好調が続くホテル業界
週刊東洋経済の九月一四日号の特集は「株の道場 乱高下でも勝てる株」だった。この中に「四季報『秋号』を先取り!」「最新の秋号予測でお宝銘柄を探そう」という記事が掲載されている。「『会社四季報』秋号は、上場会社の約六割を占める三月期決算企業が第一四半期(四~六月期)決算を発表した直後に制作される。四季報記者は今期の出足の良しあしを見極めながら各社の業績予想を見直す」「ここでは最新の秋号の予想を基に、今後の業績に期待が持てる有望銘柄探しに役立つランキングをお届けする」「まずは上方修正ランキング。四季報予想の今期純利益が三カ月前に発売した前号(夏号)と比べてどれだけ引き上げられたか、上方修正額と上方修正率に分けて掲載した。いずれも今期、来期ともに増益予想の好調企業だ」「上方修正額で一位となったのは『ユニクロ』などを国内外で展開するファーストリテイリング。今期純利益の予想は前号より四五〇億円引き上げられた。牽引役は海外事業だ。同社は八月期決算で、表記の今期純利益は二〇二四年八月期のもの。来二五年八月期も東南アジアや欧米が増勢で、好調を維持しそうだ。二位は三九〇億円上方修正の大塚ホールディングス。今期は柱の抗精神病薬など主力製品群が成長するうえ、円安の恩恵も享受している」「三位はアドバンテスト、四位は東京エレクトロンと半導体製造装置メーカーが並んだ。いずれもAI(人口知能)半導体向けの需要が、期初から想定を超す勢いとなっている。半導体関連ではHOYA(一六位)、レーザーテック(二三位)などもランクインしている」という。
このように、上場企業のうち海外展開している企業や半導体関連企業などの業績が好調だ。一方で、コロナ後のビジネス・レジャー需要の回復やインバウンドの増加によって、旅館・ホテル業界も大変好調だ。帝国データバンクの「『旅館・ホテル業界』動向調査(二〇二三年度)」によると、旅館・ホテルの二〇二三年度通期の市場(事業者売上高の合計)は四・九兆円前後となる見込みだ。これは訪日外国人による宿泊が多かった二〇一九年度並であり、二〇二二年度の四兆円の一・二倍となる。観光庁によれば、二〇二四年四月のホテル・旅館への宿泊総数は、述べ約五千百九十万人であり、前年同月比約一〇%増と、訪日外国人観光客の宿泊の大幅な増加が牽引して旅館・ホテル業界の好調は続いている。このため、二〇二四年度の通期市場は過去最高の五兆円に達する可能性があると、帝国データバンクは予測する。
創業以来五十三年間連続黒字経営を続けるアパグループも業界同様に好調を維持、二〇二四年十一月期の連結決算では、売上高二千百五十億円、経常利益六百五十億円と過去最高売上と利益の大幅な更新を見込んでいる。十月二日はアパグループの内定式だったが、二〇二五年入社予定の内定者数は六百二名となった。ホテル社長が一九九四年に社長に就任した際に、「ホテル業界のジャンヌ・ダルクになり、業界トップの給与水準のホテルにする!」と宣言していたが、高い収益力を背景にベースアップを続け、その言葉通り今やアパグループの新入社員の初任給は業界トップとなった。これで思い出すのは、私が社会人となって最初に勤めた小松信用金庫時代のことだ。組合活動も行っていた私は、他の信用金庫よりも低かった給与の引き上げだけではなく、職員の福利厚生のために住宅の購入を促進させる職員融資規定を制定すべきであるとして、金庫側が給料の六十カ月分までを福利厚生の一環として融資する制度を勝ち取った。また石川県小松市だけをテリトリーとする小さな信金では、経営効率も非常に悪い。団交冒頭に「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」(共同社会から利益社会へ)と大書した、金庫近代化の公開質問状を公表して、経営改善を図ったことも思い出す。経営は同じことを続けていればいいということはなく、常に改革が求められるということは、今も昔も変わらない。
アパホテルが第二位に
週刊ダイヤモンドの二〇二四年八月一〇日、一七日号の特集は「最強のホテル 不動産・外資マネー大沸騰」というタイトルの、日本のホテル業界特集だった。この中の「『最強のホテル』ランキング」という記事の「会員プログラム」ランキングでは、国内ビジネスホテル部門でアパホテルが一位に、「最もお薦めしたいホテルのロイヤルティープログラム」でもマリオットの「マリオットボンヴォイ」に続いて、アパホテルが二位となっている。「国内ビジネスホテル部門では、日本一のホテルチェーンであるアパホテルズ&リゾーツが展開する『アパホテル』の会員プログラムが六三票を獲得し、競合を圧倒した」「アパの会員プログラムは、宿泊実績によってステータスが決まる。宿泊すればするほど、会員料金やアーリーチェックイン、レートチェックアウトといった会員特典がより充実する。宿泊料金の支払いにポイントを充てられるほか、一定程度のポイントがたまると現金キャッシュバックも受けられる」と評価された。世界的なマリオットの次にランクインするとは非常に光栄なことだが、これもホテル事業を開始した時から会員プログラムに力を入れ、五万円分宿泊すれば、五千円のキャッシュバックがあるといった、利用者の利便性を考えたサービスを追求してきた成果だろう。
しかしこの特集で最も重要なのは、「号砲!日本市場争奪戦」という冒頭に掲載されているメイン記事だ。政府が掲げている二〇三〇年にインバウンド(訪日外国人旅行者)を六千万人にするという目標へ向かって、今着々と日本のインバウンドが増加している。そんな日本のホテル市場を背景に、マリオットやIHG、ヒルトン、ハイアット、アコーといった「ビッグ五」と呼ばれる巨大外資系ホテルグループの進出がいよいよ本格化するというのだ。その大きな原動力となっているのが、「黒船ファンド」と呼ばれる外資系投資ファンドだという。インバウンド花盛りの今の日本の不動産投資に対する利回りは、オフィスや商業施設、マンションなどよりもホテルに対する投資が、一番効率が良いことを背景に、黒船ファンドが既存のホテルを取得した上でホテルのブランドと運営を担う「オペレーター」を選定、「コンバージョン」(リブランド)という形で開業する。この手法であれば、不足しているホテル開発用地探しに苦労することもなく、取得から開業までスピード感のある展開が可能になるという。また、ホテルのREIT(リート・不動産投資信託)が好調なことが示すように、投資家のホテル投資意欲が強いこと、さらに外資系ホテル自身が早急な事業の拡大を求めていることも、黒船ファンドの躍進を後押ししている。
ビジネスホテルへの進出も
ここで注目すべきは、外資系ホテルがインバウンドをターゲットとしたラグジュアリー市場のみでの展開から、全方位戦略へと向かっていることだ。マリオットの日本・グアム担当のバイスプレジデントは、掲載されているインタビューで次のように語っている。「現時点において最も注力するのはミッドスケールで、日本でいうビジネスホテルの分野です。フォーポイント・エクスプレス・バイ・シェラトンというブランドを、投資ファンドであるKKRと一緒に展開します」「フォーポイント・エクスプレス・バイ・シェラトンは低価格帯のホテルで、若い世代を引き付けることになると思います。この世代にわれわれの会員プログラムに加入してもらい、生涯にわたってマリオットのファンになってくれることを狙っています」「成長のドライバーになるのはコンバージョンだということです。日本で新たなホテルを一から開発するとなると、五~七年の時間を要します。一方、コンバージョンであれば、およそ半年で既存のホテルをマリオットのブランドに生まれ変わらせることができます」という。ここで語っているフォーポイント・エクスプレス・バイ・シェラトンは、ユニゾ系ホテル十四軒を外資系ファンドKKRが買収、コンバージョンでマリオットのビジネスホテルとして、この十一月にリブランドオープンするものだ。このように様々なホテルジャンルで、内外の事業者が入り乱れての「ホテル大戦争」が今後必至だという。当然アパホテルも安穏としているわけにはいかないだろう。
外資系ホテルを迎え撃つ
ホテル経営は、所有、運営、ブランドの三つの要素から成り立つ。日本では古くは賃貸方式で、不動産のオーナーに賃料を払って建物を借り、運営とブランドは自社で担当するというホテルが多かった。しかし今日本に進出している外資系ホテルの多くが採用しているのは、マネジメント契約(MC)だ。この場合は不動産のオーナーはオペレーターに運営を委託し、売上または利益の一部を運営手数料としてオペレーターに支払う。ブランドはオペレーターのブランドの場合もあれば、別のブランドの場合もある。有名ホテルでも、所有・運営とも日本の会社でブランドだけが外資系ホテル…というケースは多い。そのブランドの持つ世界的な集客力があるからこそ成り立つビジネスだ。しかしいずれの場合も、所有者、運営者、ブランド保有者に利益が分散するのは、やむを得ないことになる。アパホテルの場合、大半のホテルにおいて所有、運営、ブランドの全てをアパグループが担っている。だから他のホテルチェーンや高級ホテルの経常利益率が五~一五%程度になっている中、アパグループは三〇%という高収益率を上げることができている。これがアパホテルの大きな強みだ。
コンバージョンと呼ばれる、既存ホテルを購入してリブランドしてアパホテルとする方法では、そのまま前のホテルの従業員の雇用や業者との取引は続ける一方、中身に関してはソフトもハードも、時間を掛けてアパのスタンダードな形へと変化をさせていく。これは、物件の所有から運営まで一貫して行っているからこそできることであり、ファンドが保有する物件のマネジメント契約では難しく、多くの外資系のコンバージョンでは、看板だけが変わっても中身が変わっていないホテルが目立つ。
さらに、アパホテルが強い点は、社長兼CEOがこれまでとは異なる方法で、ホテル経営を進めていることだ。「一ホテル一イノベーション」とは、新しいホテルで必ず一つはソフトもしくはハードで新しい試みを行うこと。私がCEOに伝えた「戦略的な失敗はだめだが、戦術的な失敗はいい」という言葉を踏まえ、出店戦略は絶対に間違えることなく確実に、一方でオールインクルーシブの新業態「アパホテルステイ」など新しい試みは、トライ・アンド・エラーで挑んでいる。また、注力エリア以外は所有を手放し、フランチャイズ契約に転換して得た資金で政令指定都市等の重要エリアにホテルを新設するという、新たな資金調達スキームも実行している。このように常に改革を実行しているのが、今後のアパグループの一番の武器となるだろう。
「勝ち取った物だけが残る 与えられた物は いつか奪われる」は私の「APA的座右の銘」の一つだ。外資系ホテルのビジネスホテルへの進出も上等、ホテル戦争も上等である。この戦いによってアパホテルはさらに強靭さを増し、得るものを得て、今後五十年、百年と続く企業になると私は確信している。
2024年10月18日(金)17時00分