる最大のメリットは『訓練が済んでいる』ことであろうと思われます」「エストニア国防省の見積もりでは、ロシア軍の訓練キャパシティは『特に障害のない状態で一三万人/六ヶ月(年間二六万人)』、『戦時下の現在では四万人/六ヶ月(年間八万人)』とされていました。これは平時の徴兵を捌くので手一杯という規模ですが、現在はその徴兵訓練も行いながら戦時のための志願兵も訓練しているわけですから、どう考えても訓練キャパがオーバーしてしまっている」「ロシア軍が訓練状態の極めて未熟な兵士を前線でどんどん死なせる戦術を使っているのは、この訓練キャパの不足によるところも大きいのではないでしょうか。そこに、すでに自国で訓練を済ませた軽歩兵部隊がどかっと(一説には一万人規模)入ってきてくれるなら、これはそれなりにありがたい支援でしょう。北朝鮮兵はクルスク周辺に送られていると言われていますから、クルスク戦線はある程度まで彼らに任せ、主力部隊は引き続き東部戦線での攻勢に当たらせて現在の優勢を確保し続ける、というのがロシア側の構想ではないかと思われます」という。このように露朝同盟のロシア側の目的は、砲弾と兵士と見ることができるだろう。

南北統一の夢を捨て
韓国を敵国と断じた金正恩

 一方、北朝鮮側の思惑は何か。産経新聞が伝えるような、最新の軍事技術や金銭も、大きな目的としてあるであろう。しかしその一番の目的は、アメリカへの牽制だろう。これを裏付けるのが、ロシアへの接近と時期を同じくして北朝鮮が行った、韓国に対する政策の転換だ。これに関して、NHK国際ニュースナビが今年二月二十六日に配信した「なぜ? 政策転換」が詳しい。「去年一二月、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記の演説に韓国で大きな衝撃が走りました」「これまで同じ民族として“平和統一”、“和解”の対象としていた韓国について、『北南関係は同族関係ではない』と宣言し、“敵対国”と位置づけたのです。さらに、戦争になれば韓国の領土を『平定する』という表現までありました」。この演説後金総書記は、南北統一に向けたシンボルとして父親の金正日が作った「祖国統一三大憲章記念塔」を撤去することまで行っているという。この記事には専門家の見解も掲載しているが、まず防衛大学校の倉田秀也教授が「相手に無慈悲な核攻撃をするといった場合に、同族に武力行使をすることに躊躇があってはならないため、相手はもはや別の国で、同族関係ではないと言っています。南北関係を統一問題ではなく、安全保障の問題として見ているということです。北朝鮮がここまで踏み込むのは内部でも相当な議論があったと思います」「演説で『われわれが育てる最強の絶対的な力は、武力統一のための先制攻撃手段ではない』と述べています。では、北朝鮮が考える武力行使とはいったい何を指すのでしょうか。北朝鮮は、米朝がいきなりICBM=大陸間弾道ミサイルなどのミサイルを撃ち合うというよりは、意図的または偶発的なものを含めた南北の衝突が起きて、在韓アメリカ軍が介入することを想定しています。そうなったときに『わたしたちは核を使えますよ』と示したいわけです」と述べている。在韓米軍も韓国軍も保有しない戦術核を北朝鮮だけが持っており、朝鮮半島で核を使えるのは北朝鮮だけだと示したというのだ。
 このNHKの記事では専門家として、韓国政府下のシンクタンク「統一研究院」のホン・ミン研究員もコメントしている。「北朝鮮が軍事的な作戦を展開して韓国を攻撃するかというと、それは考えにくいです。劣勢な通常兵器をもって局地戦を起こすのは北朝鮮にとってリスクが高い。今のロシア、中国との関係を考えても、あえて朝鮮半島で戦争を起こしてロシアと中国がそれを喜ぶかというと、それはありません。むしろ北朝鮮にとって実利的なのは、一一月のアメリカ大統領選挙を控えて頻繁にミサイルなどの兵器実験を実施することです。韓国を完全に排除してアメリカとの対話、交渉につながる米朝の構図をつくりたいわけです。南政策転換の核心は対米メッセージだと見る必要があります」。実際、北朝鮮は今年になって毎月のように弾道ミサイルの発射実験を実施、アメリカ大統領選挙当日の十一月五日にも複数の弾道ミサイルを発射した。

北朝鮮の戦略はロシアを
朝鮮半島有事に引き込むこと

 ロシアへの接近も韓国を敵対国とすることも、北朝鮮の究極の目的は「生き残る」ことであり、そのためにまず目指すのはアメリカとの直接交渉だ。アメリカにトランプ政権が復活した今、金総書記はかつての米朝首脳会談の再現を望むだろう。この交渉の前提として北朝鮮が作り出したい状況は、中露北vs米韓日の対立構造だ。つまりは、半島有事の際に中国だけではなく、ロシアまで関与させたいということだ。露朝戦略的パートナーシップ条約の第四条の取り決めは、ロシアの戦いを北朝鮮が援助するだけではなく、その逆も可能にする。この状況に日本は対峙していく必要がある。金総書記は、韓国に厳しい姿勢に転じる一方、今年一月の能登半島地震の際にはいち早く岸田首相宛てに見舞いの電報を打ち、三月には岸田首相との会談の意向も示す等、日本との関係改善に努めようとしている空気もある。しかしこれも、あくまでも北朝鮮が「生き残る」ための戦略だと考えるべきだ。
 北朝鮮の金正恩総書記もロシアのプーチン大統領も、いずれも独裁的な国家指導者であって、彼らの胸先三寸で戦争が起こることを忘れてはいけない。まずは、北朝鮮やロシアのような独裁政権の国に囲まれている現実を直視するべきだ。平和を念じていれば平和は続くと信じている、俗に言う「平和国家」の未来は極めて危うい。平和を続けたいのであればバランス・オブ・パワー、すなわち力の均衡に基づく備えを、絶えず日本は意識していかなければならないだろう。特にアメリカにトランプ大統領が再び誕生したために、日本の防衛費増額の議論が再燃することは必至だ。
 冒頭に紹介した産経新聞の記事の最初に書かれていた、ソ連とナチス・ドイツが結んだ独ソ不可侵条約は二年と持たず、一九四一年六月のドイツのソ連侵攻によって始まった独ソ戦によって、約四年間で双方合わせて三千万人以上の犠牲者が出た。歴史を振り返っても、未来の予測が非常に難しいのが国際政治の世界だ。今の平和な日本を維持するためにも、トランプ大統領からの要求の有無に関わらず、日本は不測の事態に十分対応できる備えを、着実に整備していくべきだろう。

2024年11月22日(金)17時00分