Essay

領土保全や自衛隊の憲法明記の国民的議論をVol.370[2023年7月号]

藤 誠志

領土保全のために
外国人の土地購入に規制を

 四月二十八日付産経新聞朝刊の「正論」欄に、東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏が「領土保全こそ国家主権の責務」という一文を寄せている。一九五二年四月二十八日の「日本国の対連合国平和条約発効といふ形での独立国家主権回復記念日」に関連して、毎年小堀氏が開催している記念国民集会について「国家主権問題としての領土論では私共の集会は、先の大戦の停戦後になつてロシア(当時ソ連邦)が不法に侵略し、その占拠が固定してしまつた我が国固有の北方領土を始めとして、韓国による島根県竹島の不法占拠、沖縄県尖閣諸島海域での危機的状況に向けての国民の関心の喚起を連年訴へ続けてきた」「国民諸氏の然るべき認識と危機的事態に向けての積極的関心をお願ひしたい」「領土保全こそ国家主権の責務」「外国人がその財力に応じて我が国土の土地の一部を購入し、彼等の私有地としてそれを管理する事態に潜んでゐる危険性への認識である。この危険性はたしかに『潜んでゐる』のであつて、直ちに明らさまな危険として発露するわけではない」「我が国は平安時代の荘園を見ても、土地の私有が法的に認められてゐる長い歴史があり、大日本帝国憲法はその第二七条で臣民の所有権の不可侵を定め、現行の日本国憲法も第二九条で財産権の保障を述べてゐる。所有権者が日本国民である場合は勿論この規定でよい」「然し日本国民と外国人とでは個人が国家に対して有する権利・義務関係は当然相異する。外国人が日本国内に於いて享有する財産に関する諸権利には日本国民との間に或る種の差異があつて当然である」「国民の安寧を守り抜くため」「外国人及び外国資本による日本国内の土地購入に対し、政府がその趨勢に規制をかけるといふ姿勢を持たず、唯その現状を調査し把握しておくといふ扱ひで済ませてしまつてゐる事である。国家安全保障の見地からすれば此処では土地購入に対する抑制的な姿勢がぜひ必要であり、その姿勢をとらない限り外国側から見れば日本の不用心は外国資本の進出を歓迎すると見えてしまふ」「此処に公と私といふ図式を適用して事態を眺める時、国際社会は公の世界と映り、対して日本国の国益優先は私権の要求であり、外国人の権利に対する差別の如くに思はれ、それはとかく日本人の潔しとせぬところでもあらう」「だが国際社会は前世紀の帝国主義諸国の衝突、或いはそれに続く冷戦の時代と比べて政治道徳の法則は一向に普遍化してをらず、『公』の名に値するだけの公正が尊重されてゐる訳では全く無い」「かうした苛烈な弱肉強食の掟が支配する環境にあつて自国の領土の保全を全うし、国民の安寧を守り抜くためには、国家の『私』である所の主権の堅持が最も重要な要請となる。其処に発生するかもしれぬ自他の法的権利上の差別、それに向けられるであらう外国からの不満や怨嗟を恐れてはならない。むしろそれに堪へ抜く事が我が国の国家理性の要求であり、国民の在るべき様なのである」という。

外国人の規制に障壁が存在
国民の関心の喚起が必要

 ここで小堀氏が「政府がその趨勢に規制をかけるといふ姿勢を持たず、唯その現状を調査し把握しておくといふ扱ひで済ませてしまつてゐる事である」と書いているのは、二〇二一年六月に国会で成立した土地利用規制法を踏まえてのことだろう。この法律では、自衛隊の基地や原発等の重要インフラ施設周辺約一kmや離島等を「注視区域」に指定、この区域の土地所有者の国籍や氏名、利用状況等が調査できるとしている。さらに特に重要度が高い地域は「特別注視区域」となり、土地・建物の売買時の事前の国籍や氏名の届出が義務づけられている。重要インフラ施設を阻害するような行為には、段階は踏むが、二年以下の懲役を科す規定も設けられている。所有者の情報の把握や土地利用の制限を行ったことは一歩前進だが、土地の売買自体を禁じたものではない。
 実は日本が外国人の土地の売買に制限を掛けるには、障害がある。二〇二一年七月五日に産経新聞ホームページにて配信された弁護士の堀内恭彦氏の「外国人による土地取得問題 さらなる法整備を」という一文によると、「ネックになるのが、日本が一九九四(平成六)年に加盟したGATS(サービス貿易に関する一般協定)における『日本人と外国人の待遇に格差を設けてはならない』(内国民待遇の保障)という国際ルールの存在である。それでも、加盟時に土地取得に関する『留保』を行っておけば外国人の土地所有を禁じることもできたのだが、お粗末なことに、日本は世界からの投資を呼び込みたいがために、この『留保』を行っていなかったのである」というのだ。堀内氏は「しかしながら、外国人の土地取得は国家の存立にかかわる問題である。日本は不動産取引については国際的に開かれ過ぎた自由市場であり、常に外国人による買い占めの危険にさらされている。今回の法律制定で安堵することなく、国際ルールの壁を乗り越えるために、GATS加盟国への働きかけを強め、協議を進めていかなくてはならない」と結んでいる。
 小堀氏の主張するように領土保全は国家の責務であり、堀内氏が言うように領土保全のために外国人による日本の不動産取引を制限することは、海外への働きかけも必要となる一大事業だ。こういった重要案件にもかかわらず、領土保全の問題についての国民の関心は低い。その原因はマスメディアも教育も、領土保全の必要性を訴えることがないからだろう。そもそも最初から日本人はヨーロッパ等の大陸人とは異なり、国土を海に囲まれていることから安全圏にいると思い込み、警戒心がかなり薄い。しかし当然海を越えることができる飛行機や船もあり、海があるから安全ということは最早あり得ない。さらに不動産取得による重要施設に対する妨害工作も、十分に予測して事前に排除しておくべきものだ。メディアはここをもっと重点的に報じるべきだと思う。

十年で六割以上の増加
膨張する中国の軍事費

 中国は覇権国家を目指し、経済力や軍事力をどんどん拡大している。隣国の日本を何らかの形で飲み込みたいという欲望に駆られて、近い将来に台湾有事のみならず、日本有事が起きることもあり得る。ローマ帝国時代が発祥と言われる「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」の精神が今、正に必要だ。理想的な平和というのは支配者から与えられるものではないし、他者を支配することで達成するものでもなく、力の均衡によってのみもたらされる。圧倒的な戦力を保有する必要はないが、手を出すと多大なコストが生じると、相手が確信できるレベルまでの戦力は必要だ。これがあれば合理的な判断を行う国は攻めてこない。逆にコストが低いと見積もられた場合には、相手の自国に対する侵攻を誘発し、戦争が勃発する。
 四月二十四日にNHKは「世界の軍事費 前年比三・七%増 ロシアの軍事侵攻など要因」というニュースを報じた。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、ロシアのウクライナ侵攻が原因で二〇二二年の世界全体の軍事費は対前年で三・七%アップした。アメリカの増加は〇・七%に留まる一方、中国は四・二%の増加となった。中国の軍事費の増加は二十八年連続であり、二〇一三年に比べて六三%の増加となっている。日本が一九六〇年以降最も高水準の五・九%増となっているのも、この中国の軍事費増強から考えれば当然のことだろう。急激に膨張する中国の軍事力にバランスをとっていかないと、力の均衡が崩れて戦争になる。このバランスに必要不可欠なのが、自衛隊の増強なのだ。

真に日本の将来を考えた
メディアの報道を求める

 五月三日の憲法記念日の新聞各紙の社説は、どこも憲法改正に言及していた。読売新聞は「九条改正に関しては、自民党が衆院の審査会で論点整理を提示した。自衛隊の明記や文民統制の規定などの議論を求める内容だ。本来の防衛任務はもとより、邦人保護や国際貢献など、自衛隊の役割が増している。その存在を憲法に明記する意義は大きい」、産経新聞が「さまざまな脅威から国民を守るには、外交と防衛の両輪を確かなものとしなければならない。世界の民主主義国と同様に、自衛隊を軍にすることで、個別的・集団的自衛権に基づいて抑止力と対処力を強化し、平和を守りたい」「自民党や日本維新の会は憲法への自衛隊明記を唱えている」「多くの憲法学者が自衛隊を『違憲』とする異常な状態を改めることにはなる」と憲法への自衛隊の明記を支持している。一方、朝日新聞は「岸田政権が踏み切った敵基地攻撃能力の保有である。平和主義を掲げる憲法の下、日本の防衛の基本方針である『専守防衛』を空洞化させるもので、判断を誤れば、国際法違反の先制攻撃になりかねない。相手国からの攻撃を誘発する恐れもある」という、よくある安保問題に無知な左派の主張に終始している。反撃能力は世界中どの軍隊も保有しており、その上で国際法違反にならないよう運用を行っている。なぜ日本だけが、保有すると即国際法違反の危険があるのか。相手国の攻撃を誘発云々はさらに無意味な主張で、これが事実だとすれば、世界中は今よりも紛争だらけになっているだろう。力の均衡による平和、軍事力による抑止の基本を朝日新聞は全く理解していない。同日発表された朝日新聞の世論調査でも、反撃能力保有に「賛成」は五二%で「反対」の四〇%を上回っており、国民の方がこの問題を良く理解していることを自ら示す結果になっている。この朝日新聞の社説は結局憲法論にも行き着かず、手続き的に全く問題のない安保三文書の閣議決定の過程に対して、「国民の議論がなかったのは民主主義に反する」という主張に終始するお粗末なものだった。
 同じ五月三日に発表された読売新聞の世論調査では、原稿に自衛隊の根拠規定を明記する自民党案に「賛成」は五四%、「反対」は三八%だった。自衛隊を憲法に明記する案は、国民の一定の理解を受けつつあるように思える。岸田首相も五月三日に行われた「第二五回公開憲法フォーラム」に寄せたビデオメッセージで、「力による一方的な現状変更の試みや、北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイルの発射など、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面する中で、自衛隊を憲法にしっかりと位置づけることは極めて重要なことだ」と述べ、自衛隊の憲法への明記を含む憲法改正に意欲を見せている。安全保障に関する国民の理解も深まっている中、国会ではより精緻な議論を行い、さらにメディアが従来の左派の主張の繰り返しではない、真っ当な安全保障理論に基づいた報道を行うことで、国民の活発な議論を喚起していくべきだろう。その上で国民の負担による防衛費増額を行い、自衛隊の戦力増強によって力の均衡を実現し、日本の、そして東アジアの平和を維持していくべきなのだ。領土保全や平和のための防衛費増額と憲法改正に至るまで、メディアの国民に対する影響力はまだ大きい。日本の将来を真に見据えた報道が増えることを、願ってやまない。

2023年5月15日(月) 17時00分校了