海洋覇権を狙っている
一月六日付の産経新聞朝刊に、「中国、南シナ海拠点強化」「比と対話枠組み 米接近を牽制」という見出しの記事が掲載されていた。「中国外務省は五日、習近平国家主席とフィリピンのマルコス大統領が四日に行った首脳会談を受けた共同声明を発表した。声明では、中比が領有権で対立する南シナ海問題をめぐり、外交当局間で衝突回避に向けた直接対話の枠組みを創設し、『平和的手段』で解決を目指すと盛り込んだ。ただ、中国は軍事拠点化を止める考えはなく、南シナ海での対立解消にはつながらない見通しだ」という。ドゥテルテ前大統領同様に、中国とアメリカとの間を上手く立ち回ろうとしているマルコス大統領だが、その間にも中国による南シナ海の軍事拠点化は、既成事実化してきている。この産経新聞の記事でも「海上民兵で威嚇、権益拡大」という見出しの後で、「中国が軍事利用を念頭に人工島の整備を進める南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で、普段は漁業などを営む中国の海上民兵が活発に活動している。米専門家によると近海で民兵が乗る数百隻が日常的に展開。一部が人工島の埋め立て作業や他国の艦船への妨害を企てているとみられ、問題視されている」「『最盛期には約四〇〇隻が確認できた』。米シンクタンク『戦略国際問題研究所(CSIS)』の研究グループが昨年一一月、衛星写真をもとに、そんな分析結果を示した。民兵組織が使う典型的な船体の特徴から割り出したという」「CSISなど各国機関によると、海上民兵の実態は漁業従事者や水産物加工会社の従業員、港湾建設作業員などの民間人だ。だが、海上警備を担う中国海警局といった当局の指令や意向を受けて活動。他国との係争地となっている島周辺で他国艦船の往来を妨害するなど、紛争要因となりかねない動きをみせる」「CSISによると中国政府は、海上民兵による船舶の建造や必要な装備に補助金を拠出。地方政府も南沙諸島の離島に民兵組織が移住する際の移住費用を工面するなど、海上での権益拡大に『民間』を装う民兵を積極的に活用している」「日本の防衛研究所も昨年一一月公表の『中国安全保障レポート二〇二三』で、海警が海上民兵を統合して連携を強化していると指摘」「中国当局が海軍によらない民兵などを使った『グレーゾーン領域』で海上権益拡大を図る一方、海上民兵が当局の指令や統制から外れた行動をしがちだとの指摘もある。活発化する民兵の活動が係争海域で他国との火種となる懸念が強まっている」と報じている。
増大する経済力を軍事力に変えて膨張する中国は、南シナ海に進出、領土問題で対立するフィリピン等を外交交渉で手懐けたり、民兵を使って埋め立て作業を進めたりして、最終的には太平洋での海上覇権を狙っている。歴史を振り返ると、中国はまずロシアや朝鮮半島、インドなど陸続きの国との紛争で国境を確定させている。伝統的に中国やロシアは大陸での戦いを主とする「陸国」であり、海を支配する「海国」であるアメリカとの対決を繰り広げてきた。この陸国と海国の接点が、北朝鮮と韓国が戦った朝鮮戦争であり、ベトナム戦争だった。その後、改革開放政策を開始した中国は、日本の十倍以上もある十四億人もの人口を、労働力として活用するだけでなく、それが巨大な市場ともなって経済力を急成長させ、軍事力を拡充した結果、いよいよ海へと乗り出し、今南シナ海が新たな対決の接点となっている。
それまでは海軍が脆弱だった中国は、この海洋進出のために急速に軍備を増強している。旧ソ連が建造した空母「ヴァリャーグ」をウクライナから購入し、二〇一二年に空母「遼寧」として就役させ、この艦の技術を研究することで二〇一九年に初の国産空母「山東」を就役させた。さらに二〇二二年には国産二隻目の空母となる「福建」を進水させ、現在艤装を進めていて、来年には就役させる予定だ。今や戦闘艦数だけを比較すれば、中国海軍はアメリカ海軍を上回って、世界最大の海軍となったと言われている。これらの海上兵力が太平洋の覇権を求めて、今後東シナ海で日本との接点を持つことになるのは、間違いないことだ。中国の属国とならないためにも、日本はこれに十分に備える必要がある
日本は「拒否戦略」を実行
二〇二二年十二月十六日に日本政府は「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の防衛三文書を閣議決定した。日本の防衛力を今後五年以内に増強するべく、防衛費をGDPの二%にして、「反撃能力」を保有するなど、日本の安全保障政策として画期的な方針を打ち出した。これに関して慶應義塾大学総合政策学部教授の神保謙氏が、二〇二二年十二月二十六日に東洋経済オンラインで配信された「『防衛三文書』対中劣勢で打つ拒否・競争戦略の本質」「防衛費をGDPの二%に引き上げる要諦は規模にあらず」という記事の中で、日本が対中戦略をどのように変えたのかを解説している。日本の安全保障に対する最大の挑戦が中国であることは、衆目の一致するところであり、二〇〇五年には同水準だった両国の国防費は、二〇三〇年代には中国一〇対日本一の比率に変化するという予測もある。西太平洋の中国の軍事的影響範囲も拡大し、米中の通常戦力のバランスも中国優位に傾いている。つまり軍事力において、今や日米は「対中劣勢」にあり、これを前提とした国防戦略が必要となっているという。それが「相手と軍事力の規模を競うのではなく、相手が軍事的手段では一方的な現状変更を達成できず、『生じる損害というコストに見合わない』と認識させる能力の獲得を目指すとしている。換言すれば、相手の作戦遂行能力に対する『拒否戦略』」だ。「その決め手となるのが『遠方から侵攻能力を阻止・排除』できる能力の獲得と、領域横断作戦による優越によって『非対称な優勢』を確保し、持続性・強靭性に基づく継戦能力によって相手の侵攻意図を断念させる防衛目標である。二〇二七年までは日本への侵攻の阻止・排除をし、そしておおむね一〇年後までに『より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除』できるように防衛力を抜本的に強化する」ことになる。
「機会の窓」を与えない
この戦略の重要な点は、「艦艇を経空・水中攻撃から守る艦隊防空や対潜水艦作戦(ASW)能力が十分でなく、とくに着上陸侵攻の核となる統合揚陸作戦を実行することが困難な状態にある」中国軍の脆弱性を「対艦・対地ミサイルや無人機などの小回りの利くアセット」によってあぶり出し、「中国に軍事行動の『機会の窓』を与えないようにすること」だ。同時に優位性の確保が難しい陸海空の通常戦力以外の「潜水艦を主体とする水中戦や、電子戦領域における優位、宇宙、サイバー、無人兵器、指向性エネルギー兵器などの新領域を組み合わせた領域横断作戦能力を強化することにより、非対称な優位性を発揮することは依然として可能である」という。二〇三〇年代の安定的な戦略環境の達成を目指す日本が重点を置くのは、この十年間の拒否戦略によって、現状維持を行うことだ。そのために重視されるのは、第一に「日本の先進的なスタンド・オフ防衛能力の獲得と反撃能力」等によって、つまりより遠方の目標を攻撃できる能力を獲得することによって、拒否戦略を発揮する空間を拡大すること、第二に新領域の組み合わせである領域横断作戦能力を強化し、防御を強化し代替施設を担保することで「持続性・強靭性・抗堪性(基地や施設が敵の攻撃を受けた場合に、被害を局限して生残り、その機能を維持する性能)」を抜本的に強化すること、第三に「日米同盟の一層の強化とインド太平洋におけるパートナー国との安全保障協力を競争・拒否戦略の目的に沿って拡充すること」だ。第三に関しては、オーストラリア・韓国・フィリピン・シンガポールをパートナーとして重視、「こうした拒否・競争戦略を積み重ねていくことによって、日本の防衛だけでなく『インド太平洋における力の一方的な現状変更やその試みを抑止し、ひいてはそれを許容しない安全保障環境を創出』することが日本の安全保障戦略の目指す方向性である」と解説を締めくくっている。日本の長射程による反撃能力の保持は中国に対して、「やられたらやりかえす」という「懲罰的抑止」としては圧倒的に数量が足りなく、無意味だという批判が一部に見られたが、そもそもこの反撃能力が目指しているのは、「懲罰的抑止」ではなく軍事的なコストを意識させる拒否戦略による「拒否的抑止」なのだ。そこを見誤ってはいけない。
力の均衡による平和のため
これまでの日本人は、日本国憲法九条を理由にして、日米安保があっていざとなったらアメリカが守ってくれるから大丈夫だと安心してきた。しかしどの国も強者との同盟は望むが、弱者を救済するためだけの同盟は望まない。同盟とはお互いがお互いを守るものであって、一方が一方を庇護することではない。万が一、強者と弱者が同盟を組めば、弱者は強者に引きずられて、行く末を誤ってしまうだろう。九条の下、歴史的な変遷もあって「戦力」ではなく「自衛力」を磨いてきた自衛隊だが、今回の防衛三文書によるその実力の強化によって、真の日米同盟に近づく方向性がしっかりと見えてきた。
日本のGDPが世界第二位だった時には、その経済力によって中国に対するバランスが維持できていた。しかし今や中国のGDPは日本の四倍に近づき、十倍の人口差もあって、その差は開く一方だ。中国はその経済力を使って軍事力を強化、周辺諸国を威嚇している。いかに中国が軍事力を増強しても、日本に侵攻するメリットなどないのだから、日本が対抗して軍事力を強化するのは無駄だという人がいるが、それは誤りだ。その強大な軍事力を背景に外交交渉が行われれば、どうなるのか。軍事力を行使される可能性が少しでもあれば、力の弱い国は強い国の要求を飲まざるを得なくなる。そして昨年侵攻を受けたウクライナが教訓として全世界に伝えたのは、同盟等による集団的自衛の大切さだ。実際にはハードルが高かったのだが、万が一ウクライナがNATOに入ることができていれば、ロシアの侵略を受けることはあり得なかった。だから日本は日米同盟を強化するのだ。しかしこれからは、本来の同盟関係の通り、日本が攻撃を受けた場合、まずは強化した自衛隊が戦い、それをアメリカ軍がサポートしてくれる形を作らなければならない。この二カ国の連携によって、膨張する中国の軍事力と均衡して、バランス・オブ・パワーによる平和の維持を可能にするのだ。
ウクライナ戦争がもう一つ示したことは、核抑止力は機能するということだ。ロシアはNATOによる核の報復を恐れて、核兵器を使用できないでいるし、核戦争へのエスカレーションを恐れて、NATOも直接介入できないでいる。やはり核を持つ国と持たない国では、抑止力に圧倒的な差が生じる。日本はアメリカの核の傘を信じていいのか。それとも自前の核保有への道を歩むべきなのか。少なくとも自ら核を持たないことを公にしている「非核三原則」は止めるべきで、日本のものにせよアメリカのものにせよ、核兵器があるのかないのかを明確にしない曖昧戦略を日本は取るべきだろう。
平和を念じていれば平和になるというのは幻想だ。相手を圧倒して得る平和でも、相手の支配を受けて実現する平和でもなく、バランス・オブ・パワーによる平和を求める私としては、今回の防衛三文書による日本の方向転換は大賛成だ。多くの国民がこの意味することを理解し、防衛費の負担だけではなく、一刻も早く憲法改正による自衛隊の国防軍への転換も視野に入れることを望んでやまない。
2023年1月16日(月) 18時00分校了