Essay

台湾有事に米軍だけでは対処できないVol.347[2021年8月号]

藤 誠志

五十二年間で
台湾情勢は大きく変化

 六月九日付の産経新聞朝刊の一面トップの見出しは、「米軍、台湾防衛に懸念」「軍事バランス 半世紀で逆転」「武力奪還 中国が自信」だった。記事は以下のように続く。「中国の台湾侵攻が現実味を帯び、米軍幹部や米専門家の間での台湾有事に米軍だけでは対処できないとの懸念が強まっている。日米首脳が四月、共同声明に『台湾』を一九六九年以来、五二年ぶりに明記したのはこうした危機感からだ。軍事バランスは六九年と比べ中国優勢に傾き、米国は民主化した台湾を守るため支援を強化。日本も主体的な関与が求められている」「複数の米インド太平洋軍幹部が三月、中国の台湾侵攻を予測。これを受け、各国の専門家から台湾有事の可能性に関する分析が相次いだ。中でも米スタンフォード大のオリアナ・スカイラー・マストロ研究員が米外交誌フォーリン・アフェアーズの最新号に発表した論文が注目を集めた。『習(近平国家主席)は許容範囲内のコストで台湾を武力で奪還できると助言する軍人に囲まれている』。論文はこう指摘し、中国指導部が自国の能力を過信して台湾への侵攻に踏み切る可能性に警鐘を鳴らした」「台湾をめぐり緊迫度が高まる中、菅義偉首相とバイデン米大統領は四月の首脳会談で『台湾海峡の平和と安定の重要性』を強調。日米首脳の共同声明で『台湾』が明記されたのは、六九(昭和四四)年一一月、当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領がワシントンで会談した際の共同声明以来だった」。
 「六九年の共同声明では、佐藤首相の発言として『台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素』とする『台湾条項』が盛り込まれたが、六九年と現在とでは台湾情勢は大きく異なる」「米国は当時、外交関係のあった台湾と米華相互防衛条約を結び、台湾に米軍が駐留。米第七艦隊(神奈川県横須賀市)の艦艇も定期的に台湾海峡を通過した」「台湾は?介石政権の独裁体制下で国連に『中国』として議席を持ち、中国大陸を武力で奪還する『大陸反攻』を堅持。兵力も現在(約一七万五千人)の三倍以上の六〇万人近くを擁した。一方、中国は六九年三月、ダマンスキー(珍宝)島をめぐりソ連と軍事衝突。北方に脅威を抱え、台湾侵攻の余裕はなかった」「佐藤政権は当時、沖縄の返還を求めていた。米軍施政下にあった沖縄の米軍基地の使用は日米安保条約六条に基づく『事前協議』の対象外で、米側は返還後も『自由使用』を求めていた。日本側は返還交渉を進めるため、共同声明に『台湾条項』を盛り込み、台湾有事での基地使用に応じる姿勢を示す必要があった」。

中国が着々と進める
米海軍の「接近阻止」

 「一方、現在の台湾は、九六年から総統直接選が行われるなど民主主義が定着。蔡英文政権(民主進歩党)は『台湾は中国の一部』などと中国が主張する『一つの中国』原則を認めていない。バイデン米政権は価値を共有するパートナーとして関与を強めている」「中国の今年度の国防予算は公開分だけで台湾の一六倍に上るなど中台の軍事バランスは中国側が圧倒。台湾の国防部(国防省に相当)は、中国は台湾の離島への侵攻能力はあると分析する。米中間も同様で、米ランド研究所は二〇一五年九月の報告書で、台湾有事で米軍が介入した場合でも中国側が優勢だと試算した」「米国は一九七九年の米台断交後、国内法の『台湾関係法』に基づき台湾に武器を売却する一方、台湾有事の際に軍事介入するか明確にしない『曖昧戦略』を取ってきた。だが、米研究者からは最近、中国を抑止するため、武力侵攻には軍事介入で対抗すると明確化するよう求める声が出ている」「日本に求められる役割も異なる。安全保障問題に詳しい明海大学の小谷哲男教授は、中国の台湾侵攻時には在沖縄米軍基地への攻撃が想定されるとし、『台湾有事は、日米安保条約五条に基づく日本有事下の日米協力として検討すべき課題だ』と指摘。台湾有事に備えた日米共同作戦計画の策定や、『日台の防衛協力について検討する必要がある』と提言した」という。
 記事では図によって、一九六九年当時の台湾海峡中間線から東をアメリカ軍が守っていた状況が、今や九州を起点として台湾の東を通り、フィリピン、ボルネオに至る第一列島線に、中国がアメリカの空母が接近しないよう兵器を配備している状況へと変化したことを示している。さらに中国が目指しているのは台湾有事の際に、伊豆諸島を起点に小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至る第二列島線内に侵入してきたアメリカ海軍の進行を妨害、台湾への増援を行えないようにすることだ。これらを実現するために、特に一九九五年の第三次台湾海峡危機以降、中国は海軍力の拡大に注力した。例えばウクライナから旧ソ連の未完成の空母を「海上カジノにする」という名目でマカオのダミー会社に購入させた。その後改造を継続、完成した空母は二〇一二年、中国初の空母「遼寧」として就役した。二〇一九年には初の国産空母「山東」も就役、さらにもう一隻の国産空母が建造中と伝えられている。それらの「成果」が、この記事でも触れられている「中国側が優勢」という見方なのだろう。

台湾有事の際には
日本も必ず巻き込まれる

 朝日新聞も六月六日から「台湾海峡 にらみ合う大国」という連載記事を掲載しており、その第一回では「米中危機の四つのシナリオ」として以下を挙げている。
●台湾へ本格侵攻
「中国は今年四月、中国初の強襲揚陸艦の就役式を、習主席も参加して実施。着上陸作戦の中核を担うとみられ、台湾侵攻への布石との見方も少なくない」「中国は一九九五~九六年の台湾海峡危機の際、米軍に海峡への空母二隻の派遣を許した教訓から、米軍の接近を阻止しようと、近年、ミサイル能力を急速に強化。台湾海峡を射程に収める短距離ミサイルのほか、在日米軍など米軍や自衛隊の介入を防ぐため、『空母キラー』と呼ばれる精密誘導のDF21など中距離弾道ミサイルを保有する」。
●台湾離島へ侵攻
「中国が台湾侵攻に加え、米軍や自衛隊の『三正面』を相手にするのは困難だ。米軍の介入を招かない選択肢として可能性が指摘されるのが、台湾に経済的圧力をかけるための海上封鎖や、台湾が実効支配する東沙諸島や金門島など離島への侵攻だ。日米の専門家でよく対応が議論されるシナリオでもある」。
●ハイブリッド戦
「専門家の間で可能性が指摘されているのが、サイバー戦と情報戦を組み合わせた『ハイブリッド戦』だ」「ロシアは二〇一四年のクリミア併合などのウクライナ危機の際、サイバー攻撃で重要インフラを攻撃して戦闘能力を奪ったうえで、フェイクニュースも流して社会を攪乱。親ロ派勢力を使って最小限の軍事力で作戦を遂行した」「兼原信克・元国家安全保障局次長は『中国がロシアの手法をまね、サイバー攻撃で重要施設をまひさせ、海底ケーブル切断で通信網も遮断。台湾内の親中派を誘導しながら、同時に特殊部隊を投入し、米軍の介入前に短時間で決着をつける可能性もある』と見る」。
●偶発的な衝突
「防衛省幹部は『もっとも可能性が高いのが、双方が武力衝突を意図しないのに、偶発的な事故や衝突が起き、それが本格的な紛争に発展するケースだ。その確率が高まっている』と指摘する」「例えば、南シナ海で一三年、中国空母『遼寧』の情報収集をしていた米海軍巡洋艦が、中国側から海域から出るよう警告を受けたうえ、中国海軍の艦艇が急接近して進路を塞ぎ、衝突寸前に米軍が回避行動を取ったことで衝突は回避した」「また、〇一年には、南シナ海上空でも米海軍電子偵察機と中国軍の戦闘機が空中衝突する事件も起きた」。
 いずれのシナリオであれ、台湾で有事があれば当然日本も無関係ではない。離島への侵攻やハイブリッド戦の場合には、アメリカ軍の動き次第で「重要影響事態」になり得る。偶発的にでも米中軍事衝突があり、それを「存立危機事態」と判断すれば自衛隊が集団的自衛権の下、武力行使することができる。本格侵攻で中国が先に在日米軍の基地を攻撃、「武力攻撃事態」と政府が認定した場合は、自衛隊が直接中国に反撃することになるだろうと記事は分析する。これらのためにも「日米共同作戦計画」が今後必要になるという結論は、産経新聞も朝日新聞も同じだ。

急成長する中国海軍
日本は深深度潜水艦で対抗

 中国の野望は、台湾との統一を果たすことには留まらない。建国から経済大国となった今日までの過程で、中国は周辺の陸続きの国々全てと勢力争いを行ってきた。最大の脅威であったロシアとの国境紛争が二〇〇五年の中露国境協定で確定して以降、中国の領土拡大の欲望は海へと向かうことになる。よく知られているエピソードは、アメリカ太平洋軍のキーティング司令官が二〇〇七年中国を訪問した時に、中国海軍幹部から、ハワイを境に西を中国が東をアメリカが統治する「二分案」を持ちかけられたという話だ。また二〇一五年には訪中したアメリカのケリー国務長官に対して習近平主席が、「広大な太平洋には中国とアメリカの二大国を受け入れる十分な空間がある」という提案を行っている。もしこれが実現するならば、日本は中国勢力圏に飲み込まれた中で生き延びていくことになる。
 冷戦終結以降世界覇権を握ってきたアメリカの力の源泉の一つは、世界中に展開した空母打撃群や原子力潜水艦等の海洋兵力だ。海での覇権を目指す中国はこれに対抗しようとしている。「遼寧」「山東」と就役した二隻、建造中の一隻に加えて、さらに今年、もう一隻の空母の建造を開始するという情報もある。また潜水艦の建造にも力を入れており、アメリカ国防省は、近い将来、中国は六十五~七十隻の潜水艦隊を保有するようになるとしている。日本の自衛隊が中国の海上兵力に対抗できるのは、世界でも最高の性能を持つとされる深深度潜水艦と深深度魚雷だ。詳細は当然発表されていないが、最新鋭の海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦の最大潜行深度は、前世代のくろしお級の六〇〇メートルを超え、一説には九〇〇メートルにも及ぶと言われている。また装備する八九式魚雷は、深度九〇〇メートルから攻撃可能だ。この深度まで活動可能な潜水艦とそこから攻撃できる魚雷は、世界には他に存在しない。また海上自衛隊は、二〇二〇年十一月に多機能護衛艦(FFM)という新しいコンセプトのもがみ型護衛艦「くまの」を進水させた。このもがみ型護衛艦には機雷戦能力が導入されており、最新技術によって掃海機能が強化されていると同時に、機雷敷設能力も持つ。最新の機雷は、船舶の「音紋」を解析、敵の船舶に自動的に接近して爆発する能力を持つ非常に強力な兵器となる。このもがみ型護衛艦は、二十二隻建造される予定だ。日本はこの深深度潜水艦と深深度魚雷、機雷戦の可能な護衛艦を駆使して、防衛体制を充実させていく必要がある。
 日本は改めて台湾防衛を自国防衛と同様に考えるべきだ。そして、台湾やアメリカはもちろん、アジアやヨーロッパ諸国との連携を強化して行かなければならない。と同時に、自らの軍事力の強化も怠ってはいけないだろう。日本が中国の支配下に飲み込まれないように、多くの日本人がこのリアルな東アジアの状況を理解することを、私は望んでやまない。

2021年6月22日(火) 18時00分校了