チュニジア共和国大使館 特命全権大使 カイス・ダラジ
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APAグループ代表 元谷外志雄
チュニス大学で英語の博士号を、そして英国オックスフォード大学で外交研究のサーティフィケートをそれぞれ取得。2011年11月、チュニジアのLa Presseに論説「チュニジアの外交-改革のアジェンダに向けた新たな思考の道」を発表したほか、様々な論説や研究論文を発表している。2000年から2004年まで、アルマナル大学で中東研究についての非常勤講師も務めた。
1990年にチュニジア外務省に入省し、欧州局局長や北米担当次長を歴任。1994年から2000年までをロンドンで、そして2004年から2010年までを東京で勤務した後、2012年9月から2015年9月までワシントンD.C.で首席公使を務める。また東京およびワシントンにてチュニジア共和国大使館で代理大使を務めた。2015年10月19日より現職。
部族による統治もあり得る
元谷 本日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。
ダラジ お招きいただき、非常に光栄です。代表にお会いするのは三度目になります。歴史の知識など教養に富み、かつビジネスでも大きな成功を収められている代表の生き様は素晴らしいと思います。
元谷 ありがとうございます。私は好奇心が旺盛で、小学生の時から新聞を読むのが趣味で、世界の時事経済にも興味を持っていました。ですから大人になって、世界中を見て歩いたのです。この見聞から考えたことを発信するために、Apple Townを二十六年前に創刊し、対談をしたり社会時評エッセイを綴ってきたりしてきたのです。
ダラジ そんな雑誌で対談ができるチャンスをいただき、ありがとうございます。
元谷 私は以前の駐日チュニジア大使のハシェッドさんの案内で、二〇一〇年十二月にチュニジアを訪れました。何人もの大臣にもお会いしました。歴史もあり景観も美しい国で、とても楽しい滞在になりました。アラブというよりも、ヨーロッパの国に近い印象を持ちましたね。しかし私が日本に帰国した直後に、チュニジアの地方都市で野菜を街頭販売していた青年が当局に商品を没収され、これに抗議して焼身自殺を図ったことをきっかけにデモやストライキが全国に広まり、最終的にはベンアリ政権打倒に至りました。この動きはアラブの春として、瞬く間にアラブ諸国に飛び火しました。ダラジさんはこの現象をどうご覧になりましたか。
ダラジ アラブ世界全体で、民主主義に欠落があるというのは、よく言われることです。生来の文化的欠陥により、アラブ世界は民主主義の例外と思われがちです。しかし私はアラブの文化と民主主義は両立すると考えています。問題はどれだけ社会が民主的に成熟しているかです。アラブの春がチュニジアから始まったのは、この国が民主的に一番成熟していたからです。その理由は長い歴史にあります。日本の明治維新とほとんど同じ十九世紀後半に大きな改革が行われ、一八六一年にアラブ世界で初めての憲法が制定されました。またこれに先立つ一八四六年に、アメリカやヨーロッパの多くの国に先駆けて、奴隷制度の廃止も決められました。さらに近代的な教育制度が整備され、科学や技術が広く国民に教えられるようになり、アラブ世界で一番教育レベルの高い国になりました。一九五六年にフランスから独立した後も考え方は変わらず、軍事よりもまず教育に多額の投資が行われました。そのために中産階級が誕生し、民主化が進んだのです。また古代にフェニキア文明が栄えていた頃から、今チュニジアのある場所は文明の十字路と呼ばれ、外に向かってオープンな土地柄でした。リベラルで自由を求めるその気風は、今でも変わっていません。
元谷 教育のレベルの高さについては、江戸時代から寺子屋や藩校が普及していて人々の識字率が非常に高かった日本も同じですね。私は民主主義という政治体制が絶対的に良いとは思っていません。確かに、共産主義より民主主義は優れていましたが、それぞれの国に歴史や風土があり、それぞれに適した統治方法があると考えています。例えば砂漠地帯の厳しい気候の中では、長が強いリーダーシップで仲間を庇護していく部族的な形態も必要でしょう。そういった文化を持つ国々に、一方的に西欧的な民主主義を押し付けることには、私は抵抗感があります。二〇一〇年にチュニジアを訪れた時、リビアにも立ち寄ったのです。駐日リビア大使が本国に帰国した後外務次官になっていて、カダフィ大佐と会える手はずだったのですが、滞在時間が短かったために叶いませんでした。しかしこの時のリビアの首都・トリポリは、近代的なビルの建設ラッシュの真っ最中で、モダンな都市に生まれ変わろうとしていました。治安も良かった。カダフィ治下でそうだったのです。こういう国があっても良いのではないでしょうか。
ダラジ 非常にいい議論だと思います。仰る通り民主主義は究極の政治体制ではありません。統治エリートと民衆の社会契約というのもあり得るのです。当時のリビアの場合、カダフィと国民との社会契約に基づいて安定した社会が築かれ、福祉やビル建設による都市の近代化が進められていました。しかし日本同様天然資源に乏しいチュニジアは、ビル建設などのインフラ整備を近代化の目標にはしていませんでした。ハードではなく、社会の在り方を近代化する道を選んだのです。だから近代化意欲は教育や女性の社会参加、経済活性化などに向いました。リビアは確かに部族社会だったのですが、チュニジアはそうではありません。
アラブ諸国の模範になる
元谷 リビアの場合、膨大な埋蔵量の油田がありました。経済制裁で輸出できなかったのが、解禁によって一気に国が潤い、近代化が進んだのです。資源がないと仰るチュニジアですが、日本同様観光資源は豊富ですので、観光立国が可能です。
ダラジ 資源が豊かな国には、「資源の呪い」があります(笑)。資源が豊かでモノが豊かになる一方、国民の意識の近代化が遅れ、歪んだ形の社会になることが多いのです。また資源があることは外患を招きやすくなり、経済の多様化の妨げにもなります。リビアにも歴史的な遺産が数多くあったのですが、資源に頼り観光産業を盛り上げることは行いませんでした。またお金はあったのですが、教育システムに十分な投資を行いませんでした。必要な投資が行われなかったため、医療など多くの公的サービスも提供されませんでした。その結果、リビア人の約八〇%が健康管理のためにチュニジアを訪れているのです。
元谷 そういう現象が起きているのですね。チュニジアはアラブの春の混乱をいち早く収束させ、民主国家として再生しました。またそのプロセスに多大な寄与をした市民運動の連合体「国民対話カルテット」へは、二〇一五年にノーベル平和賞が贈られました。シリアの内戦ですが、アサド政権の政府軍によるアレッポ解放によって、終息に向かうのではないでしょうか。
ダラジ アラブの他国はまだ楽観的ではありません。シリア、イエメン、リビアはまだまだ大変な状況で、打開策も見つかっていないと考えています。
元谷 私は、シリア内戦は峠を越えたと見ています。ただここでのISの勢力が弱体化した分、世界にテロが拡散するのでは…と危惧しています。当初はISが油田を押さえて、ここからの豊富な資金を背景に世界から志願兵を集めていました。しかし今は兵士志願者も減ったために、各国でのテロに方針を転換したと思われます。当面混乱は続くと思いますが、次第に収束していくのではないでしょうか。混乱していくアラブ諸国の模範となる国は、やはりより民主的になった新生チュニジアでしょう。
ダラジ 私達が新しいチュニジアを作ることができたのは、社会の安定を最も重視したからです。この安定性は、人々のコンセンサスから生まれます。独裁的な政権の軍事力による安定よりも、社会のコンセンサスによる安定の方がより強固なのです。シリアにおけるIS勢力が縮小しているのは私も代表と同意見ですが、心配しているのは沈静化によって生じる力の空白域の問題です。そもそもISはサダム・フセイン後のイラクの力の空白域を利用して台頭しました。警察力や軍事力だけではなく、イデオロギーの空白が生じたところにISがつけ込んだのです。
元谷 私はISの台頭にはアメリカのオバマ大統領の責任が大きいと考えています。シリア政府軍による大量破壊兵器の使用に対抗して、空爆を行うという話をうやむやにしてしまい、アメリカの弱腰を世界に表明してしまいました。
ダラジ シリアに関してはそれもあると思いますが、先に後のことを考えずにフセイン政権を打倒してしまったブッシュ大統領が過ちを犯したと言えるかもしれません。権力やイデオロギーの空白を埋めるために、フセイン亡き後の政権や軍隊をちゃんと準備するべきだったのです。チュニジアがどれだけ他のアラブ諸国の模範となる政治体制を作り上げても、権力やイデオロギーの空白が生じてしまっては、どうしようもありません。チュニジア流のやり方を諸外国に広めるつもりはありませんが、私達は粛々と築き上げた体制を守り、そして過去からの貴重な遺産を活かしていくのみです。
メディア規制が必要だ
元谷 アメリカは常に戦争特需を求めていて、ベトナム戦争にせよ湾岸戦争にせよ、武器を売るために参戦してきました。これはアメリカの伝統です。ところがトランプ大統領の誕生によって新しい世界が開かれました。自分の国は自分で守ってこその独立国家です。今の日本は真の独立国家とは言えません。しかしトランプ大統領をきっかけに、日本は独立自衛の国へと変わっていくのではないでしょうか。その目的は東アジアに力の空白域を作ることを防ぎ、戦争を起こさないようにすることです。そのために憲法改正を行い、防衛費のGDPの一%枠を徐々に二%に拡大し、防御用兵器ばかりではなく抑止力となる攻撃用兵器を装備できるようにするべきです。これまでのアメリカ大統領であれば、そういった日本の軍備拡張には反対だったかもしれませんが、トランプ大統領は認めるでしょう。トランプ時代の八年間と安倍首相の残り五年間で、日米の良い関係を築くことが大切です。
ダラジ トランプ大統領は今も選挙中と同じモードの発言を繰り返しています。本気でどこまで政策に反映するつもりなのかが、全くわかりません。
元谷 閣僚メンバーの顔ぶれを見ると、堅実な政策を実行するのではないでしょうか。アメリカの大統領選挙ではっきりしたことは、日本も同様ですがメディアの行き過ぎた左傾化です。トランプ大統領が怒るのも無理ないでしょう。
ダラジ そうですね。ただ一つ言えるのは、アメリカが最も関心を持っていることは安全保障問題であり、その観点から日本との同盟を重視していることは間違いありません。
元谷 私は、日米安保体制はもっと相互的になるべきだと考えています。日本が攻められたらアメリカは戦うが、逆はそうではない、これは不公平だとトランプ大統領は指摘していましたが、私もその通りだと思います。だから日本の防衛費をGDP比二%にすべきだと。ただNATO加盟諸国に課されている軍事比のGDP比二%という約束も、五カ国しか果たしていません。むしろ私はトランプ流の自国第一主義がヨーロッパにも広がり、NATOやEUが崩壊するのではという危惧を抱いています。例えばフランスがNATOやEUを離脱した場合、核を持たないドイツだけでは強いイニシアティブは取れないでしょうから、ヨーロッパの共同体は終わりを迎えるでしょう。また通貨バスケットで輸出に有利な通貨安を得、人件費の安い移民を使って経済的な繁栄を謳歌してきたドイツへの反発も強まっています。NATOやEUはまず構造改革を行って、体制を強化すべきではないでしょうか。
ダラジ ヨーロッパの情勢に関する代表の分析は、かなり鋭いと思います。孤立主義になるか国際主義になるか、各国は常にその葛藤の中にあります。非常に複雑な世界の中で、私はバランスが大事だと考えています。本来アメリカは日本ともヨーロッパとも強い同盟が必要なのです。しかしトランプ政権がどのような政策を打ち出すかがまるでわからない。不確実性が広がって、金融市場など世界経済にも悪影響が出ています。
元谷 大統領への就任演説もどのような内容か、予測がつかないです。
ダラジ いろいろ議論があると思いますが、私は適応力に富んでいて、経済をはじめとして数多くの分野で力を持っている日本の存在に期待しています。世界の将来の安全保障のためにも、日本は最高の処方箋を作れるであろうと確信しています。日米関係を良い方向に持っていっている姿を、日本は世界に見せることができるのです。
元谷 私も同感です。実際、安倍首相は世界に先駆けてトランプ大統領に会ったり、ハワイの真珠湾を訪問したりと、良好な日米関係の構築を先手先手で進めています。日本にとっての一番の問題はやはり日本国憲法です。トランプ政権下で改正できなければ、この先百年は難しくなるでしょう。
ダラジ なるほど。
元谷 また私は、日本は情報戦にもっと力を入れるべきだと考えています。今日本で多くの人が信じている「日本が侵略国だった」という自虐史観ですが、これは戦後アメリカ占領軍に刷り込まれたものです。実際には日本はずっと平和主義国家でした。先のアメリカとの戦争も、アメリカのルーズベルト大統領が三国同盟を利用してヨーロッパに参戦するために、日本を挑発して暴発させたことで始まったものです。日本が始めたのではなく、アメリカが始めた戦争でした。これらの経緯は、ルーズベルトの前の大統領だったフーヴァーの回顧録で知ることができます。世界の歴史は情報謀略戦の歴史と言っても過言ではないと思いますが、本当のことを知ればみんな保守になります。今回のアメリカ大統領選挙では、真実ではなくてもその発言が影響力を持てばいいと、偽の情報が数多く出回りました。このポストトゥルースと呼ばれる状況は極めて無節操です。こんなことが続くようであれば、現在のような言論の自由を維持することができなくなります。メディアは裏付けのある報道しかしてはならないといった、法律による規制が必要になるのではないでしょうか。実際ドイツでは、ネットも含むメディア上での嘘のニュースの取締を強化するという話が出ています。
日本社会は稀有な存在
ダラジ Facebookは何が正しいかをチェックするツールを開発中です。間違った情報は、誰かが必ず指摘をしますから。チュニジアはまだ民主主義が始まったばかりですが、間違った情報が流れることがメディアの問題として挙げられ、多くの人がメディアの在り方に不平を言っています。しかし民主化後のチュニジアがまず確固たるものにしなければならないのは表現の自由ですから、Facebookをはじめメディアの役割が最重要になっています。また歴史と現在との関係も大切な問題です。今の人は目先の経済ばかりに関心があり、過去をなおざりにしています。もっと歴史を学んで覚醒する意義も伝えていく必要があります。
元谷 それは日本でも同じでしょう。今、世界は殺し合う戦争から歴史戦、サイバー戦の時代になっています。一月に私の書いた本がアパホテルの客室に置かれていることが中国で問題になり、中国政府から批判を受けましたが、部屋からの撤去は行いませんでした。根拠を持って主張していることに対抗するのであれば、逆の根拠を持って反論すれば良いのであって、旅行業者の扱いを止めさせるなどは、自由主義国家ではあり得ないことです。お陰様で多くのお客様からアパホテルの姿勢を支持するメールなどをいただきました。この騒動が第二の田母神事件となり、前回同様日本の保守化が進むのではないかと思っています。
ダラジ 私は歴史家ではありませんが、代表の著作は良く書かれていると思います。大切なのは真実をきちんと認識することです。チュニジアでも今ベンアリ政権時代に誰が誰に迫害を加えたのか、一つひとつ丁寧な検証が行われています。その上で和解すべきは和解する。そうやって将来に向かって国民の良い関係を築き上げようとしています。
元谷 あの混乱の中から素早く立ち上がり、真の民主主義国家へと向かっていますね。
ダラジ 次に直面しているのが経済問題です。経済改革を断行中で、新しい法律を導入するために、昨年十一月末に経済政策綱領を作りました。様々な政治的試練がありましたが、ここまでかなり上手く解決してきたと思います。
元谷 素晴らしいことです。ただ世界の多くの人々はチュニジアと他の国との区別がつかず、アラブ社会全体が危険だとして、観光にはマイナスになっているのが現状ではないでしょうか。チュニジアがいかに安全かということを、常にアピールする必要があるでしょう。
ダラジ 私も全く同感です。イスラム圏全体を一括りで見た方が楽なので、ビジネスマンでも各国間の違いに関心を持つ人が少ないのです。ですから、チュニジアを他国と差別化することは非常に重要です。代表をまたお招きしますので、新生チュニジアをぜひその眼でご覧になってください。
元谷 こちらからもぜひお願いしたいです。ところで大使だったハシェッドさんは、今はどうされているのでしょうか。
ダラジ 一時期は政界で活躍していたのですが、今は大使時代のことを本にして、多くの人に紹介する活動をしています。
元谷 そうですか。お元気なのですね。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしています。
ダラジ 私が日本に来て、実際に見聞きして感じたことなのですが、日本の近代における発展は驚異的です。特に評価しているのは、長い歴史と近代性を巧みに調和していることです。世界的に見ても、この伝統的な価値と近代文明の両立は稀有なものです。若い人はこの調和を大切にして欲しいですね。
元谷 日本には良い所が沢山あるのですが、日本国民はあらゆる点で自虐的です。福島での原発事故後の放射能にせよ、築地市場の豊洲移転に際する水質調査にせよ、人体に影響のないことを過大に報道しているのです。メディアの報道がどれだけ日本の国益を損なったか。真実が何なのかが一番大事なのに、日本人は批判されると反論せずに黙ってしまうのです。
ダラジ 討論することも大事です。私達チュニジア人ならそうしますね(笑)。
元谷 日本人も見習わないと。本日はありがとうございました。
対談日2017年1月17日