関東大震災の火災旋風
読売新聞は「関東大震災一〇〇年 教訓」と題した連載記事を六月六日付朝刊からスタートした。「近代以降の災害で国内最多の一〇万人超が犠牲となった関東大震災から今年九月で一〇〇年となる。あの時、何が起き、教訓はどう生かされているのか。首都直下地震や南海トラフ巨大地震への備えを検証する」という。一面に掲載された第一回目の見出しは「火災旋風 避難者襲う」だ。「空は暗黒となり、物凄い響を立て、魔風が火を含んで荒れ狂った--。関東大震災の被害を調査した国の『震災予防調査会』が、震災の二年後にまとめた報告書に残る『火災旋風』の記載だ」「一九二三年(大正一二年)九月一日午前一一時五八分、マグニチュード七・九、最大震度『七』相当の揺れが首都圏を襲った。死者・行方不明者約一〇万五〇〇〇人の九割が火災の犠牲者で、被害を拡大させたのが火災旋風だ」「『「竜巻だ」という叫び声と轟音が聞こえ、逃げる間もなく飛ばされた』。神奈川県平塚市の市川ふみ子さん(一〇七)は、三年前に入院するまでその恐怖を語っていた」「当時七歳の市川さんがいたのは、自宅近くにあった『陸軍被服廠跡』。家族で身を寄せた六・六万平方メートルの広大な空き地で、避難した約四万人のうち三万八〇〇〇人が火災旋風などで死亡する『悲劇の地』となった。現在、震災被害を伝える東京都復興記念館(墨田区)が立つあたりだ」「何が起こったのか。証言を整理すると、被服廠跡には、地震直後から続々と避難者が集まり、夕刻には大八車で持ち込んだ家財道具などで『すし詰め』状態だった。一方、昼に各地で起こった火災が延焼を続け、北、東、南の三方向から敷地を取り囲み始めていた」「そして、火災旋風が起きた。三方から火が押し寄せ、飛び散る火の粉は、人々の衣服や家財道具に燃え移った。旋風も被害を拡大させた。人が何十メートルも巻き上げられたとの証言もあり、その一人だった市川さんは、離れた場所の水たまりに落ち奇跡的に助かったが、多くの死傷者が出た」「実際にはどういう現象なのか。総務省消防庁・消防研究センター(東京)の実験映像がある」「液体燃料を入れた小さな容器を等間隔に並べて火を付ける。風を送り込むとその数十秒後、それぞれ数十センチだった炎が真ん中に集まって竜巻状の渦となり、三メートルもの高さになった」「燃焼により生じた空気の渦が、複数の炎を巻き込むこの現象は、同時多発火災で起こるとされ、センターの篠原雅彦・主幹研究官は『防ぐには、火災が大規模化する前に食い止める必要がある』と強調する」「だが、東京の『消防力』は近代化の途上だった。地震は昼食時に起き、台所の火などから旧東京市(現在の東京都心部)で一三四件の火災が発生。うち七七件が初期消火できずに延焼した。当時、消防業務を担っていた警視庁消防部はポンプ車を導入していたが、台数はまだ三八台。しかも約七二〇〇か所に整備されていた消火栓は、地震で断水してほぼ使えなかった」「悪条件も重なった。台風の影響で風速一〇メートルを超える強風が吹き、消火活動で延焼を食い止めた場所はわずか三割弱だった。街は四六時間にわたり燃え続け、一一〇個を超える火災旋風が発生。焼失面積は三四六六ヘクタールと、山手線の内側の半分に相当する面積に及んだ」「火災旋風は、津波火災が起きた東日本大震災(二〇一一年)でも目撃され、篠原さんは『現代でも起こりうる』と警鐘を鳴らす」「三〇年以内の発生確率が七〇%とされる首都直下地震では同時多発火災に備え、消防組織だけでなく、住民による消火活動を含めた総合力の底上げが必要となる」という。
地域の消防力が問われる
この記事は「初期消火 地域力が鍵」という見出しの二面の記事に続く。「巨大地震による同時多発火災は、阪神大震災でも惨事を招いた。限られた『消防力』でどう対応するかは、現代でも切実な課題だ」「首都直下地震では都内の上水道の二六・四%で断水が想定される。東京消防庁は都内を二五〇メートル四方の区域に分け、防火水槽や河川といった取水ポイントを確認しているが、防火水槽などは消火活動が長引くと水が尽きる恐れがあり、活動には制約が伴う」「また、道路の損傷や倒壊家屋に阻まれ、現場到着が遅れる懸念もある」「こうした事態では、住民や地元消防団による初期消火が重要だが、課題も多い」「都内の自主防災組織が二〇二〇年度に防災訓練を実施した回数は〇・三五回にとどまり、ここ一〇年で半分以下になっている。全国の消防団員は少子化などで減少傾向で、昨年は初めて八〇万人を割った」「南海トラフ地震でも、東海地方から近畿、四国を中心に最大七五万棟の火災被害が想定される。東京大学の広井悠教授(都市防災)は『同時多発火災では地域住民の力が鍵を握る。それぞれの地域が、消防力をどう高め、維持するかを考える必要がある』と訴える」と結んでいる。記事には東京都による首都直下地震の被害想定が出されており、建物被害は一九万四四三一棟、死者六一四八人、負傷者九万三四三五人となっているが、その中で火災については出火件数六二三件(初期消火されるものは除く)、焼失棟数一一万二二三二棟、死者二四八二人と、建物被害の約五八%、死者の約四〇%を火災が占めている。地震に付随して発生する火災に対する対策は、記事にもあるように非常に重要だといえるだろう。
減少する想定死者数
昔から恐ろしいものを並べた言葉として「地震・雷・火事・親父」と言われていたように、地震は大きな災害として人々の記憶に残っている。日本で一八八五年以降に発生した大地震を見てみると、一〇万五三八五人と最も死者・行方不明者が多かったのがマグニチュード(以下M)七・九の関東大震災であり、二番目が二万二三一二人でM九・〇の東日本大震災(二〇一一年)になる。以下三位は明治三陸地震(一八九六年)の二万一九五九人(M八・二)、四位は濃尾地震(一八九一年)の七二七三人(M八・〇)、そして五位は阪神・淡路大震災(一九九五年)の六四三七人(M七・三)になる。しかし人が亡くなる主要因は、地震によって異なる。本エッセイの二〇二二年十二月号に私は次のように書いた。「大震災における犠牲者の死因は、時代や地域、発生時間によって全く異なる。昼食直前の十一時五十八分に発生した関東大震災では、調理用に火を使っていた家庭が多く、また木造家屋が多い時代だったので大規模な火災が発生、犠牲者の八七・一%が火災によって亡くなっており、住居が潰れたことによる犠牲者は一〇%程度だった。しかし一九九五年の阪神淡路大震災では八三・三%の犠牲者が建物倒壊によって亡くなっており、焼死は一二・八%だった。そして二〇一一年の東日本大震災では、九二・四%の犠牲者が津波によって溺死している。未来の大震災に対しては、火災、倒壊、津波の全てに対する対策が必要となるだろう」。関東大震災時にはその約九〇%が火災で亡くなったが、今の想定では約四〇%となり、さらに死者数の想定自体も十七分の一に減っているのは、現在の建築物の耐火構造と耐震構造に負うところも大きいだろう。阪神・淡路大震災でも一九八一年に定められた新耐震基準をクリアしていた建築物の被害は少なかったと言われており、それから約三十年経過した今ではさらに多くの建物が新基準の耐震性が高いものになっている。建物の性能によって火災、倒壊の危険性が減じているとはいえ、さらに犠牲者を減らす努力は続けなければならない。
最悪の場合は「複合災害」に
東京都は二〇二二年五月に首都圏直下地震等による東京の被害想定の最新版を発表したが、その中で津波については直下型の場合は発生せず、南海トラフ巨大地震等の海溝型地震が発生した場合、区部では最大二~二・六mの津波高を想定していて被害はほとんど出ないが、大島など島しょ地域では最大で約二八mの津波高も考えられ、建物被害一二五八棟、死者九五二人と想定されている。もう一つ地震と水に関する被害で可能性があるのが「地震洪水」だ。二〇二〇年一月十五日にNHK NEWS WEBで配信された「首都直下地震 助かるためのキーワード」という記事に、以下のような記述がある。「地震洪水とは、河川の堤防が、地震による揺れや液状化で致命的なダメージを受け、川の水が市街地に流れ出す現象をいいます」「被害が大きくなるおそれが特に高いのが、いわゆるゼロメートル地帯、東京東部や名古屋などに広がる地盤が海水面よりも低い土地を襲う地震です」「例えば東京湾に面したゼロメートル地帯には一七六万人が暮らしています。普段は堤防で守られていますが、東京 江戸川区の元土木部長で現在は公益財団リバーフロント研究所で災害対策を研究する土屋信行さんは、堤防が地震の繰り返しで破壊される可能性があり、市街地は地震による被害を受けるだけでなく、同時に地震洪水にも襲われるおそれがあると指摘しています」「しかもゼロメートル地帯は雨が降っていなくても浸水が一気に広がります。避難が遅れれば数万人の命が危ないといいます。東京都は現在、大地震発生に備えた堤防の補強工事を行っています」「大地震が発生するタイミングが運悪く台風などで川の水位が高い時期だったり、あるいは地震で堤防が傷んだあとに大雨が降ったりすることも十分考えられます。このように、地震に別の災害が加わる『複合災害』では、より深刻な被害が起きます」「東京理科大学の二瓶泰雄さんたちは、地震で堤防が傷み、のちの大雨でその堤防が決壊するケースに注目して研究しています」「全国で発生した過去の地震と、水害で堤防決壊が発生した箇所の位置関係を分析した研究によれば、地震の震度が大きかった地点と、水害による堤防の決壊地点が重なるケースが多いといいます」「メカニズムを調べるため、堤防と川を模した実験装置を使って“傷ついた堤防”に大雨に相当する水を流してみると、小さな亀裂でも水が浸入して“堤防内部”の土が一気に削られ、“決壊”することが分かりました」「もし、首都直下地震が、台風などで川の水位が高い時に発生し、都心近くを流れる荒川が決壊したらどうなるのか…。内閣府が水害を想定して公表した資料によれば、都心方向に流れ出た水は、地下鉄のトンネルにも流れ込み、一七路線の八一駅が水没状態になるとされています。(東京都では、地下鉄事業者と駅ビルや地下街の管理会社などを集めた浸水対策協議会を作り、いざというときに備えた具体的な浸水対策の策定を急いでいます。たとえば東京メトロは、地下トンネル入り口に非常時用の防水ゲートを設置するなど地下への浸水を防ぐ工事を進めていて、二〇二七年度中の対策完了を目指しています)」という。ゼロメートル地帯では住民が自主防災組織を作って、船外機付きのゴムボートを準備しているところもある。水への警戒も必要なのだ。
アパホテルは東京にホテルを集中的に建設することで、飛躍的に成長してきた。二〇一四年から二〇二三年の見込みまでの十期累計の売上高は一兆一千五百三十一億円、経常利益は二千六百五十五億円に及ぶ。しかしこの躍進も、東京に首都圏直下地震等の大災害が起こらなかったからだろう。建物性能の向上や様々な対策のお陰で、首都直下地震の被害想定は出されるごとに縮小しているが、複合災害の可能性も考えれば十分に用心する必要がある。地域や企業での防災対策や個人の住居での耐震対策や災害用の備蓄等、準備しておくことは多いだろう。
2023年6月13日(火) 17時00分校了