Essay

米のシリア攻撃は一石四鳥の妙手だったVol.297[2017年6月号]

藤 誠志

再選を狙うトランプは
現実路線へと転換する

 暴言ともいえる公約でメディアを煽ることによって当選したアメリカのトランプ大統領の頭にあるのは、今や四年後の再選だ。そのために就任後の最初の百日で行うことは、選挙キャンペーン中に語った公約を実現すべく、結果はともかく精一杯努力をしていることを国民に見せることだった。その意図からか、メキシコ国境の壁、イスラム教国からの入国制限、TPP離脱、オバマケア撤廃、地球温暖化見直しなどの既定路線を変更する大統領令に矢継ぎ早に署名をした。しかし百日を越えた頃からは、次第に現実路線へと方向転換を図っていくだろうと私は考えていた。アメリカ議会の上院も下院も与党・共和党が握っているにも拘らず、議員の説得が上手くいかず、採決が通らないことが確実になったことを理由に、トランプ大統領はオバマケア代替法案を三月に撤回した。共和党主流派の支持をしっかり得ないことには、いかなる法案も通すことができないことがはっきりし、トランプ大統領は現実路線を模索せざるを得なくなったのだ。
 日本時間の四月七日の朝、アメリカは巡航ミサイル・トマホーク五十九発で、シリアの空軍基地の施設を攻撃した。メディアでも「力の外交回帰」と報じられていたが、正にトランプ大統領が、まずは外交から、オバマとの違いをしっかりと見せる現実路線を突き進むことを表明した行動だった。四月四日にシリアの反政府勢力地域で、毒ガスによって百名近くの一般人犠牲者が出た事件は、アサド政権の化学兵器による攻撃の疑いが濃厚とされており、今回のアメリカのシリア攻撃はこの化学兵器使用に対する制裁というのが一般的な見方だ。しかも攻撃は、アメリカ・マイアミで行われていた米中首脳会談の直前に指示を出し、会談中に習近平主席に、決行したことを告げたところ、習近平主席はしばらく言葉も出なかったと言う。二〇一三年、オバマ大統領は、アサド政権が化学兵器を使用すれば軍事介入も辞さないと明言していたにも拘らず、実際に使用が確認された際には、逡巡した末に結局攻撃を断念。さらにアメリカはもはや世界の警察官ではないと宣言したことで、決断できない弱い大統領と看做され国民の支持を失い、中国の膨張を許した。オバマ大統領と同じ民主党のヒラリー・クリントンが大統領になれなかったのは、この影響が大きかったと言えるだろう。それもあって、アサド政権の存続を認めるような態度を示していたトランプ大統領が、今回は決断して攻撃を実行した意味は大きい。しかもこの攻撃は最高のタイミングで行われた。

北朝鮮の脅威の除去が
アメリカ外交の最優先事項

 今回の巡航ミサイル発射の意図は、シリアへの制裁だけではない。今の国際情勢を俯瞰すれば、トランプ大統領の頭にあったのは、間違いなく北朝鮮への牽制だ。オバマ大統領が何ら手を打たない間に、北朝鮮は核兵器の小型化を進め、アメリカまで到達できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発に邁進し、その両方の実現直前にまで来ているという見方もある。最近頻繁に行われる弾道ミサイルの発射も、周辺国には大きな脅威だ。今回の攻撃でトランプ大統領は、アメリカの対応がオバマ時代とは異なること、現在のような姿勢のままでは済まないことを、明確に北朝鮮に伝えたことになる。またこのような北朝鮮の行動を許し、かつ自らも海洋覇権を目指して、南シナ海の埋め立てと軍事基地化を行っている、中国に対する警告の意味も大きい。米中首脳会談の会食中、反対できない状況下で、トランプ大統領からシリア攻撃を知らされた習近平主席の衝撃は、相当のものだったと思われる。米中双方が有意義な会談だったと自画自賛したが、会談後には恒例の共同記者会見すら行われなかった。苦々しい思いで習近平主席はアメリカを去ったことだろう。今度は年内にトランプ大統領が訪中する可能性が高いが、今回のサプライズに対して、習近平主席はどの様にお返しして「核心」としての威厳を保つのか、頭を悩ましていることだろう。さらにこの攻撃は、シリアと同盟関係にあるロシアとの関係見直しにも繋がる。トランプ大統領にとっては、米国大統領選挙へのロシアの介入と関与が疑われている中、プーチンと密接だというイメージを払拭したかったはずで、ロシアの利益ばかりを優遇していないことを示す格好の機会ともなった。つまりこのシリア攻撃は、トランプ大統領にとって、シリア以外にも北朝鮮、中国、ロシアをも牽制する一石四鳥の極めて賢明な選択肢だったのだ。ロシアやイラン以外のほとんどの国々がこの攻撃への支持を表明し、四月十日に発表されたCBSテレビの調査では、シリア攻撃に賛成する人は国内でも五七%に上り、国民の支持も得た。低迷していたトランプ大統領の支持率も、今後上昇するのではないだろうか。
 トランプ大統領の最大の関心事は、アメリカ国民に直接関係のない、シリアの反体制派武装勢力支配地に毒ガスを使用されたことではなく、早晩アメリカへの直接核攻撃が可能となる、北朝鮮の暴走をどう食い止めるかにある。就任当初は台湾の蔡英文総統と電話会談を行い、「なぜアメリカが『一つの中国』という原則に縛られる必要があるのか?」と嘯いていたトランプ大統領だが、二月の習近平主席との電話会談で一転して「一つの中国」を尊重すると言い出した。これはアメリカが北朝鮮からの脅威を除くために武力行使しても、中国は黙認することに合意したことが背景にあるのではないだろうか。そして警告としてシリアを攻撃した。これは「北朝鮮にも同様のことができるぞ」というサインのような意味を持つ。ティラーソン米国務長官が北朝鮮に対して、「あらゆる選択肢を検討している」と言っている通り、今回のシリアでのアメリカの警告を無視する場合には、今度は北朝鮮に対する軍事的な作戦が実行されることになる。映像で見ると、北朝鮮の弾道ミサイルの発射地点の近くにはいつも金正恩の姿がある。アメリカの偵察衛星搭載のカメラは非常に優秀で、地上の人の歩く影などからも人物の識別も可能だと言われている。北朝鮮の弾道ミサイル発射を事前に察知して、その近くにいる金正恩を狙った、巡航ミサイルによるピンポイント攻撃を行うことも可能だろう。北朝鮮の近海一五〇キロメートルからトマホークを発射したとすると、十数分で目標に着弾する。勿論、金正恩は居場所を転々と移動して狙われないようにするだろうが、大きなプレッシャーとなることは間違いない。また二〇〇八年に、アメリカがイランの核開発に使われていた遠心分離器をマルウェア兵器で破壊したように、サイバー攻撃によって核兵器の開発や弾道弾開発を妨害することも可能だ、最近の弾道ミサイルの発射実験の失敗もその可能性が考えられる。一方、金正恩もこれらアメリカからの直接攻撃を恐れており、すでに準備が完了しているとされる六回目の核実験にGOサインを出していない。また異母兄である金正男を、VXガスを使ってマレーシアで暗殺したのは、自分が殺された後に中国が金正男を後釜に据えて軍事侵攻してくることを恐れてのことだ。
 北朝鮮の存在は、緩衝地帯として、中国、アメリカ、ロシアのいずれの国にとっても重要だ。特にアメリカにとっては、中国や日本に届く核弾道ミサイルは容認しても、アメリカに届く大陸間弾道ミサイルで直接攻撃される脅威とテロリストに核が拡散する脅威が無くなれば、金正恩体制が続くことに異存はないはずだ。とはいえ、今やチキンレースとなった米朝間で、全面戦争とならない程度の、アメリカによるミサイル実験場施設等への限定攻撃や、これに対する韓国領域への砲撃の可能性はある。
 北朝鮮の、アメリカにまで届く核大陸間弾道ミサイルの開発を、アメリカは是が非でも止めなければならない。オバマ大統領との違いを前面に出して、支持率回復と再選達成を実現するために、トランプ大統領は力の外交への回帰として、シリアに限定攻撃を敢行したのだ、この一石四鳥を狙った作戦だが、米中首脳会談ではにこやかにしていた習近平主席の顔に泥を塗り、アサド政権の存続維持に期待していたシリアとロシアを裏切るような形になったのは確かだ。今後、トランプ大統領がどのように事態を収拾していくのか、注意深く見守りたい。

増補版として上梓される
『理論近現代史学』

 中国政府のアパホテル批判で話題となった、(拙著)『理論近現代史学』だが、その増補版が四月十三日に扶桑社から上梓され、全国の書店で発売された。竹田恒泰氏は自身のYouTube上の番組で、この事件を評して、「中国は喧嘩をする相手を間違えた。あの人は売られた喧嘩は買いますよ」と話していたのだが、この言葉が扶桑社版の『【増補版】理論近現代史学』の帯に書かれている。表紙は従来の『理論近現代史学』と同じだ。巻頭には、私が日本の近現代史で最も重要だと考えている、三つの歴史の真実の証拠とも言える事柄を写真付きで掲載している。日本の中国侵略の発端とされている、一九二八年六月四日の張作霖爆殺事件は、関東軍の河本大作大佐の犯行というのが定説となっていたが、二〇〇七年に公開されたイギリス陸軍省情報部極東課からの二度に亘る報告では、使用された爆薬はソ連製であり、ソ連の特務機関の犯行だとしている。本に掲載した爆破現場の写真を見れば、客車が脱線せずに天井が破壊されている。河本大佐が証言したような、外部からの爆発であれば、線路から脱線しているはずである。しかし、そうではなく、この写真からも、客車内に爆発があったことは明らかである。
 親日軍閥であった張作霖を日本軍が爆殺する理由は全くなく、むしろ当時、張作霖はソ連との対立を深めていて、列車爆破の二年前の一九二六年にも、ソ連特務機関による張作霖暗殺未遂事件があり、数人のソ連人が中国の官憲によって逮捕されている。この事件の後、張作霖はソ連に対して明確に敵対するようになり、一九二七年には、ソ連総領事館を強制捜査したり、ソ連汽船を拿捕したり、中国共産党員の大量逮捕を行ったりしている。ソ連には彼を暗殺する動機がしっかりと存在していたのだ。これら一連の史実やソ連崩壊後に公開された公文書などを総合的に分析した結果、張作霖爆殺はソ連特務機関の犯行だと断定したのが、ロシアの歴史作家ドミトリー・プロホロフ氏だ。
 一九三七年十二月の所謂南京大虐殺に関しては、南京の街にたくさん貼られていた「漢奸(親日派市民)を殺せ」というポスターの写真を掲載した。陥落前の南京では蒋介石の国府軍によって「漢奸狩り」が行われ、多い日には一日数千人が処刑されたという。この虐殺を隠すために捏造されたのが、南京大虐殺というストーリーなのだ。ポスターの写真は、南京大虐殺が行われていたと東京裁判で決めつけられた、南京攻略から六週間の間に撮影されていた東宝映画「戦線後方記録映画 南京」のワンシーンだ。これは南京大虐殺がなかったことの決定的な証拠映像とも言える。この映画のフィルムは空襲などで国内では失われたとされていたが、おそらく誰かの意図で隠されたものと思われる。その後、一九九五年に北京で発見されて、今ではYouTubeでも観ることができる。南京入城直後の中国人住民の姿なども多数写っているが、それらの人々の表情は穏やかで、虐殺が行われたことを窺わせるものは一切ない。
 吉田清治による「軍令で、済州島で女性を強制連行して慰安婦にした」との虚偽の証言を朝日新聞が大々的に報道したことが発端となった慰安婦問題に関しては、実際は従軍慰安婦は高給売春婦であることの証拠となる広告が、一九四四年に京城日報に出されており、その写真を掲載した。この広告では月収三百円(現在の価値は三百万円程度)以上とされており、陸軍大将の月給が五百円だったことを考えると破格の待遇だった。性奴隷とは程遠い境遇だったのだ。この三つの真実を知るだけで歴史観が変わる。巻頭に写真入りでこの三つの真実を入れることに、最初出版社から大反対があった。しかし私はどうしてもこれを入れて欲しい、そうでなければ自費出版に変えると主張して、ようやく掲載を認めさせた。

平和維持や経済発展のため
日本がアジアのリーダーに

 この本の「おわりに」は、真実の歴史を知る意義として、以下のようなことを書いた。「真実の歴史を知ることで自虐史観から脱し、誇りを取り戻すことは、日本が独立自衛の国家となるための第一歩だ。まず正さなければならないのは、自虐史観によって忘れてしまった、自分の手で自分の国を守る強い意志だろう。今、東アジアに中国、ロシア、北朝鮮という核保有国があり、微妙な力の均衡の上で平和が保たれている。日本も有事に備えなければならないのに、二〇一五年の安保関連法制の時にメディアや国会では、安全保障についての真剣な議論が全く行われなかった。これではいけない。軍事理論として『専守防衛』は存在せず、国家国民を守るためには攻撃力を抑止力として保有する必要がある。現実的に考えれば、日本の国民と財産を守るためには、憲法を改正して、戦争抑止力となる、十分な攻撃力を持った国防軍を創設することが必要だ。核の抑止力に関しても、同じ敗戦国であるドイツやイタリア、ベルギー、オランダがアメリカと結んでいる、核兵器の共有(ニュークリア・シェアリング協定)を日本も結ぶべきだ。さらに日本の最先端科学技術を活かした費用対効果の高い兵器を独自開発することで、他国の軍事的脅威を打ち消すオフセット戦略を進めていくべきなのである。歴史を振り返れば、平和には『支配する平和』『支配される平和』『力の均衡による平和』の三種類しかなく、アメリカが東アジアから撤退し、力の空白域が生まれようとしている今、日本が軍事力を増強して『力の均衡による平和』を実現しないと、日本が中国に『支配される平和』が訪れてしまう。また中国は、官需によるインフラ投資バブルでなんとか維持してきた経済が、崩壊するのも時間の問題であり、国内の混乱を抑えるために外部に敵が必要となって、日本に対して強硬姿勢をとってくる可能性も高い。中国指導部も、本当は国民やメディアが煽る戦争機運を抑えるために、日本の軍事力の増強を望んでいるのではないだろうか。」
 正しい歴史を知れば、欧米の植民地だったアジア諸国の独立と、その後の経済繁栄のために日本がどれだけ貢献したかがわかる。特に今日の中国と韓国の発展は日本のおかげと言っても良い。再び日本はアジアの平和と繁栄に貢献するためにも、独立自衛の出来る自主憲法を制定して、日米安保を双務的なものに変え、アメリカとの強い同盟で中国に対する抑止力を高め、経済でもアジアのリーダーとして、地域に根ざした経済共同体を構築していくべきだ。アジアで、民族や宗教を超えた共同体を創り、共存共栄を果たしていけるのは、アメリカでも中国でもなく、日本だけなのである。

2017年4月20日(木)12時00分校了