東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授 伊藤隆
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APAグループ代表 元谷外志雄
1932年東京生まれ。1958年東京大学文学部国史学科卒業、1961年東京大学大学院人文科学研究科国史学専攻修士課程修了。1981年東京大学文学部教授、1997年政策研究大学院大学政策情報研究センター教授を歴任。著書は『昭和期政治史研究』(東京大学出版会、1969年)、『昭和期の政治』(山川出版社、1983年)、『歴史と私――史料と歩んだ歴史家の回想』(中公新書2317、中央公論新社、2015年)など多数。今年より「真の近現代史観」懸賞論文の審査委員に就任。
自虐史観を植え付けた
元谷 今日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。伊藤さんは日本の近代史を専門とする歴史学者で、今年から「真の近現代史観」懸賞論文の審査委員をお願いすることになりました。よろしくお願いします。
伊藤 こちらこそ、よろしくお願いします。
元谷 私の書いた歴史に関する著作物を何冊か伊藤さんにもお送りしたのですが、お読みいただけましたか。
伊藤 はい、読ませていただきました。ほとんど同意見ですね。今後は日本民族のもっと古くからの流れや、明治維新後の大日本帝国憲法と帝国議会に関する日本人の動きに注目されると、興味深い本が書けるのではないでしょうか。
元谷 アドバイス、ありがとうございます。私は世界八十二カ国を訪れ、その国の要人を含むいろいろな人と対話をしてきました。どの国でも日本の評価は非常に高いのです。しかし日本に帰ると、歴史教科書にも新聞にも全く違うことが書いてある。教育とメディアが偏向しているので、正しい考えの人が間違っているように見えるのが、今の日本の社会です。海外経験によって、私はそのことに気づきました。
伊藤 東京裁判史観というか自虐史観ですね。この大本はアメリカによる日本占領にあります。アメリカの日本に対する意識には、恐怖と人種差別が共存しているのです。バカにしながら恐れる。これが日露戦争から今日まで一貫しています。第二次世界大戦後に連合国は、「戦争は犯罪」というこれまでになかった概念を持ち出し、日本とドイツを裁きました。そして日本国憲法とウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムによって、日本人の心を完膚なきまでに打ち砕いたのです。
元谷 私も同感です。アメリカが日本人に自虐史観を植え付けたもう一つ理由は、原爆投下だと私は考えています。ヨーロッパでナチス・ドイツに勝利するために、アメリカはソ連に多大な軍事支援を行うのですが、その結果ソ連は軍事的モンスターになってしまいました。このままでは第二次世界大戦後すぐ、世界赤化を巡る第三次世界大戦が起きると考えたアメリカは、原爆を日本に投下することでソ連を牽制しようとしたのです。
伊藤 なるほど。
元谷 広島にはウラン型、長崎にはプルトニウム型と異なるタイプの原爆が八月六日、九日に続けて投下されたのですが、これにも理由があります。アメリカはこの両タイプの原爆がどれだけの被害を与えるのか、それがタイプでどう異なるのかのデータが欲しかった。しかし二発、時間を空けて投下するのでは、最初の投下直後にそのあまりの殺戮力に国際世論の非難が沸き起り、結局二発目を投下できなくなると判断、二タイプの完成を待ってほぼ同時に投下したのです。そして目論見通り、戦後被害の状況を調査してデータを集めることに成功しました。
伊藤 それこそ正に戦争犯罪ではないでしょうか。
元谷 その通りです。その犯罪を覆い隠すためには、日本は悪い国だったから、それを正すために原爆を投下したというストーリーを作る必要がありました。だから先の大戦は日本の侵略戦争だったとか、南京で三十万人を虐殺したとか、虚構の歴史を学校やメディアが流すように仕向けたのです。またドイツに原爆を投下しなかったのは、この国からアメリカへ亡命してきた科学者への配慮があったにせよ、明らかに人種差別的判断です。
伊藤 全く同感です。そして日本が戦ったこの戦争によって、フィリピンやインドネシアなど様々な国が独立して、アジアから欧米の植民地がなくなりました。
元谷 世界から植民地を払拭するきっかけを作ったことは、日本の素晴らしい功績です。それらを誇りに思わせないように、アメリカはプレスコードでメディアを縛り、私信までも検閲し、戦前戦中の重要な書籍を焚書にし、従わない人間の公職追放を計画的に行ったのです。
国際法違反である
伊藤 この第二次大戦後のアメリカの日本への対応は、世界史上非常に稀なことです。今では信じられないかもしれませんが、日本人も最初は非常に強く抵抗をしている。しかし次第に力で押さえつけられていくのです。
元谷 例えば一九四五年九月、朝日新聞は鳩山一郎の談話として、原爆投下は戦争犯罪だという主張を掲載します。それを理由に朝日新聞はGHQにより発行停止になりました。
伊藤 日本占領時のアメリカ側の文書を調べたことがあるのですが、当時の日本の中枢部の人間は、自分達が悪かったとは誰も思っていません。
元谷 もちろん負けた責任はあるでしょう。しかし日本は戦争をせざるを得ない状況に追い込まれたのです。軍令部総長だった永野修身の一九四一年の言葉にこういうのがあります。「戦わざれば亡国必至、戦うもまた亡国を免れぬとすれば、戦わずして亡国にゆだねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、戦って護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神がのこり、われらの子孫はかならず再起三起するであろう」と。こういう気持ちで戦争に踏み切ったのではないでしょうか。
伊藤 戦争というのは、交渉がどうしても妥結しないから起こるものです。平和を望むアメリカに、日本が勝手に切り込んだという話ではない。一九四一年七月にアメリカは在米日本資産を凍結、八月には対日石油禁輸を決定して、日本にありとあらゆる方法で圧力を掛けます。十一月のハル・ノートもその一つです。戦前・戦中、日本の海外戦略のシンクタンクだった東亜研究所の実質的所長だった大蔵公望も、日記にここで頭を下げたら日本民族はお終いだ、戦えばたとえ敗北しても、再起の精神で立ち直れると書いています。しかし大蔵のいう精神は、それまでの戦争終結の方式と異なった、日本の再起の芽を潰す占領政策ですっかり日本人からは失われ、その後日本人はアメリカ製の日本国憲法を一言一句変えずに後生大事にしてきたのです。
元谷 しかも、占領下の恒久法の制定は国際法違反ですよ。
伊藤 しかし、これを通さないと天皇の命が危ないと脅された。ここが日本人の一番弱いところです。
元谷 改正が非常に難しく作られた日本国憲法ですが、ようやく改正のチャンスが巡ってきました。
伊藤 改正の肝は九条です。安倍首相は自衛隊を明記した第三項を追加しようとしています。しかしこれでは第二項の交戦権否定が維持されてしまいます。交戦権の中には自衛権も入るのです。
元谷 安倍さんはまず一回、憲法改正が可能であることを示して、二回目以降で理想に近い憲法にするという二段階改憲を構想しているのではないでしょうか。
伊藤 二回も改憲を行う余裕が日本にあるのでしょうか。
元谷 しかし第二項の削除は公明党が認めないでしょうし、現状では国民投票でも否決されるでしょう。
伊藤 そこは説得するしかないでしょう。
元谷 今のチャンスにはタイムリミットがあるのです。安倍さんの任期中であることと、アメリカがトランプ政権の間であることを考えると、この九月の自民党の総裁選から来年七月の参議院議員選挙の間に憲法改正を行う必要があります。そこまでに公明党や国民を説得できる保証はありません。現実的に考えれば、自衛隊を認める第三項の加憲しか選択肢はないでしょう。
伊藤 戦後すぐに大蔵大臣や衆議院議員を務めた石橋湛山は、その後公職追放され評論家として活動している時に、世界の安全保障体制が憲法前文に書かれているような理想的な状況になるまでは、第九条第二項の効力は凍結するという第三項を加えるべきだと主張しています。そういう意見も必要ではないでしょうか。
元谷 今回の第三項を加える案でも、自衛隊を認めるだけではなく自衛権も明記するなど、様々な意見が出ています。安倍さんもいろいろと考えていると思います。
伊藤 自衛権の明記は重要です。これがないと、憲法に自衛隊を書くことで、逆に自衛隊を縛ることになりかねません。
元谷 その危惧もわかりますが、やはり自衛隊をきちんと憲法で認め、憲法違反の疑義を払拭することも大切ではないでしょうか。今中国が容易に日本近海で軍事行動ができないのも、自衛隊があるからです。特に海上自衛隊の実力は高く、例えば通常潜水艦は深度三百メートルあたりを航行しますが、海上自衛隊の潜水艦は深度五百メートルからでも魚雷を上向きに発射することができます。台湾海峡も制圧できない中国海軍が、この海上自衛隊に対抗して玄界灘を抑えるのは不可能です。
伊藤 自衛隊を大切にしなければならないというのは、全く同感です。
元谷 だから改憲が必要なのです。
伊藤 自虐史観では日本人は侵略的な民族とされていますが、歴史的には間違いです。日本から攻めたのは、豊臣秀吉の朝鮮出兵ぐらいでしょう。
元谷 そうなのですが、島国であることが災いであったが、ヨーロッパなど始終近隣の国と戦争をしていたエリアでは、勝って占領、負けて被占領という経験が蓄積されていますが、日本にはそんなことがなかった。だからアメリカの一方的な占領政策を抵抗なく受け入れてしまったのでしょう。ドイツは抵抗したために憲法は制定されず、作られたのは暫定的な基本法でした。
伊藤 それもやはり天皇を人質にしたから。
元谷 それとやはり原爆の恐怖でしょうね。一九四九年にソ連が核実験を行うまでは、核兵器はアメリカが独占、脅しにも実戦にも非常に使い勝手が良い状態でしたから。それにアメリカの科学者が危機感を覚え、情報をリークして、ソ連に核兵器を作らせたという説があります。開発期間たった四年でソ連が核実験にこぎつけたことを考えると、信憑性が高い話です。これで核兵器は使えない兵器になりました。一九五〇年の朝鮮戦争の時、マッカーサーが核兵器使用を計画しますが、ソ連の核実験後だったために政府から反対され、結局マッカーサーは司令官を解任されます。
記録として出版する
伊藤 私の最近の仕事は、インタビューアーとしていろいろな方の話を聞き出し、それを記録して残すというオーラル・ヒストリー(口述歴史)と呼ばれるものです。岸信介から始めて、政治家や財界人、ジャーナリストなど、数多くの人の話を本にしてきました。
元谷 そうですか。私は竹下登や小渕恵三など、多くの政治家が事務所を構えていた永田町TBRビルを購入し、ここに十七階、五百室のアパホテル〈国会議事堂前駅前〉を建築中で、来年二月にオープンする予定です。アパのランドマークホテルとして、グレードの高いものになります。
伊藤 私もインタビューで訪れたことがあります。
元谷 JAPANの綴りの真ん中がAPAになっているように、アパは日本の中心にあるべき。それは皇居、国会議事堂、最高裁判所に隣接する赤坂だと考え、ビルを購入して本社としました。今は赤坂の外堀通りに面して三つのビルを保有しています。東京の街には特定の企業のイメージが付いているところが多いのですが、私は「赤坂はアパ」というイメージにしたい。そこで入札で購入者を募集していたTBRビルに高値で応札して落札し、ホテルにしたのです。伊藤さんは、どうしてオーラル・ヒストリーを始めたのですか。
伊藤 元々私の仕事の目的は、日本近現代史を左翼から解放することでしたが、七十歳を超えて新しいことも浮かばなくなりました。そこで政治家などその時代を築いた人々のインタビューをして、その脳の中にのみ残っている重要な記憶を、記録として後世に残していくべきだと考えたのです。併せて日記など個人の史料の収集も行い、インタビューも個人史料も出版して世に出しています。宮沢喜一の膨大な史料も今私が宮沢さんの了解を得て、国会図書館憲政資料室に持ち込み、そこが預かって、整理しています。インタビューは政治家だけではなく、例えば渡辺恒雄にも話を聞きました。今は佐々淳行のオーラル・ヒストリーに取り掛かっています。
元谷 佐々さんはよく知っています。
伊藤 代表もそろそろいい年齢ですので、ぜひ一度お話をお聞きしたいのですが。
元谷 私は自称三十八歳で、まだまだ若いつもりですから…。
伊藤 なら続編を作ればいいので。ぜひお願いします。
元谷 そういうことであれば、検討いたします(笑)。私も様々な機会に多くの人と会うのですが、これはという人は記憶に残ります。佐々さんもそうですが、西部邁さんも印象深かったですね。
伊藤 私も西部さんとは付き合いがありました。私も彼も東大時代は左翼で(笑)。私は民青(日本民主青年同盟)の機関紙の編集部員でした。
元谷 当時のインテリは皆左翼だったでしょう。私も信用金庫勤務時代は組合の執行委員長でしたが、いつも共産党の下部組織の民青や創価学会と激論を交わしていました。私が論破すると、だんだん上の人が出てきましたね。共産党が悪なのは、情報を全部抑えて、都合の良いものしかださないことです。だからかつては中国もソ連も北朝鮮もその内情がわからず、日本人は皆ユートピアだと思っていました。
伊藤 第一次世界大戦後にソ連ができたのですが、それからソ連崩壊まで、世界は共産主義とそれ以外の闘いの歴史でしたから。
情報省を創設すべきだ
元谷 いつも登場する方に「若い人に一言」ということで、若者への提言をお聞きしているのですが。
伊藤 まず日本人としての誇りを持ってもらいたい。特に働き盛りの人に日本は素晴らしい国だと言って欲しいですね。
元谷 それには国史を知らないと。どの国も自分の国の歴史は国史であって、東大もかつては国史学科だったのですが、今は日本史学科になったのですね。
伊藤 私が教授を退官した後に変わりました。事情はわかるでしょう。
元谷 はい。日本の教育とメディアは変えなくてはなりません。新聞もおかしい。読売新聞は発行部数一千万部にこだわって、広い支持のためにどんどん左傾化してきました。これでは駄目です。読売新聞が今の産経新聞のような主張を行い、産経新聞はさらにきちんとした保守の論陣を張れば、日本はもっと良くなります。私の希望は保守が強いネット世論です。部数を大幅に落としてきている新聞の影響力は今後どんどん衰え、ネットによって本当のことが伝わるようになるでしょう。ツイッターがあるからトランプ大統領も直接国民や世界に自分の考えを伝えられるのであって、旧来のメディアしかなければ彼の考えなど誰も国民に伝えず、当然大統領にもなれなかったでしょう。
伊藤 その通りだと思います。
元谷 メディアは安倍政権で景気が悪くなったといいますが、株高や為替安、求人倍率などどの数字を見ても安倍政権下で好転しています。さらに安倍さんは、G7でドイツのメルケル首相に次ぐ在任期間となり、国際的な信用も増し、外交で力を発揮しています。今誰が、安倍さん以上に上手く首相を務めることができるでしょうか。たぶん九月の総裁選では安倍さんが勝って、あと三年安倍政権が続くでしょうが、その後が問題です。三年で後継者を作らなければなりません。
伊藤 作ろうと思って作れるものではないでしょう。新しい状況が生まれた時には、新しいリーダーが出てくるものです。
元谷 そうかもしれません。もちろん優れた世界観、歴史観を持ちながら、まだ表舞台には出ていない政治家もいます。しかしその人が多くの人に影響力を発揮して、リーダーシップをとっていけるかとなると…。知識に加えて、胆力も必要となります。
伊藤 あと問題は、日本に情報機関がないことです。
元谷 元々日本は情報感覚が薄い。先の大戦でも海軍と外交の暗号が解読されていたのに気づかず、数多くの失敗を繰り返しました。
伊藤 さらに今はネット社会ですから、あらゆる場面で情報が抜き取られていると考えるべき。日本の将来のためには、情報機関をどう作っていくかが大事です。
元谷 まずはスパイ防止法でしょう。さらに私は三千人規模で予算三千億円の情報省を設立すべきだと、ずっと提言しています。世界中どこでも日本について誤った情報が報道されれば、二十四時間以内にその国の言葉で反論するのです。
伊藤 そういった機関が非常に重要なのです。
元谷 集めるだけではなく、情報には分析が必要です。私もネットやメディアで集めた情報を洞察することで、オバマ前大統領の広島訪問に、トランプ大統領の誕生や日本に近い人口の多い国家の所得水準が上がって海外旅行離陸期を迎え、訪日客の増加により日本は観光大国となるとの予測を的中させてきました。海外に行ったり、様々な情報を分析したりすれば、日本のメディアの報道がいかにおかしいかということもわかってきます。
伊藤 また海外に行けば、日本が良い国ということもはっきりと理解できるようになります。ずっと日本にいて、日本の悪口ばかり言う人には、本当に困ります。
元谷 正に「日本人の敵は日本人」ということでしょう。南京大虐殺記念館は、かつての総評(日本労働組合総評議会・後に連合に合流)が資金を出しました。弁護士が強制的に加入する日弁連(日本弁護士連合会)は、その弁護士会員から集めた資金を使って、慰安婦問題などで日本を責めるよう国連でロビー活動を展開しています。労働組合もチェックオフ(給与天引き)で集めた金等を使って、日当によって国会前のデモのための人を集めています。チェックオフは禁止にすべきです。
伊藤 全く同感です。
元谷 今日は非常に良い対談ができました。本当にありがとうございました。
伊藤 ありがとうございました。
対談日 2018年8月3日