小笠原 理恵氏
香川県高松市生まれ。関西外国語大学卒業後、フリーライターとして活動。2014年からは自衛隊の待遇問題を考える「自衛官守る会」を主宰。自衛隊・安全保障・医療等についてオピニオン誌・新聞・テレビ等で活動している。また月刊Hanadaプラスに連載中。著書に「自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う」(扶桑社新書)がある。日本習字「書、ペン字、墨画」の教授。雅号は「静苑」。
自衛官の待遇改善を訴える
元谷 今日はビッグトークへの登場、ありがとうございます。今年の第十五回「真の近現代史観」懸賞論文の最優秀藤誠志賞のご受賞、おめでとうございます。
小笠原 ありがとうございます。
元谷 小笠原さんの論文、ウクライナとの共通点から日本の安全保障政策強化を主張した「『隣国・ロシア』という憂い~ウクライナの惨状は明日の日本」は、大変素晴らしい内容でした。「真の近現代史観」懸賞論文制度については、以前から知っていたのでしょうか。
小笠原 二〇〇八年の第一回「真の近現代史観」懸賞論文で最優秀藤誠志賞を受賞した、田母神俊雄氏の論文「日本は侵略国家であったのか」が衝撃的で、その後田母神氏の講演会に何度も足を運びました。その時はこの賞を自分が受賞するとは、夢にも思っていませんでしたが。ただ「本当はこうだったのか」と田母神論文が世に与えた影響は非常に大きく、この懸賞論文制度は素晴らしいと感じていました。
元谷 現職の航空幕僚長があの内容で受賞したことが大きな騒動を巻き起こし、結果、その後の懸賞論文制度の影響力アップに繋がりました。小笠原さんが応募するのは、今年が初めてでしたか。
小笠原 実は昨年に続いて二度目なのです。昨年は箸にも棒にもかからなかったので、今回はより具体的になるよう意識しました。
元谷 二年続けて二回目の応募で最優秀賞とは素晴らしい。しかし田母神氏の論文に刺激されても、小笠原さん自身に何かを伝えたいという思いがなければ、応募しようとは思わなかったでしょう。小笠原さんの「伝えたい」原点は、何なのでしょうか。
小笠原 きっかけは、自衛隊の抱える問題を意識したことです。私は二〇一四年に「自衛官守る会」を結成、活動を続けてきました。私は自衛官の知人が多く、彼らから生活や待遇面等、様々な話を聞くことができました。自衛隊を強化しようというと、装備品を充実させようとかF‐35等最新兵器を導入しようという声が多いですが、装備品だけでなくもっと多角的なアプローチが必要だと思っています。実際、自衛官の数は今減っていて、人手不足によって日本の国防力はさらに削れようとしています。自衛官の数を増やすためには、賃金や待遇をもっと充実させる必要があります。他の仕事と異なり、いざとなったら自分の命を懸けるのですから、名誉だけではなく具体的な好条件がないと、若い人が応募しないでしょう。自衛隊には労働組合がなく、国に交渉することすらできません。私達は自衛官の声を国に届けるため、「自衛官守る会」を結成し、待遇改善を訴える活動を続けてきました。
元谷 具体的にはどのような活動を。
小笠原 まず行ったのは、自衛官の住環境の改善について国会に請願を出しました。自衛隊の官舎は老朽化した建物が多く、修繕もまったく進んていません。ぼろぼろなのです。給料を上げるのが難しいのなら、せめて住居はまともにして欲しいという思いでした。また緊急参集要員用の官舎もなかったので、素早い初動も困難だったのです。そこで参議院議員の佐藤正久先生とも相談して、官舎改善と緊急参集要員用の官舎新設の請願書を出したのです。以後、大西宏幸先生から事務支援を受けて、だんだん多くの国会議員の先生方の賛同を得ることができました。今は石川県知事になられました馳浩先生や中谷元先生、杉田水脈先生、長尾敬先生ら、昨年は四十人近い国会議員の賛同を得ました。
元谷 私が良く知っている国会議員ばかりですね。
小笠原 その結果、二〇一九年の「防衛計画の大綱」や「中期防衛力整備計画」に、自衛官の待遇改善の文言が入るようになりました。
元谷 それは素晴らしい成果ですね。小笠原さんが仰るように、軍事力は装備だけではなく、人が大切です。待遇の向上は応募の増加だけではなく、今現役の自衛官の士気向上にも効果があるでしょう。この士気というのが、軍隊では非常に大切なのです。私は自衛官の士気向上だけではなく、全国民の国防意識の向上を目指すべきだと考えています。そういう意味もあって、誇れる祖国を守る活動を展開しているのです。ただ一つ疑問なのですが、二〇〇八年の田母神氏の受賞から小笠原さんが二〇二一年に応募するまで、随分と時間が空いているような気がします。何か考えることがあったのでしょうか。
小笠原 そうですね、「自衛官守る会」を二〇一四年から始めて、自衛官の問題を雑誌に記事として執筆し始めたのが二〇一六年からだったのです。
元谷 今も何か雑誌に連載しているのでしょうか。
小笠原 今は「月刊Hanada」のウェブ版となる「Hanadaプラス」で連載をしています。その前は、「日刊SPA!」という「週刊SPA!」が運営するニュースサイトで、ずっと連載をしていました。主に書いているのは、自衛隊の待遇問題の話です。そんな中、今年の二月にロシアがウクライナに侵攻しました。ウクライナは自ら戦争を仕掛けたわけではありません。一方的な戦争を仕掛けられ戦わざるを得なくなったのです。ネットニュースやメディアで、連日のように無抵抗の市民がどんな酷い目に遭っているかが伝えられています。戦争の恐ろしさを私も含めて国民全員が感じたと思います。同時に、国軍を持たない日本について考える無二の機会と考え、今回の懸賞論文に応募しました。それがこんな賞に繋がって、大変嬉しいです。
米軍の関与は
結局米国民の
考え次第だ
元谷 小笠原さんの論文は、ロシアと中国が二正面で軍事行動を起こす可能性に言及し、日本はそれに対抗する防衛力を準備しなければならないと結んでいます。私もその通りだと思います。防衛力というものは装備や兵員だけでは駄目で、自分の国は自分で守るという意識を国民全体が持つことが必要です。日米安保があるから、いざとなればすぐにアメリカが守ってくれるというのではなく、まずは自分の力で自国を守り、さらに援助が必要な時に条約が発動してアメリカが参戦する形が理想でしょう。このような意識を国民に植え付けることも、「真の近現代史観」懸賞論文の役割だと考えています。
小笠原 正にその通りだと思います。今回の私の論文でも同盟について触れています。一九九四年に結ばれた政治協定書「ブダペスト覚書」は、アメリカとイギリスとロシアの三国がウクライナの安全を保障、その代わりにウクライナは核兵器を廃棄するというものでした。これを信じてウクライナは核を廃棄して抑止力を失ったのですが、その結果安全を保障してくれるはずのロシアが二〇一四年、クリミア半島に侵攻して自国の領土としました。さらにロシアは今年、大規模な侵略を始めたのです。国際社会では、自分達を守ると約束したはずの国でも全く信用できない。信じられるのは、自分の国だけなのです。
元谷 その通りです。ですからあらゆる事態を想定して、対応を練っておく必要があります。しかし今の日本はそういった準備を怠って、平和を念じていれば平和になると考えている人が多過ぎます。また、自ら戦争を始めないと戦争にならない訳でもありません。戦争が勃発するかしないかはバランス・オブ・パワー、つまり力の均衡によって決まるのです。常に力の空白が生まれないよう、抑止力が働くように軍事力による調整をしていく必要があるのです。日本は先の大戦から平和な状態があまりにも長く続き、自分の国をどう守るかの議論のやり方すら忘れてしまい、むしろその議論を「戦争を招き入れる」とタブー視する風潮があります。この風潮を打破しないと。同盟があってもいつ状況が変わるかはわからないので、まずは自力で国を守る方法を考えるべきなのです。
小笠原 全く同感です。
元谷 私のペンネームであり、「真の近現代史観」懸賞論文の最優秀賞に冠している「藤誠志」ですが、「藤」は日本一の山「富士山」の意、「誠志」は誠の志という意で、武士道精神で日本を守っていくという気概を込めています。多くの人に同じ志を持って欲しいと、このペンネームを三十年以上使っているのです。
小笠原 一方、中国の動向も怪しげです。今回の中国共産党大会では、胡錦濤前主席がまるで連行されるかのように、会場から連れ出されていました。習近平主席は、「第二の文化大革命」を起こそうとしているようにも見えます。
元谷 日本の隣にはそういう中国という、経済力を背景にした必ずしも親日的ではない軍事大国が存在するのです。日本は中国をきちんと脅威として捉え、対抗策を考えていく必要があります。
小笠原 ロシア、北朝鮮、中国と、核保有国が隣国として三つもあるのは、世界広しといえども日本ぐらいでしょう。またどの国も日本に友好的ではなく、領海侵犯をしたり、弾道ミサイルを打ち込んだり、演習と称して艦隊に津軽海峡を通過させたり。これで日本人の多くがなぜ心配にならないのかが、私は不思議なのです。
元谷 その通りですね。また、アメリカは日米安保があっても、自国に反撃される可能性がある場合には日本の紛争に関わらないでしょう。まずそんな行動は、アメリカ国民が許しません。
小笠原 日米安保に基づいて、議会の承認なしにアメリカ大統領が軍隊を投入することは可能ですが、法律ではその後議会は撤退の手続を行うことができるとされています。結局、アメリカ次第なのです。
自衛官が刑法犯になり得る
元谷 アメリカが自国の国益を考えて行動するのは当然でしょう。そうである以上、日本は自国を自分の力で防衛するために、憲法を改正して自衛隊を国軍と位置付け、適切に軍事力を行使できるようにするべきなのです。現行憲法下では、海外のPKO等に参加した自衛官が可能なのは、武力行使ではなく武器使用であり、その武器使用権限は警察官職務執行法由来で、基本的には正当防衛と緊急避難しか認められていません。先には撃てない。また軍法がないですから、その武器使用権限を逸脱した場合には、刑法で裁かれることになるのです。例えばそれは、任務中に誤って民間人を殺害した場合も同じです。他国の軍隊では罪にならないことでも、同じことを行った自衛官は罪になる。それではまともに任務を行うことはできないでしょう。
小笠原 また自衛隊は自衛権の行使といっても、必要最小限の武力行使しか行えないことになっています。相手が全力で日本に攻撃を加えてきている時に、果たして日本は必要最小限でいいのか。こんな考えであれば、自衛隊は実力があったとしても、必ず負けます。
元谷 いずれの場合でも、今の法律では自衛官は安心して戦うことができません。本来国のために戦うということは、自分の命を懸けた英雄的行為のはずです。なのに、十分に実力を出して戦えない。できるだけ早く憲法を変えて、自衛隊を国軍として軍法を作り、軍法会議も設置できる形にしていかなければ。これは国家にとって基本的なことです。
小笠原 二〇一九年二月に市谷の防衛省の門を警護していた自衛官を男が襲って、小銃を奪おうとした事件がありました。自衛官は軽傷で済みましたが、防衛省はこの時に小銃には実弾は入っておらず、奪われても発射される恐れはないとわざわざ発表したのです。自衛隊の総本山である防衛省を警護する自衛官の銃に弾が入っていないなんて、あり得ないでしょう。
元谷 自衛隊の施設を警察官が警護していることもあります。
小笠原 恥ずかしいことです。
元谷 運用上弾を込めないことにしたとしても、曖昧戦略でそのことは絶対公表しては駄目でしょう。
小笠原 その通りです。その後は弾を込めるようになったと聞いていますが。とても心配です。また、自衛官の報奨制度が十分ではありません。自衛官が殉職したり障害者になったりした場合には、最高九千万円の賞恤金が支給されることになっています。しかしこれには、「特に功労が認められた場合」という条件が付いています。自身が戦死した場合にもらえるかどうかはわからないのです。しかし自衛官の側に立ってみれば、家族への十分な補償があるのかないのかはっきりしていないと、存分には戦えないでしょう。また防衛出動となった時には、自衛官に手当がでることになっているのですが、その金額も不明なのです。自衛隊の手当には安いものが多く、爆発物取扱作業等手当の最も安いものは二百五十円です。これは火薬類の製造工程の検査等で、不発弾処理等は一万円程度の手当になります。
元谷 不発弾処理でも安いですね。
小笠原 ですから戦う自衛官のことを考えると、防衛出動の手当も事前に明確にしておくべきだと思うのです。
元谷 全く同感です。この自衛隊や自衛官の冷遇の背景には、メディアの報道とそれに洗脳された国民の意識があると思うのです。戦後の日本ではメディアによって、自衛隊があるから戦争が起きるというような誤解が育まれてきました。そのために、自衛隊に関する法整備も不十分なままです。
小笠原 そうです。例えば市街戦では敵を狙って撃った弾が跳弾となって、民間人を殺傷することがあるかもしれません。防衛出動下では武力の行使が可能ですから敵を殺しても罪にはなりませんが、今の日本の法体系下では誤って民間人を殺した場合には、軽くても業務上過失致死罪に問われることになるのです。そうだとすれば、とても戦ってはいられないでしょう。自衛隊にはまだまだ他にも問題があります。「月刊正論」にも書いたのですが、防衛予算が少なすぎるために、複数の個体の部品を組み合わせて一つの個体を正常にする、兵器の「共食い整備」が常態化しているのです。特に自衛隊ではF‐2戦闘機やP‐1哨戒機等で頻繁に行われていると、防衛白書にも書かれています。この共食い整備のため、自衛隊の航空機は五割しか稼働できないという報道もありました。倹約の美徳は日本人らしさかもしれませんが、国防に倹約は必要ありません。こんな状態で、国民の命が失われたらどうするのかという話なのです。
元谷 兵器は常に整備・点検をして、いざとなればすぐに使えなければ意味がありません。能力をいかんなく発揮できるように、最低限の整備費用は捻出していかないと。これらも含めての、防衛費の増額が今求められているのでしょう。メディアも軍拡競争云々と防衛費増額を批判するのではなく、小笠原さんが言うような自衛隊の現状をしっかりと伝えるべきです。そしてそんな環境でも国防や災害対応に取り組んでいる自衛官を称える報道をしないと。それによって士気が高まり、国防力が増すのです。
シェルターを準備するべき
小笠原 軍人に対する制度がしっかりしている国もあります。アメリカ軍の場合は、一定期間軍に属すると、恩給が一生涯支給されるのです。また、一定期間軍にいる間に障害を負った場合は、一生涯医療費が無料になります。イスラエルでは軍と国の教育が一体化していて、小中学校で優秀な生徒は、卒業後に一定期間軍人として働くことを条件に、軍で高度なIT教育を受けることができます。そして軍を退役してから、ITのトップ技術者として起業するのです。この制度によって、イスラエルのIT産業は世界の先端を進んでいます。自衛隊でも必要な教育を行っていますが、未来を見据えた最先端教育を行う土壌はありません。こういった制度も導入できればいいのですが。
元谷 教育制度も素晴らしいですが、イスラエルで見習うべきは、国民皆兵で国を守るという意志です。イスラエルに行っていろいろ話を聞いたのですが、徴兵制の兵役が終わった後も、四十一歳まで毎年数日間の訓練を行う必要があります。仕事もこの訓練を前提にシフトが組まれるのです。また地域ごとに兵器をストックしていて、有事にはそこに行けば銃器が手に入り、すぐに皆戦えるようになっているのです。
小笠原 日本の緊迫した安全保障環境を考えると、小中学校で年間数週間、国を守る体験学習があってもおかしくないと思います。
元谷 子供達が経験を経て、他力本願ではなく自分達で国を守ることを学ぶ機会を設けるのは、確かにいいアイデアですね。
小笠原 一度普通の奥様達に、日本もウクライナのように侵攻を受けるかも…と言ったことがあります。すると彼女達は「中国語やロシア語を覚えないと友達になれないわね」というのです。軍事侵攻されても、自分達は変わらない日常生活が送れると考えているのではないでしょうか。怖いことです。
元谷 念じれば平和の世界ですから、日本が仕掛けなければ、戦争には巻き込まれないとも思っているのでしょう。以前はもっと酷く、仮想敵国よりも自衛隊の方が恐れられ、嫌われていました。戦後は、メディアを中心に軍隊を悪いもののように扱ってきましたからね。国民を守るものなのに…。
小笠原 また、日本にも予備役制度はあるのですが、高度な技術を持つ即応予備自衛官は別として、一般の予備自衛官には制服や銃がきちんと支給されないのです。制服はお古でクリーニングは自分持ち、銃も中古です。いくら予算が足りないからといって、予備自衛官にこの扱いはないと思います。
元谷 その通りです。
小笠原 さらに日本では、怖いことを考えると怖いことが実際に起こると言わんばかりに、シェルターを準備する話が一向に進みません。核兵器だけではなく通常兵器対応としても、全国に食料や衣服、衣料品を備えた逃げ込める場所を準備する必要があります。元自衛官から聞いたのですが、大江戸線は地下が深いので、通常の核兵器の熱線等一次的な被害には耐えられるとのことです。その後の放射線は防げないのですが。この地下深くの電気や水道等の共同溝施設を利用して、シェルター化することは可能ではないでしょうか。
元谷 そういった非常事態を想定した準備を日本でも進めていく必要があります。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。
小笠原 時には人に頼るのも、仲間を作るのもいいことです。ただ、まず基本的なことは自分でやるべきことをやった上で、他人の協力を仰ぐべきです。国も同じ。まずは自らの国は自ら守り、それでは守り切れないと判断した時に初めて同盟国に援助を要請するのです。
元谷 全く同感です。今日は非常に貴重なお話をありがとうございました。
小笠原 ありがとうございました。