石原慎太郎氏の死
石原慎太郎氏が亡くなった。私にとって石原氏の存在は大きく、彼の死で一つの時代が終わったという感覚がある。二月二日の産経新聞は一面トップ記事で「石原慎太郎氏 死去」「八九歳 作家・元都知事・元運輸相」とこの訃報を報じている。「元東京都知事で元衆院議員の作家、石原慎太郎(いしはら・しんたろう)氏が一日午前、東京都大田区の自宅で死去した。八九歳。膵臓がんを患い、昨年一〇月にがんが再発していた。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日『お別れの会』を行う予定」「昭和七年生まれ。一橋大在学中に発表した小説『太陽の季節』で三一年に当時史上最年少の芥川賞を受賞。若者に影響を与え『太陽族』が流行した。同小説は後に映画化され、弟の石原裕次郎氏がデビューした」「四三年、参院選全国区に自民党公認で出馬し、史上最多の約三〇〇万票を獲得しトップ当選した。一期目途中の四七年に衆院に転身し、環境庁長官や運輸相などを歴任。平成元年、海部俊樹氏に対抗して党総裁選に出馬した。国会議員在職二五年表彰を受けた七年の衆院本会議で『全ての政党、ほとんどの政治家は最も利己的で卑しい保身の目的のためにしか働いていない』と述べ、議員辞職した」「昭和五〇年に東京都知事選に初めて出馬するが敗退。平成一一年に都知事選に再挑戦し、初当選した。知事時代は築地市場の江東区豊洲への移転や東京マラソン開催などを実現した。米軍横田基地の一部空域返還や羽田空港の国際化など都政の枠を超えた施策も進めた。二四年四月には尖閣諸島(沖縄県石垣市)の購入を表明し、国有化のきっかけをつくった」「二四年一〇月、自主憲法制定を実現するためとして知事を辞職し、国政再挑戦を表明。新党『太陽の党』を結成した後、日本維新の会代表に就任し、同年一二月の衆院選で国政復帰した」「次世代の党最高顧問として臨んだ二六年一二月の衆院選で比例代表東京ブロックの最下位に名簿登載され落選。引退を表明した」とある。
さらに「自主憲法追求した政治家人生」という見出しで、内藤慎二氏の署名記事が続く。「石原慎太郎氏の政治家人生は憲法を抜きにして語ることができない。『日本は国家としての明確な意思表示をできない去勢された宦官のような国家に成り果てている』。平成七年、議員在職二五年の永年表彰でこう嘆いて辞職しながら、東京都知事を経て、八〇歳で二四年に国政に電撃復帰。その理由については周囲に『自主憲法制定を実現するためだ』と説明していた」「振り返れば、自ら嵐を呼ぶような、波乱に満ちた人生だった。昭和四三年の参院選全国区でのトップ当選、日中国交正常化・台湾断交に反発した自民党若手による血判状を伴った四八年の『青嵐会』結成、五〇年の都知事選出馬と落選、突然の議員辞職、都知事選への再挑戦、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の東京都購入表明…。周囲をあっと驚かせる言動ばかりが目立つが、背骨として貫かれていたのは『自主憲法制定』だった」「石原氏が好んで使ったこの表現は、『憲法改正』よりも抜本的かつ能動的なニュアンスがある。そこからは、現実的な感覚として骨身に刻み込まれた敗戦国の悲哀が透ける」「占領下に米国主導で制定された最高法規への違和感は想像に難くない」という。
「歴史」をまず認識するべき
石原慎太郎氏の自主憲法制定への思いは強かった。石原氏は産経新聞に月一回連載をしていた「日本よ」というコラムで、二〇〇七年五月十四日付で「現憲法の歴史的正当性」というタイトルの次のような主張をしている。「安倍新内閣となって首相の重要公約であった憲法の改正について、その手続きたる国民投票法を含めてようやく議論がかまびすしいが、聞いていていささか空しい思いにさせられる」「憲法も含めていかなる法律も時代の所産、言い換えれば歴史の所産である。ならばそれを論じる時、なぜそれをもたらした当時の歴史の背景についての正確な分析を試み、その認識の上でことを決めようとしないのか。今国会や有力メディアを舞台に行われている改憲論議には、それを行うための大前提たるべき歴史認識が欠落している」「世界全体の歴史が大きく変貌しつつある現在、従来あり得なかったもろもろの出来事が派生している。その歴史的要因をハンチントンはいみじくも文明の衝突といったが、言い換えれば近代に生じた白人の世界支配がようやく終わりつつあるということではないか。またある学者はそれをアポラリティ(無極化)の時代の到来とも」「つまり世界を支配する有力な極が失われ、かわりに宗教への狂信が暴力的な力を持って対立し、そうした時代の流れの渦の中で先進国は自閉してしまい、経済活動は世界的に停滞、文明は退却し暗黒な時代の到来ともなると。確かにその予兆は随所に認められる」「そうした歴史の流れの中でわが国の真の自立を獲得し、国家の責任において明確な意思表示を行い、力ある国としての責任をも果たすための国家の新しい基本法を制定しようという当然の作業の中で、現行の憲法がいかなる歴史的状況下で作成され、我々はただ一方的にそれを受諾させられたのみであったという歴史の状況を冷静に振り返ってみることが、論議の前提として絶対に必要な筈だ」「近代史の中で唯一有色人種が作り上げた日本という国家が引き起こし、まさしく当時にあっては文明の衝突であった太平洋戦争の科を問うて、アメリカは日本の軍事国家としての再起を絶対に許容しないという目的で現憲法を作成し一方的に強いて与えた。その作成の過程で日本側への意思への斟酌はほとんど皆無だった。私は幸いに若くして世の中に出られたお陰で文壇での催しを通じ今は亡き白洲次郎氏の知己を得たが、氏が占領軍の手になる憲法がいかに強引に、日本国の基本法として収められたかについて語った幾つかの挿話を忘れることが出来ない。福田恆存も指摘していた、日本語としての助詞の使用にも幾つもの間違いのある、あの醜悪としかいいようのない、前文の助詞一文字の修正にも必要とされる厄介な手続きを構えた現憲法の、どの部分をどう変えるべきかなどという瑣末な議論の前に、それがもたらされた歴史的背景についての冷静正確な分析と認識こそが必要な前提として構えられるべきに違いない」。
日本国憲法は作られた
「時代も変わり人も変わり、太平洋戦争が在ったことをすら知らぬ世代が存在する現代に、なぜ世に猖獗しているメディアの一つもが、現憲法が作成授与された折の歴史的背景について改めて詳細に伝え、その後間もなく起こった共産主義の台頭という歴史の新しい変化と、その中でのアメリカの巧妙一方的な日本経営のためのアメリカ手製の憲法活用について報ぜようとはしないのだろうか」「そしてそれらの身近な歴史に関する情報によって培われた歴史認識を踏まえて、国民全体が現憲法に果たして歴史的正当性があるかどうかを判断したらいいはずだ」「その判断のための手順が不備というなら、せっかく国民が選んだ選良?たちのいる国会でこそ、国民の代表たる全国会議員に端的な質問として、現憲法に歴史的な正当性があるかないかを問うてその決をとったらいい。おそらくこの時点でもなお棄権して逃げる議員もいようが、しかし過半の者たちはその正当性を認めることはありはしまい」「そして国民の代表たちの、国民に代わっての意思表示の場である国会が既存の国家基本法の歴史的正当性を認めなかったならば、端的に、現憲法は破棄されたらいい。破棄されるべきである。ならば破棄以外に、いかなる存続のいわれがあるというのか。歴史的正当性を欠いた憲法なるものを、この先どの部分をどう議論すべきというのだろうか」「現憲法成立の過程の歴史的背景について熟知している筈の多くの議員たちもまた、正当性の無い法律の中にその改正を厳しく拘束、というより実質禁じている文章を巡ってその運用にかまけ、国家民族の命運を左右しかねぬ項目についても従来を超えぬ解釈論にうつつをぬかしているのは滑稽でしかない」「歴史は膨大な事実の滞積であり、複合的重層的なものではあるがなお、冷静に眺め直せばそれを貫くいくつかの当時としての歴史原理がうかがえよう。その最たる一つであった白人の世界支配が終焉しつつあるこの時代に、その維持のためにこそ作成されまさにこの日本を巧妙間接に支配してきた現憲法の桎梏から自らを解き放ち、美しい日本語で書かれた、国家の自主と真の安寧に繋がり得る国家の基本法を即刻、新規に作り出すために、まず国会で、単純明快な質問、現憲法の歴史的正当性の有無のみを全議員に問うべきではなかろうか。それに答えられぬ議員は国民への背信の徒であるか、ただの無知としかいいえまい」と綴っている。
平和を守るために必要
私も石原氏同様、今の日本国憲法が制定された過程には大きな問題があると考えているが、だからといって現行憲法を「破棄」すべきだとは思わない。しかし戦後七十七年間、未だに占領下に制定された憲法に囚われていて国軍も保有できない状況は改めるべきであり、憲法改正は必須だと考える。どんな主権国家でも、まず自分の国は自分で守るというのが当然のことであり、石原氏も同じ考えだろう。その上で、日本の力だけでは対抗できないような強大な力を持つ相手の場合には、日米安全保障条約に基づいてアメリカ軍の助けを借りて、日米共同で対処していくのだ。日本国憲法の前文は石原氏が指摘するような助詞の問題もあるが、最大の問題は「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と自らの安全保障を他国任せにするような表現がなされていることだ。こんな楽観主義的な考えでは、平和は維持できない。憲法第九条の戦力不保持を改めるだけではなく、まずこの前文に自らの国が侵されようとする時には、国民が力を以て立ち上がる旨を明記するべきなのだ。間違っても、日米安保があるから日本の代わりにアメリカが戦ってくれるなどと考えてはいけない。
二〇二二年一月に北朝鮮は、極超音速ミサイルや中距離弾道ミサイル等、七回のミサイル発射を行った。このような北朝鮮の挑発行為は基本的にアメリカの関心を引くためのものだが、軍事行動がいつ日本に飛び火するかはわからない。台湾を巡る米中の攻防が日本に波及することも、十分に考えられるだろう。平和を守るのはバランス・オブ・パワーであり、日本も十分な対抗手段を抑止力として保有しなければ、戦争に巻き込まれることになる。最強の抑止力を生み出すのは核兵器の保有だが、唯一の被爆国である日本が核を持つことは国民感情的に非常に難しい。アメリカも決して同意しないだろう。であれば、ミサイルを撃ち落とす防御兵器としてレーザー砲やレールガン、精密誘導兵器等を充実させ、同時に長距離ミサイル等、自衛のための攻撃用兵器によって、敵基地攻撃能力を向上させることが有効な抑止力の保有になる。これらを充実させる予算も、GDPの二%などという枠に捉われることなく、必要であれば増額をしていくべきだろう。
兵器の充実により抑止力を生み出すためにも、日本国民が自国を守る強い意志を持つためにも、憲法を改正して、自らの国を自らの手で守ることを明記することが必要だ。石原慎太郎氏の強い遺志が、今後も多くの人に影響を与えていくことを願って止まない。
2022年2月10日(木) 18時00分校了