Essay

アメリカの銃規制は簡単には進まないVol.360[2022年9月号]

藤 誠志

日本人には理解できない
アメリカの銃保有ルール

 七月六日付の産経新聞朝刊の「主張」欄に、「米で相次ぐ銃乱射」「抜本規制で悲劇断ち切れ」という一文が掲載されている。「米国で最も重要な祝日である独立記念日の四日、またしても銃による凶行が繰り返された」「中西部イリノイ州シカゴ郊外で、男が高性能小銃を無差別に発砲し、六人を殺害した」「非営利団体の集計によると、米国での乱射事件は、今年に入り三〇九件目だ。痛ましい銃犯罪が後を絶たない米国の現状を深く憂慮する」「バイデン大統領は六月二五日、全米各地で続発する銃乱射事件に対する世論の怒りを背景に、二八年ぶりの本格的な銃規制新法に署名し、成立させたばかりだった」「銃規制新法が実現したのは、本来は米国憲法に明記された銃保有の権利を擁護する立場から銃規制に慎重な共和党の中から、上院で一五人、下院で一四人の議員が賛成に回ったためだ」「野放図な銃犯罪を何とかすべきとの切実な声に押されて超党派の新法が実現したことで、米国の宿痾といえる悲惨な銃犯罪が少しでも減ることが期待されている」「『私たちの子供を守る法』と名付けられた新法は、二一歳未満の銃購入者の犯罪歴や精神疾患の病歴などの調査を強化した。自他に危害を加える恐れのある人物から銃を没収できる『レッドフラッグ(危険信号)法』を導入する州への財政支援も盛り込まれた」「だが、バイデン氏が議会に求めていた、殺傷力が高いアサルト・ウェポン(攻撃用銃器)の販売禁止や、銃購入年齢の一八歳から二一歳への引き上げといった抜本的な措置は含まれなかった」「バイデン氏は四日、『愚かな銃犯罪に衝撃を受けている。蔓延する銃暴力との戦いを諦めない』と述べ、銃規制のさらなる強化に取り組んでいく姿勢を示した」「だが、前途は険しい」「共和党としては、銃規制強化に舵を切り過ぎれば支持層が離反するリスクを負う。銃器業界の意向を体現する『全米ライフル協会』(NRA)などのロビー団体が共和党議員らへの献金を通じて規制強化の阻止を図るのは必至だ」「連邦最高裁では、保守派の判事が多数を占め、銃の携行を制限する州法に違憲判決を下す事態が起きている」「米国人の生命を守ることは党派を超えた政治の責務だ。大統領と議会は銃による悲劇の連鎖を断つため、真に実効性のある銃規制の実現に邁進してほしい」と主張する。

銃保有に重きを置く
アメリカ社会

 七月六日配信のNHK NEWS WEBの記事「米独立記念日パレード銃乱射 現場近く居住の男 殺人容疑で訴追」によると、この独立記念日のイリノイ州での乱射事件の容疑者は二十一歳の男で、事件翌日の五日に殺人の疑いで刑事訴追された。「男は州内で購入したライフル銃で七〇発以上の銃弾を撃ったと見られ、また当時女装していたということで、警察は顔の入れ墨を隠すねらいがあったのではないかとして計画的な犯行と見て動機などを調べています」「さらに警察は男が三年前『全員殺す』などと発言したことから、家族の通報を受け自宅からナイフ一六本のほか短刀と剣を押収していたことを明らかにしました」「この騒ぎのあとの同じ年、当時一九歳だった男は父親の同意を得て、銃を所持するための許可証を申請していたということです」と聞くと、日本人の感覚では「なぜそんな人間に銃保有の許可を出すのか」としか思えないだろう。しかし、銃保有に重きを置くアメリカ社会は、全米ライフル協会といった銃器業界代表の意向だけで築かれているのではなく、アメリカ国民に深く浸透した自己防衛の権利から生み出されていることを忘れてはならない。

家庭教育の一環として
行われる射撃訓練

 私はどちらかと言えば射撃が趣味で、アメリカのロサンゼルス郊外にあるハンチントンハーバーという高級住宅地に別荘を保有していた時には、年に数回近くにある射撃場に行って、ウィンチェスター3006等のライフル銃や44マグナム弾を使った拳銃の射撃練習をしていた。日本人で私のような人は多くないと思うが、アメリカ人が射撃練習をするのは珍しいことではない。私もこのロサンゼルスの射撃場で、父親が十四、五歳の娘と一緒に射撃練習をしているのを見たことがある。その時父親は、「家に不審者が入り込んできたら、銃を構えて『フリーズ(止まれ)!』と警告し、それにも拘らず敷地に三歩以上侵入してきたら、正当防衛になるので撃っても良い」と十四、五歳の娘に教えていたのが印象的だった。また撃つ時も最初の二発は外さないよう体の大きい部分を狙い、「トン・トン・ターン」と最後の三発目は頭を撃てと教えていた。下手に怪我をさせると訴訟沙汰になるリスクがあるが、殺してしまえば死人に口なしで、その人が敷地に三歩以上侵入したという事実しか残らないからだ。子供にそういうことまで教えるとは、さすが銃社会・アメリカだと私は感心した。
 一九九二年十月にアメリカで起きた日本人留学生射殺事件では、日本の高校生がハロウィンパーティーで訪問する家を間違え、「フリーズ(動くな)」と言われたのを「プリーズ(どうぞ)」と聞き間違え、侵入者と思われ44口径のマグナム弾で撃たれて亡くなった。その後、撃った人は警告に従わず近寄ってきたので怖くなって撃ったと主張、刑事訴訟では陪審員全員一致で正当防衛として無罪になった。

国民の四割が銃を保有
その最大の理由は安全確保

 アメリカの銃文化に関して、エコノミストOnlineで二〇二一年八月二〇日に配信された、フリー・ジャーナリストの中岡望氏の「これだけ銃犯罪が増えてもなおアメリカが『銃禁止』を実現できない理由」に詳しい。中岡氏はまず二〇二〇年に銃乱射事件が全米で六百十件と過去最悪を記録、二〇二一年もその傾向は変わらず、一日に約百人もの人が銃による犯罪の犠牲者になっていると指摘する。
 さすがにアメリカ人の約半数が銃による犯罪は非常に重要な問題だと考えているが、一方、二〇二〇年の調査では四二%の人が銃を保有している。銃保有の理由は、約六割の人が「個人的な安全を確保するため」だ。新型コロナ感染拡大による治安の悪化が原因で、二〇二〇年には銃の販売数は過去最高を記録した。これらを踏まえてある世論調査では、銃犯罪を減少させるために、「購入者のバックグラウンド・チェックの強化」を挙げた人が八四%にも上ったという。今回の銃規制新法は、こういった声に押されて実現したものと言えるだろう。

アメリカ人の武器携帯は
「革命権」を維持するためだ

 中岡氏はさらに、アメリカで銃保有「禁止」の議論が進まないその理由として、憲法修正第二条の存在が原因だと主張する。「憲法修正第二条には、『武器保有権』が規定されている。そこには『規律ある民兵団は自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携帯する権利は侵してはならない』と書かれている。成立は一七九一年。アメリカ独立から一五年後のことである」という。この修正第二条はどのような理由で制定されたのか。歴史学者であるエモリー大学のキャロル・アンダーソン教授はこの憲法条項は、黒人奴隷の叛乱を抑制するために、白人に銃保有の権利を与えるものだったと主張している。今は黒人も銃保有の権利を持つが、銃犯罪の最大の被害者は黒人であるという。中岡氏自身は、この憲法修正第二条の背景にあるのは「中央政府に対する国民の不信感」だとする。「トーマス・ジェファーソンが起草した『独立宣言』のなかに、次のような文言がある。『いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的(生命、自由、幸福の追求)に反するようになったときには、人民には政府を改造または廃止し、新たな政府を樹立することができる』。ジェファーソンは、生命、自由、幸福の追求は『神によって与えられた不可侵の権利』であると主張している」「つまり、人々は国民の意に反する政府を打倒する『革命権』を持っている。これはイギリスの哲学者ジョン・ロックの思想を
敷衍したものである。この考え方の背景には、絶対的な権力を確立した政府は必ず、人々の政治的自由を抑圧するという考えがある。この意識は、イギリスの王政の抑圧からアメリカが独立する原動力にもなった」「アメリカの政治史は大きな政府に対抗する歴史でもあった。保守派の人々は、小さな政府や州を基盤とする連邦主義を主張し、中央政府の巨大化を阻止しようとしてきた。現在でも、多くのアメリカ人は政府が個人的な事柄に介入するのを拒否する傾向がある。福祉国家や国民健康保険制度やコロナウイルスのワクチン接種を中央政府による抑圧だと反発する人は多い。国民が政府に対抗し、革命権を維持するためには、武器携帯は必須の条件となる。アメリカの極右勢力が武装蜂起を主張するのも、こうした発想が根底にある」とするならば、銃保有禁止の議論は、国体を議論することとイコールとなる。それほど根本的で重い問題なのだ。

保守的な判断を示し続ける
アメリカ連邦最高裁判所

 もう一つ中岡氏が指摘するのは、アメリカ人の警察や司法制度、議会に対する信頼度の低さだ。それが、先に挙げた銃保有者の約六割の人が、「個人的な安全を確保するため」を理由にすることに繋がっている。私もアメリカのある街で、道路を境に警察権が及ばないエリアがあると聞かされたことがある。例えば、そこに停めた車からステレオ機器が盗難にあったとしても、「そんなところに停めていたからだ」と、責められるのは被害者というのがアメリカの常識なのだ。
 この中岡氏の一文の中でも紹介されている、ニューヨーク州が銃携帯に対して厳しい制限を課していることに関する係争について、今年の六月二十三日にアメリカ連邦最高裁は、ニューヨーク州の法律は憲法修正第二条に照らして無効だという判決を下した。銃規制新法が誕生する一方、この最高裁の判決によって全米で銃規制の緩和を求める訴訟が多発することが予想されている。銃規制は、産経新聞の「主張」が言うほど簡単に「邁進」できる問題ではないのである。
 銃規制強化に関しては民主党支持者の大半が積極的だが、共和党支持者はそこまでではなく、警察力の強化等、別の政策を主張することが多い。そんな中、連邦最高裁で銃規制を違憲とする判決が下ったのは、九人の判事の中の六人の保守派が違憲を支持したからだ。最高裁は六月二十四日にも人工妊娠中絶に対して、これを憲法上の権利と認めた一九七三年の判決を覆す判断を示している。これも保守派が大半を占める共和党の主張通りの判断だ。保守派六人、リベラル派三人という連邦最高裁の判事の構成は、当面変わらない。これらのような保守派の主張に沿った判断は、今後も出続けるだろう。

銃が広まっている以上
保有禁止は不可能だ

 アメリカでは、他の人にも見えるようにガンベルト等で公然と銃を携帯することが、五十の州のうち四十四州で認められている。前出の中岡氏によると、「公然と銃を携帯することを認める根拠は、銃を人に見えるよう保有することで、自分に対する攻撃を抑制できるからだと考えられている」という。
 これは、国家が軍事力を保有することで持つ「抑止力」と同様の理屈だろう。アメリカ社会は、私達が映画で観てきた西部劇の開拓時代の社会と、基本的には変わっていない。アメリカの民間人は、既に三億丁近くの銃を保有していると推測されている。万が一、今後銃保有が禁止されたとしても、これらを回収するのは不可能だろう。遵法精神旺盛な人は銃を差し出すかもしれないが、犯罪者ほど銃を隠匿したがるはずであり、むしろ社会の危険性は限りなく高まる。これだけ銃が広まっている以上、全員が持っている方が社会的にはまだ安全が確保できるはずだ。女性でハンドバッグに上下二連のサタデーナイトスペシャルといわれる小型の拳銃を所持している人も多い。大きな人が小さな人にちょっと肩が触れただけで「I‘m sorry」とすかさず言うのは自衛のためである。また、銃の前では体格差や性差等は関係なく、全ての人が平等になるという「利点」もある。アメリカの銃問題について日本人は、日本社会を前提に考えるのではなく、アメリカ社会の持つ様々な要因を知った上で理解し、議論するべきだろう。

2022年7月8日(金) 9時00分校了