Essay

世代を跨ぐ住居で快適な暮らしをVol.364[2023年1月号]

藤 誠志

改修要件の緩和で図る
老朽マンションの延命

 十一月一日の日本経済新聞朝刊の一面に、「マンション改修 要件緩和」「同意八割に、老朽化対策促す」という見出しの記事が掲載されている。「政府は分譲型の老朽マンションのリノベーション(大規模改修)をしやすくする。個人が専有する部分を含む改修は現在『所有者全員』の同意が必要だが『五分の四以下』にする案を軸に検討する。二〇二四年度にも区分所有法を改正する。安全性を高めて寿命を延ばし、安価な物件の供給を後押しする」「国土交通省の推計によると二一年末のマンション六八六万戸のうち築四〇年以上は一一六万戸。四一年に四二五万戸になる見込みだ。一九七〇年代の高度成長期に多く建設され、古い耐震基準のものもある。倒壊の危険性があり売却も難しくなるため対策が急務になる」「マンションの建物を新しくする手法には主に (一)建物を解体して新しく建て直す「建て替え」、(二)骨格を変えず内外装や設備、間取りなどを変える大規模改修、(三)敷地を含めて売却し所有者に資金を分配して再生――がある」「いずれも所有者らで構成する管理組合で決める。所有者は長期居住の高齢者から投資家まで様々で、所有目的も異なる。建て替えや大規模改修は資金が必要で、追加負担なしに住み続けたい高齢者らは慎重になる」「政府は既に建て替えの同意の要件は現行の『五分の四』から『四分の三』などに下げる案を提示済みだ。さらにリノベの要件も緩める。建て替えの要件にあわせて『四分の三』にする案もある」「エレベーターや廊下、外壁などの共用部分だけの修繕なら要件は『過半数』または『四分の三』だが、個人が所有する専有部分を含める大規模改修は『全員』になる」「共用部分に関しては、所有者が毎月一定額を払って資金をためる『修繕積立金』を設定する例が多い。一方で大規模改修のために積立金を設定する例は要件が厳しいため現状は少ないとみられている」「建物の骨格を残す大規模改修は建て替えより金額を抑えられる。建て替えの場合、所有者一世帯の平均負担は二〇一二~一六年の調査で一一〇〇万円ほどだった。要件の厳しさや資金面の問題で、全国の建て替え件数は国交省の把握分で二一年度は七件しかなかった」「建築技術が高度化し、いまは大規模改修でも必要な耐震性を確保できる。所有者が決断しやすい仕組みに変えることで老朽マンション対策の核に据える狙いだ」という。大規模改修とは、躯体はそのままにして、改修によってマンションの延命を図ろうという趣旨だが、私はこの方向性は正しいと思う。

設備交換が容易な設計で
百年住める家にする

 そもそも日本の住まいは木造が多く、三十~四十年で老朽化して建て替えるケースが多かった。三十五年で住宅ローンを組んだ場合、返済が終わったと思ったらまた建て替えを迫られて、一生住宅ローンに追われることになる。これはかつての高度経済成長期に、多くの人々がとにかくマイホームを持つことに憧れて、建物の寿命や設備の更新のことを全く考えずに住宅を購入した流れが、その後もずっと続いたからだろう。構造が設備の入れ替えを行いやすいようになっていないために、老朽化した設備を更新しようとすると、多額の費用が掛かる家も多い。一方欧米の住まいは石造り等、百年以上の長期間に亘って住み続けることができる家が主流だ。建物はそのままに、給排水から冷暖房・セキュリティまでの設備は、常に最新のものに更新していくのだ。そうやって、親から子、子から孫へと数世代、同じ家に住んでいくケースがある。日本もこれに倣うべきだ。
 どんな建築物でも、建物自体と設備では寿命が異なる。設計の段階から耐用年数の短い設備の入れ替えを行いやすい構造にする一方、建物自体はできるだけ丈夫なものにする。たとえ木造であっても、神社仏閣では千年以上の年月を重ねているものもあり、現代の技術を駆使すれば、百年程度住み続けられる建物を造ることは十分可能だ。
 そして設備を適宜更新しながら、何世代にも亘って暮らしていくことが経済的だ。このような家であれば住宅ローンが終わった後には返済の負担が無くなり、金銭的に余裕のある生活をエンジョイすることができるようになるだろう。また住宅が丈夫であれば、三十年を超える超長期の住宅ローン制度を適用させて、世代を越えて無理なく返済をしていくことも考えられる。そうなれば、木造の家ももっと見直されることになるだろう。伝統的な日本の家屋は、北側に縁側を設けて風通し良く造り、夏暑い日本の風土に合わせてある。敢えて縁側を南向きに置かずに、陽の当たる中庭を北向きの涼しい縁側から見るというようなレイアウトが可能なのも、日本建築ならではだ。これに現代の最新の断熱技術を組み合わせれば、冬も暖かく快適な木造建築が可能になる。これらも勘案しながら、設備更新が容易で躯体が丈夫な家を建て、快適な暮らしを送ることが、これからの日本の大きなテーマとなるだろう。

大規模修繕で始まっている
共有部・専有部の同時改修

 冒頭の日経の記事が報じた、国のマンション改修の要件緩和の大きなポイントは、共用部分だけではなく個人が所有する専有部分に及ぶ大規模改修をやりやすくすることにある。こういった改修の先駆例が、九月一三日に配信された日経クロステックの記事「マンション専有部分の配管交換問題 規約改定の秘訣」で紹介されている。「築三三年を迎えた分譲マンションのインペリアル東久留米(東京都東久留米市)の管理組合は、給排水管の共用部分と専有部分をまとめて交換する大規模修繕工事を五月から実施中だ。マンションの管理組合が給排水管の専有部分を交換するのは珍しい。専有部分は各住戸の区分所有者がメンテナンスするのが一般的だからだ」「この工事は、高経年化したマンションの先導的な改修事例に当たるとして、国土交通省が助成金を支給する『マンションストック長寿命化等モデル事業』に二〇二一年一〇月採択されている」「マンションの給排水管は共用部分から専有部分に枝分かれしていく構造が通常なので、共用部分と専有部分を一緒に更新するのはメリットがある。共用部分の給排水管だけを交換する場合でも、住戸内に入って仕上げ材を剥がさなければ実施できない箇所が少なくない。そのついでに専有部分の配管を交換するのは合理的ともいえる」「インペリアル東久留米の管理組合が交換する配管は、共用部分にある給水管と排水管の縦管、専有部分にある排水管の横引き管と給湯管だ。交換する既存配管は全て金属製で、腐食などの劣化が確認されていた。それを、劣化しにくい樹脂製の配管に替えて長寿命化を図る」「専有部分にある給湯管まで大規模修繕の交換対象としたのは、漏水事故が築一八年以降頻発しており、区分所有者にとって悩みの種だったからだ」「管理組合の依頼で修繕工事のコンサルタントなどを手掛ける翔設計(東京・渋谷)エンジニアリング事業部の梅津いづみ副本部長は、『区分所有者が任意に給排水管を交換するよりも、管理組合がまとめて交換するほうが漏水を予防できて、費用を抑えられる可能性がある』と説明する」「管理組合が共用部分と専有部分にある給排水管を同時に交換する方法は、国交省が二一年に改訂した『長期修繕計画作成ガイドライン』と『マンション標準管理規約』に盛り込まれた。実施する際は『あらかじめ長期修繕計画において専有部分の給排水管の取り替えについて記載し、その工事費用を修繕積立金から拠出することについて管理規約に規定する』などの注意事項が記載されている」「注意事項があるのは、専有部分の修繕費用は区分所有者が負担するのが原則だからだ。そのため、専有部分の給排水管に修繕積立金を拠出することは区分所有法違反に当たるとして、区分所有者が管理組合の理事などを訴える裁判が過去に発生している。裁判で修繕積立金の拠出が認められるには、適正な手続きを踏んでいることが重要になる」「インペリアル東久留米の管理組合は国交省の示す方法に倣い、今回の修繕工事に当たって管理規約を複数箇所改定している」「インペリアル東久留米の管理組合の修繕委員と理事たちはこうした様々な準備を重ねて、大規模修繕の決議に臨んだ。新型コロナウイルス禍の下だったので総会ではなく書面で決議を行い、大多数の同意を得ることができた」という。これは本来共有部に行う大規模修繕において、効率を考えて専有部の修繕まで行うというものであり、冒頭の日経の記事の言う「大規模改修」とは異なる。しかし、こういった従来の専有部・共有部の棲み分けを越えた修繕によって、老朽マンションの快適さや資産価値を維持するという意味では、多くのマンションで参考になる事例だろう。

倒壊しない今のマンション
家具等、室内の地震対策を

 十一月一日付の日経記事「マンション改修 要件緩和」の最後は、「『要件の緩和だけでは不十分』との指摘もある。資金の問題だ。国交省によると共用部分のための修繕積立金ですら、計画通りに積み立てないマンションが全体の三五%に上る」「高橋氏は『要件が緩和されても資金がなければ改修の合意はできない。補助金や税制優遇などの支援も必要になる』と説く。法改正のタイミングで予算や税制で対策を検討すべきだとの声もある」と締め括られている。しかし財政の逼迫する中、補助金等、公的資金の導入は容易には見込めない。ニュースサイト「SAKISIRU」は、十一月二日に配信した記事「規制改革の『宿題』、マンション改修要件緩和実現も、次なる焦点は『補助金か減税か』」で以下のように指摘する。「一方で、税制優遇や減税については一筋の光明もある。マンションの管理組合による収益事業だ。管理組合はいわゆる『人格なき社団』の扱いとなり、住人から徴収する月極駐車場代は非課税だが、建物の一階に自動販売機を設置して小銭を稼ぐような営利事業は課税される。近年は、事業として本格的な性質のものが増加。携帯電話の基地局設置やソーラーパネルによる発電、カーシェアリングなど多様化し、その収入実態について税務署も目を光らせている。過去には、携帯基地局の事業で数百万円~二〇〇〇万円規模の申告漏れを指摘された組合もある」「組合の稼ぐ力をよりつけさせる意味でも減税措置がスムーズにも見えるが、いずれにせよ区分所有法の改正で建て替え要件が緩和されてからが税制を含めた対応が正念場と言える」という。例えば駐車場でも、年数が経過したマンションの場合、住民の高齢化によって空きが目立つようになり、コインパーキングへの転換を検討する管理組合も多い。その時に問題となるのが課税問題だ。管理組合の収益事業の非課税化等で、老朽マンションのリノベーションに勢いをつけることが、政策として急務となるだろう。
 旧耐震基準のマンションは耐震性向上のための大規模改修を検討する必要があるが、一九八一年六月以降に建築確認が行われた新耐震基準に基づいたマンションは、関東大震災クラスの震度七でも倒壊しない設計になっている。犠牲者の八〇%以上が倒壊した木造家屋の下敷きになって亡くなった一九九五年の阪神淡路大震災の最大震度も七なので、新耐震基準のマンションに住んでいれば、建物自体の倒壊で犠牲になることはないだろう。しかし一九二三年の関東大震災から来年で百年となる。多くの研究が指摘するように、首都圏で大きな地震はいつか必ず発生する。マンションの建物は無事でも、家具等、部屋の内部の地震対策をしておかないと、思わぬ悲劇を招くことになるだろう。備えあれば憂いなしだ。

2022年11月10日(木) 18時00分校了