Essay

日本は国際法遵守を主張し続けるべきだVol.377[2024年2月号]

藤 誠志

ウクライナ支援予算が
年内に枯渇する危険

 十二月四日付産経新聞のオピニオン欄の「世界の論点」に、「ウクライナ 米欧支援の行方」という記事が出ている。「ウクライナは、ロシアの侵略開始から二度目の冬を迎えた。領土奪回を目指した反攻は決定的勝利がないまま、長期戦に突入した。一〇月にはパレスチナ自治区ガザで紛争が勃発し、国際情勢が緊迫する中で米欧のウクライナ支援論議にも変化の兆しが見える。来年に大統領選を控えた米国では、停戦を視野にいれるべきだという意見が浮上。欧州連合(EU)は二つの同時紛争にどう対応するかで揺れている」とした上で、アメリカの状況を以下のように伝える。「米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は十一月十二日、『手詰まり』状態にあるウクライナ反攻の戦場をルポで伝えた」「『西側が数万人の部隊を訓練し装備を供与したにもかかわらず、ロシアの戦線を突破しアゾフ海に到達する目標を達成できなかった』と戦況を評価。ロシアは攻撃用無人機の増産態勢を整えているのに、ウクライナは米欧の武器頼みで調達に苦労している状況だと報じた。ウクライナに戦略転換を求める専門家の発言も載せた。小さな領土奪回のために攻撃を続けるより、『防御態勢に転じ、ロシアの兵力と装備を消耗させる』方が安全だという意見だ」「ウクライナ支援を主導してきた米国で、野党共和党の保守強硬派の反対で追加支援の予算承認が難航することも不安材料だ。ワシントン・ポスト紙(電子版)は十二日、ロシアは戦場に際限なく人命と資産を投じる構えだとして『ウクライナはロシアと交渉せねばならない現実に直面する』との見通しを示した」「外交誌フォーリン・アフェアーズ(電子版)は十七日、米国はウクライナに停戦を促すべきだとする論文を掲載した。『ウクライナにおける成功の再定義』という表題で、筆者の一人は外交問題評議会のリチャード・ハース名誉会長。共和党の父ブッシュ政権で特別顧問を務めた論客だ」「論文は、米欧が戦闘機F16を供与しても『戦況を変える決定打にならない』と断じた。占領地奪回を目指すより、現在支配する国土を防衛し、再建を優先することが『現実的な道』だとした」「米国にも警鐘を鳴らした。十月にガザ紛争が勃発し、イスラエルの自衛支援が課題になったことに触れ、『米国防産業の生産能力は限られている。二つのパートナー国の戦争を支えれば、対応は手薄になる』と訴えた」「米国で『停戦論』が浮上する背景には、来年に迫った米大統領選がある。共和党でトランプ前大統領は支持率で首位に立つ。ハース氏は論文で、大統領選の結果によってはウクライナが窮地に陥ると警告し、『ウクライナと米国は危険を冒すべきではない』と戦略転換を急ぐよう訴えた」という。フォーブスの電子版は十二月五日に「米国のウクライナ支援予算、このままでは『年内枯渇』 当局が警告」という見出しの記事を伝えた。アメリカの行政管理予算局(OMB)によると、ウクライナ向けの追加支援金の千百十億ドル(約十六・三兆円)のほとんどを、十一月中旬時点で使い切っており、早急にバイデン大統領が提案する緊急予算を議会が認めなければ、ウクライナが戦い続けることが不可能になる。共和党が多数を占める下院がこの予算を認めるかどうか、予断を許さない状況だ。

反転攻勢の膠着に
戦略の転換を求める声も

 産経新聞の「世界の論点」では、EUの動きも伝えている。「十一月三十日付フランス紙フィガロは、ウクライナ支援をめぐって『欧州連合(EU)でも見通しは明るくない』と報じた」「フィガロは、十二月のEU首脳会議では二〇二七年までに総額五〇〇億ユーロ(約八兆円)を拠出する支援計画が、一部の加盟国の反対で『減額を迫られるかもしれない』と予測した。ポーランドやスロバキアは、安価なウクライナ産穀物の流入で国内市場が打撃を受けたことに反発し、ハンガリーは支援戦略の再検討を求めるなど、EU内で逆風は強まっている」とヨーロッパでも、ウクライナへの支援削減への波が襲ってきている。
 ウクライナの反転攻勢が膠着状態に陥っていることは、他のメディアも報じ始めている。FNNプライムオンラインの十二月五日付配信「米・ワシントンポスト “膠着状態となり失敗” 六月開始のウクライナの反転攻勢について分析」は、次のように伝える。「アメリカのワシントンポストは四日、ウクライナがロシアに対して六月に始めた反転攻勢について、膠着状態となり失敗しているとの分析記事をまとめた」「ワシントンポストによると、ウクライナとアメリカ、イギリスの軍幹部が、反転攻勢に向けて八回にわたる机上演習を行い、進軍目標の一つ南部のアゾフ海に、早ければ二ヶ月から三ヶ月で到達し、ロシア軍を切り離せると分析していた」「しかし、実際には、半年で十二マイルしか進まず、作戦は停止状態に陥ったとしている」「四月の反抗開始を求めたアメリカに対し、追加の武器供与や訓練を待つウクライナが六月まで踏み切れず、ロシアがその間に地雷で陣地を固めたほか、戦闘経験のほとんどない部隊が戦闘に参加したのも膠着状態の要因として紹介されている」という。戦況も支援状況もウクライナにとっては良くない状況が続いている。国際社会としても、国際法を明らかに踏みにじったロシアの侵攻は絶対に許すべきではないというのは変わらないが、どうこの戦争を終わらせるのか、これまでとは異なるアプローチが求められる段階になってきているように思う。

様々な姿勢が入り交じり
解決が見通せないガザ紛争

 世界のウクライナ戦争への対応をより困難にしているのが、イスラエルとハマスによるガザ紛争だ。この紛争はより根が深く、当事者はもちろん、諸外国のポジションもより複雑な分、その結末が依然として見えない状況だ。外交専門誌「外交」のVol・82号に、「ハマス・イスラエルと世界の『アポリア』」というタイトルで、立命館大学の末近浩太氏、防衛大学校の立山良司氏、慶應義塾大学の錦田愛子氏の三人の中東研究者の対談が掲載されている。これによると、今回パレスチナで紛争が再燃した理由は、イスラエルによる長期にわたるガザの封鎖だ。そしてパレスチナ国家の成立が長年行われず、イスラエルがハマスを無視し続ける一方、近年イスラエルとアラブ諸国の関係改善の話が進んだ。ハマスの「『パレスチナ問題』を置き去りにさせないという思いが、この攻撃の一因になった」というのが対談者の分析だ。
 ガザ紛争に対する各国の反応は様々だ。アラブ諸国は、かつてはパレスチナの解放という「アラブの大義」を掲げないと、国民の支持が得られなかったが、石油収入等で国家体制が安定すると、為政者はパレスチナ問題を忘れ、それ故にイスラエルにも接近した。しかしアラブ諸国の国民は、依然として強いイスラエルへの反感を持っている。欧米諸国の為政者は、「イスラエルを支持する姿勢を示さなければ、自国内のユダヤ教徒から『反ユダヤ主義』のレッテルを貼られてしまう、という恐れがある」という。しかしアメリカのユダヤ人の若い世代には、「イスラエルの、人権を無視した占領政策を支持すべきではない」という考えも高まっている。インドネシア等のアジアのイスラム教国家は宗教的理由からパレスチナ支持、グローバル・サウスもイスラエルの「新植民地主義」に反発、パレスチナ人に同情する動きがあるという。
 さらにアメリカには中東介入に賛成しない若い層が増えており、二〇二四年の大統領選挙を控え、この紛争に深く関与はできない。中国は歴史的に中東とは関係が浅い。ハマスにもイスラエルにも関係があるロシアは、ウクライナ戦争で余裕がない。いずれの大国も主要な役割を果たせないことが、この紛争の解決を遅らせるという。

イスラエルへのスタンスで
国民が分断されたドイツ

 欧米の中でも、国内での立ち位置の分断が深刻なのはドイツだ。NHK国際ニュースナビの十二月一日付の記事「ドイツ 『国是』に疑問」が詳しい。「十一月九日、ドイツは『水晶の夜事件』から八十五年を迎えました」「ヒトラー率いるナチス政権下にあった一九三八年十一月九日から十日にかけて、ナチスのメンバーがユダヤ人の住宅や商店を襲撃。ユダヤ教の礼拝所シナゴーグも破壊され、多くのユダヤ人が殺されました」「のちに六百万人にのぼるユダヤ人が虐殺された『ホロコースト』につながった事件として、毎年各地で、追悼行事が開かれています」「ドイツでは、こうした行事が毎年行われ、社会全体でナチスの反省を共有し、『ホロコーストを繰り返さない』という誓いを受け継いできました」「そのドイツにとって第二次世界大戦後に建国されたユダヤ人国家、イスラエルは特別な存在です。イスラエルを守ることには歴史から生じる特別な責任があるなどと言われ、ドイツ政府は今回の軍事衝突でも一貫してイスラエル寄りの姿勢を示しています」「その姿勢を象徴するのがショルツ首相が使う『国是』という言葉です。ショルツ首相は、十月十七日、軍事衝突開始後、G7=主要七か国の首脳として初めてイスラエルを訪れました。そして、イスラエルの安全のために取り組むことは『国是』だと述べました」「今回の衝突をめぐりドイツ政府は『イスラエルにはハマスの攻撃に対して自衛の権利がある』と常に強調。民間人の犠牲は避けるべきで、人道物資の搬入を目的とした戦闘休止は支持する一方、停戦については否定的な姿勢を示し、イスラエルに攻撃をやめることまでは求めていません」「ただ、ドイツ国内ではイスラエルによるパレスチナのガザ地区への激しい攻撃で民間人の犠牲が増えるにつれ、政府のイスラエル寄りの姿勢への反発の声が上がり始めています」「各地で政府に対して停戦を呼びかけるよう求めるデモや集会が開かれるようになっていて、十一月四日にはデュッセルドルフで一万七千人、ベルリンで九千人(いずれも参加者数は地元メディア)が参加しました」「集会の参加者で目についたのが中東などにルーツを持つ人たちでした。多くは、戦後、移民としてやってきた人や移民の子どもとして生まれたドイツ人です」という。歴史と現実によって、ドイツは分断を余儀なくされているように感じる。

関わりの薄い中東の紛争
日本は徹底的に中立を守れ

 ユダヤ人との関わりが深い欧米各国と日本との、ガザ紛争に対する対応は必然的に異なる。十月二十二日にG七の六カ国は、イスラエルの自衛権支持と民間人への国際人道法遵守を求める共同声明を出したが、これに日本が加わらなかったのも、当然のことだ。十月七日のハマスによるイスラエルの奇襲攻撃は明らかにテロ行為だが、これに対するイスラエルのガザ地区への反撃は、国際人道法に違反している可能性が高い。この地域やユダヤ人に関わりが薄い日本は、アメリカと歩調を揃えず、反ユダヤでも反イスラムでもなく徹底的に中立を保ち、戦闘停止を呼びかけながら事態の推移を見守るべきだろう。そしてこのガザ紛争でもウクライナ戦争でも日本が堅持すべきは、「国際社会での法の遵守」である。それ故にロシアを厳しく批判してきたのであり、今回もイスラエルに国際法違反があるのなら、厳しく指摘するべきだ。それをハマスの味方をするのかと非難することは、全くバランスを欠いた態度であり、行うべきではないだろう。

2023年12月13日(水) 17時00分校了