Essay

中国は着々と侵攻準備を整えているVol.346[2021年7月号]

藤 誠志

台湾の有事が
日本の有事となる

 五月五日付の産経新聞朝刊のトップの見出しは、「台湾侵攻は『日本有事』」「武力攻撃事態と認定」「個別的自衛権で中国に対抗」だ。「日米両首脳が四月一六日に米ワシントンで発表した共同声明で『台湾』が五二年ぶりに明記されたことを受け、台湾有事の抑止、対処をめぐる日本の役割が焦点となる。平成二七年に成立、翌二八年に施行された安全保障関連法により日本の役割が拡大された一方、日本や台湾の当局者が最も警戒するのは、有事でも平時でもないグレーゾーン事態で中国政府が台湾統一を図るシナリオだ」「台湾有事をめぐり日本政府内で危機感が高まったきっかけの一つが、米インド太平洋軍幹部から相次いだ発言だ。デービッドソン司令官(当時)は三月九日の上院軍事委員会の公聴会で、中国による台湾侵攻が六年以内に発生する可能性に言及。同二三日にはアキリーノ次期司令官(同、四月三〇日就任)が『大多数の人たちが考えるよりも非常に間近に迫っている』と警告した」「両氏の発言が日本政府に衝撃を与えたのは、インド太平洋軍幹部ら台湾海峡における抑止の『責任者』が、抑止の失敗を意味する台湾有事が間近に迫っていると指摘したからだ。米側の危機感は日本側にも伝わり、日米首脳共同声明に『台湾』が盛り込まれることにもつながった」「米国防総省は、中国の軍事力に関する年次報告書の二〇一八年版で、中国が台湾に取り得る行動の選択肢として、海上封鎖▽限定的な武力行使▽航空・ミサイル作戦▽上陸侵攻―の四項目を挙げた。こうした事態に直面した場合、自衛隊はいかなる行動をとるのか」「安保関連法では、台湾有事により日本の存立が脅かされる『存立危機事態』となれば、自衛隊は集団的自衛権を行使して武力行使を伴う活動に参加できるとしている。存立危機事態に至らずとも、放置すれば日本の平和に影響を与える『重要影響事態』であれば米軍に武器・弾薬などの後方支援を行うことができる」という。
 さらにレベルを上げた行動の可能性も出てきていると、記事は続く。「複数の当局者が口にするのは、重要影響事態でも存立危機事態でもなく、日本有事を意味する『武力攻撃事態』だ」「中国が台湾に武力行使すれば米軍が介入する公算が大きく、中国軍は米軍の介入を妨害するため日本国内に点在する米軍基地を標的にするという想定だ。米軍を迎え撃つため、台湾に近い沖縄県の尖閣諸島や先島諸島を占拠することもあり得る。いずれも日本に対する急迫不正の侵害で、自衛隊は個別的自衛権を発動して対抗することができる」と考えているというのだ。台湾有事を日本の有事として対応し、またそのための準備を行うことには、私も賛成だ。

中国海軍は
今や世界最大の規模に

 日本の十倍の人口・十四億人を擁する中国は、その六割は農村戸籍、四割は都市戸籍であり、子供の教育に関しても公共住宅政策においても農村戸籍者は不利な制度となっている。その低賃金で働く農村戸籍者の働きで経済力を蓄え、その経済力を軍事力に替えて力を膨張させてきた。そんな国が日本の隣にあるのだ。最大限の警戒心を持って中国に接することは、世界の歴史を振り返っても当然のことだろう。またその国で、かつて一極世界支配を目指していた共産主義の末裔である政党が独裁をしている以上、その警戒はなおのこと当たり前だ。
 中国は一九四九年の建国以降、インドとは一九六二年に中印国境紛争を、ソ連とは一九六九年に中ソ国境ウスリー川のダマンスキー島で争奪戦を起こし、一九七九年にはカンボジアに侵攻したベトナムを懲らしめると始めた中越戦争を起こし、モンゴルや東トルキスタン、チベットといった、他民族が住むエリアを抑えて、自治区として国内に取り込んできた。中国が陸の次に目指しているのは、海洋覇権だ。二〇〇七年に中国を訪れたアメリカ太平洋軍のキーティング司令官に、中国海軍の高官は「ハワイを境界にして、東をアメリカが西を中国が支配してはどうか」と提案をしたという。キーティング司令官は二〇〇八年、アメリカ議会でこの提案について、「冗談とは言え、中国軍の戦略的考え方を示唆している」と証言している。中国が熱望する太平洋進出にあたって、地政学的な障害になるのが台湾や尖閣諸島等沖縄、そして日本列島だ。中国は異民族を自治区として取り込んできた歴史からも、また海洋進出の障害除去の意味からも、そして全世界を中国共産党の支配地域に入れたいという、限りない侵略意欲からも、早晩日本に侵攻しようと試みるだろう。例えば東日本大震災クラスの自然災害のような非常事態が発生した時に、支援の名目で大量の人員を日本に送り込んできて、実はその人々が軍人であり、彼らの手引きで大規模な上陸作戦が展開されるということも、あり得ないシナリオではないのだ。こんな想定も、主権国家としては普通に行うべきことだが、多くの人やメディアは、気付かないのか気付かない振りをしているのか、そのことが報道されたり世論が盛り上がったりすることはない。そもそもコミンテルンの時代から、共産主義の目標は世界革命であって、一国の共産化ではなく世界赤化を目標にしてきている。さらに中国には古来より中華思想がある。こうした背景を持つ中国は、世界覇権を目指して拡大戦略をとっていると見るべきである。
 二〇〇〇年代初頭に、陸から海に拡大の方向を変え、海洋進出に力を入れ出した中国だが、海軍力の脆弱さが問題だった。そんな中、海上カジノにするという名目でウクライナから購入した、旧ソ連が建造した空母「ヴァリャーグ」を改装して、二〇一二年に空母「遼寧」として就役させた。二〇一九年には初の国産空母「山東」が就役、三隻目の空母も建造中だ。CNNが二〇二一年三月十三日に配信した記事「世界最大の海軍を建設した中国、今後の出方は」によると、二〇〇〇年以降、造船ラッシュを続けた中国海軍の戦闘艦船数は、二〇二〇年末には三六〇隻となり、これはアメリカの二九七隻を六〇隻以上上回る。その結果、中国海軍は世界最大の海軍となったという。さらに中国は、二〇二五年までに艦船四〇〇隻を配備する予定だが、アメリカ海軍は三五五隻を期限を設けずに建造する目標を持っているだけだ。人員や大型艦船はまだアメリカ海軍の方が多いが、中型、小型艦船については、中国海軍が圧倒的な数を持つ。また特に、二〇二〇年に試験航行を開始した多用途艦「〇七五型強襲揚陸艦(LHD)」の存在が重要だ。搭載したホバークラフトや水陸両用車、ヘリコプターで、地上部隊九〇〇人を上陸させる能力のあるこの船は、台湾や日本侵攻の際にその先頭に立つことは間違いない。

台湾の「クリミア化」を
日台合同で阻止する

 平和を保つためにはバランス・オブ・パワー、つまり力の均衡が必要であり、日本も中国に対抗する軍事力を保有する必要があるのだが、艦船の数等で比較した場合には、中国海軍が海上自衛隊を圧倒的に上回っている。このアンバランスの中、かろうじて中国の侵攻を抑止しているのが、日本が誇る世界最高水準の技術で造られた深深度潜水艦と、これに搭載されている深深度魚雷だ。今のところ、どの国の海軍もこの深深度潜水艦への対抗手段を持たない。中国が、台湾や日本へいくら航空機やミサイルによる攻撃を行っても、侵攻を成功させるためには艦船による上陸作戦を敢行することが必須だ。しかし深深度潜水艦は上陸部隊を輸送する艦船を攻撃することで、この作戦を防ぐことができる。また、二〇二二年就役予定の海上自衛隊の最新鋭護衛艦「くまの」「もがみ」は、無人機雷排除システム等で高い掃海能力を持つ一方、機雷敷設装置も備えていて、例えば有事に台湾海峡や尖閣諸島に「敵味方識別音紋感知機雷」を敷設して、中国艦船の接近を阻止することができる。今、自衛隊は物量だけではなく様々な技術で、中国に対抗しようとしている。
 五月五日付の台湾有事に関する産経新聞の記事は三面に続いていて、そこでは台湾のクリミア化が警戒されている。「日本政府関係者が警戒するのが、有事でも平時でもないグレーゾーン事態が台湾で発生するシナリオだ。ロシアが二〇一四年にウクライナ南部クリミア半島を併合した際に使った手法が念頭に置かれている」「例えば、中国がサイバー攻撃やSNS(会員制交流サイト)でのフェイクニュース(偽情報)などを使った心理戦で台湾に親中政権を樹立し、『国籍不明』の民兵が派遣されたり、台湾側からの『要請』に基づき中国軍が進駐したりするような事態だ」「台湾でクリミア型事態が発生した場合、日本は経済制裁などの手段を取ることはできるが、自衛隊の活動となると限界がある。日本政府の担当者は『自衛隊は手も足も出ないかもしれない』と語る」。記事ではこのクリミア化を防ぐために、外交関係のない日本と台湾が、様々な工夫によって安全保障関係を強化し、日本が台湾への関与を深めることを提唱する一方、中国がこれに対して日本に経済的な報復を行い、国民が痛みを覚える可能性も指摘している。

中国の脅威に対して
日本はしっかり備えるべき

 膨張を続ける中国は、もちろん日本やアメリカ、台湾と価値観を共有する民主主義国ではなく、そして建国当初からの共産党一党独裁の国でもなくなり、今や個人独裁の習近平帝国になろうとしている。さらに力を増してくれば、かつてヒトラーのナチスドイツが世界征服を考えたのと同じ状態にもなりかねない。これを阻止するためにも、今日本は中国の膨張を抑止する軍事力を備え、アメリカや台湾とも安全保障面での協力を強化していかなければならない。そして日本国民による世論はこれを後押しして、さらに中国からの報復に耐える必要がある。そうでなければ、増強された中国軍によって、台湾に続いて日本が占領され、中国の日本自治区となってしまうかもしれないのだ。そんなことはないだろうという楽観論が世論を支配しているが、そんな見方は一瞬にして崩れる。
 力の均衡が平和を保ち、これが崩れた時に戦争が起こることは、世界の歴史と現実を見れば明らかだ。日本の多くの国民がこれを早く理解する必要がある。日本は国民が非常に勤勉で努力家で、技術力も資金力も持っている。これらを自らのものにしたいという欲望を、当然中国は持っている。安易な楽観は、危機を招く。私はこのApple Townで中国の脅威について、今後も強く警鐘を打ち鳴らしていくつもりだ。

2021年5月24日(月) 18時00分校了