日本を語るワインの会233

ワイン233恒例「日本を語るワインの会」が会長邸で行われました。東京大学で博士号を取得した元エンジニアでありながら政界で活躍する衆議院議員の大野敬太郎氏、財務官僚として防衛省の会計課長等様々な役職を経験して政界入りした衆議院議員の小森卓郎氏、IT企業を経営しながら金融機関のアナリストだった経験を生かした著書を多数上梓しているITビジネスアナリストの深田萌絵氏、中国から留学生として来日、新渡戸稲造の「武士道」に影響を受けて帰化を決断した武士道の実践者・張陽氏をお迎えし、日本が直面する様々な課題について語り合いました。
今の日本では経済面での
安全保障対策が急務だ
 深田萌絵氏が日頃から訴えているのは、中国が日本のIT業界の知的財産を盗んでいる実態だ。特に「産業のコメ」とも呼ばれる半導体を海外に牛耳られると、日本の経済を支えている自動車産業はもちろんのこと、通信やインフラ業界にも大きなダメージが及ぶ。
 大野敬太郎氏は、八月まで経済安全保障担当の大臣だった小林鷹之氏の下で副大臣として活躍していて、今は経済安全保障推進本部事務局長。今日本の防衛産業は衰退しており、それは安全保障に関して大きなネックになっている。軍事技術の進展は著しく、世界の安全保障環境の変化も激しい今、少額の投資では海外企業に太刀打ちできない。そこで日本は特にアメリカから武器を買うことが増え、益々国内産業が衰退するという悪循環に陥っている。半導体に関しても、これまで国家的な戦略が立っていなかった。半導体メーカーは設計だけをやっていればいいと、製造を海外の下請けに任せていたところ、技術力をつけた下請けの方が伸びてきて、至る所で足元をすくわれるという状況だ。二度とそのようなことが起こらない産業構造を作ることが大切だ。
 中国は日本企業の仮面を被った人材派遣会社を運営しており、日本人の優秀な技術者を中国企業に派遣している。しかし現行法では、これを取り締まるのは難しい。経済安全保障は範囲も広く、伝統的な軍事や外交で対応するのは困難だ。サイバー対策やセキュリティ・クリアランス等を厳格化して、経済面からも日本を守る必要がある。そのためには政治の力が重要だ。平和安全法制も特定秘密保護法も、官僚だけに任せていれば絶対に成立していない。しかし安倍元首相という「やれ!」という人がいたからできたのだ。
 技術に関する理解が不十分なために、日本の輸出規制の現場はかなりのダダ漏れ状態だ。規制が掛かっている製品であっても、表記が異なると輸出を認めてしまっている。かつて日本が世界シェアの八割を占めていた炭素繊維だが、今北朝鮮の核弾頭に使用されている。どのような経路で北朝鮮に入っているのかは謎だが、日本からが一番可能性が高い。また完成品としてではなく、炭素繊維の製造技術自体が流出している疑いもある。
価値ある人材には
もっと賃金を支払うべき
 小森卓郎氏も加わって自民党内で今議論されている経済政策は、政府が五年間で十倍にするという野心的な目標を表明しているスタートアップ企業の具体的な増加方法だ。様々なスタートアップ企業の話を聞いていると、事業を進めていく中で状況が変わり、メインの事業を変更して成功する例が多い。ソニーやホンダのような戦後日本を牽引した新しい企業を生み出すためには、何をすればいいのか。また政府は資産所得倍増計画も打ち出している。そのプランも自民党でも議論中だ。今株式や投資信託に投資をしているのは国民の二割だが、残りの人々を定額貯金や財形貯蓄の世界から、少額でもいいから投資の世界に引っ張ってくること。かつては金不足だったので、高い利率の利息を得ることができる銀行預金が資産形成の王道だった。今は金余りなので、異なる形での資産形成方法が必要だ。アメリカの金融資産は二十年間で三・四倍に増えたのに、同期間で日本では一・四倍にしかなっていない。この原因追求と行動の変容が重要だ。
 今危惧されるのは、世界的に見て日本の賃金がどんどん低下していることだ。海外で働いた方がサラリーを取れるとなると、今後もどんどん根っこからの技術流出が起きる可能性がある。日本は価値ある人にはもっと高い賃金を支払わなければならない。
 二〇二〇年に日本では、法律によって同一労働同一賃金の考えが導入された。同一労働同一賃金と言っても、様々な考え方がある。日本で導入されたのは、基本的には正規雇用者と非正規雇用者の格差解消を目的とした、日本のメンバーシップ型雇用にマッチした形の同一労働同一賃金だ。かつて民主党が主張していた同一労働同一賃金は、欧米同様のジョブ型雇用を前提としていた。ジョブ型であれば、例えばネジ作りに従事する工員は、転職しない限り一生それを続ける。しかしメンバーシップ型であれば、ネジ作りをやっていても、管理職が空けばその職に就ける。ジョブ型であれば企業の社長にはプロの経営者が就くが、メンバーシップ型では工員が社長になる場合もある。日本の方が出世するルートはずっと太い。
兵站の重要性は
ウクライナでも明らかに
 一九九三年に留学生として来日した張陽氏は北京出身で、一九八九年の天安門事件の現場にいた。一般に死傷者が一万人とか二万人などと言われているが、張陽氏も実際の人数はわからない。しかしその日、耳元を弾丸がかすめる中、二十人以上の死体を運んだという。
 新渡戸稲造の「武士道」に出会って日本への帰化を決めた張陽氏だが、その精神が今の日本社会では失われていると感じている。第二次安倍政権発足後に日本社会の雰囲気は少し変わったが、まだまだ。武士道精神を復活させなければならない。しかし物事が適切に動くには制度と運用が必要であり、運用によって人々の意識が変わる。ゆえに意識を変えるためには、制度を変える必要がある。
 ロシア・ウクライナ戦争では、兵站が戦況を左右する鍵になっている。旧日本軍がビルマ戦線で行ったインパール作戦は、援蒋ルートという欧米からの蒋介石の国民党軍に対する補給線を断つ目的があったが、その作戦自体の補給を考えていなかった。これは一つの謎だが、今の日本にも引き継がれている体質だ。
 アパグループは注文住宅の事業からスタートして、建売住宅、賃貸マンション、分譲マンション、ホテルとその事業形態を変化させてきた。最初は資金がなかったので、お金をもらってから建築する注文住宅を、資金が出来たところで、別の事業を展開していった。建売住宅や分譲マンションは売って利益が出れば、それに対して税金が掛かる。しかし賃貸マンションやホテルであれば、減価償却をしながら利益を出して棟数を増やしていくことで、含み資産を増やすことができ、それによって会社は筋肉質になる。賃貸マンションは最初に決めた家賃しか入ってこないが、ホテルは運営の仕方、努力によって売上を高めることができるので、アパグループはホテルへシフトした。今では連結決算で一千億円の売上、三百億円を超える利益と、利益率三〇%の商売をしている。
 アパグループは上場しておらず、会長家族が全株を保有している。だから安倍元首相から会長に、ホテルを一棟貸しで新型コロナ感染者の療養施設にしたいという要望が来た時も、会長は即断即決した。当時、新型コロナを巡って政府は四方八方から攻撃を受けていて、その対応に苦慮していた。安倍元首相も相当参っていたと思うが、アパホテルがコロナ療養所を快諾したことは、政治家にとってはなによりの応援メッセージだった。今となってはわからないが、アパホテルに声を掛ける前に他のホテルに声を掛けて、断られていたかもしれない。
トップエリートは今
ソーシャルベンチャー志望
 新型コロナの影響でホテル業界は大打撃を受け、例えば帝国ホテルが二年連続で百億円以上の赤字を出すなど、多くが赤字に転落している。しかし、アパグループは創業から五十一年、これまで一度の赤字も出さず、通算で二千数百億円の税金を支払ってきた。もちろん北陸三県の法人では常にトップだ。会長は個人としても多額の納税をしてきたために、住んでいるのは東京だが、引き止められて住民票は金沢市のままだ。アパグループを構成する十七の法人も半分が金沢、半分が東京本社になっている。税金を納めることは社会貢献であり、企業にとっては喜びのはずだ。しかし日本では今、七割の企業が納税していない。アパグループのように成功するには、納税をしっかりすることだという空気をもっと広める必要がある。サラリーマンは、源泉徴収のため税に鈍感になり、民主主義の根幹を成しているはずの税に思いが至らない。グループ専務は新卒で入社した銀行を辞め、改めてアパグループに入社した時に、会長から「これからはもうボーナスはない。もらう喜びではなく、あげる喜びを感じられるようになれ」と言われた。経営者たるもの、そのような意識でいるべきだ。
 今の学生のトップ層の意識は、昔とは全く異なる。東京大学でも大手企業を志望するのは、成績の下位層だ。上位層はベンチャーに、その中でも最上位層はソーシャルベンチャーに行きたがるという。社会の課題をビジネスとして解決するのは非常に困難だが、その分やりがいがあるように映るのだろう。またそんな人々は納税したいという意識も人一倍だ。
 国会議員の手取り収入は世間で思われているほど多くはない。コロナの状況を鑑みて二割カットを継続中、そこから所得税を引かれて、党への入金を納めると、残りは中堅サラリーマンほどになる。国会議員は三人まで国の費用で秘書を雇用することが可能だが、三人では到底足りず、私設秘書が必要になる。これら秘書達の人生をおかしくはできないと、国会議員は個人事業主としても奮戦することになる。芸能人やスポーツ選手は、年によって収入が不安定なために、住宅ローンの借り入れが難しい。政治家も浪人すれば、借り入れに苦慮するだろう。国会議員をしている間に無理にでも借り入れを行い、不動産に投資しておくことが政治活動を長く続けるための資産形成に役立つかもしれない。