衆議院議員 自民党総裁外交特別補佐(当時) 河井克行
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APAグループ代表 元谷外志雄
1963年広島県生まれ。1985年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、松下政経塾に第六期生として入塾。アメリカオハイオ州デイトン市行政管理予算局国際行政研修生を経て、1991年広島県議会議員に初当選、1996年衆議院議員に初当選、以来当選7回。外務大臣政務官、法務副大臣、衆議院外務委員長、内閣総理大臣補佐官などを歴任、2017年より自由民主党総裁外交特別補佐。
安倍政権の安定感だ
元谷 今日はビッグトークへのご登場、ありがとうございます。三月に元アメリカ大統領主席戦略官 兼 上級顧問のスティーブ・バノン氏が来日した際には、河井さんにいろいろとお世話になりました。
河井 今日はお招きいただき、ありがとうございます。八月二十一日から一週間ワシントンにいたのですが、バノン氏とも再会して、トランプ陣営の様々な要人を紹介してもらいました。
元谷 河井さんは自民党総裁外交特別補佐ということで、政権の一員ではないですが、党総裁としての安倍首相をサポートしているということですね。
河井 はい、その通りです。この九月で安倍首相が自民党総裁に返り咲いてから七年。その直後に政権を奪還して、第一次政権を含めると明治維新以来、首相在籍日数が最長になろうとしています。今の日本の政治は非常に安定しています。私は首相の側で外交・安全保障を勉強させていただいてきたのですが、安倍首相はしっかりとした国家観、歴史観を持ち、その上で極めて戦略的で立体的な思考ができる方です。このリーダーを戴く今の日本は、外交上、後世非常に高く評価される時代に入っています。例えば日米貿易交渉です。八月のG7時の日米首脳会談で大筋合意、トランプ大統領は九月中に協定書に署名と発言しましたが、これは異例の速さです。事務方の調整は非常に大変だと思いますが、あそこまで断言したのですから実現されるでしょう。内容の詳細はまだ表には出ていませんが、これは日本の通商交渉史上、初の戦略的成功です。当初はアメリカが日本市場への農産品の輸出拡大を強硬に主張していましたが、結局TPP11水準に合わせることに落ち着きました。これは明らかに日本の勝利でしょう。
元谷 トランプ大統領が公私ともに親しくしている首脳は安倍首相だけであり、この二人に個人的な信頼関係があったからでしょうか。
河井 それもあるでしょう。しかしトランプ大統領は自らをディールの天才と呼んでいて、交渉相手としては強敵です。そのトランプ大統領が日本の要求を受け入れざるを得ないような「仕掛け」を安倍首相は築いてきたのです。一つはTPP11です。最初アメリカを入れて参加国は十二で、日本は最後に参加しました。にもかかわらず、日本はアメリカが抜けたTPPを見事に取りまとめました。もう一つは、日本のメディアからは、あまり評価されていませんが、EUとのEPA(経済連携協定)です。TPPとEUとのEPAによって、様々な地域の農作物がどんどん日本に入っていこうとしているのに、アメリカはおいてきぼりになる恐れを招いた。だから日本に有利な形での妥結を行うことができたのです。
元谷 また中国の一帯一路、膨張政策への対抗という意味からも、妥結を急いだのでしょう。地球儀俯瞰外交ができる安倍首相は日米関係の強化を強く望んでおり、トランプ大統領が選挙で当選した時にすぐに会いに行きました。それが今の二人の信頼関係に繋がっています。安倍首相の誕生は、一年ごとに首相が変わることで不安定な政治基盤の日本が、中国の自治区への道へとまっしぐらに進むことを、瀬戸際で食い止めました。中国には十四億人の人口がいると言いますが、共産党員は八千万人程度で、さらにその中の三千万人が他の十数億人を搾取、自らは海外に資産を移していつでも亡命できるようにしながら、贅沢三昧をしています。こんな体制の国が世界覇権を目指している。日本は米ソ冷戦時同様、米中冷戦の防波堤となるべき立場であり、だからこそ貿易交渉の妥結を急いで、同盟の強化を図ることが、トランプ氏と安倍首相の共通認識だったのでしょう。
河井 仰る通りだと思います。安倍首相の頭の中に常にあるのは、中国の脅威に対して五十年後を見据えて今何を行うべきかということです。しっかりした世界観を持つ安倍首相は「反中」を叫ぶだけでは駄目だと知っています。中国は力しか信用しない国であり、人気がなかったり選挙に弱かったりと政権基盤が弱い国は相手にしない。安倍政権は国政選挙六連勝で非常に安定しているからこそ、中国と対等に話ができる状態にあるのです。
元谷 その通りで、最近中国との関係が安定していることの一因は、安倍政権の安定感です。
中国政府への恐怖がある
河井 トランプ大統領についても代表の分析は正しいです。彼は大統領選挙中、日米安保が不平等だとか、在日米軍は無駄遣いでもっと日本は費用を負担するべきだとか、大統領候補として前代未聞の発言を連発していました。二〇一六年の大統領選挙の時、私は外交担当の内閣総理大臣補佐官だったのですが、この年だけで五回、ワシントンを訪れました。日本やアメリカの主要メディアはクリントン氏が有利と伝えていましたが、安倍首相は違和感を察知されていました。問題発言でトランプ氏の支持率が下がっても、一週間とか十日で元に戻る。これを数回繰り返していたのです。「トランプ的」な指導者を強く求めている人が確実にアメリカにいる。そしてその数は少なくない。安倍首相からはどちらが勝っても良いように、民主党だけではなく共和党からも情報収集するよう命を受けました。そして選挙当日。私はその翌日にワシントンに飛ぶ予定だったのですが、AP通信が速報でトランプ当確を打つ一時間前に総理室に呼ばれ、「もうトランプ氏の勝利は確実であり、一日も早く彼に会いたいので段取りをつけて欲しい。またどういう人間なのかも探って来て欲しい。」との特命を受けたのです。二〇一六年十一月の安倍首相とトランプ次期大統領の初会談では、私は同席せずにトランプタワー二階のスターバックスにいました(笑)。首相は短期的には北朝鮮、中長期的には中国のことを説明したと言われています。トランプ氏は公職経験も軍歴もなし。安倍首相がいち早く会って、正しい世界観や地域情勢をレクチャーしたのです。
元谷 中国の脅威に対抗するために、日本にとってトランプ政権の誕生は本当に良いタイミングでした。今、香港で大きな騒動が起こっています。一九九七年に香港が中国に返還された時、五十年間は一国二制度とされました。イギリスや香港の人々は、五十年もあれば中国が民主化すると踏んでいたのです。しかし実際は異なり、強い経済力を得た中国は一党独裁制度を維持したままです。そして監視カメラを張り巡らし、顔認証で個人を識別するなど国民の管理を強化しています。今回の香港のデモのきっかけは逃亡犯条例の施行反対ですが、根本にはそんな中国に併合されてしまう恐怖感がある。習近平主席は十月の中国建国七〇周年の記念行事の前に香港の騒動を鎮圧すべく、武装警察を香港近くに集結させています。もし中国の武力によってデモが鎮圧された場合、次のターゲットは当然台湾です。そして最後には日本に矛先が向くでしょう。今香港を守ることは、将来の台湾や日本を守ることなのです。国家主席の二期十年の任期を撤廃した習近平主席は中国の帝国化を推進、アジア全域を支配下に置くことを目指しています。その実現を阻むべく、アジアの国々が香港を支援することが自らを守ることだという認識を共有すべきです。
河井 香港問題に対するアメリカ連邦議会の意見は、最右翼である共和党のマルコ・ルビオ上院議員から、リベラルの民主党のナンシー・ペロシ下院議長、エリザベス・ウォーレン上院議員、そして最左翼のバーニー・サンダース上院議員まで政治的立場を越えて一致していて、天安門事件の再来とならないか、強い危機感を持って状況を注視しています。これまでも水面下では、中国が武装警察投入など力による弾圧を始めたら、アメリカは右から左まで一致団結して中国を批判するぞとトランプ大統領は警告してきましたが、習近平主席にはどうも届いていないのではないか。だから八月にトランプ大統領は、「偉大な指導者である習近平主席なら事態を平和的に収めることができる」と敢えて表明、こうすることで中国に圧力を掛けたのです。バノン氏曰く、「オバマ大統領やブッシュ大統領だけではなく、過去三十年間、ここまではっきりと中国の指導者を名指ししてアメリカ大統領が発言することはなかった」と言います。また台湾では香港問題で若い人が危機感を持った結果、民進党の蔡英文総統の支持率が上がっています。台湾では来年一月に総統選が行われる予定ですが、今年の一月に私が台北で会談した段階では蔡総統の支持率はかなり下がっていて、再選が難しいと言われていたのですが。台湾で反中国の意思が明確に示されることは、他のアジア諸国にも大きな影響を与えることになると思います。
元谷 私も同感です。
少子化解消が急務
河井 またトランプ大統領は、次は新疆ウイグル自治区での中国の弾圧問題に触れると言われています。これまでそういう大統領はいませんでした。
元谷 顔認証システムを使って住民を監視、何らかの集会に参加すればすぐに勾留です。ウイグル人の拘束者が百万人とも二百万人とも言われている、非常に大規模な弾圧が行われています。その他法輪功やキリスト教などの信者も弾圧する等、中国政府は習近平帝国化に邪魔なものは全て強権的に排除しています。これを許していると、中国はどんどん外に膨張して、人口の多さを最大限活かして世界覇権を目指していくでしょう。これを日本はアメリカと緊密に連携して止めなければなりません。米ソ冷戦ではアメリカは軍拡競争を仕掛け、経済的についていけなくなったソ連は崩壊しました。しかし、中国には経済力があり、かつてのソ連のようにはなりそうにありません。
河井 代表は非常に重要なポイントを指摘されています。中長期的に日本が巨大な中国にどうすれば飲み込まれないかを考えた時、強い外交や強い防衛力、そしてそれらを支える強い経済力が必要です。このために安倍首相は七年前からアベノミクスを掲げて着実に成果を上げ、外交にも力をいれて、先程お話したように通商交渉でも大きな成果を獲得しています。
元谷 ただ日米で中国に対抗するにせよ、日本の国力にとって最も大きな問題は人口減少です。戦後のアメリカの占領政策によって伝統的な日本の大家族制度が崩壊し核家族化したことが、少子高齢化の原因でしょう。また偏差値を重視するあまり学生が都市の大学に集中することも家族を分断すると共に、家計を高コストにしてしまっています。まず大家族制度を復活させるべき。大家族であれば世代間の知恵の伝承も行われ、家族内の相互扶助によって保育園や介護施設の機能を賄うことができ、安心して子供を産み育てることができます。大勢で住むことでコストが下がり、豊かな生活を送ることができます。また、人間はやはり一番辛いことは孤独死です。東京でも今孤独死が増えていますから、これを無くさなければ。例えば三世帯同居の家庭には補助を出すとか、三世帯同居可能な大きな家の固定資産税を減税するとか、政策によって大家族を推奨するのです。人口対策に移民を、という人もいますが、計画的に小規模ならともかく、無計画に多くの移民を許すことは社会の不安定さに繋がるので、私は反対です。やはり出生率を上げることが一番の解決策であり、それには大家族の復活が最も効果的です。同時に偏差値重視とならないよう、地方の大学にもっと特色と魅力を持たせることも必要でしょう。
河井 代表と同じことを、この夏の参院選に立候補した私の妻である河井案里も公約として主張していました。アメリカの巨大IT企業の本社はニューヨークのような都会ではなく、全て地方都市にあるのです。社員達はゆったりと実に豊かな生活を満喫しています。日本では地方発祥の企業が東京に本社を作ることが世間的に評価されるようになっていて、アメリカとは状況が逆です。これからは地方が歴史と伝統に誇りを持って、たくさんの良い大学を作り、多くの企業が生まれるように。そんな環境を創っていきたいと言っていました。
元谷 そういえば、河井案里さんも当選しましたね。おめでとうございます。
河井 ありがとうございます。大学の変革ですが、様々な政策で誘導していくべきです。まず二〇一八年に、東京二十三区内での私立大学の定員増や新設を原則十年間認めない法律が可決していて、今後評価されることになるでしょう。
元谷 しかし大学はともかく、企業に関しての東京一極集中抑制は非常に難しい。アパグループも金沢から東京に進出して、一気に事業規模が拡大しました。現実問題、日本の地方にいて全国的なビジネスを行うのは非常に困難です。私は二十三区だけではなくもっと東京を広く捉え、千葉や埼玉など近隣都道府県を含めた大東京圏への集約を進めるべきだと考えています。いきなり北海道や九州というよりは、この方が現実的ではないでしょうか。
河井 確かに、インターネットが普及して東京と地方との格差が解消されると思われていましたが、現実は逆でさらに東京集中が進みました。中央政府が目標をしっかりと持った税制を含む施策を、十分な予算もつけて実行しないと、一極集中解消は難しいでしょう。代表が総本社を金沢に戻してもいいと言える「地方」を創ることが目標になると思います。
元谷 その通りですね。あとは施策実行のスピードです。東京から金沢まで新幹線を作るのにも多くの年月を要したのですが、今後大阪まで繋がるのにもまた時間が掛かります。交通網が整備されてこそ、地方に住んでも良いという人が増えるのです。地方空港はそれなりに整備されていますが、輸送力の大きい高速鉄道網を全国に張り巡らさないと。中国は高速鉄道の整備を非常に短時間で成し遂げました。日本もここは見習わないと。その上で、地方の大学や企業に行くことを多くの人がメリットと感じるような施策を、国が様々なことを調整しながら展開するのです。
河井 仰る通りです。
韓国の日韓GSOMIA破棄
元谷 こういった政策を実現するためにも、私は安倍首相の総裁四選に期待しています。トランプ大統領はロシア疑惑の訴追を逃れたことで再選はもう確実、二〇二四年までの任期となるでしょう。安倍首相の四選が実現すれば、同じく任期は二〇二四年までとなります。それまでの残り五年で、まず自衛隊を憲法に明記する憲法改正で改憲が実現できることを示し、二回目の改憲で九条二項の削除などを行い、自衛隊を軍隊として日本を名実共に独立自衛の国にするのです。そうなれば、今はギクシャクしている日韓関係もまた大きく変わるでしょう。
河井 韓国が八月下旬、日韓のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を一方的に破棄しました。この背後には中国の影響があるというのが、アメリカの政府高官やシンクタンクの研究員の多くの意見です。その理由は東アジアのアメリカの同盟関係の弱体化が中国の一貫した政策だから。バノン氏に至っては、「中国共産党が命令したはず」と断言していました。今回の破棄は、中国の韓国政府への浸透ぶりを示すもので警鐘とすべきという見方もあります。その根拠となるのが、日本とのGSOMIA破棄の直後の九月頭に発表された韓国とタイのGSOMIAの締結です。タイは近年中国の極めて強い影響下にあります。二〇一九年四月に中国の青島で中国海軍による国際観艦式があったのですが、タイ王国海軍は習近平主席を絶賛するビデオを作成、そこで上映したのです。アメリカは韓国の日韓GSOMIA破棄は、韓国から日本ではなく、韓国からアメリカに向けられた刃だと看做しています。そもそも二〇一六年に締結された日韓GSOMIAはその交渉に非常に時間を要し、アメリカが陰になり日向になりながら助言したこともあって、ようやく結ばれたものです。だから今回もポンペオ国務長官、エスパー国防長官、ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官らが公の場で韓国に日韓GSOMIA延長を求めたのです。しかし韓国は破棄を決定しました。しかも選りに選ってビーガン北朝鮮担当特別代表がソウルに滞在している時に発表したのです。今回の一連の動きによって、韓国が自由主義陣営から離脱して、中国陣営に向かいつつあるのではというアメリカの疑念は深まりました。これは三八度線が対馬海峡まで降りてくるという意味であり、それは日本にとっての悪夢です。
元谷 在韓米軍のTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)配備に反発、中国が韓国への団体旅行を二〇一七年三月に禁止したことで、韓国の経済に大きな打撃を与えました。これもあって中国とよりを戻すために、韓国は日本を切ってタイを選んだのではないでしょうか。中国が日本に迫ってくる足音が聞こえてくるような気がします。習近平主席と金正恩委員長が北京と平壌を訪問し合うなど中朝関係が今良好なのは、北朝鮮が核を完成させ、自分の力で自国を守れるようになったからです。最近北朝鮮が発射実験を繰り返している短距離弾道ミサイルも、中国に対抗するために開発したものでしょう。この情勢下では、日本も核抑止力を保有するべきです。まず非核三原則を撤廃、憲法も改正して、NATO四カ国がアメリカと締結しているニュークリア・シェアリング協定を日本も結ぶのです。中国に飲み込まれないためには、改憲、非核三原則の撤廃、ニュークリア・シェアリング協定、自衛隊の国軍化が不可欠です。ただ私の中では、中国の今の体制が今後崩壊するのでは…という思いもあるのですが。
河井 中国の生産年齢人口は今がピークであり、今後は急激に減少していきます。それに伴って経済力も漸減するはず。そこまで日本が我慢できるかどうかです。
元谷 ソ連は建国から七十四年で崩壊しました。一九四九年に建国した中国は二〇二三年で七四年となり、これが一つの区切りになるのでは…と以前エッセイに書いたことがあります。経済力が弱まれば、国内世論の中国政府への批判が高まり、内部から崩壊する可能性もあります。そのためにも今の香港を周辺国で守っていく必要があるのです。そして二回の憲法改正へ向けて、安倍首相の四選です。それらのためにも河井さんの今後益々のご活躍に期待しています。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
河井 代表のように若いうちに海外へ出て、見て、考えて欲しいですね。世界は広く、人生は短い、ですから。
元谷 全く同感です。今日はありがとうございました。
対談日 2019年9月5日