Essay

大局的な視点で日本経済の復興を図れVol.349[2021年10月号]

藤 誠志

米中冷戦の早期決着を
望んではいけない

 八月五日付の日本経済新聞に「経済安全保障の論点」として多摩大学教授の國分俊史氏の「『冷戦長期化は有益』の視点を」という記事が掲載されている。「米中冷戦は三〇年以上続くと聞くと、多くの企業人はけげんな表情を浮かべる。しかし冷戦が長期化する方が、日本および世界にとって有益という考え方に人々は気付いていない。冷戦が実際の戦争(熱戦)にならない状態こそが平和な状況という理解に乏しいのだ」「急激に力の均衡が崩れる方が、戦争リスクは高まる。新しい現実への準備が紛争当事国のみならず、周辺国にもできていない状態で勢力均衡が大きく崩れると、新秩序が台頭するまでに混乱が生じる。これを機に現状変更を仕掛けようとする勢力の動きも活発になる」「冷戦を引き起こさない努力と、起きてしまってからの努力では、力の投じ方が全く違う。米中冷戦が起きないことを願ってきた人々は、起きてしまった状態に早く蓋をして、鎮静化したいという思いに駆られて早期決着を望みがちだ。だがそれこそが緊張を急激に高めて最悪の結果を招く。米国がトランプ政権下で始動させ、バイデン政権でも変えていない対中政策の骨子は『中国の不当な方法による成長を遅らせる』ことだ」「米国の新興技術分野での対中輸出規制の継続や対米外国投資委員会(CFIUS)の一層の強化策は、中国によるサイバー攻撃や強制労働などを活用した健全な競争に基づかない技術開発を阻止し、中国の追い上げ速度を遅らせることを目的とする。これは冷戦の長期化にも合致する思想だ」「米中冷戦と米ソ冷戦では技術開発競争の方法が全く異なる。米ソ冷戦は、閉ざされた軍事産業や宇宙開発産業における、軍事ニーズに基づく戦場という限定された特殊な環境を前提とした技術開発競争だった」「一方、米中冷戦は一般市民・企業を顧客として囲い込み、集めた大量のデータを活用して技術開発し、製品やサービスを広く普及・浸透させ、それを兵器化させる競争だ。そこでは一般市民・企業を『顧客に取り込むプロセス』が不可欠だ。市民のニーズを満たし、利用が不可欠となる市場ポジションを獲得しなければデータを入手できないため、企業間の顧客獲得競争を制することが欠かせない」「ゆえに競争環境を能動的にコントロールする意志を持ち、制度を作り替え続けなければ、無料配布や政府の補助金を後ろ盾にした圧倒的な低価格により、一気に市場を支配する企業が現れる。特定企業による市場支配が過度に進めば、その企業の技術進化が加速して勢力均衡を崩す速度が速まる。同時にその企業を兵器化して悪用し、影響力工作や分断工作、意図的な誤作動などにより社会を不安定化させるリスクも高まる」「国内の治安崩壊による急激な国力低下も、米中冷戦を短期決戦に導きかねない要因だ。市場占有率が過度に高く社会への影響力が大きすぎる企業の誕生を、安全保障上の危険因子とみなすのが新たな常識になる」「だからこそ戦略的な意志を持って、一般市場での顧客奪い合いのルールを複雑で難易度の高いものへと作り替え続け、特定企業による市場占有速度を鈍化させなければならない。加えてルールを断続的に変更し続け、定期的に寡占状態を破壊していく必要がある」という。

経済人も国益を考え
戦略的な貢献を行うべき

 そこで國分氏は、「急激に勢力均衡のバランスが崩れないように、冷戦の長期化を促す経済戦争の舞台のルールを変更し続けることが日本企業が果たすべき貢献」としており、ポイントとして次の三点を提示している。
○米中冷戦の決着を急ぐと最悪の結果を招く
○企業の市場支配回避へルール変更を不断に
○日本企業は冷戦長期化に貢献する戦略を
 米中冷戦は長期化が望ましく、そのためには寡占化を回避する「高度なルール」の形成が求められるという視点は、企業人にとっては非常に新鮮だ。この米中冷戦は経済人であっても、リアルな現実として、将来的な戦略に組み入れなければならない段階に入っているということなのだろう。しかしこれは、日本にとってはチャンスかもしれない。
 ある集団同士を反目させ続けることは、漁夫の利を生みやすくする。十九世紀の欧米の植民地経営では、イギリスがインドで行ったように、「デバイド・アンド・コンカー」と呼ばれる分割統治を頻繁に行い、長期統治という漁夫の利を得た。米ソ冷戦という反目によって、日本は先の大戦からの驚異的な復興という漁夫の利を得た。今回の米中冷戦においても、これを奇貨として日本は経済復興を果たすべきではないだろうか。

今も昔もリスクを嫌い
五輪に反対した日本人

 本稿執筆時は、東京オリンピック開催の真っ只中だった。野党や多くの国民が反対を表明していたこの大会だったが、日本選手は大活躍をしており、八月五日時点で金メダルの数は二十一個に達し、過去最高数だった二〇〇四年のアテネ五輪と一九六四年の東京五輪の十六個を既に大きく超えている。日本の上にいるのは中国の三十二個とアメリカの二十七個のみだが、両国とも日本よりも人口が大幅に多い。中国の人口は日本の十一倍、アメリカの人口は日本の二・六倍であり、日本の金メダル数を基準として人口比を掛けた個数は、中国は二百三十一個、アメリカは五四・六個となる。こう考えれば、開催国としての地の利は得ているにしても、今回の日本の金メダル数が如何に多いかがわかるだろう。
 多くの国民がこのメダルラッシュに湧いており、その中には開催に反対していた人もいる。新しいことやリスクがあることを推進しようとすると、必ず反対する人が出てくるのが今の日本だ。しかしオリンピックに関してはいざ開催してみると、開催した方が良かったと感じている人が大半ではないだろうか。特に今の野党は、存在意義を失いつつあるためか余裕を失い、菅政権が打ち出すもの全てに反対するようになってしまっている。これは大きな問題だ。
 国民の関心が開催直前まで低く、開催返上の意見まで出ていたのは、実は一九六四年の東京オリンピックも同じだ。読売新聞オンラインの七月二十八日付のWebコラム「『終わってみれば成功』の前回東京オリンピック…今回は?」には、以下の記述がある。「近現代史研究者・辻田真佐憲さんの近著『超空気支配社会』に、『多くの国民が無関心だった? 一九六四年オリンピックの真相』という評論(二〇一六年七月)が収められている。東京大会の開催が決まった一九五九年五月から大会終了までの間、当時の文部省(五九年~六三年)とNHK(六四年)は東京オリンピックに対して、継続的に都区部で世論調査を行っている。辻田さんは関心の低さを示すデータとして、開会四か月前の六四年六月の調査結果(都内の一一三一人が回答)をあげる」「『近頃どんなことに一番関心を持っていますか』との問いに『オリンピック』と答えたのは二・二%だけ。『一番の関心』で『社会、経済、政治』(三三・〇%)や『家族・友人など』(一三・四%)より低くなるのは当然としても、オリンピックは『趣味』(九・四%)にも大きく水をあけられていた。さらに、四七・一%が『オリンピックは結構だが、私には別になんの関係もない』、五八・九%が『オリンピックを開くのにたくさんの費用をかけるくらいなら、今の日本でしなければならないことはたくさんあるはずだ』という意見に賛同している」「こうした白けたムードは東京大会が決まった直後から続いていた。女優の高峰秀子(一九二四~二〇一〇)は五九年九月二二日付朝日新聞に寄稿したコラムで、『開催までこれから先の五年間、鬼が出るか蛇が出るか、末恐ろしくさえなってくる』『何もあわてることはない。オリンピックは一〇年先でも結構ではないか』と返上を求めている。コラムの題名は『アンバランス』。無理に背伸びして国力に不釣り合いなことをすべきではない、という意見はほかにも多くの有名人や識者が表明している」という状況であった。日本人のリスク回避傾向は今も昔も変わらないし、特にコロナが原因でもなかったのだ。

今年の東京五輪の成功は
将来の日本の大きな力に

 東京オリンピックは開催されたが、無観客等様々な制限が課され、オリンピック特需を期待して投資を行ってきた企業は、厳しい状況に置かれている。訪日外国人旅行者数の目標は二〇二〇年で四千万人であり、実績も二〇一八年、二〇一九年と二年連続で三千万人を越えて伸びていたのだが、コロナの影響でオリンピックが延期になったこともあり、結局二〇二〇年は約四百万人と目標の十分の一で終わった。そんな状況でのオリンピック開催だったが、期待よりは大幅に少ないが外国人旅行者も日本を訪れており、開催していなければ、もっと厳しい経済状況になったのは明らかだろう。開催反対を表明した人は、目の前のチャンスを掴めない人だ。日本のこれからの成長のためには、いつまでもこういうマインドの人々が多数派を占めるようではいけない。緊急事態宣言下の日本でオリンピックをやり切ったという経験は、今後の日本にとって必ず大きな力になると、私は確信している。直近の陽性者数に怯えて近視眼的になるのではなく、もっと先々を見据えた大局的な視点で考えないと、このように世界中の人々に感動を与えてくれるオリンピックを開催しないという、誤った方向に世論が進んでいくことになる。国民も企業もメディアも、これだけの金メダルが獲得できる日本という国をもっと誇りに思うべきである。
 このコロナ禍の下で開催され大成功となったオリンピックと、二〇二五年に開催を決定した日本国際博覧会は情報通信技術(ICT)をフルに活用した未来社会の一端を体験できる会場として計画され、日本経済飛躍の基となるであろう。
 そしてこの先、アメリカと、人口十四億人と日本の十倍強の人口の中国との間で更なる激化が予想される経済戦争である米中冷戦下において、日本は国家予算を技術開発に大々的に投入して怯むことなく立ち向かい、日本経済を強化しさらなる発展を果たしていくべきである。

2021年8月6日(金) 10時00分校了