Big Talk

コソボへの進出でEU五億人の巨大市場が狙えるVol.359[2021年6月号]

コソボ共和国大使館 臨時代理大使 アルバー・メフメティ
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APAグループ代表 元谷外志雄

独立から十三年とヨーロッパで最も若い国、国民の平均年齢も約三十七歳と非常に若いコソボ共和国。この二月に就任したばかりの臨時代理大使アルバー・メフメティ氏に、実は日本とも関わりの深いコソボの歴史や政治体制、観光スポット、そしてこれからの国としての展望等をお聞きした。

アルバー・メフメティ氏

コソボ共和国大使館の臨時代理大使アルバー・メフメティ氏は2013年に同国の外務省に入省し、すぐに日本との関係を持つようになる。2014年に初来日し、大阪で国際交流基金が提供する8か月間の専門日本語研修(外交官・公務員)に参加。本国外務省に戻った後、2016年10月まで日本事務を担当。翌11月に再来日し、今日まで東京のコソボ大使館で任務にあたる。2021年3月にコソボ共和国大使館の臨時代理大使に就任。メフメティ氏は外交および国際関係学の学位を有し、アルバニア語、英語および初級レベルの日本語を話す。

紛争終結から二十二年
今は平和そのものの国

元谷 今日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。コソボ共和国について、日本人には詳しく知っている人が少ないと思います。今日はお国のことをいろいろと教えていただきたいと思い、お招きしました。

メフメティ コソボ共和国のことをお話しする機会を作っていただき、本当にありがとうございます。コソボは二〇〇八年二月に独立したヨーロッパ大陸で最も若い国で、二ヶ月前に独立十三周年を祝いました。コソボと日本の関係は素晴らしいもので、日本はコソボの独立宣言を速やかに承認してくれた上、日本の政府や人々からコソボへの支援は止むことがありません。プリシュティナの日本国大使館および臨時代理大使の小笠原光紀氏を通じ、日本はコソボで非常に活発に数多くのプロジェクトを進めてくれています。またJICAや他の多くの日本の関係機関が、数多くのプロジェクトを実行してくれたおかげでコソボ市民の生活が改善し、最近では新型コロナウイルスの世界的流行への対応においても日本はコソボを支援してくれました。

元谷 日本とコソボの関係は良好ということですね。私も是非一度、訪れてみたいと思っている国の一つです。

メフメティ そう仰っていただいて、とても嬉しいです。代表がいらっしゃるのであれば、万全の体制でお迎えします。私と私の同僚達がしっかりと最初から最後までガイドいたしますので、ご安心ください。

元谷 ありがとうございます。ただ、コソボ界隈というと、紛争が多いというイメージがあります。もちろん事実としては、今はそんなことはないのですが、もっとコソボの実情をアピールすることで、日本の観光客は安心して訪問できると思います。また日本で世界史を学ぶ時に、二十世紀初頭のバルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていたこと、その言葉の通り、オーストリアの皇位継承者がサラエボでセルビア人に暗殺されたことで第一次世界大戦が始まったことを知ります。この印象も大きいのでしょう。コソボが元々ユーゴスラビアの一部であったこと等、近代の歴史や、構成する民族や宗教のことをまずお話いただけないでしょうか。

メフメティ もちろんです。最初に申し上げたいのは、昨年六月、コソボは解放から二十一周年を迎えたという点です。これはコソボ紛争終結から既に二十一年以上が経過したことを意味し、それゆえコソボは現在、全くもって安全で平和な国ということです。二〇一七年以降、日本の外務省は「海外安全ホームページ」においてコソボを安全な渡航先と評価しています(新型コロナウイルス流行前の時点で)。コソボを訪れる日本からの観光客の数が著しく増えたことを嬉しく思いますし、その数が新型コロナウイルスの世界的流行が終息した後も伸び続けることを期待しています。歴史についてですが、一九九〇年代に旧ユーゴスラビアが解体された後、一九九八年から一九九九年にかけてミロシェビッチ政権はコソボ市民に対して残虐な取り締まり活動と軍事行動を展開し、それはNATOによる空爆作戦と経済制裁によってようやく終結しました。そしてコソボは二〇〇八年二月一七日に独立を宣言しました。独立宣言においてコソボは、多民族国家であることを善良なる統治の基本原則として、アハティサーリ計画の下でその義務を果たすことを約束しました。コソボの独立は米国、日本、ドイツ、英国、フランス、トルコ等、ヨーロッパや世界の大多数の国によって承認されています。

元谷 もう全く争いはないのですね。

メフメティ その通りです。コソボは既に安全かつ平和で、日本からだけでなく世界中から観光客や潜在的投資家を受け入れる場所になっています。コソボは若くて健康的な国民を有し、ヨーロッパ全体の中で最も平均年齢が若い国です。大統領が三十八歳ということがその象徴です。また、ほとんどの若い国民は、母国語に加えて最低一つの外国語を話します。英語、ドイツ語そしてフランス語が第二言語として最も話されています。

元谷 メフメティさんも非常に若い。外交官になって何年でしょうか。

メフメティ 大学卒業後の研修期間を経て、光栄にもコソボ外務省に入省することができました。四年余りに及ぶ本省勤務の後、私は日本行きを命ぜられました。東京に来てからは四年以上が経ちました。

元谷 コソボは、メフメティさんのような若い力が活躍している国なのですね。

メフメティ 東京のコソボ共和国大使館では、本国の外務省の同僚たちと一緒に、日本からの観光客を増やすことに注力しました。日本の皆さんにできる限りたくさんコソボのことを紹介することでそれは達成できますし、貴社の著名な雑誌『Apple Town』における代表とのこのインタビュー、これも観光客を増やすための良い機会です。先程述べた通り、近年、日本からコソボを訪れる観光客の数は増えました。私達はこの観光客数が増え続けるように頑張っていますし、今がコソボと日本の関係が新たなステージに移行するタイミングであると、私は全くもって楽観的に見ています。特に経済協力についてですが、その地理的位置や外国投資のための非常に魅力的な制度から、ヨーロッパ市場に進出しようとしている日本の投資家や企業にとってコソボは理想的な場所になりえるのです。

元谷 それは素晴らしいです。

コソボは世俗国家

元谷 ところでコソボでは、どんな宗教が主に信仰されているのでしょうか。

メフメティ コソボは国教を持たない世俗国家であり、信仰や良心そして宗教の自由が憲法によって明確に保障されています。コソボ社会は高度に世俗化されており、宗教や無神論に対する寛容さへの自由と平等ランキングにおいては南ヨーロッパで首位、世界でも九番目の高さです。イスラム教(国民の大多数)、正教会そしてカトリック教会がコソボにおける主要な宗教で、この三つが長らく共存してきました。

元谷 議会にはムスリム同胞団のような、宗教をベースとした政党から選出された議員はいないのでしょうか。

メフメティ コソボは複数政党による議会制民主主義の共和国で、首相が政府の長、大統領が国家元首です。連立政権が変わると、参加政党も変わります。各政党は経済開発や若者向け新規雇用の創出、ヨーロッパ統合、税金カット等を公約に議会選挙を戦います。一方で、宗教をベースにした政治信条を掲げる政党はコソボにはありません。

元谷 軍隊はあるのでしょうか。

メフメティ コソボ治安部隊(KFS)が軍隊として、国内外で領土保全や危機対応の任務に当たります。二〇一八年一〇月には、KFSを職業軍人の部隊として再定義し、国防省を創設する法案をコソボ議会は可決しました。

元谷 いよいよコソボを訪問したくなってきたのですが、必ず訪れた方が良いお勧めの観光地を教えていただけますでしょうか。

メフメティ ぜひお越しください! コソボには豊かな文化と古代からの歴史があり、コソボを訪れたことがある私の日本人の友人はすべて強い感銘を受け、また再訪したいと言っています。私が「コソボの京都」と好んで呼ぶ美しい都市プリズレンでは、築数千年の砦群を訪れることができます。またジャコバの路地は手工芸品で溢れ、日本の多くの都市の細い路地で見られるような光景を楽しめます。さらに首都のプリシュティナで博物館等を訪れていただくと、コソボの歴史や文化がよく分かります。宗教関係のオブジェも興味深いと思います。オスマン帝国時代に建てられたモスクやプリシュティナにある聖テレサ大聖堂、そして修道院群もユネスコ文化遺産に登録されています。

元谷 モスクが多く、お城があるところに惹かれますね。

メフメティ そうです。コソボにお越しの際は、お好きなモスクやお城を訪れる機会がありますよ。

元谷 プリズレンとプリシュティナでは、どちらの方が歴史があるのでしょうか。

メフメティ 興味深いご質問です。実際、どちらの都市も豊かな歴史と文化遺産を有しますが、プリズレンの方に軍配が上がるでしょうか。

豊富な歴史的建造物と
美しい自然が見もの

メフメティ プリシュティナで最も目立つ建物の一つは、コソボ国立図書館です。屋上の沢山のドームとワイヤーで装飾された壁面が独特の雰囲気を醸し出しています。館内もモダンに作られていて、読書室には直接日光が入るように設計されています。

元谷 誰が設計したのでしょうか。

メフメティ クロアチアの建築家アンドリヤ・ムトニャコビッチがデザインし、一九八二年にオープンしました。

元谷 もう四十年近く前の建物なのですね。モダンなので、そんなに年月が経っているようには見えませんでした。

メフメティ コソボ国立博物館はプリシュティナにある十八世紀オーストリア・ハンガリー様式の建物の中にあります。そこにはテラコッタ製の「台座にある新石器時代の女神」を含め、考古学的にも民族学的にも価値のある芸術品の広範なコレクションが展示されています。この博物館にはかつて、コソボで発見された先史時代の品々の豊富なコレクションがあったのですが、それらはすべてコソボ紛争が始まる直前の一九九八年にベオグラードに持ち出されてしまい、何百もの考古学的発見物や民族学的アイテムが未だに返還されていません。自然に目を向けると、プリシュティナから車で四十分ほどのところにあるガジメ洞窟は、鍾乳石等自然の造形美が堪能できる場所です。トレッキングやジップライン、サイクリングといったアウトドアアクティビティが楽しめるのが、ルゴバ渓谷。プレヴィッラは山岳リゾートで、自然の絶景を眺めながらのテラスでの朝食が人気です。

元谷 行ってみたいところがいろいろとありますね。

メフメティ コソボにはユネスコの世界遺産に登録されているものも三つあります。その一つが正教会の四つの修道院や教会からなる「コソボの中世建造物群」です。その他にも世界遺産へ登録したい歴史的、文化的な遺産はたくさんあります。

元谷 コソボはビジネスの面ではどうなのでしょうか。

メフメティ 近年コソボは、企業に優しい各種の制度と相まって、ビジネスの最適地としての国別リストで一貫して上位にランキングされています。世界銀行はまた、外国企業を誘致するために大掛かりで迅速な改革を行った国の一つとして、コソボを高く評価しています。コソボには若くて教育を受けた国民がおり、近年ではIT分野でのサービスも増加し、そして農業に適した非常に肥沃な土地を生む最適な気候と自然があります。私達は日本企業の生産拠点をコソボに誘致したいのです。人口約百九十万人のコソボは、それだけを見れば確かに日本企業にとっては小さいマーケットです。しかし地政学的に考えると、コソボはバルカン半島の心臓部にあり、南ヨーロッパの中心に位置しています。私達はEUと二者間協定を結んでいて、コソボで生産された製品をEUに輸出する際には、税制の優遇を受けることができます。つまり、EUの五億人のマーケットに対して、日本から輸出するよりも有利な形で、コソボから製品を送り出すことができるのです。これは企業にとって、非常に魅力的なことだと思います。

元谷 確かに、そう考えるとコソボ進出はメリットがありそうですね。

メフメティ 実際に既に稼働している成功例があります。二〇一三年にミトロヴィツァに誕生した「ヒラノマッシュルームLLC」という会社は、最先端テクノロジーを装備した革新的な工場を有し、最高品質のシイタケを生産することを目的とした四者による合弁会社です。同社の出荷先はすべてヨーロッパ市場です。社長にお会いしたことがあるのですが、作るだけ全部売れると仰っていました。コソボでの法人登記の手続きは非常に簡素で迅速です。外国からの投資については、「外国投資法」が外国企業を保護し、内国企業と同等に扱います。

元谷 様々な制度を作って、企業誘致を行っているのですね。

紛争末期の難民対策には
日本の尽力があった

メフメティ コソボについて日本の皆さんに知って欲しいことが三つあります。先ず、コソボは安全かつ素晴らしい国で、訪れてみる価値があるということ。次に、コソボは日本企業が非常に容易に拠点を開設できる場所で、さらにそこからヨーロッパ市場に進出できるということ。そして三つ目は、コソボとその国民は日本と多くの共通点を持っているということです。広島在住の著名な執筆者である山本教授は、二〇〇五年に出版したアルバニア慣習法の倫理構造についての書籍の中で、日本の武士道精神と比較して、その類似性を指摘しています。

元谷 アルバニア人は、主にアルバニア共和国とコソボに住んでいます。アルバニア人は、紀元前からバルカン半島に居住していたイリュリア人の流れを汲んでいて、非常に古い歴史を持つ民族だと聞いています。

メフメティ 全くその通りですよ、元谷先生。アルバニア人には何世紀も遡る長い歴史があります。この古代史を最も象徴するものが、コソボの至る所に存在する多数のお城です。また、プリシュティナから車でわずか二十分のところには古都ウルピアナがあり、今日では有名な観光スポットになっています。

元谷 私は昔、ドゥブロヴニクに行ったことがあります。美しい街で、砂浜から斜行エレベータでホテルまで上がっていきました。

メフメティ ドゥブロヴニクはアドリア海に面したクロアチア南部の街です。コソボからも近く、東京から大阪ほども離れていません。

元谷 コソボを訪れる場合、航空機の直行便はあるのでしょうか。

メフメティ いいえ。日本からコソボへの直行便はまだありません。しかし、ヨーロッパの多くの主要都市への航空便はあります。プリシュティナ国際空港(アデムジャシャリ)からは、ドイツ、英国、ウィーン、トルコ、スイス、その他多数の国へ飛行機が就航しています。

元谷 プリシュティナの空港から街なかまでは、近いのでしょうか。

メフメティ 近いですよ。空港から都心までのバスの運賃は二ユーロです。もちろんタクシーやレンタカーを使うこともできます。

元谷 日本人はEU加盟国に行く時にはビザが免除されていて、域内を自由に移動することができます。コソボに入国する時はどうなのでしょうか。

メフメティ 同じです。日本のパスポート保持者はビザ不要で、有効なパスポートがあれば六ヶ月以内で九〇日間までビザなしで滞在可能です。

元谷 それは訪れやすいですね。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。

メフメティ 日本の若い人には、将来の旅行計画の中にコソボを加えていただくことをお勧めします。コソボでは人生における素晴らしい経験を得られるであろうこと、そしてコソボ市民についても知る機会が得られるであろうことをお約束します。日本の若者と同様に、コソボの若者も将来に対する夢とエネルギーで満たされています。コソボの若者の熱意とポジティブなエネルギーの素晴らしさに驚かれるのは間違いないでしょう。最後に、コソボでの日本の皆さんの美談をシェアしたいと思います。コソボ紛争終結時の一九九九年、ほとんどの民家はセルビアの警察と軍隊によって徹底的に破壊されていました。紛争終結から数週間で百万人近い難民がコソボに戻りましたが、ほとんどの帰還者の家は焼かれてしまっていて、一九九九年の冬を越すための避難所もありませんでした。その時に、日本政府は一万戸の仮設住宅をコソボに提供したのです。また、ミロシェビッチ政権下でコソボ市民が体験していた暴力と恐怖を非難する声を大きく上げてくれた一人が、国連難民高等弁務官の緒方貞子さんでした。この功績を讃えて、二〇一六年にコソボ大統領は緒方貞子さんにマザー・テレサ賞を贈っています。

元谷 日本とコソボには、いろいろな関わりがあったのですね。私も新型コロナ騒動の終息を待って、是非コソボを訪問したいと思います。いつかメフメティさんにも是非一度、勝兵塾での講演をお願いしたいと考えています。今日は興味深いお話をいろいろとありがとうございました。

メフメティ ありがとうございます。もちろん講演は喜んでやらせて頂きます。本日のこの素晴らしい機会に感謝します。代表とお話しができて良かったです。