AI兵器導入を図るアメリカ
八月二日付けの産経新聞朝刊の一面トップに、「国防副長官インタビュー」「米、AI無人機 数千導入」「来年八月までに」「対中抑止力向上」という見出しの記事が掲載されている。「米国防総省ナンバー2のヒックス副長官が、産経新聞の単独での書面インタビューに応じた。ヒックス氏は、人工知能(AI)を組み込んだ無人機や無人艇などを数千規模で展開する『レプリケーター』構想(「小型で、スマートで、安価な」無人自律型空中・水上・水中装備を、今後2年以内に1000台単位で実戦配備する構想)を二〇二五年八月までに実現する方針を明らかにした。インド太平洋地域で覇権確立を目指す中国が『国際秩序を作り替える意思を持つ』と警戒。レプリケーターを活用し、対中抑止力を高めていく考えを示した」「ヒックス氏はレプリケーターの利点について、『安価で、戦火にさらされる人員が少ない』と指摘。従来の装備と比べ、導入や改修に必要な時間が短縮されるとも強調した。AIなどの活用でレプリケーターは自律的に稼働する特徴があり、通信環境が悪い状況でも『機能する』とした」「ヒックス氏が、レプリケーターに取り組む理由として、念頭に置くのが軍備増強を急速に進める中国だ。『中国との戦略的競争の時代において、技術的革新には(これまでと)異なるやり方が必要だ』と言及。新しい発想で、装備開発や配備を迅速に行う必要があるとの考えを示した」「また、現在の導入計画は第一弾と位置付けており、詳細は不明ながら、将来的に『第二弾』に取り組む可能性も明らかにした」「中国は、有事の際に自国周辺で米軍の作戦行動を阻む『接近阻止・領域拒否(A2/AD)』戦略をとる。ヒックス氏は、中国は自国に近い地域で『量的、地理的な優位性をもつ』と指摘。レプリケーターは、中国のA2/ADに『米国が打ち勝つために役立つ』と意義を強調した」「台湾有事の際、実際にレプリケーターを活用するかについては『現時点で作戦や使用に関する詳細は公表していない』として明言を避けた」「インタビューでヒックス氏は、中国との衝突は望まない姿勢を示しつつも、軍備拡張を続ける中国に対する警戒感を表明。レプリケーターと従来装備を重層的に活用して、中国に対する軍事優位性を確保し、『中国の指導部が毎日、「今日は侵略の日ではない」と結論づけるようにしなければいけない』と指摘した」という内容だ。
この記事によれば「レプリケーター構想」は、ヒックス米国防副長官が二〇二三年八月に打ち出した。詳細は非公表としている。ヒックス氏は構想に対し、二四会計年度(二三年一〇月~二四年九月)に五億ドル(約七五〇億円)の支出を見込んでいるという。
覇権確立を目指す中国
一九九一年のソ連の崩壊によって米ソ冷戦は終結し、その後アメリカが唯一の覇権国家として、世界のとりまとめを行ってきた。しかし今は中国が台頭してきた。日本の十倍の十四億もの人口を保有する中国は、かつての貧しい国からすっかり脱却、しっかりと経済を発展させ、その豊富な資金を軍事力へと転換させることで世界の大国、ひいては世界覇権を目指すようになってきている。アメリカはトランプ政権の半ばから明確に中国に対して警戒感を示すようになり、それは今のバイデン政権にも受け継がれている。その一つの表れが、レプリケーター構想だろう。しかしAIを使用した自律的兵器システムに関しては、二〇二四年三月からその制限について国際会議が行われており、開発・使用に関して何らかの国際的ルールが作られる可能性もあり、これだけでは不十分だ。
NATOの新「戦略概念」
アメリカだけではなく、近年北大西洋条約機構(NATO)も中国の脅威を強く主張するようになっている。NATOは概ね十年ごとに「戦略概念」を更新しているが、二〇二二年の「戦略概念」では「中国の野心的かつ威圧的な政策はNATOの利益・安全・価値に挑戦してきている」「NATOは(中略)中国がもたらす欧州・大西洋の安全保障への体制上の挑戦に対応する」と、初めて中国の脅威を明記した。二〇二三年七月二十一日配信の日経ビジネスの「NATOがアジア太平洋へ拡大?! 中国が恐れる日本との準同盟化」という記事では「北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が七月一一日、コミュニケを発出した。『中国の野心と強圧的な政策は、われわれの利益、安全及び価値に対する挑戦である』と認定し、この挑戦に対し『同盟国の防衛と安全を保証する能力を確実なものとする』と明記した。これはNATOが二〇二二年六月に策定した『戦略概念2022』で打ち出した新たな対中戦略の再確認でもあった。同時に域外のパートナー国との関係強化も明記した。特にインド太平洋の日本、韓国、オーストラリア(豪州)、ニュージーランドとの関係強化を強調した」と伝える。さらにブルーミングバーグが二〇二四年七月一一日に配信した記事「NATO、中国はロシアの『決定的な支援者』―首脳宣言」によると、今年(二〇二四年)のNATO首脳会議において、「北大西洋条約機構(NATO)は一〇日夜、ロシアのウクライナ侵攻への中国の軍事支援に対し、これまでで最も強い表現での非難を含む首脳宣言を発表した。中国政府はウクライナでの戦争用に、攻撃用ドローンを開発している兆候がある」「三日間のNATO首脳会議の期間中に発表した宣言で、NATOは中国をロシアのウクライナ侵攻の『決定的な支援者』と表現した。声明には、ロシアの防衛部門への転用が可能な部品、機器、原材料といった中国からの物資の提供について、詳しく記載されている」「声明は、中国はサイバー活動や偽情報、対宇宙空間能力の開発などを通じて、『欧州・大西洋地域の安全保障に対するシステミックな脅威』だとしている」という。もちろん中国外務省はこの声明に猛反発したが、NATOと中国の対立はもはや明確だ。
安全保障環境を強化する
NATOと中国の関係の変化に伴って、NATOと日本の関係は緊密化の度合いを増している。二〇一八年にはベルギーのブリュッセルにNATO日本政府代表部が開設され、二〇二二年からは岸田首相がNATO首脳会合に毎年出席している。また、二〇二一年にイギリス海軍の空母「クイーン・エリザベス」の打撃群が日本に寄港、日米英蘭加共同訓練(パシフィック・クラウン21)が行われたことは記憶に新しい。読売新聞オンラインが二〇二四年三月三日に配信した記事「自衛隊の多国間共同訓練、二〇〇六年比で一八倍に増加…有事想定『戦術・戦闘訓練』が六割超」によると、二〇〇六年には三回しか行われなかった、自衛隊が外国軍と共同で行う訓練は、二〇二三には五十六回になった。この五十六回の内、約六割が海で行われている。記事内の「元海将補で笹川平和財団の河上康博・安全保障研究グループ長は『多国間の訓練は「自由で開かれたインド太平洋の実現」など共通の価値観を重視する国が一度に参加するため、中国などへの強いメッセージになる。米国の軍事力が相対的に低下する中、今後も増えるだろう」という指摘は、正に正鵠を射ているだろう。今年(二〇二四年)の七月には、航空自衛隊千歳基地周辺で日本とドイツ、スペインの空軍による共同訓練「パシフィック・スカイズ2024」が行われ、ドイツ空軍やスペイン航空宇宙軍のユーロファイターが来日した。今後は航空自衛隊の戦闘機等がヨーロッパに赴いて、共同訓練を行うこともあり得るだろう。このようにNATO諸国は中国を意識した「開かれたインド太平洋」の堅持のために、積極的な関与を行っている。これは多分にロシアと中国との関係も意識してのことだと思われるが、アメリカだけではなく、多くの国と安全保障上の関係を深めることは、戦争を起こさないためにも日本にとって望ましいことだ。
外交姿勢が大きく変わる
アメリカの対中政策が今後どうなるかに関して、最も影響を与える要因は大統領選挙だろう。バイデン大統領の選挙戦からの離脱で副大統領のハリス氏が民主党の候補となり、共和党のトランプ氏との選挙戦は予測が非常に難しいものとなった。トランプ陣営で注目を集めているのは、七月に副大統領候補となったJ・D・バンス上院議員だ。読売新聞オンラインが二〇二四年七月十六日に配信した記事「副大統領候補のバンス氏、中国は『米国にとって最大の脅威』…対中問題への集中訴え」では以下のように伝える。「米共和党の副大統領候補に選ばれたJ・D・バンス上院議員は二〇二二年の初当選以降、外交・安全保障を巡り積極的に発言し、米国のウクライナ支援に反対するなど『孤立主義者』(米政治専門紙ポリティコ)として知られる」「バンス氏は一五日、米FOXニュースのインタビューでロシアによるウクライナ侵略への対応を問われ、『速やかに収束させ、本当の問題である中国に集中できるようにする。これは米国にとって最大の脅威だ』と強調した」「バンス氏はこれまで、米国がウクライナ支援を継続する余力はないとの主張を繰り返し、ウクライナ支援に向けた予算案採決でも反対に回ってきた。和平実現のため『ウクライナの大幅な領土譲歩が必要だ。それが解決に向けた唯一の方法だ』と主張したこともある」「今年二月にはドイツでのミュンヘン安保会議に出席し、脱ウクライナと『アジア回帰』を訴え、欧州側の反発を招いた。副大統領となった場合、外交の火種となる可能性がある」という。
バンス氏が世に知られるようになったのは、二〇一六年に出版した自伝風の著書『ヒルビリー・エレジー』がベストセラーになってからだ。アパラチア山脈周辺のケンタッキー州やオハイオ州等に住む、「ヒルビリー」と呼ばれる貧困な労働者階級の白人出身のバンス氏は、高校卒業後四年間海兵隊に所属してイラク派遣も経験、地元の州立大学から名門イェール大学のロースクールに進学して弁護士となり、出身地の貧困の連鎖から逃れた立志伝中の人物だ。三十歳を過ぎた頃に『ヒルビリー・エレジー』を出版、当初はトランプ氏に批判的だったが後に考えを変え、トランプ氏の支持を得て二〇二二年に上院議員に当選、そして今回の副大統領候補への指名を得た。「トランプよりもトランプ」と言われるほどのアメリカ第一主義信奉者で、読売新聞オンラインが伝えるようにウクライナへの支援を止め、アメリカにとって最大の脅威である中国への対抗に集中すべきだと主張している。もし十一月のアメリカ大統領選挙で共和党のトランプ氏が勝利してバンス氏が副大統領となった場合、アメリカの外交政策が大きく変化することは間違いないだろう。少なくとも対中政策にアメリカが力を入れることは、日本の安全保障にとってはプラスに働く公算が高い。しかし同時に、新トランプ政権は軍事的な負担増を日本に求めてくる可能性もある。それをどう考えるのか。
かつてフランスの大統領ド・ゴールは、貴国にとって仮想敵国はどこかと尋ねられて「隣接するすべての国だ」と答えたと聞いたことがある。膨張する中国に加え、北朝鮮やロシアにも囲まれた日本にとって、このド・ゴールの言葉は極めてリアルなものだ。人間の歴史を振り返れば、力のバランスが崩れた時に戦争が起こることは明白だ。軍備を整えると戦争が起こるのではなく、軍備の増強を怠ると戦争になる。冒頭のヒックス国防副長官の言葉通り、常に中国首脳部に「今日は侵略の日ではない」と思わせなければならないのだ。日本はこの戒めを踏まえ、アメリカの政権がどうなろうと、多くの国との安全保障関係を深め、同時に自らの軍事力強化も行う等、全力で抑止力を高めることで、中国の属国となることを防がなければならない。
2024年8月21日(水)17時00分校了