Big Talk

中国は新たな不満分子の出現で崩壊するVol.362[2021年9月号]

早稲田大学 国際学術院 教授 片岡貞治
×
APAグループ代表 元谷外志雄

パリ第一大学で政治学の博士号を取得、政治学・国際関係論の学者として、アフリカやヨーロッパについての研究を重ねてきた早稲田大学国際学術院教授の片岡貞治氏。安全保障も専門とする片岡氏に、アフリカの奴隷貿易から植民地からの独立の歴史、日本を取り巻く安全保障問題等について、お聞きしました。

片岡 貞治氏

東京都出身。早稲田大学国際学術院教授。早稲田大学政治経済学部卒業。パリ第一大学政治学博士。一九九六年〜二〇〇〇年在フランス日本国大使館(政務班:中東・アフリカ担当)、二〇〇〇〜二〇〇四年日本国際問題研究所(欧州・アフリカ担当研究員)。二〇〇四年四月より早稲田大学国際教養学部に奉職。二〇〇六年四月より早稲田大学国際戦略研究所所長(昨年まで)。専門領域は国際関係論、アフリカ紛争・開発、国際安全保障、欧州安全保障等。欧州やアフリカの政治家に知己が多い。アフリカ協会理事、アフリカ開発協会理事。主な著書『アフリカの姿』等。

アフリカからの黒人奴隷は
その丈夫さが重宝された

元谷 今日はビッグトークへの登場、ありがとうございます。片岡さんはアフリカの専門家ということでよろしいのでしょうか。

片岡 よろしくお願いします。その通りです。私が研究しているのは確かにアフリカが中心ですが、フランスをはじめとしたヨーロッパやアメリカ等先進国とアフリカの関係も研究しています。またヨーロッパの安全保障も研究対象となっています。

元谷 今日はまず、アフリカのことをいろいろと教えてもらえれば。アフリカを考える場合、北と南とでかなり状況が異なるように思えます。

片岡 アフリカには今五十四カ国、アフリカ連合が承認していて、日本が国家承認していない西サハラを入れると五十五の国があります。確かにアフリカについては、広大なサハラ砂漠を境に、エジプト等の北アフリカと、サハラ砂漠以南のサブサハラ・アフリカとに分けることがこれまで定着していました。北部が西サハラを入れて七か国、サブサハラ・アフリカは四十八カ国です。しかし近年、この見方は前時代的で、アフリカは一つの大陸として見るべきだという批判が出てきて、議論になっています。ただ実際、住んでいる人々は大きく異なります。やや単純な分類ですが、北アフリカにはイスラーム教徒のアラブ系の人々が多く住み、サブサハラ・アフリカには黒人が住んでいます。ブラック・アフリカという植民地主義的な呼び方もされます。チャドやスーダンの場合には国の中で分かれていて、北部はアラブの影響を受けているエリア、南は純粋に黒人の文化圏となっています。

元谷 そのアフリカから多くの黒人が、アメリカ大陸に輸出されていきました。アフリカの黒人王国の王が、積極的に奴隷の輸出に協力して、経済的に潤ったと聞いています。

片岡 そうですね。当初は、欧州諸国とアフリカの王とは友好関係にありました。十六〜十九世紀にアフリカから多数の黒人が、奴隷としてアメリカ大陸に連れて行かれました。その数には諸説があり、定まっていませんが、二〇〇〇万人以上と考えられております。奴隷商人にはポルトガル人だけでなく、北部のアラブ系の人もいましたし、協力する黒人もいました。そんな商人達が国王と取引をして、捕らえた人々を港に運び、そこから船でアメリカ大陸に輸送していたのです。いわゆる大西洋奴隷貿易、三角貿易です。内陸からの場合、まずアフリカ西海岸の港に着くまでに多くの黒人が亡くなります。さらに奴隷船での航海中にも多くが亡くなって、実際にアメリカ大陸に到着するのは最初の人数からすると、三分の一程度でした。ここだけを見ても、奴隷貿易は人類史上の最大の汚点であり、最悪の残虐行為、惨たらしい犯罪行為だったと思います。

元谷 黒人を人間だとは思っていなかったということですね。

片岡 その通りです。歴史的犯罪です。ただその三分の一は「生き残り」ですから、非常に丈夫であったと言われています。そもそもアメリカ大陸に黒人が運ばれたのは、広大な農園の労働力とするためでした。最初はインディオ等の先住民を使っていたのですが、彼らは激しい農園労働に不向きであっただけでなく、ヨーロッパから持ち込まれた病原菌等で次々と死んでいったのです。また北米のネイティブ・アメリカンは、奴隷化に頑強に抵抗しました。丈夫で働き者で従順な黒人奴隷は、農場の労働力としてとても重宝されたのです。

元谷 そこでさらに多くの黒人がアメリカに送られることになったのですね。そして黒人奴隷がいないと、農場経営が成り立たなくなっていく。今から考えると酷い話だと思います。

片岡 ブラック・ライブズ・マター運動でもわかるように、未だに黒人差別は根強く残っています。懐古趣味的に黒人奴隷が存在した時代を懐かしむ白人もいるのです。一九六四年に人種差別を禁じる公民権法が成立するまで、アメリカでは人種差別が法律によって制度化されて残っていましたから。

元谷 日本人も白人の役に立つと思われる人は名誉白人扱いで、そうではない人は有色人種として差別を受けると聞きます。またアフリカで言えば、一九九〇年代まで人種隔離政策が残っていた南アフリカがあります。

片岡 南アフリカでは今、人種隔離政策(アパルトヘイト)が撤廃されて、逆に黒人経済強化政策(B‐BBEE)という黒人優遇政策が実施されています。規模にもよりますが、会社に関しても一定の割合の黒人が株を保有していたり、経営陣に名を連ねていたりすることが法律で求められているのです。このために役員として雇用され、株も支給された黒人の中には仕事をしない人もいて、怠け者の黒人を生み出しているだけだという批判も上がっています。

元谷 それだけやらないと黒人の社会進出が進まないということなのでしょうが、黒人と白人との確執が深まりそうな施策ですね。

武士が治めていたために
日本は植民地化を免れた

元谷 日本は極東という位置が良かったのか、奴隷の輸出国にも植民地にもならずに済みました。

片岡 織田信長から豊臣秀吉の時代に、ポルトガル人が日本人数万人を奴隷として海外に送ったという話があります。それを知った秀吉は、伴天連追放令を出して日本人奴隷の売買を禁止しました。

元谷 当時日本に数多くいたキリスト教の宣教師は、皆西欧列強が植民地化のために派遣した侵略の尖兵でした。それを秀吉は見抜いて、伴天連追放令を出したのでしょう。当時の日本は、武士という戦闘集団が政治を司る社会でしたから、統治者は武装をしていて、いざとなったら戦う気概を持っていました。そのことも、西欧列強の植民地化の意欲を削いだのではないでしょうか。逆にアフリカの人々は戦うことを知らなかったのでしょう。

片岡 奴隷貿易時代に直接西欧列強と戦ったという話はありませんね。奴隷になった人々が反乱を起こしたことはありましたが。十九世紀になると西欧列強は態度を変えます。それまではアフリカの国王との協力関係で奴隷貿易を行ってきたのですが、奴隷制度撤廃の流れの中で掌返しを行い、国王との関係を断って、伝統的な部族関係を利用して巧みに植民地化を進めていくのです。もちろんアフリカ側の激しい抵抗もありましたし、エチオピアにおけるアドワの戦いのようにイタリアを打ち破ったという例もありますが。リベリアとエチオピアを除いて欧州列強による植民地化、保護国化は進みました。そのエチオピアも第二次大戦前には、ムッソリーニにより占領されています。リベリアも米国の解放奴隷が新たな優越的な民族(アメリコ・ライベリアン)を作り出し、原住民を支配するという形を変えた事実上の植民地化でありました。

元谷 分割統治や間接統治を行ったのでしょうか。

片岡 よくフランスが直接統治、イギリスが間接統治と単純に分類されるのですが、実際には地域によって西欧列強は統治方法を採用しています。そして白人がアフリカにどんどん入植していくのです。これも地域によりますが。

元谷 金やダイヤモンド目当ての白人が、数多くアフリカに渡ったのではないでしょうか。

片岡 金やダイヤモンドの発見、スエズ運河の開通などが列強のアフリカ進出に大きな影響を与えました。十九世紀の初めからその傾向が顕著になります。金やダイヤモンドは今でも産出されますから。そして白人入植者が多くいた国の方が、いざ独立する時には問題が多かった傾向があります。ジンバブエやケニア、南アフリカ、コンゴ等の独立時には、多数の犠牲者がでました。

元谷 アフリカ人となっていた白人が、支配継続のために宗主国からの独立に反対するということですね。

片岡 その通りです。フランスの場合は白人入植者が多かったアルジェリアの独立を巡って、一九五四〜一九六二年にアルジェリア戦争が起こり、フランスの政権が崩壊する事態を招くほどの大騒動になりました。

元谷 片岡さんはフランスの大学で学んだので、フランスとアフリカの関係が一番詳しいのでしょうか。

片岡 はい、その通りです。フランスの外交、フランスと植民地の関係などが主たる研究のテーマでした。ただフランスとアフリカの関係だけですと微視的になるので、いろいろ他のことも研究対象としました。いろいろ学んでいくと、国によって歴史的事実に対する価値観や解釈が大きく異なるのです。例えば第一次世界大戦と第二次世界大戦に関するウィキペディアの英語版とフランス語版の記述を比べても、書いてある内容は大きく異なります。これは作成者の国籍や受けた教育や価値観、思想が異なるからでしょう。ロシア人による第二次世界大戦の記述は、それは私達の知っている歴史とは全く異なるものになっています。

元谷 フランスの大学でもアフリカ関連の研究をされていたのでしょうか。

片岡 実は最初にメインで研究していたのは、フランスの核戦略や欧州安全保障だったのです。

元谷 北大西洋条約機構(NATO)の中で、ヨーロッパではイギリスとフランスが独自の核兵器を保有しています。

片岡 フランスは一九四五年という早い段階でド・ゴールの指示により原子力庁を創設し、原子力の利用を研究していました。一九五六年のスエズ危機以降、本格的に核時代に突入していきます。そして、ド・ゴール政権下の一九六〇年に核実験に成功します。

元谷 伝統的なドイツとフランスの確執があると思うのですが、戦勝国であるフランスが核兵器を持ったことでフランスが優位に立っているという面があります。

片岡 それは大いにありますね。ドイツは緑の党という環境政党が昔から強く、現在二〇%もの支持率を持っていて、積極的な原子力の利用ができずにいます。原発も諦め、フランスの原発で発電される電気を輸入しているのです。

元谷 しかし温室効果ガスの排出削減を考えれば、原発を活用するのは避けられないのではないでしょうか。

片岡 小泉純一郎元首相は核廃棄物を問題視していますが、フランスは核廃棄物対応の技術力でも世界のトップを走っていますね。一つずつ問題を解決しながら、原発を活用していくべきでしょう。

元谷 私もそう思います。

戦争をするのであれば
必ず勝たなければならない

片岡 フランスの大学院では「日本と核兵器」というテーマで博士論文を書けと言われ、調べてみたのですが、論文にするのは非常に難しかったですね。ドイツ語研修で、外務次官を務め、駐米大使や駐独大使を歴任した村田良平さんは、一九六〇年代に日本が核保有を模索していたことを証言していますが…。

元谷 先の戦争の戦勝国は、負けた日本にもドイツにも核兵器を持たせなかったのです。

片岡 まず日本は、核拡散防止条約(NPT)を批准していて、自ら保有しないと宣言しているのです。今日本が核保有を主張しても、トランプ前大統領なら反対しなかったかもしれませんが、中国と対決姿勢を見せているとはいえ、バイデン大統領は恐らく大きく反対すると思います。

元谷 中国は軍事力を肥大化させていますから、バランス・オブ・パワーを維持するためにも、日本がそれに対抗できる手段を、核兵器を含めて議論する必要があると思います。自国は自分で守るのが基本ですから、日米安保があるからと安心していては、いつまで経ってもアメリカの属国ですし、アメリカも日本を常に守ってくれるとは限りません。

片岡 明治時代の後半に日英同盟に頼り過ぎていたのと同じ状況が、今の日米安保条約頼りだと思います。「アングロ・サクソンと組んでいると安心」という油断なのでしょうか。

元谷 そうかもしれません。しかし隣国の中国を考えれば、日本は持つべきものは持つスタンスでいるべきです。しかし核保有については、日本国内でも大反対が起きるでしょうね。

片岡 間違いなくそうでしょう。

元谷 原発も効率がよい小型のものが開発されています。事故が起こったときに大きな被害が出る大型の原発ではなく、小型原発で地域ごとの電力を賄うというのが、事故対策としても良いのではないでしょうか。例えば水に浮かべて、いざという時には水中に沈めてしまえばいいとか、そうした運用が考えられます。

片岡 確かに福島第一原発事故以来、日本では原発に対して慎重になりすぎているのでしょう。処理済の汚染水の海洋放出をやっと政府が決定しましたが、そもそも放出は科学的に全く環境に影響を与えないものです。反対運動によって利益を得る人がいるので、ここまで判断が遅れたのでしょう。

元谷 騒ぐことで、補償によって莫大な金を得ることができますから。

片岡 三歩進んで二歩下がるといったスローペースでも良いですから、日本は原子力利用や核武装も含めて、安全保障の充実を進めていくべきです。

元谷 原発に対するアレルギー的な反発は、先の大戦末期に原爆を投下されたことに起因するのでしょう。

片岡 ナチス・ドイツに勝つために開発された原爆ですが、使わずにヨーロッパ戦線で連合国が勝利してしまいます。そこで日本に使われることになったのでしょう。

元谷 ドイツも核開発を行っていると信じていたから、アメリカは核開発を急いだと思われます。

片岡 確かにドイツは高い技術力を持っていましたから、戦艦でも戦闘機でも凄い兵器を開発していました。しかし、核兵器は途中で開発を放棄しています。イギリスはなかなか降伏せず、ソ連との戦いは熾烈なものとなっていて、大戦末期のドイツはかなり疲弊していました。そこでアメリカが参戦して、ようやく連合国が勝利を収めたわけです。

元谷 V2という弾道ミサイルまで開発してイギリスに撃ち込んでいましたから、ドイツの技術はすごかったと思います。

片岡 戦後、西ドイツの最初の首相となったアデナウアーは、結局果たせなかったのですが、在任中ずっと核兵器保有に向けた模索を続けていたという記録が残っています。

元谷 二十世紀の二つの世界大戦を引き起こしたドイツが核兵器を保有することには、西欧諸国は強い抵抗感があったと思います。結局ドイツには核を持たせず隣国のフランスに持たせたというのは、敗戦国と戦勝国という違いなのでしょう。しかし、やはり核兵器は国の力の源泉になるものだと思います。アメリカが反対する日本の核保有ですが、そうであればNATO四カ国がアメリカと結んでいるレンタル核協定「ニュークリア・シェアリング協定」を、日本もアメリカと結ぶべきでしょう。

片岡 同感です。また、日本は国連と訳していますが、United Nationsは本来連合国という意味です。ルーズベルトが好んで使用していた言葉です。そんな戦勝国連合である国連を日本が崇め奉っているのは、やっぱりおかしいのです。パリには第一次世界大戦の戦勝国クラブという社交クラブがあるのですが、日本人はここには入れるのです。ドイツ人は駄目なのですが。

元谷 歴史を学んで知るのは、戦争をやるのであれば、必ず勝つ必要があるということです。明治以降は、日清・日露、そして第一次世界大戦と日本は連戦連勝だったのですが、先の大戦で負けてしまいました。もし勝っていれば、世界を制覇していたかもしれませんね。

抑止力強化のためにも
有力な政治家を防衛大臣に

元谷 十四億人の人口を持ち、覇権国家を目指す中国は、日本にとって大変な脅威となっています。これだけの人口を持ちながら今日まで続いた国は、歴史上存在しません。いずれは分割することになるのでしょうか。

片岡 農村戸籍、都市戸籍という戸籍の二重制が問題になるでしょう。北京や上海等都市に生まれた人はいいですが、地方に生まれた人は良い大学に行けない等、明確な差別を受けるのです。そんな人々が蜂起することが、中国政府にとっての脅威でしょう。アメリカで書かれた中国に関する論文の内、三割ぐらいが将来、中国は崩壊するだろうと予言しています。

元谷 私もこれまで何度も、中国は分裂して民主化すると言ってきました。しかし近年情勢が変わっているのは、騒乱や分裂を抑制するハイテク技術の発達です。街中に設置された監視カメラと顔認証システムで、誰がどこで、誰と会っているのかが当局にはたちどころに分かるのです。これによって暴動の芽を事前に摘み、膨大な数の人々が統治できるようになっています。

片岡 そうなると、共産党内部で反乱が起きない限り、なかなか今の体制が崩れることはないでしょう。江沢民の上海閥や胡錦濤の共青団等の派閥は既に切り崩されて、完全に今は習近平一強になっていると言われています。ただアメリカの中国研究者の中には、新たな不満分子がいずれ出てくると考えている人がいますね。

元谷 習近平はこれまでの鄧小平の指導による党主席の任期五年二期十年を撤廃して、可能な限り権力を維持するつもりです。ただ、この人口の多さはやはりリスクでしょう。経済が順調に成長していればまだいいですが、経済が滞るようになれば社会的な矛盾が露わになって、中国は崩壊するのではないでしょうか。その時には日本も大きな影響を受けます。

片岡 中国人の心の根底には、日本人に対する深い恨みがあります。それは日中戦争で中国が戦場になったからではないでしょうか。第一次世界大戦、第二次世界大戦で戦場になったフランスも、ドイツに深い恨みを抱いていました。戦場になるということには、それくらい大きな意味があると思います。

元谷 日本人はかつて日本中を戦場とするような戦いはありませんでしたのであまりそのことを意識していませんね。

片岡 はい。ですから日本側は中国に対して、協力できるところはするけれども、一方で国を守る備えはしっかりとしていなければならないでしょう。

元谷 日本側が敗戦国でありながら今のように繁栄できたのは、米ソ冷戦の時にアメリカについたからです。今日の米中冷戦にあたっても、同様にスタンスを明確にすべきなのですが…。

片岡 そこに若干のブレがあります。自民党の二階幹事長は、二〇一五年に約三千人の訪中団を連れて行き、習近平主席を喜ばせています。そんな二階氏が実権を持つ菅政権を、アメリカは不審の眼で見ているのです。安倍政権ではそういうことはありませんでした。菅政権はアメリカ支持をしっかりと且つ明確に打ち出しながら、中国とも向き合うべきなのです。

元谷 中国べったりに見えては駄目ですね。さらに日本は抑止力としての攻撃兵器を持つ必要があります。迎撃ミサイルだけでは不十分でしょう。

片岡 全く同感です。日本の問題は、防衛省が防衛庁だったこともあって、防衛大臣の地位が低いことです。フランスでもイギリスでもアメリカでも、閣僚の中での国防大臣、国防長官の地位は非常に高く、有力な政治家がその任に就いています。

元谷 日本の場合も、防衛大臣にもう少し権限を持たせて力のある政治家が防衛大臣になるべきでしょう。また防衛機密を全て国会に報告しなければならないのも、おかしなことです。

片岡 仰る通りです。わからない部分があってもいいと思います。防衛省は未だにショッピングリストを財務省に持っていって、交渉をしているのです。

元谷 いろいろと課題は山積していますが、とにかく普通の国を目指して、歩みを進めていきたいですね。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。

片岡 日本の歴史を学ぶと同時に、外国語をマスターしてその国の価値観を学んで欲しいですね。さらに実際に海外に出て、見聞を広めて欲しい。可能であれば留学して欲しいですね。日本の良い部分と悪い部分が見え、健全な愛国心が醸成されます。

元谷 私も海外に行くことで愛国心が芽生えました。そういう経験を多くの人にして欲しいですね。今日はありがとうございました。

片岡 ありがとうございました。