在外公館施策を行うべき
雑誌「選択」の六月号の「社会・文化 情報カプセル」欄に「増え続ける『無駄』な在外公館」「現地の実情無視で省益拡大の外務省」というタイトルの記事が出ている。「在外邦人が減少の一途を辿っている中、外務省が在外公館を増加させ続けている」「海外に長期滞在する日本人の数は、昨年十月時点の推計で七十二万人。新型コロナ禍以前から十七万人も減っている。しかし外務省は在外公館を毎年三、四カ所増設しているのだ」「在留邦人がゼロのアフリカのギニアビサウや中央アフリカ、中米のドミニカ、グレナダ、セントクリストファー・ネービスなどにも日本大使館が置かれており、今年は新たに、在留邦人八人のエリトリアにも大使館を新設する。日露関係の低迷で、ロシア極東ハバロフスクの在留民間人は二人、ユジノサハリンスクは三人に減ったのに、それぞれにある総領事館員は日本人スタッフが十人いる」「外務省はグローバル化に対応するとし、外交官を現在の二割増の八千人にする増員計画を進めている。仮に政権交代が実現すれば、『第二次事業仕分け』で在外公館が槍玉に上がりそうだ」という。
四月に発表された外務省の「外交青書二〇二四」においても、「外交実施体制の強化」という項目で、「日本が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している中、普遍的価値に基づいた国際秩序の維持・発展のための外交を強力に推進するためには、外交実施体制の抜本的な強化が不可欠である。そのため外務省は、在外公館の数と質の両面の強化や外務本省の組織・人的体制の整備を進めている」としている。これを踏まえて、二〇二四年一月にはセーシェルに大使館、イタリアには在ローマ国際機関日本政府代表部を新設した。インド洋の諸島国家であるセーシェルは、「自由で開かれたインド太平洋」実現のために重要な国であり、ローマには国連食糧農業機関(FAO)といった重要な食料・農業関連の国際機関があるからというのが、新設の理由だ。しかし「選択」が指摘するように、むやみに増やしていいのか。検証が必要である。
かつては海外に行くにも航空便の路線が少なく、時間も掛かった。地域によっては、鉄道や自動車しか交通手段がない場合もあった。しかし今は、インターネット等通信手段が発達していて常に連絡が可能だし、実際に行くにしても飛行機を乗り継ぎ、さらに空港から自動車を利用して、数十時間掛ければどこへでも行くことができる。このことを前提として、大使館や総領事館という在外公館が本当に必要なのかどうかを、再検証する必要があるのではないだろうか。そうしないと、この「選択」の記事の通り、「政権交代後の事業仕分け」の槍玉に上がるのは、間違いないだろう。
経済連携強化も重要だ
ただ、在外公館設置の再検証の際には、単に無駄を省くという観点だけではなく、国益の最大化を図るという広い視野が必要だ。先に挙げた「外交青書二〇二四」には、二〇二三年一月時点の主要国の在外公館の数との比較がなされている。日本の二百三十一に対して、イギリスは二百三十二と同程度だ。覇権国であるアメリカは二百七十二もあり、在外植民地の多かったフランスは二百七十八と多い。しかし中国が今、アメリカやフランスを上回る二百八十二の在外公館を持っていることには驚く。ブルームバーグが二月二十六日に配信した「米国が世界一の中国に迫る、在外公館など外交拠点数―日本は四位」という記事によると、中国はアフリカ、東アジア、太平洋島嶼国、中央アジアに在外公館を作ることで、大きな存在感を見せているという。ここから考えても、中国が「グローバル・サウス」との連携を強化しようとしているのは明らかだ。
日本も「グローバル・サウス」との関係強化に注力している。NHKのニュースサイトは四月二十六日に「外務省 南アフリカなどの在外公館に『経済広域担当官』設置へ」という記事を配信した。「外務省は、『グローバル・サウス』の一角であるアフリカへの日本企業の進出を後押ししようと、南アフリカなどの在外公館に『経済広域担当官』というポストを設置することを決め、進出を検討する企業に対し情報提供などの支援を行うことにしています」「外務省は、人口が急増し、巨大市場として注目が集まるアフリカへの日本企業の進出を後押ししようと、関係する在外公館に『経済広域担当官』という新しいポストを設置する方針を決めました」「このうちアフリカには、有数の工業国である南アフリカの大使館に設置します」「また主要な企業が、アフリカを管轄する拠点としているイギリス、インド、トルコの大使館やドバイの総領事館にも設置するとしています」「アフリカは、経済成長が期待される一方、治安面などで課題も多いことから、担当官は、企業にビジネス環境などに関する情報を提供するほか、進出先の政府関係者に働きかけなどを行うことにしています」「外務省は、こうした取り組みを通じて、アフリカをはじめとする『グローバル・サウス』と呼ばれる新興国や途上国と、経済面での連携を強化する考えです」という。この記事の通り、今後経済的な成長を遂げることが必至である「グローバル・サウス」との連携は、経済的にどの国にとっても重要であり、それを中国に独占させてはならない。このNHKの記事が伝えるような、「グローバル・サウス」との経済連携強化に繋がる「外交実施体制の強化」は、これからも外務省は強力に推し進めていくべきであり、これに沿った派遣人員や在外公館の検討が求められるだろう。
今後の日本の国益に適う「外交実施体制の強化」のもう一つの側面は、安全保障への対応だ。二〇二二年十二月に閣議決定された、国家安全保障戦略においても情報力(インテリジェンス)強化の重要性が謳われ、その具体的な方針として「我が国の安全保障のための情報に関する能力の強化」「健全な民主主義の維持、政府の円滑な意思決定、我が国の効果的な対外発信に密接に関連する情報の分野に関して、我が国の体制と能力を強化する。具体的には、国際社会の動向について、外交・軍事・経済にまたがり、幅広く、正確かつ多角的に分析する能力を強化するため、人的情報、公開情報、電波情報、画像情報等、多様な情報源に関する情報収集能力を大幅に強化する。特に、人的情報については、その収集のための体制の充実・強化を図る」とされている。この人的情報は「ヒューミント」と呼ばれるものだが、例えば日本でも在外公館に外務省職員だけではなく、防衛省、警察庁、公安調査庁、内閣情報調査室等の職員を派遣したり長期出張させたりすることで、情報収集を行っている。このことから、ヒューミントの観点からの外務省職員や在外公館の意味付けも考えていく必要があるだろう。
偽情報対策をAIで強化する
外務省は五月八日付で「偽情報の拡散を含む情報操作への対応」を発表、情報戦での施策を強化することを宣言した。特にここに挙げられていたのが、二〇二三年八月より開始した福島第一原発からのALPS処理水の海洋放出に関して、日本がIAEAに政治献金を行ったと外務省幹部が語ったという報道や、基準に合わないALPS処理水を希釈して基準に合わせるという外務省の公電があるとした報道が全くの偽情報であり、それらに対してすぐに外務省が否定の報道発表を行ったことだ。このようなインターネット上での情報操作への対抗については、日本経済新聞の二〇二三年十二月二十九日付の「外務省、偽情報をAIで探知 国際情勢分析にも活用へ」という記事に詳しい。「外務省は海外で発信される偽情報への対策を強化するため、人工知能(AI)の活用を進める。悪質な偽情報の迅速な探知や、どのようなルートで広がるかAIを使って分析できるようにする。生成AIを活用して国際情勢の変化を予測するモデルの研究にも力を入れる」「沖縄県・尖閣諸島など日本の領土に関する誤った情報や東京電力福島第一原子力発電所の処理水に関するデマなど、偽情報は外交問題につながる恐れがある。SNSなどを通じて瞬時に広がるため、主要国が対策に乗り出している」「AIを使った対策で期待するのは偽情報をいち早く発見する技術だ。ウェブサイトやSNSで広がる偽情報を発信から間を置かずに検知し、発信者の意図や受け手にどのような影響を及ぼすかを予測するモデルを構築する」「経済安全保障の面で重要な情報の保全にも生かす。半導体や防衛関連の技術など軍事転用の可能性がある機微情報について、特定の国に奪い取られるリスクがどのくらいあるかを評価する」「生成AIを国際情勢のシナリオ分析につなげる研究も始める。SNSや人工衛星の位置情報などビッグデータを活用する」「例えばロシアによるウクライナ侵攻の戦況の見通しなど生成AIがどのように予測するかを調査する。将来のインテリジェンス機能に役立てる狙いがある」「上川陽子外相は二〇日、二四年度予算案に関して記者団に『国家間競争が激化し、伝統的な軍事力だけでなく、偽情報などの拡散を含む情報戦に拡大している』と語った。『情報収集・分析と対外発信能力を一体として強化する必要がある』と訴えた」という。
このように今、外務省は他国による「情報操作」への対抗や情報分析にAIを活用する方針を打ち出しているが、国家安全保障戦略が規定するインテリジェンス強化には、それだけでは十分ではない。日本がまず行うべきことは、対外情報を専門に扱う情報機関を設立することだ。軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏の近著『工作・謀略の国際政治‐世界の情報機関とインテリジェンス戦』(ワニブックス)によると、戦後の日本に対外情報機関が作られなかったのは世論の反発があったからで、国内の防諜というインテリジェンスはもっぱら警察が主導という体制になったという。ただ二〇一五年に創設された外務省の「国際テロ情報収集ユニット」と、内閣官房の「国際テロ情報集約室」は対外情報機関の萌芽であるとし、黒井氏はこの「国際テロ情報収集ユニット」の人員を倍増、二百人体制にして権限を強化、実質的な対外情報収集組織とし、さらに公安調査庁を対外情報分析専門組織とすることを提言している。
軍事力と情報力の強化を
一方、江崎道朗氏と茂田忠良氏は四月に出版した共著『シギント‐最強のインテリジェンス‐』(ワニブックス)で、日本もアメリカのNSAやイギリスのGCHQにあたる国家的な「シギント」(信号諜報)の機関を創設するべきだと説いている。「アメリカを含む外国、言い換えれば日本を除く大半の国では、国家シギント機関というものが存在していて、安全保障の観点から国内外において国外及び国際間の電話、インターネットなどの通信、クレジットカードの取引情報など(シギント)を傍受・分析し、一年三六五日二四時間、諸外国(同盟国、同志国を含む)に対する情報収集活動を実施している」「日本は現行憲法九条のもとで正規の国防軍を持たない『異質な国』だが、実はサイバー空間でも、敵対国の活動を監視・追跡する国家シギント機関を持たない『異質な国』」であり、国家シギント機関を持たないことで、日本は平和と安全、国民の人権と財産を危険に晒していると、この本で江崎氏は主張する。
日本は在外公館をむやみに増やすのではなく、「グローバル・サウス」等経済発展が著しい国との連携を強化して日本の経済発展に繋げることや、日本の安全保障のための情報収集に活用すること等、国益に合致するかどうかの観点で、大使館や総領事館の配置を決めていくべきだ。また特に安全保障面のインテリジェンスの強化のために、対外情報機関や国家シギント機関の創設が喫緊の課題だろう。軍事力だけではなく情報力も蓄え、不安定な東アジアエリアでの抑止力としていくことが、日本に今、求められている。
2024年6月18日(火)17時00分校了