Essay

三正面作戦に臨むアメリカの動向を注視せよVol.376[2024年1月号]

藤 誠志

岩盤支持層を維持
復活に近づくトランプ氏

 十一月六日付の日本経済新聞一面の米大統領選二〇二四というシリーズに、「トランプ氏、共和候補独走」「『三割の岩盤』復権支え」という記事が出ている。「二〇二四年十一月五日の米大統領選まで残り一年になった。民主党は現職のバイデン大統領が候補になるのが確実な情勢だ。共和党の指名争いは返り咲きを狙うトランプ前大統領が独走態勢を固めつつある。超大国の手綱を握るのは誰か」「十月十日夕、西部アリゾナ州都フェニックス近郊の野外会場に数百人の共和支持者が集まった。熱気が最高潮に達したのは主役である二四年上院選の共和候補が登場したときではなく、巨大スクリーンに前大統領が映し出された瞬間だった」「『私の政権は四年間、米国に歴史的な平和と繁栄をもたらした。その後の三年でバイデンは我々の国を悲劇に追いやった』とまくし立てた。『この衰退を逆転させるため二四年に勝利し、米国第一の政策を推し進める』」「支持者に響くのは前大統領がなお唱える『米国第一』のメッセージだ」「翌十一日、フェニックスの西にある町のレストランに白人ら男女八人の支持者が集った。南部メキシコ国境に近い住民が批判の矛先を向けたのはバイデン政権の寛容な移民政策だった」「『国境を守り、国民を守るべきだ』『国境を越えてテロリストがやってくる』――。不法移民の急増が治安を悪化させていると考え、物議を醸した『国境の壁』建設をいまも掲げる前大統領を応援し続ける」「議論が白熱したのはウクライナ支援。『関係ない戦争に巻き込まれたくない』『もうできる限りやった』」「国際秩序への関心のなさは、支援継続に後ろ向きな前大統領と共鳴する。元警察官で六〇歳代のロン・シュラーゲルさんは言う。『トランプが当選しなかったら、この国は終わりだ』」「前大統領の強力な支持基盤は白人労働者層といわれる。米ピュー・リサーチ・センターのデータをもとに計算すると、二〇年に白人・非大卒で前大統領に投票した有権者は全体の二七%を占める。『三割の岩盤』と言われるゆえんだ。男女比は半々で、実は女性の支持も根強い」「相次ぐ起訴後も共和支持層からの人気は圧倒的だ。米リアル・クリア・ポリティクスによると、前大統領の支持率は五九%で二位以下を四十ポイント以上突き放す」「政権を奪還するために前大統領に頼る消極的な人もいる。四十年近く共和を支持するキプ・ケンプトンさんは『政策は好きだが政治手法は好きではない。他の共和候補が望ましいが、本選でバイデンとの対決になればトランプを支持する』」「選挙の強さは盤石にみえるが、二二年の中間選挙では前大統領が推した候補が激戦州で軒並み敗れた。共和予備選を勝ち抜いても、民主と競う本選になれば無党派層の支持を得るのは難しいとの見方が広がった」「それでも前大統領は共和穏健派や無党派層を取り込む意欲が低く『非大卒の支持拡大を狙うだろう』とアメリカン・エンタープライズ研究所のカーリン・ボウマン名誉上級研究員はみる」「過去に票を分散させた第三の党から出馬を探る動きが出てきた。選挙戦と並行して前大統領が抱える複数の裁判も進む。変数が多い選挙戦の中心に前大統領がいるのは間違いない」という。

移民政策とインフレが
バイデン離れを加速させる

 日本ではウクライナ戦争やイスラエルとハマスの紛争という大きな海外ニュースの影に隠れているが、来年のアメリカ大統領選挙に向けて、着々とトランプ前大統領がその支持を伸ばしている。毎日新聞が十一月六日付で発信した「米大統領選まで一年『接戦州でトランプ氏がバイデン氏をリード』」という見出しのニュースでも、ニューヨーク・タイムズが十月~十一月に掛けて行った調査を取り上げ、「スイング・ステート」と呼ばれる大統領選の勝敗の鍵となる六つの州の内、五つの州でトランプ前大統領の支持率が現職のバイデン大統領を上回ったと伝えている。
 バイデン大統領の支持率は、ロイター通信の十一月八日付の報道によると九月が四十二%、十月が四十%、十一月は三十九%とこれまでの最低だった三十六%にどんどん近づいている。その要因の一つは日経の記事でも触れられているが、これまでとられてきた寛容な移民政策だ。周辺国から多くの人々が国境を越えてアメリカに流入、テキサス州やアリゾナ州等の共和党の州知事がニューヨーク等、移民に寛容な政策をとる都市に移民をバスで送り込んでいることもあり、移民が街に溢れている都市も出てきている。それもあって、十月にバイデン大統領は予算が計上されていることを理由に、選挙公約として「もう一フィートも作らない」としていた、メキシコとの国境の壁の建設を再開した。この迷走ぶりがさらに支持を低下させているのだろう。まだ一年先の投票ではあるが、私はトランプ氏が再び大統領へと就任する可能性は、刻一刻と高まっているように思える。
 安倍政権の経済政策のブレーンだったイェール大学名誉教授の浜田宏一氏も、雑誌「プレジデント」二〇二三年十一月号に「来年の米大統領選挙はトランプ復活が有力…日本人が知らないアメリカ人の本音とは」という記事を寄稿している。「なぜここまでトランプが支持されるのだろうか。トランプ支持者は、ある種のリーダーシップを感じ、そこに惹かれているようである。悪ガキの典型である彼には、やることが大胆で決断力があり、昔の『ハンサムでお金持ちのプリンス』のイメージがいまだに残っている」「トランプは『古き良きアメリカをもう一度取り戻そう』という『メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(MAGA)』をスローガンに掲げてきた。『古き良きアメリカ』とは、白人としてアメリカで生まれさえすれば中流的な生活が営めていた時代のイメージである。それは先行してヨーロッパからアメリカに渡ってきた白人層が、他人種移民の低賃金労働によって支えられてきた歴史であり、アメリカ建国以来の多民族社会の矛盾と表裏一体でもある。その後、公民権運動などを経て、こうした矛盾がだんだん解消していき、非白人層も国民として十分な権利と経済力を持つようになった。一九六〇年代初頭に留学生として初めてアメリカを体験した私も、女性の権利の向上、多様性を重んずることで経済発展していくアメリカの歴史を目の当たりにしてきた」「しかし、産業構造の変化によってかつての白人中間層が不満をいだいているのも事実であり、差別社会の復活を通じて自分たちの助けにしようという動きが出てきた。それに火をつけたのが差別的態度をあからさまに示すトランプであり、前述のデサンティスである」「一方、再選を狙うバイデンは正面から問題に取り組み、国民に絶えず語りかけている。ただし、そのまじめな話しぶりのせいか、大衆をはっとさせるようなカリスマ性に欠けるのが、人気がぱっとしない理由の一つであろう。民主党政権内からも、国民を魅了する政治家がなかなか現れない」「トランプが放置したコロナ禍の後始末を、バイデンが二兆ドルのインフラ投資をはじめとする大胆な財政出動で乗り切ったことは評価しなければいけない。しかし、国民が感ずるのは、その後の物価上昇であろう。コロナ後のアメリカ経済は堅調で、ここにきてインフレ率も徐々に落ち着いてきた。それでもコロナ前の一九年に比べ、十月上旬の時点で牛乳の価格は二九%、ガソリンの価格は四十六%も高い。生活水準に影響するのは、インフレ率ではなくて、諸物価の水準である。インフレ率が低下したからといって、物価が下がるわけではない。平均賃金も上昇してはいるが、ほとんどすべてのモノやサービスの価格がコロナ前より一段階上がっているので、国民は間違いなく痛みを感じている」と、トランプ氏が支持される理由と、バイデン大統領が支持を失いつつある理由を分析している。浜田氏は二〇二一年の連邦議会議事堂襲撃への関与で起訴されているトランプ氏が大統領に再選されることは、「立憲政治の根幹に関わる」問題だとして否定的だが、私はそれでも余裕を失いつつあるアメリカ人は、アメリカ中心主義を掲げるトランプ氏を選ぶのではないかと考えている。

ゼレンスキー大統領が
トランプ氏を自国に招待

 では、再びトランプ大統領が誕生した場合、何が変わるのか。最も気掛かりなのは、ウクライナ支援の行方である。十一月六日にロイター通信は「米国にウクライナ支援強化を要請、ゼレンスキー大統領」という記事を配信している。「ウクライナのゼレンスキー大統領は五日放送の米NBCテレビ報道番組『ミート・ザ・プレス』のインタビューに答え、ロシア軍と戦うウクライナ軍支援のため米国に資金供給の拡大を要請した」「米下院は先週、多数派を共和党が占める中、イスラエル支援に百四十三億ドルを拠出する予算案を可決したが、ウクライナ支援の増額案は一切盛り込まれなかった」「来年の米大統領選で共和党候補として有力なトランプ前大統領はこれまでウクライナ支援を厳しく批判しており、本選挙で再選を果たせば二十四時間以内に戦争を終結できると表明してきた」「これに対しゼレンスキー大統領はインタビューの中で、トランプ氏に自身の目で武力衝突の規模を理解できるようウクライナに招待した」。さらにゼレンスキー大統領はトランプ氏が招待に応じた場合「二十四分あれば、トランプ氏がこの戦争を終結させられないことを説明できる。トランプ氏が平和をもたらせないのは、プーチン大統領のせいだ」と発言したという。
 ゼレンスキー大統領からすれば、ウクライナ戦争に対して欧米が支援疲れを見せているのに加え、イスラエルとハマスの戦いに優先順位を奪われつつあるように映る。この夏の反転攻勢において十分な戦果を上げることができなかったウクライナにとっては、戦争をまだまだ継続させなければならないが、そのためには欧米の支援は不可欠だ。ウクライナへの支援については共和党内でも意見が割れているのだが、その中でも支援に消極的なトランプ大統領が誕生する流れを、ゼレンスキー大統領は歓迎できないはずだ。しかしそれが不可避であるならば、なんとしてでもトランプ氏を取り込まなくてはならないという思いが、ウクライナへの招待という行動になったのだろう。

同盟のネットワーク化で
重要さが増す日本の役割

 現在のバイデン政権のウクライナ支援、イスラエル支援のスタンスは変わらず、さらに中国との対峙も続けている。十月二十日付で朝日新聞デジタルに「中国、ロシア、中東と『三正面作戦』の米国 多国間で促す対中包囲網」という記事が出ている。インド・太平洋地域において、従来アメリカは二国間の同盟関係を重視する「ハブ・アンド・スポーク」型の政策をとっていたが、バイデン政権は日米比や日米韓の関係を深め、多国間連携からなる「ネットワーク化」による対中包囲網の形成を進めてきた。しかし「米国では中国への強硬論が強まり、台湾有事も取りざたされている。世界をみればロシアのウクライナ侵攻は長期化。中東では、イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスと激しく戦闘している。米国は中国やロシア、中東と、事実上の『三正面作戦』を強いられている」という。これに伴い日本の役割が重要になるというのが朝日新聞の論調だが、一部の政治学者からは、三正面の負担に耐えられず、アメリカは中国と手を結ぶことを選び、日本を切り捨てるかもしれないという指摘もある。
 冷戦終結からしばらく続いた、安寧な時代は終わりを告げようとしている。いかなる状況になろうとも日本が繁栄と安全を確保し続けるためには、国際情勢のより注意深い分析と、それに対する迅速な対応が求められていくだろう。アメリカ大統領選やウクライナ、中東情勢から当面目が離せない。

2023年11月15日(水) 17時00分校了