ハサン・ソービル氏
1951年モルディブ共和国の首都・マレ生まれ。25年以上に亘って政府の上級管理職を歴任、さらに政府の閣僚として11年間、農水大臣や観光大臣等を歴任。外交やビジネス、大学講師等にも活躍の場を広げ、2019年に駐ベルギーモルディブ大使(兼オランダ、ルクセンブルク並びに駐欧州連合代表部大使)に、2022年6月から現職。
歴史と文化のある国家
元谷 今日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。日本の多くの人々がモルディブという国には興味がありますが、実際にどんな国かは知りません。今日はいろいろとご紹介していただければと思い、お越しいただきました。
ソービル お招きいただき、ありがとうございます。モルディブ共和国は、インド洋にある約千二百の珊瑚礁で作られた小さな島からなる海洋国家です。島の面積を全部集めても、東京二十三区の半分ぐらいしかなく、そこに約五十五万人が住んでいます。首都はマレ。これも一つの島です。公用語はディベヒ語と呼ばれるモルディブ独自の言葉ですが、英語も広く話されています。
元谷 とてもユニークな国ですね。どんな歴史を持っているのでしょうか。
ソービル インドやスリランカの近くにあるモルディブの島々は、インド洋の交易路上に位置しています。そのため古くから様々な人々が、島々と接触してきました。住んでいたのは南インドやスリランカから渡ってきたと思われる人々が中心ですが、南・東南アジア人やアフリカ人、アラブ人もいたでしょう。国民は一一五三年にアラブ人から伝わったイスラム教を信仰しており、古くからの慣習もまだ人々に強い影響力を持っています。イスラム教の広まりと同時にスルタンが島々を治めていました。十六世紀にポルトガルの支配を受け、一八八七年にイギリスの保護領となり、スリランカのコロンボにあったイギリス高等弁務事務所からの間接支配を受けるようになりました。モルディブは一九六五年に独立、一九六八年にはスルタン制度を廃止して、共和国になりました。日本とは、その前年の一九六七年に外交関係を樹立しています。
元谷 イギリスの保護領だった歴史があるのですね。産業としては、何が最も盛んなのでしょうか。
ソービル 伝統的には漁業が盛んで、人々も魚をよく食べます。輸出産品の大半は魚で、中でもカツオやマグロが多く輸出されています。しかし今の主要産業は観光です。一九七二年に初めての観光客を迎え入れ、この年だけで約千人がモルディブを訪れたのですが、二〇一九年にはその数は約百七十万人に成長しました。
元谷 人口の三倍もの観光客が来るのですね。ヨーロッパからの観光客が多いのでしょうか。
ソービル ヨーロッパは主要なマーケットですが、アジアからも多くの旅行者が来ています。二〇一九年の国別の観光客は多い順に、中国からが二八・四万人、インドからが一六・六万人、イタリアからが一三・六万人となっています。日本からも新婚旅行を中心に多くの方が訪れていて、四・四万人で第九位となっています。韓国もトップ一〇に入っていますね。近年はコロナの影響で観光客が減少しましたが、また回復してきています。昨年からのウクライナ戦争の影響はあまり深刻なものではなく、開戦以降もロシアからの観光客は未だに多いです。もちろん戦争が無いに越したことはありません。
元谷 素晴らしいですね。観光地としてのモルディブの魅力は、やはりマリンリゾートとしての存在感でしょうか。
ソービル その通りです。モルディブは一島一リゾート計画を推進していて、現在百四十五以上の島がリゾート島になっています。フォーシーズンズやリッツ・カールトン、シェラトン、ウォルドルフ・アストリア等、世界的な高級ブランドのホテルは全てありますよ。そのようなリゾートを除いても、静かな小さな島で、きれいな海とリラックスした雰囲気を楽しむことができます。リゾートで最も人気があるアクティビティは、ダイビングです。モルディブはとにかく海洋生物の種類が豊富。珊瑚礁に囲まれたこの自然の水族館で、たっぷり珍しい魚等美しい生物を鑑賞することができます。
元谷 それは行ってみたくなりますね。一年中海が楽しめるのでしょうか。
ソービル はい。モルディブは赤道に近く、一年中暖かい国です。しかし暑すぎることはありません。気温は高くて三二℃程度で、平均気温は二八℃です。海からの涼しい風が吹くのでより快適ですよ。
世界中のセレブに人気
元谷 モルディブで休暇を過ごす人は、富裕層や有名人が多いという印象があります。
ソービル その通りです。理由は独立した島に一つのリゾートしかないので、プライバシーが守られるということです。他の観光客に騒がれるということがありませんし、パパラッチも心配いりません。そのことから、世界中からセレブが来るのです。昨年ドーハでFIFAワールドカップが開催されましたが、その後に多くの国のチームが休養のためにモルディブを訪れていました。かつて私は観光大臣も務めていて、その時に沢山のセレブに会いました。それとモルディブに新型コロナの大規模な感染がなかったということもあるでしょう。島の間が離れているために、自然の隔離が実施されているのです。国としても二〇二〇年に三カ月だけ外国人の入国を停止しただけで、それ以外は観光客を歓迎しています。国としてのワクチンの接種率も高く、リゾートのスタッフの接種率はほぼ一〇〇%です。このことが訪れる観光客の安心材料になっていると思います。
元谷 島の間の交通手段は、船になるのでしょうか。
ソービル 主に使われていて便利なのは、水上飛行機です。マレの国際空港と各リゾートの間を運航するなど、世界最大の水上飛行機の国内ネットワークが整備されています。地方空港も十八あり、通常の小型機の運航も行われています。
元谷 国の政治体制についてお聞きしたいのですが。共和国ということは、大統領制なのでしょうか。
ソービル はい、そうです。今のイブラヒム・モハメド・ソーリフ大統領は、二〇一九年の即位礼正殿の儀の時に来日しています。
元谷 任期は何年なのでしょうか。また再選は何回まで可能なのでしょうか。
ソービル 任期は五年で、再選は一度だけになります。大統領は最長でも十年間しか、その座には留まれません。ソーリフ大統領は二〇一八年の選挙で選ばれていて、今年は大統領選挙の年なのです。大統領選に続いて議会選挙も行われます。議会は一院制で議席は八十七です。私も議員を務めていたことがあります。
元谷 大臣だけではなく、議員もされていたのですね。独立以降、平和的に民主的に選挙や政権交代は行われてきたのでしょうか。
ソービル もちろん選挙ですから争点はあるのですが、選挙も政権交代もこれまで穏便に行われてきました。大統領選挙には、国連の選挙監視員も必ず立ち会っています。
元谷 一九六五年まではイギリスの保護領だったということですが、これは植民地ではなかったということですね。
ソービル はい。植民地というのは国権が完全に無い状態ですが、保護領とは、主権は維持しながらも他国がある程度の支配権を行使する形態です。モルディブは、保護領になってもスルタンが存在していましたが、南部にイギリスの軍の基地が作られていました。他に特にイギリスの存在がモルディブ内で大きくなったことはありません。
元谷 では独立も円滑に進んだのですね。
ソービル はい。モルディブは独立後すぐに国連に加盟し、日本を含む十カ国と国交を結びました。当時モルディブは、世界最小の国連加盟国だったのです。外交政策としては非同盟を打ち出しており、世界中のあらゆる国と同じように付き合っています。モルディブはイギリス連邦の一部ですが、なぜこんな小さな島国が独立を保っているのかと聞く人がいます。それはモルディブ人の国民性からでしょう。元々ピュアで素朴で非攻撃的な人々なのです。多少攻撃的な人々がやってきても、心からのホスピタリティに溢れたモルディブ人に、心を奪われる事が多かったのだと思います。
津波から首都を守った
元谷 平和を維持されているのですが、軍隊は持っていないのでしょうか。
ソービル 四千人規模の小さな国防軍を持っています。もちろん国内の法秩序を保つための警察もあります。しかし私達に必要なのは軍隊でも警察でもなく、いい友人だと考えています。インド洋の真ん中に位置する国ですから、インドもスリランカもアフリカも、友人なのです。日本も、モルディブにとって重要な国です。日本はモルディブの開発に、多額の援助をしてくれています。特に私達が感謝をしているのが、十四万人が暮らす首都マレを囲む防波堤です。マレは海抜一・五メートル程度しかなく、過去何度も浸水の被害にあっていました。一九八七年のサイクロンによる高波で甚大な被害を被ったことを受け、日本政府は緊急事業として、一九八七~二〇〇二年に亘り、数回の防波堤工事を行ったのです。二〇〇四年に発生したスマトラ沖大地震によるインド洋津波は各国に多くの被害をもたらし、モルディブでも八十名以上の死者・行方不明者が出たのですが、マレでは防波堤のおかげで死者はおろか、深刻な被害は一つもありませんでした。また危機管理の進んだ日本は、その後もいろいろな救助活動や復興支援を行ってくれたのです。二〇一一年には今度は日本で東日本大震災が発生し、多数の犠牲者が出ました。モルディブでは恩返しをする番と支援キャンペーンが展開され、市民からの義援金に加えて、政府と市民からの特産品のツナ缶を約七十万個、日本に送ったのです。それはモルディブと日本間の親善を象徴した行為でした。
元谷 そんなことがあったのですね。
ソービル 日本政府の援助で僻地の島に学校が作られたり、日本企業がソーラーパネルを提供してくれたり。モルディブ国民は、日本人と政府には、本当に感謝しています。
元谷 自然災害は津波と台風が主なものでしょうか。
ソービル はい。モルディブのリゾートの建物はヤシの木より高くてはいけません。日本の様々な支援で、被害をかなり緩和できるようになってきています。
元谷 漁業が盛んとのことですが、この分野で何か日本と関係していることはありますか。
ソービル モルディブの漁業は網を使わずに一本釣りが多いのですが、その時に使用される釣り竿が日本製です。また愛媛県に本社のある鰹節メーカーのヤマキがモルディブに鰹節製造の子会社を持っていて、地元産のカツオを原料にそこで作った鰹節が日本に輸出されています。
元谷 日本のリゾートはまだ進出していないのでしょうか。
ソービル 元々中古車の輸出を手掛けていた日本人の事業家で、モルディブに投資してリゾート運営を行っている方がいらっしゃいます。
元谷 日本人の観光客もかなりいるとのこと、あまり言葉などを気にしなくても楽しめるということでしょうか。
ソービル 先日、日本で知り合った日本人の友人が結婚、新婚旅行でモルディブに行き、リッツ・カールトンに宿泊したそうです。外国語が話せないので心配をしていたら、リッツ・カールトンのシェフの一人が日本人で、日本語だけで快適に過ごせたということでした。モルディブは観光客のために世界中から様々な食材を輸入していて、和食の材料や日本酒も取り寄せています。モルディブで最高のお寿司や和食、日本酒を味わうこともできるのです。オールインクルーシブスタイルのリゾートも多く、一度島に到着すれば、メニュー豊富な食事もお酒も追加料金なしで存分に楽しむことができます。また各リゾートで医療体制もしっかり整っています。
一五〇ドルの部屋も
元谷 そう聞くと、気軽に訪れてみたくなりますね。
ソービル 是非。日本に来て日本人を見ていますが、皆さん頑張ろう精神が強すぎて、働きすぎです。スマートフォンに充電が必要なように、人間にも休養が必要。モルディブでは普段の生活を忘れ、本当にのんびりと過ごすことができます。海風が心地よいですし、靴も不要です。読者の皆さんには是非モルディブのリゾートにお越しいただきたいですし、アパホテルには是非モルディブに進出していただきたいですね。
元谷 進出するのであれば、日本人だけを対象にするのではなく、もっと多くの国の人々が訪れてくれるようなホテルにしなければ、採算が厳しいでしょう。
ソービル もちろん、日本人だけに頼る必要はありません。伝統的にはヨーロッパ人が、近年はアジア人も増え、その他アメリカ人やロシア人等世界中から観光客がやってきます。モルディブはハイクラスリゾートですが宿泊費は様々で、一泊一〇〇~一五〇ドルのホテルもあります。一方、七室あるリゾート島をまるごとレンタルするプランもあり、その場合は一泊四百万円です。アパホテルが進出する場合も、様々な形態を想定することが可能だと思います。百六十のモルディブの島々が、住民が住む島だったりリゾートになったりしています。残りの千の島から選べるということですが、条件のいい島から埋まっていきます。決断するなら、早い方がいいと思いますよ。島は期間九十九年の賃貸が可能です。
元谷 わかりました。一つ問題は、日本からモルディブへの直行便がないことでしょう。
ソービル はい、その通りです。日本からですと、シンガポールを経由するのが最も人気のあるルートです。ただモルディブのマレの空港へは、世界中から三十五路線の直行便が運航されていますから、スリランカやドバイ等、他にも様々な経由地が考えられます。スリランカのコロンボとは一日十便が運航されていますから、こちらの経由も便利だと思います。
元谷 近い内に一度、訪問してみたいと思います。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。日本の若者に向けてのメッセージをお願いします。
ソービル 日本の若い人々によるボランティア活動をはじめ、いろいろな支援をしてくれている日本と日本人には、深い尊敬の念を持っています。学ぶことが本当に沢山あるのです。日本に来てみて感動したのは、とても安全で清潔であること、さらに日本人が親切で礼儀正しいことでした。これらはどんな先端技術よりも価値のあることです。このことを日本の若い人はしっかりと認識して、大事にしていって欲しいと思います。
元谷 日本を高く評価していただいて、私もとても嬉しいです。
ソービル そしてもっと多くの日本人に、モルディブで休日を過ごして充電をして欲しいですね。そうすればきっと、生産性が向上して創造性も豊かになりますから。今日は会長と対談ができて、本当に嬉しかったです。
元谷 こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。