日本への圧力を強めている
二〇二一年十二月二日付の産経新聞七面に、「台湾有事は日米同盟の有事」「安倍元首相、オンライン講演」という見出しの記事が掲載されている。「安倍晋三元首相は一日、台湾のシンクタンク、国策研究院文教基金会が主催するシンポジウムでオンライン講演し、『(中国による)台湾への武力侵攻は必ず日本の国土に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある』との認識を示した」「安倍氏はこの日『新時代の日台関係』と題して講演を行った。台北の会場には鄭文燦・桃園市長、林智堅・新竹市長ら与党・民主進歩党の次世代リーダーや複数の国際関係学者が出席し、安倍氏に質問するなど意見交換した」「安倍氏は講演で中国の脅威について『最近三〇年、中国の軍事費は四二倍に増え、日本の防衛予算の四倍もある』と指摘した上で、それに対抗するために日本と台湾は『自身の防衛能力を高め、確固たる意志を示す必要がある』と強調した」という。二〇二一年十二月三日ネット配信の夕刊フジの記事によると、中国外務省はこの安倍元首相の発言にすぐに反応、華春瑩外務次官補が一日夜、「公然と中国の主権を挑発し、強硬に『台湾独立』勢力を後押しした」「極めて誤った言論で、中国の内政に乱暴に干渉した」と日本の垂秀夫駐中国大使を呼び出して抗議したが、垂大使は「日本国内にこうした考え方があることは、中国として理解をする必要がある。中国側の一方的な主張については受け入れられない」と真正面から反論した。また同じく十二月三日にネット配信された日本経済新聞の「安倍氏、中国の抗議『大変光栄』」という記事では、安倍元首相は「台湾をめぐる自身の発言への中国の抗議を巡り『一国会議員に注目してもらい大変光栄だ』と述べた」と報じられている。
十四億人の人口を擁する中国は、近年その人口に見合った経済力を確実に身に付けてきており、それを背景に軍事力の増強・更新に注力してきた。建国以来、ロシア、インド、ベトナム等の周辺国との戦いを通じて国境を確定させてきた中国が、今目指しているのは太平洋にまで至る海洋進出であり、悲願である台湾併合だ。中国海軍の保有する艦艇数はすでにアメリカ海軍のそれを上回っており、量だけではなく質の充実を図るべく、中国は空母の増強にも力を入れている。航空戦力としても、日米のF‐35に並ぶ第五世代戦闘機である殲20を独自に開発し、配備を進めている。この力を持って南シナ海で環礁を埋め立てた人工島の軍事基地化を進め、尖閣諸島や南西諸島のある東シナ海でも船舶や軍用機の活動を活発化させている。その先にあるのは太平洋だ。二〇二一年九月の防衛省作成の中国情勢の資料によると、近年空母「遼寧」等の中国海軍の艦艇は、沖縄・宮古島間や奄美大島・横当島間等、様々な進出経路によって頻繁に太平洋に進出し、また沖縄・宮古島間を通過する太平洋進出コースには、早期警戒機や爆撃機等、多種の軍用機を飛行させている。さらに日本海での海上戦力・航空戦力による活動も活発化するなど、中国軍による日本への圧力は高まる一方だ。
安全保障上の理由がある
二〇二一年十月には、中国海軍とロシア海軍の十隻の艦艇が津軽海峡を通過した。アメリカ海軍艦艇の台湾海峡通過への対抗措置として行われたと言われるこの通過だが、国際法上は全く問題がない。なぜなら、津軽海峡の中央部分は公海になっているからだ。二〇二一年十月二十四日にネット配信された、乗りものニュースの「なぜ? 津軽海峡の真ん中は日本じゃない 中露艦隊が通航しても文句をいえないワケ」という記事がこの辺りの事情に詳しい。国際法上、沿岸国は基線から十二海里(約二十二㎞)まで領海を設定できることになっており、日本も通常はそうしているが、五海峡(宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道、大隅海峡)については「特定海域」として、領海を基線から三海里(約五・五㎞)に設定、中央部分に公海をわざと残している。その理由は公式には「海峡における商船、大型タンカー等の自由な航行の確保」だ。別に長年言われている裏の理由は、アメリカ海軍の艦船が「非核三原則」に抵触しないために、公海を残しているというものだ。しかしもう一つ重要な理由がある。津軽海峡全域を領海とすると、国際的に「国際海峡」という扱いになり、領海における「無害通航権」よりも沿岸国の権利を制約した「通過通航権」が船舶に対して認められることになる。この「通過通航権」の下では、領海ではできない他国の潜水艦の潜水航行や他国の航空機の上空通過が可能だ。つまり津軽海峡全域を領海とすると、現状よりも安全保障上の脅威が増す可能性があるということだ。いずれにせよ、今回の中国・ロシア艦艇の行動は、日本に対する強い圧力であることは間違いない。
中国に効かなくなっている
台湾への脅威も高まり続けている。二〇二一年十一月十八日にネット配信された産経新聞の「中国、台湾侵攻能力を確保 『最小限核抑止』から離脱 米報告書」という見出しの記事は、アメリカ議会の超党派諮問機関である「米中経済安全保障調査委員会」が、「中国軍が台湾侵攻の初期能力を確保した可能性を示し、米通常戦力による抑止が困難と警告」したと伝える。二〇二一年四月に新型である〇七五型の強襲揚陸艇「海南」を就役させる等で、今の中国軍が「特に侵攻の初期段階で二万五千人以上の部隊を上陸させる能力、民間船を軍事作戦に動員する能力がある」一方、アメリカが通常戦力だけで中国の台湾侵攻を抑止するのは「不確かになって」きていると指摘している。さらに中国は核兵器を増強し、「限定的な核兵器の先制使用」という新戦略を支持、アメリカの介入阻止に活用する可能性があるという。中国による台湾侵攻は、いよいよ現実味を帯びているのだ。
中国の野望は大きい。太平洋を米中で二分するという構想は、二〇〇七年に中国海軍高官がアメリカのキーティング司令官に持ちかけただけではなく、習近平国家主席が二〇一三年にオバマ大統領に、二〇一七年にはトランプ大統領にも投げかけている。これが実現すれば、台湾はもちろん日本も韓国も中国支配下に入るということになる。二〇一七年の発言に対して当時の河野太郎外相がテレビで不快感を示したが、日本政府としては何も言っていない。黙視すべきではなく、それこそ主権の侵害だと即座に反論すべきだ。
また日本国憲法第九条や日米安全保障条約があるからといって、日本人が安心する理由にはならない。憲法第九条があっても中国がそれを考慮するわけもなく、これを理由に攻撃を止めるわけでもない。また、日米安全保障条約は何かあれば必ずアメリカが日本の代わりに戦ってくれるという条約ではない。
同安保条約は日本が攻撃されて自らが自国防衛のために戦い、自国の力だけでは危うい時に、アメリカが議会の承認を取って一緒に戦ってくれるという条約だ。今の日本人の多くに欠落している「自ら戦う」という考えを植え付けるためにも、日本は一日も早く、憲法を改正して独立自衛の国にならなければならない。また産経新聞の「アメリカの諮問機関による報告書」に関する記事にあるように、中国の軍事力の増強は今やアメリカの通常兵器による軍事力だけでは抑止が効かないところにまできている。台湾有事はもちろん、日本有事の場合にも核による駆け引きが必要となってきた。アメリカは本当にこれらの有事に際し、日米安全保障条約だけで介入してくれるのか? 時間が経過するにつれて、不確実性が増してきているのだ。
先の大戦でアメリカは「非道」と糾弾される恐れのある原爆投下を敢行した。大戦末期には日本は降伏の意志を明確にしており、ただ天皇制の継続を担保することだけがその条件だった。これを十分知りながらアメリカが原爆を投下したのには、二つの理由がある。一つは莫大な議会機密費を使って開発した原爆がもし使われないまま終戦となった場合、予想される議会からの激しい非難を政府が避けたかったからだ。そして、もう一つは戦後台頭してくるソ連を牽制する必要があったからだ。アメリカからの膨大な援助で軍事大国となったソ連は、ユーラシア大陸全域を赤化するほどの勢いと力を持っていた。これを牽制して、戦後に予想される第三次世界大戦という「熱戦」を「冷戦」に変えるために、アメリカは原爆投下という決断を行ったのだ。今の米中新冷戦の中では、中国が核兵器を増強、先制使用戦略も打ち出すことで、アメリカを牽制しようとしている。アメリカがこれにどう対応するのか、核兵器の扱いも含めた非常に困難な局面を迎えている。
もっと増強するべきだ
大陸やそれに続く半島の国々は、占領と被占領の繰り返しの歴史を持つ。古くから日本は、周囲の海を天然の防護壁とすることで守られてきた。二度に亘る元寇のような日本への侵攻も海があって守られてきており、先の大戦で原爆を投下されるなどで敗戦しアメリカに占領された以外は、四方を囲む海のおかげで日本は占領されたことはなく、独立を維持してきた。また文化や政治・制度面で大陸からの大きな影響を受けてきたが、日本に都合の良いものは受け入れる一方、不適当なものは受け入れてこなかった。中国で広く行われた纏足や宦官等の制度が日本には入ってこなかったのも、大陸に近いが四方を海に囲まれ、地政学的に有利な位置に立国していたからとも言える。ドーバー海峡でヨーロッパ大陸と隔たっているイギリスも、似たところがある。先の大戦において、ダンケルクの戦いで大陸から撤退を余儀なくされたイギリスだが、ナチス・ドイツはフランス占領後もドーバー海峡を渡って侵攻をすることはできず、独立を維持することができた。
日本は今、相対的にアメリカの力が低下する中で、台湾有事とその延長にある日本有事の危機に直面している。海に囲まれた日本の最大の軍事上の強みは、世界最高水準とも言われるそうりゅう型潜水艦だ。性能は未発表だが、通常の潜水艦の潜航可能深度が五百~六百メートルなのに対して、九百メートルという深深度の潜航が可能で、搭載する魚雷もこの深度に対応したものになっているとの説もある。現在このそうりゅう型は十二隻、その前のおやしお型が九隻、二〇二二年三月に就役する最新型潜水艦、たいげい型一番艦である「たいげい」の登場で、二十二隻体制となる。またすでに二〇二一年十月にたいげい型二番艦の「はくげい」が進水、二〇二三年三月に就役する予定だ。しかしまだ十分ではない。この後五十~六十隻程度を就役させ、海上艦船に代わり潜水艦の増強によって、海底から日本を守ることが何より求められるようになってくるだろう。
2021年12月6日(月) 18時00分校了