Essay

日英同盟を手本にアメリカと同盟をVol.374[2023年11月号]

藤 誠志

有事に国家と国民を守れるのは
自衛隊だけである

 九月四日付の産経新聞の正論欄に、兼原信克氏の「国守る自衛隊員に恩給復活せよ」という一文が掲載されていた。「台湾有事の可能性が盛んに論じられるようになった」「仮に台湾戦争になれば、自衛隊はもとより日本の重要インフラ、政経中枢はサイバー攻撃、ミサイル攻撃によって破壊される」「残念ながら、日米同盟には、すでに動員のかかった中国軍を一蹴できるような力はない。域内最強の軍事力となった中国軍は、もし開戦すれば、最終的な勝利は難しくても、少なくとも前線国家となる台湾や日本を完膚なきまでに叩きのめすことができる」「台湾有事に、日本には三つの選択肢がある。一、米軍に日本基地から直接戦闘作戦行動を許可する 二、台湾有事で行動する米軍に後方支援を行う 三、集団的自衛権を行使して参戦する―の三つである。いずれの選択肢を取るにせよ、中国に日本本土への直接攻撃を思いとどまらせるように、万全の反撃力を備えねばならない」「万が一、有事となれば、中国軍を止めることができるのは、米軍と協働する自衛隊しかいない。動き始めた軍を止めることができるのは軍だけなのである。台湾有事を抑止し、万が一の事態となれば、国家と国民を守れるのは自衛隊だけである」「その自衛隊が少子高齢化問題で揺れている。今年七月一二日、『防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会報告書』が浜田防衛相に提出された。昭和四〇年代後半、年間二〇〇万人いた新生児の数は激減し、昨年は七七万人であった。少子高齢化は自衛隊を直撃する。国を守る誇りと、それに見合う十分な処遇を与えなければ、自衛隊員は集まらない。同報告書では給与、生活・勤務環境、育児・介護支援、栄典・礼遇、再就職などの項目が挙げられ、自衛官の処遇改善が切々と訴えられている」「しかし、それで十分なのか。戦後の日本人の多くは、長く続いた鼓腹撃壌の時代に、戦うことを忘れた。しかし、最北の稚内には、真っ白な雪景色の中でかじかんだ手をこすりながら、ロシア軍の動きを監視している北の防人たちがいる。日本最西端の与那国島をはじめとする先島諸島では、南の防人たちが目と鼻の先の台湾島を眺めながら、万が一の中国軍による着上陸侵攻に備えて、玉砕覚悟で決死の守りについている」「もし台湾有事が現実のものとなれば、多くの自衛隊員が命を失い、身体の一部を失うであろう。二〇代、三〇代の自衛官が目を失い、顔を焼かれ、あるいは、手足を失って自衛隊を除隊することになる。彼らには、彼らの人生があり、家族がいる。政府は傷ついた彼らをどう処遇するつもりなのか。彼らは退職後、尊敬され、愛され、誇りをもって、余裕をもって、幸せに暮らしていけるのか」「現実は厳しい。現行制度の下では年金受給まで、政府は、負傷して除隊した自衛官の面倒を見ない。自衛官だった父が、母が、国のために、国の命令で、国民を守るために負傷して帰ってきたら、その息子や娘に進学をあきらめさせ、その妻にパートで働いて家計を支えさせろとでもいうのだろうか。しかし、それが今の政府の考え方である」「シビリアンコントロールの本質は、有事に及んで、民選の指導者が、外交、財政、内政を総覧しつつ、国民を結束させ、民主政治の枠内で、軍を戦略的に指導することである。そのためには、健全な政軍関係の存在が必須である。そのためには、国民の信頼を集める政治指導者が、同時に、戦場で命を投げ出す軍人たちからも信頼されねばならない」「今のまま有事に及べば、自衛官たちは、自分たちが守っているはずの国が、傷ついた自分たちを使い捨てると思うであろう。それは戦後七五年かけてようやく培ってきた政府と自衛隊の間の政軍関係を瞬時に腐食させるであろう」「そもそも有事になれば、国家防衛のために非常に高い危険に身を晒す自衛官を、一般公務員扱いするのがおかしいのである。除隊した自衛官には、退職時点での給与を一生支払い続けるべきである」「それが普通の国である。岸田文雄政権は、向こう五年間の防衛費総額を四三兆円とするとの指針を示した。防衛費を増額するのであれば先ずは自衛官のための恩給制度を復活させるのが正道であろう。それは金で命を買うということではない。命を懸けて国を守る自衛官たちに誇りを与えるということである」という兼原氏の主張に私も賛同する。なぜなら自分の国は自分で守るということが独立国には当然に求められることであり、それを担うのは自衛官に他ならないからだ。

戦争を起こさないために
相互的な同盟が必要だ

 日米安全保障条約が締結されて、六十三年が経過した。外務省HPのQ&Aに「『米国は日本を防衛する義務を負い、日本はそのために米国に施設・区域を提供する義務を負う』。このことが日米安保体制の最も重要な部分」と明記されているように、日本有事となれば、日米安保によってアメリカが助けに来てくれると考えている日本人は多い。日本の自衛隊は専守防衛の「盾」で、敵を攻撃してくれるのは「矛」であるアメリカ軍だとイメージしている人も多いだろう。しかしアメリカが日本を防衛する義務があることの根拠となる、日米安保条約第五条に記載されているのは、「日米共通の軍事的脅威に対処する行動」であって、直接的な軍事行動に限らない。さらにアメリカ政府が単独では行動を起こすことはできず、必ず連邦議会の承認が必要となる。つまりすぐにアメリカ軍が助けてくれるということはなく、日米安保のアメリカの日本防衛義務の「実態」は、多くの日本人の固定観念とは全く異なるものだ。
 戦争を抑止するためには、相手国に戦端を開くことが不利益であることを認識させるだけの、自国の軍事力の確保が必要だ。よく軍事力強化は戦争抑止にならないという主張がある。例えば飯室勝彦氏がニュースサイト「NEWS FOR THE PEOPLE IN JAPAN」に二〇二二年五月一四日に寄稿した「“抑止力”という幻」は、以下のように主張する。「だが軍備拡大は本当に抑止につながるのだろうか。NATO(北大西洋条約機構)諸国はロシアを意識しながら参加国を拡大し、軍事力も目に見える形で増強してきた。米国も後押し、ウクライナはそのNATOに接近した。ロシアのプーチン大統領はそのことを侵略の一つの理由にしている。日本でも、中国の軍拡、とりわけ海軍力増強、北朝鮮のミサイル・核開発を意識して防衛費をGNPの二%まで増やせという声が自民党内では盛んだ。核を同盟国と共同運用しよう、敵の司令部など中枢部を攻撃できる軍事力を保有すべきだなどと声高に語られるようになった」「だがウクライナ侵略をみると、結果として軍拡は抑止力にはならなかった。NATOの拡大は抑止どころかロシア暴発の一因になった。軍備増強=抑止力増強は幻だった。中国、北朝鮮を意識した自衛隊の増強は抑止力という幻を追って果てしなき軍拡競争に陥ることとなりかねない」という。しかし多くの学者らも指摘するが、NATOの拡大をロシア侵攻の原因とするのは単なる口実であり、大ロシアの復活を目指すプーチン大統領が、簡単にウクライナを占領できると考えて軍事行動を起こしたと見るのが正しい。実際には簡単ではなかったのだが、それが事前に分かっていれば、プーチン大統領は侵攻しなかっただろう。つまりは軍を充実させ、それを相手に知らしめることは、軍事行動を抑制するのだ。
 さらに同盟国があり、有事にはその同盟国の軍事力も自国のものに加わるとなると、戦争を抑止する力はさらに強まると考えられる。このような同盟の前提となる集団的自衛権は、国連憲章第五十一条で国際法的に認められた国家の権利だ。しかし同盟は本来、敵から攻撃された場合には互いに助勢するという相互的なものであるはず。日本が攻撃されたらアメリカが助けるが、その逆は想定されていない日米安保条約は、そもそも「歪な」同盟だと言える。

日英同盟に基づく支援が
日本の勝利を導いた

 一九〇二年に締結された日英同盟は、満州から朝鮮半島へと不凍港を求めて南下政策を取るロシアへ対抗するという、共通の目的をもったイギリスと日本が結んだ同盟だ。この同盟の内容は、中国と朝鮮半島において、イギリスか日本が、他国(一国)の侵略的行動によって交戦に至った場合同盟国は中立を守り、二国以上との交戦となった場合同盟国は参戦する義務を持つというものだ。そしてこの締結から二年後の一九〇四年に日露戦争が勃発した。イギリスは日英同盟に従って軍事的には中立を保ったが、他の様々な形で日本の勝利に貢献した。戦費獲得のための外債発行も、高橋是清等によるロンドンでの活動で可能になった。日英同盟の二国以上の条件に抵触してイギリスの参戦を招くことを考え、露仏同盟を結んでいたフランスが参戦を断念するという効果もあった。
 しかし日英同盟が最も貢献したのは、やはり日本海海戦での連合艦隊の勝利に対してだろう。ロシアは旅順とウラジオストクを拠点とした太平洋艦隊への増援として、バルト海に展開していた艦船でバルチック艦隊を編成、日本海へと向かわせた。地中海からスエズ運河を抜けることができれば航海の距離を大幅に短くできるが、スエズ運河がイギリス領だったこと、艦隊の主力である大型船が喫水の関係で運河を通過できないとわかっていたことから、小型船のみがスエズ運河航路を通り、艦隊の主力はアフリカの南端である喜望峰回りの航海となった。結果、バルチック艦隊は半年あまりの長期航海を余儀なくされ、日本海に到着した時には、疲労困憊という状況だった。さらに当時の船舶の燃料だった石炭についても、良質の無煙炭の市場を押さえていたイギリスが、バルチック艦隊へのそれらの補給を妨害した。無煙炭を十分な量確保できなかったバルチック艦隊は速度が遅くなり、吐く黒煙によって日本の艦隊からも発見されやすくなっていた。またイギリスは、自国の植民地へのバルチック艦隊の寄港も拒否して、十分な補給を行わせなかった。一九〇五年五月の日本海海戦における、世界の海戦史上類の無い日本の連合艦隊の勝利は、このようにイギリスの助力によるところが大きかった。そしてこの勝利によって、日本はロシアに朝鮮半島を牛耳られて、国家の安全を脅かされるという事態を回避することに成功した。
 日英同盟はこの後も内容を変えた再締結が二度行われて二十一年間続き、一九二三年に解消された。一九一四年に始まった第一次世界大戦にも日英同盟を理由に日本は連合国の一員として参戦、ドイツの青島要塞を攻略、北太平洋のドイツ領の島々も占領し、地中海に艦隊を派遣して連合国の艦船の護衛を行った。イギリスは日本のために軍隊こそ出さなかったが、それ以外の様々な援護を行った。日英同盟のような相互的な関係が、本来の同盟の在り方だろう。

有事においての覚悟が
世界の支援を呼び寄せる

 自分の国を自分で守るために、まず自国の軍隊が戦い、その足らざるを補うのが同盟であり、それはお互いの場合に適応されるべきものだ。まず自国が戦うのが基本であり、ロシアと戦うウクライナに今、あれだけの軍事支援が行われているのも、突然の侵攻に対して屈服することなく、最初の首都キーウへの進軍を食い止める等、自国を守るべくウクライナの人々が激しく抵抗したからだ。日本を守る場合にもそれは同様であり、有事の際には自衛隊員を中心とした多くの犠牲が出るのは必至だろう。だからこそ、兼原氏が主張する通り、自衛隊員には一生生活出来るだけの充分な待遇が必要なのだ。そして悲劇を避けるためにも、日本は日英同盟のような緊密で相互扶助的な関係をアメリカと築き、他国から戦争を仕掛けられないための抑止力を強化していく必要がある。

2023年9月19日(火) 17時00分校了