Big Talk

コソボも日本も社会の基盤となっているのはコミュニティだVol.372[2022年7月号]

コソボ共和国大使館  特命全権大使 サブリ・キチマリ
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アパグループ会長 元谷外志雄

コソボ紛争でインフラの七〇%以上を破壊されながらも、今や完全に復興したコソボ共和国。二〇〇八年にセルビアから独立し、現在はEU加盟の準備を進めています。この三月に、在日コソボ共和国大使館の特命全権大使となったサブリ・キチマリ氏に、コソボという国のこと、二十三年前のコソボ紛争の要因、コソボがこれから何を目指すのか等をお聞きしました。

サブリ・キチマリ氏
ドイツのルール大学を卒業後、キチマリ氏はドイツのフリードリヒ・ヴィルヘルム大学で修士号と博士号を取得。ドイツでフリーランスのジャーナリストとして活動後、コソボのプリシュティナ大学メディア研究所でメディアアナリスト、哲学科で講師を務める。オーストリア大使、オーストラリア大使、そして外務省内で副局長職を歴任。ディプロマティックアカデミー局長も務めた後、2022年1月に大使として来日。2022年3月7日に天皇陛下に信任状を捧呈。

大セルビア主義が
コソボ紛争を引き起こした

元谷 本日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。キチマリさんは新しくコソボ大使になられたのですが、着任はこの一月ということになるのでしょうか。

キチマリ よろしくお願いします。私は一月に来日、信任状の「真正な写し」を外務省に提出しました。正式に「着任」したと言える天皇陛下に拝謁しての信任状の捧呈は、三月七日でした。

元谷 そうでしたか。大使が天皇陛下に拝謁される際、東京駅から皇居に行くのに儀装馬車か自動車か選べると聞いていますが、どちらにされましたか。

キチマリ それが残念なことに、今は自動車だけなのです。儀装馬車ですと沿道に見物客が集まってしまうので、新型コロナの感染拡大を抑える意味から、今は選択できなくなっています。

元谷 それは残念でしたね。コソボのことを日本人はあまり詳しく知りません。今日はいろいろとお国のことをご紹介していただきたいと思い、お招きしました。コソボは新しい国ですよね。

キチマリ ありがとうございます。コソボは十四年前の二〇〇八年の二月十七日に独立宣言をした、人口約百九十万人のヨーロッパで最も若い国です。そして、ギリシャと並んでヨーロッパで最も古い民族の国です。日本は独立宣言から一カ月後の三月十八日、アジアで最初にコソボ共和国を国家として承認した国の一つです。この素早い対応と日本からの継続的な支援にコソボ人は皆、非常に感謝しています。また平均年齢が二十歳から三十五歳と、国民も若い国です。国の人口の九割以上を占めているアルバニア人は、紀元前からバルカン半島に居住していたイリュニア人の子孫と言われています。そして長く複雑な歴史を経て、二十世紀初頭にユーゴスラビアの一部となったのです。

元谷 そして一九九八年から一九九九年にコソボ紛争が勃発します。これは独立戦争だったのでしょうか。

キチマリ その通りです。チトー大統領時代には、ユーゴスラビアは八つの国からなる一党独裁の多民族の連邦国家だったのですが、体制の崩壊後にはコソボを含む七つの国に分裂しました。早くから独立、平等な権利、言論の自由、母国語使用の自由、そして教育や働く権利を主張していたコソボですが、それを認めないミロシェヴィッチ元大統領(当時のユーゴスラビア大統領)率いるセルビアから攻撃を受けたのが、二十三年前に始まったコソボ紛争です。ちょうど今、ウクライナがロシアから攻撃を受けているのと同じですね。コソボ紛争では一万三千もの罪なき人々がセルビアの軍隊や警察によって殺され、その多くが女性や子供、老人でした。また、コソボのインフラの七〇%以上が破壊されました。この多数の犠牲者を出した血みどろの紛争は一九九九年六月に終結し、その後は復興が急ピッチで進み、二〇〇八年の独立に至るのです。ミロシェヴィッチは、ユーゴスラビア全体をセルビアにするという大セルビア主義の政治家でした。今のロシアのプーチン大統領に似ています。その彼の考えが、コソボとの紛争を引き起こしました。そもそもミロシェヴィッチは、一九九一年から一九九八の七年間で、スロベニアを皮切りにクロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、そしてコソボと独立を志向した四カ国を攻撃しているのです。その結果は犠牲者が出ただけです。これはミロシェヴィッチの妄想的な大セルビア構想が引き起こした悲劇なのです。

セルビアとの関係を改善
EU加盟を目指す

元谷 基本的には連邦を構成していた国家間の、独立を巡る戦いと見てよいのでしょうか。宗教の違いが対立の要因になっていたということはないのでしょうか。

キチマリ 宗教は全く関係ありません。確かにセルビア人は正教、スロベニア人はカトリック、コソボはイスラム教等民族で宗教は異なりますが、それが動機ではありません。とにかくセルビア人が過去でも今でも、少数でも住んでいる土地は全てセルビアに属するという大セルビア主義に基づく国を作りたいという一心が、紛争を引き起こしたのです。

元谷 コソボはイスラム教なのですね。

キチマリ アルバニア人はほとんどの人がイスラム教を信仰しています。しかしコソボは政教分離の世俗的な国です。コソボのセルビア人はセルビア正教を信じていますし、カトリックを信仰する人もいます。それでも全く問題ありません。またコソボのイスラム教徒は宗教的に非常に穏やかで、社会は西欧指向が極めて強いです。

元谷 公用語は何になるのでしょうか。

キチマリ アルバニア語とセルビア語、そして英語です。平均年齢が低い国なので教育には多額の投資を行っていて、その成果として多くの若者が英語を話すことができます。また、ヨーロッパの一員であるという意識が強く、EUへの加入を目指して手続きを開始しています。社会の安定等様々な基準があり、複雑な手続きが必要で、三十五分野でEUの法体系を国内法に移植していく作業を行わなければなりません。近い将来EUに加盟できるのではないかと期待しているのですが。

元谷 加盟基準の中で、何が一番大変な条件でしたか。

キチマリ 隣国との良好な関係です。コソボ共和国を国家として承認していないセルビアとの関係が良好であることが求められるのですから。

元谷 イスラム教を信じる人が最も多いとのことでしたが、コソボ共和国として一つの宗教を強要することはないのでしょうか。

キチマリ コソボには国教はありません。イスラム教であれ正教であれカトリックであれ、自由に信仰することができます。ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサの父親はコソボ出身のアルバニア人でした。母親もアルバニア人で、マザー・テレサ自身はスコピエ(現在の北マケドニアの首都)で生まれたのですが、カトリックの修道女として彼女は偉大な人道的業績を残しました。

元谷 コソボの主要産業というと、何になるのでしょうか。

キチマリ 中世以来の伝統を持つ鉱業です。鉄やニッケル、鉛、銀、錫、そして石炭も産出しています。ただコソボ紛争の影響でインフラが破壊され、水没する等で操業が止まっている鉱山が沢山あります。水を排出する等、操業を再開するには多額の費用が必要となるため、今世界中に出資先を求めているところです。また世界的なカーボン・ニュートラルの流れの中、石炭以外のエネルギー源の開発にも取り組んでいます。さらに農業も盛んで、小麦をはじめタマネギ、ライ麦、大麦、エンバク、テンサイ、ジャガイモ、インゲン豆、タバコ、麻を栽培しています。ブドウ栽培も大規模に行われていて、大きなワイナリーがあり、ワインの製造も盛んです。

素晴らしいゲレンデを持つ
スキーリゾートも

元谷 キチマリさんは日本にいらっしゃってまだ間もないですが、日本で訪れてみたいところはありますか。

キチマリ 大阪ですね。コソボも二〇二五年の大阪・関西万博に参加する予定をしています。そこで、日本の多くの企業にコソボへの投資をアピールできればと考えています。それもあって、五月に大阪に行くことになっています。

元谷 大阪・関西万博は百五十の国、二十五の国際機関の公式参加が目標と聞いています。今年の一月時点で参加国は七十二、参加機関は六に留まっていますが。すでにコソボは参加を決められているということで、私もこの万博を楽しみにしています。

キチマリ はい、ご期待ください。人口の少ないコソボ一国だけを見れば小さなマーケットですが、コソボは南ヨーロッパの中心という恵まれたロケーションに位置しています。EUとの二者間協定によって、コソボで生産された製品をEUに輸出する際には、税制上の優遇を受けることもできます。コソボを生産拠点とすることで、EUの人口・五億人をマーケットにすることができるのです。またコソボには若くて教育水準の高い人材が豊富で、IT分野のサービスも増加しています。多くの日本企業がコソボに進出を検討されることを、私は期待しています。

元谷 コソボは観光にも力を入れてらっしゃると思うのですが、オススメの観光スポットを教えていただけますでしょうか。

キチマリ もし代表がスキー好きであれば、北マケドニアとの国境の近くに、ブレゾヴィツァというコソボ随一のスキーリゾートがあります。居心地の良いホテルと素晴らしいゲレンデを楽しむことができます。コソボの複雑な地形が育んだ自然の中で、冬はスキー、夏はネイチャーツアーが楽しめます。ルゴバ渓谷ではトレッキングやジップライン、サイクリングといったアウトドアアクティビティを行うことができますし、山岳リゾートのプレヴィッラで、自然の絶景を眺めながら、テラスで朝食を味わうこともできます。首都のプリシュティナから車で四十分ほどのところにあるガジメ洞窟では、鍾乳石等自然の素晴らしい造形美を鑑賞することができます。

元谷 私はスキーはあまりしませんが、美しい景色を眺めることができそうですね。

複雑な歴史を経て生まれた
宗教が入り交じる街並み

キチマリ 歴史にご興味があるのなら、コソボ南部最大の都市、プリズレンを訪れてみてください。街の歴史は古代ローマ時代にまで遡り、かつては「テランダ」と呼ばれていたという記録があります。その後東ローマ帝国の支配を経て、オスマン帝国の領土となります。街にはセルビア正教とカトリックの教会が多数存在する一方、シナン・パシャ・モスクのようなモスクも多数残っています。プリズレン連盟の記念碑は、アルバニア人の自由への努力の歴史を物語るものです。街の中心部から徒歩十分ほど、小高い丘の上にあるのがプリズレン城塞です。ここからは赤い瓦屋根が広がるプリズレンの街並を一望することができます。

元谷 他にもコソボで訪れてみるべき観光名所はありますか。

キチマリ はい。ラホヴェツのブドウ畑では上質なワインのテイスティングができますし、夏にはバトラバ湖で泳ぐことも可能です。

元谷 以前、首都のプリシュティナも見どころが多いとお聞きしました。

キチマリ その通りです。プリシュティナではまずコソボ国立博物館を訪れていただけると、コソボの歴史や文化がよくわかります。聖テレサ大聖堂やモスク等、宗教的な建築物も沢山ある街です。また、目立つモダンな建物は、コソボ国立図書館です。一九八二年にオープンしたものです。

元谷 一度は行ってみたいと思います。日本からだと、どのように行けば良いでしょうか。

キチマリ 日本からの直行便はありません。プリシュティナ国際空港へはドイツ、イギリス、オーストリア、スイス、トルコ等、ヨーロッパの主要国の都市への航空便が飛んでいますから、そこを経由する必要があります。日本のパスポート保持者は観光であればビザなしで、コソボに入国することができます。

元谷 今のコロナ禍が一段落したところで、ぜひ訪問を考えてみたいと思います。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

キチマリ 私は日本に来てまだ日が浅いですが、コソボと日本には共通点があるように感じています。それはコミュニティ、つまり共同体が基盤となって社会が構成されているということです。これを実感しに、日本の若い人々には是非コソボを訪れて欲しいですね。そしてヨーロッパで一番若く、将来への希望に満ちあふれているコソボ人を見て欲しいと思います。二月に私は東京外国語大学を訪問してきました。私が学生向けに講演を行うこと等を話し合ったのですが、私からは東京外国語大学にアルバニア語の日本での普及に一役買って欲しいとお願いしてきました。日本の若者がコソボに留学したり、逆にコソボの若者が日本で学んだり、両国の若者の交流が盛んになっていくのを期待しています。

元谷 今日はいろいろとコソボのことを教えていただき、ありがとうございました。

キチマリ こちらこそ、ありがとうございました。