Big Talk

異民族に支配されていないから日本人は国防意識が甘いVol.371[2022年6月号]

作家 百田尚樹
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APAグループ代表 元谷外志雄

放送作家として活躍しながら、『永遠の0』や『海賊とよばれた男』の小説や近年は『日本国紀』等の歴史書でベストセラーを連発する作家の百田尚樹氏。「日本人の半分からは嫌われている」という百田氏に、作家としてデビューしたきっかけや、出光佐三の物語を描いた思い、今の若者に期待すること等をお聞きしました。

百田 尚樹氏
1956年大阪市生まれ。同志社大学中退。「探偵! ナイトスクープ」等のテレビ番組で放送作家として活躍。2006年、『永遠の0』で作家デビュー。累計400万部を超える大ヒットを記録。以後小説からエッセイ、ノンフィクションなど幅広い執筆活動を行い、ベストセラーを連発。代表的な著書に『海賊とよばれた男』(講談社、第10回本屋大賞受賞)、『カエルの楽園』(新潮社)、『日本国紀』(幻冬舎)など多数。

父と叔父の話をモチーフに
『永遠の0』を執筆

元谷 今日はビッグトークへの登場、ありがとうございます。昨年文庫化された『日本国紀』の売れ行きも好調ということで、相変わらずのご活躍ですね。

百田 ありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

元谷 私が最初に百田さんを知ったのは、大ベストセラーになった小説『永遠の0』の映画を観たことからでした。

百田 もう十年近く前のことですね。『永遠の0』は私のデビュー作なのですが、太田出版という文芸出版社ではない小さな出版社から二〇〇六年に出版されました。書き下ろしで特に賞を獲った作品でもなく、あまり最初は注目されなかったですね。三年後に講談社で文庫化された後、徐々に口コミで広がって、とうとうベストセラーになり映画化もされました。

元谷 映画は私も非常に感動しました。またその後『海賊とよばれた男』を読みました。当時の世界経済の裏話的情報も豊富で、非常に面白かったです。

百田 『海賊とよばれた男』は二〇一二年に出版したのですが、翌年の第十回本屋大賞を獲得しました。私はそこから小説家として、かなり注目されるようになった…という感覚を持っています。

元谷 その後は誰もがご存知の通り、目覚ましい活躍ぶりです。

百田 一方で、朝日新聞を代表する左翼系メディアには、思いっきり嫌われています。

元谷 そこが多くの人から評価されるポイントではないでしょうか(笑)。

百田 国内のメディアだけではなく、中国からも韓国からも叩かれています。

元谷 私も中国政府から、名指しで批判されました。

百田 アメリカのキャロライン・ケネディ大使にも叩かれたのです。二〇一四年二月、私は東京都知事選挙に立候補した田母神俊雄氏の応援演説をしたのです。そこでアメリカの東京大空襲や原爆投下は「大虐殺だ」と言ったのです。

元谷 私も全く同感です。

百田 それを毎日新聞が当時のケネディ大使に注進したのです。そして日米同盟を壊すような発言はけしからんという彼女のコメントを、毎日新聞の紙面に掲載しました。それを見た朝日新聞が今度はワシントンのアメリカ国務省に告げ口をして、同じ様に私の発言への批判のコメントが返ってきたのを喜々として報道しました。

元谷 メディアが対立を煽っているのですね。

百田 驚きましたよ。日本の二大新聞社が、小学生が「先生に言うたろ!」とよくやるように、アメリカに告げ口をしてそれを堂々報じるのですから。

元谷 しかしそんな事件があったからこそ、『カエルの楽園』や『日本国紀』等百田さんの本が売れたのではないでしょうか。

百田 確かに私の発言の真意を知っている人は、「よく言った」と評価をしてくれましたから、その後の本も購入してくれたかもしれません。ただ日本人の半分ぐらいの人は「百田尚樹はとんでもない男だ」と思っていて、「百田尚樹の本など絶対に買わない」という人が相当数いるのです。

元谷 百田さんは元々、放送作家なのですね。

百田 今でも現役ですが、テレビのお笑い番組の放送作家です。ずっとお笑い専門でやっています。

元谷 小説家の百田さんとかなりイメージが違うのですが…。それがなぜ小説を出版することになったのでしょうか。

百田 私は一九五六年生まれで、『永遠の0』が出版された二〇〇六年に五十歳になりました。テレビの世界で面白おかしくやってきたのですが、四十九歳の時に年が明けたら五十歳だな、そういえば、昔は人生五十年だったから来年で終わっていたのかと、初めて改めて人生を振り返ったのです。仕事はもちろん一生懸命やってきましたが、テレビだけでいいのか、もっと他の「これをやったんだ」ということはないのかと考え、本気で小説を書くことを思い立ったのです。その時、父が末期がんで、余命半年と言われていました。その少し前には、叔父がやはりガンで亡くなっていたのですが、叔父も父も大東亜戦争に従軍しています。それで、ふと、あの戦争を戦った男たちが日本からいなくなりつつあるんだなと思ったのです。それで、あの時代を生きていた男たちを、小説で描いてみようと考えたのです。

元谷 それがあの傑作、『永遠の0』として結実したのですね。

日本のために行動した
ナショナリスト・出光佐三

元谷 『海賊とよばれた男』は、石油メジャーが独占する世界の石油業界に挑戦する日本人の話でした。これを書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

百田 『海賊とよばれた男』は、作家デビューしてから六年後に書いた小説です。たまたま知り合いの女性放送作家と話をしている時に、彼女から「百田さん、日章丸事件って知っていますか」と聞かれたのです。彼女はテレビ番組で「世界を驚かした日本人」のコーナーを担当、調べる中で日章丸事件のことを知って、驚いたというのです。私も最初に顛末を聞いて、「嘘だろう!」と思いました。それほど凄い話だったものですから。でも、調べてみたら本当の出来事でした。そのこと自体にも驚きましたが、同時に、自分はなぜこんな話を知らなかったのだろうと思いました。それで、会う人会う人に日章丸事件のことを聞いてみたのですが、誰も知らない。不思議に感じて、もっと調べていくうちに、なぜこの事件が歴史の闇に隠されていったのかもわかってきたのです。また、この事件を計画して実行した出光佐三という人物の生き様に魅了され、またこれは書かなければならないと使命感に駆られ、二〇一二年に出版しました。

元谷 一九五三年の日章丸事件とは、イギリスの石油メジャー、アングロ・イラニアン(BPの前身)によって独占されていた石油資源の国有化を宣言、イギリスと一触即発の状況にあったイランから、独自ルートで安価な石油を調達すべく、出光興産の出光佐三が極秘に建造したタンカー・日章丸を派遣して、イギリス海軍の妨害をかいくぐって無事日本に石油を持ち帰ったというものです。これは、当時はもちろん、今聞いてもとんでもない偉業です。

百田 当時の状況はと言いますと、日本は前年の一九五二年のサンフランシスコ講和条約で、独立を回復したばかりです。そんな時に出光佐三は、大英帝国に正面から喧嘩を売ったのです。この時のイギリスは今とは違い、世界有数の海軍力を持つ大国でした。日本の外務省もイギリスを恐れて、出光佐三のプロジェクトを妨害したのです。

元谷 しかしなぜ彼は、そんな大胆な行動をとることができたのでしょうか。

百田 出光佐三は小さい頃から、自分は日本のために何ができるかを考えていたのです。彼は商売人であると同時に、日本のために尽くしたいというナショナリストでもありました。

元谷 産油国と消費国の間に石油メジャーが存在、彼らはカルテルを組んで、高値で石油を取引することで大儲けをしていました。その体制を打破して、石油の自由貿易を行うことに出光佐三は挑戦したのですね。

百田 そうです。当時の世界の石油の八割は、セブン・シスターズと呼ばれる七つの石油会社(メジャー)に握られていて、当然日本が輸入する石油も一〇〇%メジャー経由のものでした。出光興産以外の日本国内の石油会社も、石油を手に入れるためにいずれかのメジャーの傘下に入っていたのです。しかしこの状態では日本の発展はメジャーの胸先三寸になってしまう。出光佐三はこれを打破して、日本が独自に発展する道筋をつけようとしたのです。

元谷 素晴らしいビジョンと行動力です。

百田 また、当時のイランは世界第一位の産油国でしたが、それまでの約五十年間、イギリスのアングロ・イラニアンにその石油の全てを支配されていて、イラン国民に利益が還元されていませんでした。そこで一九五一年首相になったモハンマド・モサッデクは、法律によって国内の石油産業の国有化を実施しました。イギリスは当然怒ったのですが軍事行動まではできず、代わりに経済封鎖を行って、世界中の国にイラン産の石油を購入しないよう告げたのです。イランの石油はイギリスの石油だから、イギリスの許可無く購入してはいけないという理屈ですね。有り余る石油をどこにも輸出できなくなって、イランは窮地に陥ります。セブン・シスターズと大英帝国に敢然と戦いを挑んだイランが、今にも世界から見捨てられようとしている。それを助けるのは日本人だと出光佐三は行動を起こしたのです。

エネルギーを巡る争いは
国の方針をも変える

元谷 日章丸というタンカーは、イランから石油を仕入れる目的だけに建造したのでしょうか。

百田 違います。当時の石油会社は傭船といって、タンカーを船会社から借りていたのです。しかしメジャーに対抗するような輸送が目的では、船会社は傭船に応じてくれません。出光興産は産油国からの直接買い付けを狙っていましたから、いつでも好きに使える自前のタンカーが必要だったのです。そんな発想を持つ日本の石油会社はなく、常識外れでした。日章丸は当時日本最大のタンカーだったのですが、会社が潰れるという役員達の大反対を押し切って、出光佐三は長期のローンを組んで船を建造します。実は日章丸事件の時に派遣される船は、もっと小さなタンカーを使う予定でした。イランの精油所は川沿いにあり、大きな日章丸が船付できるかどうかが疑問だったからです。ところがそのタンカーの傭船契約を、船会社が直前にキャンセルしてきました。理由は不明ですが、一説には日本の外務省の妨害と言われています。この年、一九五三年六月にはエリザベス女王の戴冠式が予定されていて、当時皇太子だった今の上皇も招かれていました。そのイギリスを怒らせることを、外務省は避けたかったのかもしれません。

元谷 イギリスにしてみれば、威厳を守るために日章丸の運航はなんとしても妨害したかったでしょう。乗組員達もかなりの度胸でしたね。

百田 イギリスはイランの石油を無断で輸送する船には、あらゆる手段を取ると公言していました。これは、いざとなれば撃沈も辞さないということです。ですから船長も乗組員も凄い恐怖感だったと思います。しかし彼らは命を懸けたこのプロジェクトを成功させたのです。実は日章丸事件の前年の一九五二年、イタリアの船・ローズマリー号がイランの石油をローマに持ち帰る途中にイギリス海軍に拿捕され、積荷も船も没収されています。もし日章丸が拿捕されていたら、出光興産は倒産していたでしょう。

元谷 この偉業がすっかり忘れ去られていたというのは、本当に不思議です。

百田 出光佐三は日本の官僚に嫌われ、日本の石油業界からも嫌われ、生涯いろいろなところから叩かれ続けた人です。それが原因なのでしょう。そもそも戦前戦中には軍部とも戦った人です。その彼が石油の自由貿易の先鞭をつけ、中東から安価で石油を買えるようになったことは、その後の日本の驚異的な経済復興に大きく貢献したと思います。

元谷 石油の価格は、ほとんど全ての商品の価格に影響しますから。安価な安定供給が可能かどうかは、その国の産業の成長性まで決めるでしょう。

百田 二〇一五年に自民党の野田聖子衆議院議員がテレビで、中国の南シナ海での岩礁埋め立ては「直接日本に関係ない」と発言して問題になりました。あの地域を中国が抑えて日本のタンカーが通航できなくなったら、フィリピンの東を大きく迂回する必要が出てきます。もともと石油の輸入価格の半分は輸送費なのです。そのコストが増加することは、石油価格の高騰にストレートに繋がる。そんなことを大臣経験もある政治家が知らないのかと、驚愕しました。

元谷 一九七〇年代のオイルショックでも、物価が上昇して大騒ぎになりました。エネルギーの価格の変動の生活への影響は、非常に大きいのです。

百田 今回のウクライナ戦争も、エネルギー問題が大きく影響しています。今ヨーロッパ諸国はロシアの天然ガスに大きく依存していますから、強く出られない。その遠因は温室効果ガスの削減です。石油よりも天然ガスの方がCO2を排出しません。だからアメリカはシェールオイルの供給を減らしていて、その分ロシアの天然ガスへの依存度が高まっているのです。エネルギーは国の方針すら変えてしまいます。

元谷 先の大戦でもエネルギーに関して言えば、国内に油田を持たない日本が、インドネシアの油田を確保するために起こした戦争と言えるでしょう。

百田 中国は一九七〇年代に尖閣諸島の領有権を主張し始めましたが、それも海底油田があることがわかったからです。

元谷 また日本近海の深海にも、メタンハイドレートという凍ったメタンガスが大量にあり、これをエネルギー源として活用する研究も行われています。これが実現すれば、また状況も変わるでしょう。

平和な日本の維持のため
危機感をもっと持つべき

元谷 私はもっと、原子力をエネルギー源として活用するべきだと考えています。原子力発電であれば、温室効果ガスの排出もありません。現状では既存の原子力発電施設の多くを止めていますが、非常にもったいないことだと思います。

百田 その通りです。使用可能な原発を止めていることで電気料金が非常に高くなっています。これで工場等の生産コストが上がると、日本製の商品がグローバルな競争に勝てなくなります。ただエネルギーに関しては、今後三十年ぐらいで様々な技術が開発されて、事態が好転していくのではないでしょうか。

元谷 私は地産地消ではないですが、小型の核融合型の原子力発電施設を、消費地の近くの海の中に建設できればと考えています。何か問題があれば、海の中に沈めて冷却を行い、惨事を回避するのです。

百田 それもあり得るかもしれません。日本の原発技術は世界一と言われていますから、この技術を活かさないのはもったいない。メディアも原発の恐怖を煽り過ぎだと思います。一方、原発は人類の今の科学では処理できない、高レベル放射性廃棄物を大量に作ります。地中に埋めて「隔離」するにせよ、何万年もの先の子孫に負の遺産として残すのはどうなのか。しかし、今原発を全廃すれば、百年後に日本は生き残っているのかという思いもあるのです。今の日本が潰れたら、未来はないのですから。

元谷 そう、まずは今どうするかを考えるべきなのでしょう。

百田 やはり、二〇一一年の福島第一原発の事故の影響が大きいですね。

元谷 建屋の水素爆発があったこともあり、東京が壊滅すると多くの人がパニックになりました。今は事故の原因も被害状況も明確になり、今後の対策も被害からの復興も粛々と進んでいます。正しい情報を正しく伝えて、合理的なエネルギー政策を採用していくべきだと思います。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

百田 バブルが弾けて、さらにリーマン・ショックが起こった以降、日本経済は全く成長していません。それに伴って、若い人が自信と働く歓びを失っているように思えます。バブルを知っている私達の世代は、働けば働くほど生活が向上していくことを経験してきました。しかし今の若者はそんな意欲もなく、最初から諦めムードなのです。

元谷 私達であればバイクが欲しい、車が欲しいというのがあったのですが。最近は欲しいものがないといいますね。

百田 それだけ日本が豊かになっているということもあるのでしょうが、価値観が変わってきています。お金やモノよりも、自分の時間が大事という感覚なのでしょう。しかしこれでは国が弱体化してしまいます。日本というのはそもそも凄い国なのですから、もっと自信を持って欲しい。

元谷 日本には三千年近い歴史があり、異民族による支配もなく、長く神話が語り継がれています。こんな国は、世界でもほとんどありません。アメリカでも建国からまだ約二百五十年ですから。もっと皆が日本に誇りを持つべきなのです。

百田 ヨーロッパでも、どの国も何度も他の国に支配されていますからね。ただ日本は一度も支配されていないからこそ、支配される恐怖を知らないのではないでしょうか。だから国防に強い思いを持っていない。ウクライナ人の恐怖を、日本人は実感できていないような気がします。

元谷 海に囲まれていることが大きいのでしょう。それが日本文明の独自性を生み出しているとも言われています。しかし隣国の中国が経済成長を背景に、どんどん軍事力を肥大化してきています。陸続きのほとんどの国と一戦を交えて国境を確定させ、今は海洋進出を積極的に展開しています。

百田 そしていずれは日本を支配しようという野望を、中国は絶対持っています。

元谷 尖閣諸島に留まらず、沖縄、九州と侵攻していくのでしょう。

百田 中国は軍事的侵攻だけではなく、経済的侵攻も行っています。中国人がどんどん日本の土地を購入しているのです。しかし日本人が中国の土地を購入することはできません。なんらかの法整備が必要ではないでしょうか。

元谷 社会主義国である中国は、元々土地の個人所有を認めておらず、中国国民でも土地の購入はできません。法律を作るとしたら、相互に土地購入が可能な国の国民のみ、日本の土地が買えることにするとかでしょう。

百田 最低限それを条件にすべきでしょうね。

元谷 とにかく、この先も日本が繁栄するためには、危機感を持つことが重要です。今の平和な日本がいつまでも続くと思っているのは、間違いでしょう。尖閣諸島は無人の小さな島だからやってもいいと思っていると、中国は沖縄、九州と抑えてきます。そのような行動を取らせないために、バランス・オブ・パワーの原理で、日本は先端科学技術によってレールガンのような兵器を作って軍事力を増強するべきなのです。

百田 ウクライナ戦争を見て、日本も核武装すべきという議論が出てきていますが、私はその議論はすべきだと考えています。

元谷 そういった議論も今後必要です。今日はいろいろなお話を、ありがとうございました。

百田 ありがとうございました。