Big Talk

独自の文化や歴史を持つ国はその個性と伝統を守るべきVol.299[2016年6月号]

駐日ギリシャ大使館 特命全権大使 ルカス・カラツォリス
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APAグループ代表 元谷外志雄

オリンピック発祥の地として、そして年間三千万人の外国人旅行者を受け入れている観光先進国として知られるギリシャ共和国。特命全権大使のルカス・カラツォリス氏に、今ギリシャ政府が力を入れている観光政策、少子高齢化政策など、日本も関心の深い事柄についてお聞きしました。
ルカス・カラツォリス氏

1962年ギリシャ・アテネ生まれ。アテネ大学で法学政治学を専攻、国立行政学院を経て、1989年に外務省に入省。イタリア、ルーマニア、オランダなどのギリシャ大使館勤務や、外務省人権局局長、外務省アジア太平洋州局局長などを歴任。2015年から現職。

島々の開発に力をいれて
小さいリゾートを増やす

元谷 今日はビッグトークにご登場いただき、ありがとうございます。前の駐日ギリシャ大使のニコラウス・ツァマドスさんとは、かなり親しくさせていただきました。以前からカラツォリスさんとの対談を熱望していて、今日ようやく実現しました。カラツォリスさんはいつ駐日大使に就任されましたか?

カラツォリス お招きいただき、ありがとうございます。私は就任して一年になります。

元谷 今年は丁度オリンピックイヤーですが、やはりオリンピックというと、その発祥の地であるギリシャのアテネを思い浮かべます。私は一九七六年のモントリオールオリンピックから、夏季オリンピックには必ず行っています。一九八〇年のモスクワオリンピックは、日本がボイコットしたので行きませんでしたが。二〇〇四年のアテネオリンピックも開会式を見に行きました。とても暑い日でしたね。

カラツォリス あの大会は大成功でした。開会式も素晴らしかった。

元谷 オリンピックはスポーツの祭典ですが、開会式や閉会式は、歴史や文化、芸術など開催国のあらゆることを見せて、世界中に宣伝する機会です。どの大会でも創意工夫が凝らされていて、楽しいですね。

カラツォリス オリンピックは、もちろん各競技で世界のアスリートが競い合うイベントなのですが、そもそもの大会を行う意義や価値を、選手も観客も皆が考えておく必要があります。それは人々がお互いの文化を尊重し合い、世界平和を実現させると同時に、それぞれが繁栄していこうという意志です。

元谷 オリンピックについて「参加することに意義がある」と言われます。参加者が国境の壁を越えて友好関係を築いたり、互いの国の文化・芸術・スポーツの発展に貢献したりという要素も重要です。

カラツォリス もちろん勝つのも大事ですが(笑)。どの国でも自国のメダリストをしっかりと覚えています。今年のリオデジャネイロオリンピックが終了し次第、次の東京オリンピックの成功を目指して、日本とギリシャのメダリストが集まって、活動を開始する予定です。

元谷 古代ギリシャのオリンピアの祭典を基にした世界的なスポーツ大会として、フランスのクーベルタン男爵が提唱して始まった近代オリンピックの第一回は、一八九六年アテネオリンピックでした。今年はそれから百二十年です。発祥の地であるギリシャはやはり特別な土地です。開会式の入場行進もギリシャが最初ですし、またギリシャのオリンピアで、巫女の格好をした女性が行う太陽光からの聖火の採火式も、このイベントの重みを感じさせます。

カラツォリス あの採火式はオリンピック発祥の地の神聖な儀式として、世界にとってのオリンピックの意義を確認しながら行っているものです。

元谷 オリンピックの祖国としてだけではなく、東洋文明と西洋文明が交錯するエリアとして紀元前からの長い歴史を持ち、遺跡なども多いギリシャは、観光先進国です。一方日本は最近観光大国への道を進むことを鮮明にしたばかり。しかも先日安倍首相は、訪日観光客数の目標を二〇二〇年に四千万人、二〇三〇年に六千万人と新しく上方修正しました。日本の観光大国化のためには、何を行えばよいか。まずギリシャの今の観光政策を教えていただけますか?

カラツォリス 今私達は大規模なリゾート地を開発するのではなく、小さな島を重視する政策を行っています。島単位でホテル数や宿泊客数を制限して、ゆったりと過ごすことができる空間を大切にした小さなリゾートを数多く作っているのです。スモール・イズ・ビューティフルを合言葉に、数多くの島の開発が進んでいます。いくつかの島を渡り歩いて、その違いを感じるのも楽しいですよ。

元谷 なるほど。小さいリゾートが数多くできるようになると、特定のエリアだけではなく、国全体に観光による経済効果が波及するようになりますね。日本の場合も当初は東京に観光客が偏っていました。しかし訪日が二度目三度目になると、宿が取りにくく料金も高い東京を避け、地方に行こうという気運になってきます。事実二年前まで伸びていたアパホテルの東京エリアの売上ですが、昨年はそれ以上には伸びていません。その代わり、大阪、金沢、北海道の宿泊実績が伸びています。日本旅行のリピーターが、東京から全国いろいろな場所に行くようになったということでしょう。

カラツォリス ギリシャでも昔はアテネにばかり観光客が集中していましたが、今は多くの人々が島々へ向かうようになりました。また、ヨーロッパから島々への直行便も飛ぶようになっています。

元谷 従来はそのエリアのハブ空港でローカルラインに乗り換えて目的地へ…というのが普通でしたが、今はLCC(格安航空会社)の増加もあって、ローカルトゥローカルで、行きたい空港にダイレクトに行けるようになりました。世界でも日本でも、この傾向は強くなっていると思います。

カラツォリス そうですね。

元谷 日本の周辺には、中国、インド、インドネシアと、人口の多い国がそろっています。所得水準が上がってくると、当然海外を旅したいという欲求が生まれます。治安がよく食事が美味しく、公共交通機関が正確に運行される最も近い先進国である日本は、彼らにとって絶好のディスティネーションです。そして所得水準の上昇に加えて円安になったために、三年前から日本ブームに火が付き、予想を上回る数の外国人観光客が日本を訪れています。私は以前から日本のような観光ポテンシャルのある国へは、四千万人も六千万人もインバウンドの旅行者が来てもおかしくないと言っていたのですが、今回の日本政府の目標はその通りになりました(笑)。

カラツォリス 観光立国を目指す国としては、日本は他国のお手本になるモデル国です。代表がおっしゃるように治安の良さなどもありますが、私個人的には、日本文化に惚れ込んでいます。

元谷 それをお聞きするのは、日本人として誇らしいですね。

宿泊施設増加に向けた
具体的な政策が必要だ

元谷 アパグループは二〇一〇年四月一日に五カ年計画サミット五をスタート。東京都心でトップを取ることを目標に、四十〜五十箇所のホテルやマンションのプロジェクトを一気に進めました。これで誕生した都心のホテルの稼働率は全てが月間一〇〇%。私が提唱する新都市型ホテルは、経常利益率が三〇%と世界最高収益のホテルのビジネスモデルとなっています。環境にも配慮していて、炭酸ガスの排出量を一般の都市ホテルの三分の一に抑えています。部屋が狭いという人がいますが、アパホテルはスペースではなく満足を売っています。小さい部屋ですが、空調や明かりのスイッチ、電源なども全てベッド周りに集中しています。この便利さが、多くのリピーターを生み出しているのです。今、世界中からフランチャイズでのホテル展開の引き合いが来ています。昨年十一月にプレオープンした海外進出第一弾のアパホテル〈ウッドブリッジ〉ですが、今年六月に全室ウォシュレット付きに改装し、グランドオープンを迎えます。

カラツォリス 素晴らしいですね。

元谷 日本もギリシャも歴史のある国です。それを感じさせる遺跡や建築物、文化に観光客は憧れるのでしょう。アメリカの場合はどうなのか…。

カラツォリス アメリカ旅行はホテル自体が目的地の場合があります。ラスベガスがその典型でしょう。ギリシャにも良いリゾートホテルがあります。ウェスティンリゾート コスタナヴァリノはその代表格です。国際標準のゴルフコースをギリシャで最初に整備したことで知られていますが、ビーチもとても綺麗です。

元谷 環境やアクティビティもありますが、観光客にとって最も関心があることの一つは、食です。

カラツォリス 特に日本の食は大きな魅力です。

元谷 和食は世界的にブームになっていますね。アパホテル〈ウッドブリッジ〉にも和食のレストランを入れようと、準備をしています。

カラツォリス 今政情が正常に戻りつつあるギリシャでは、農業に力を入れています。設備を新しくして海外の技術も積極的に導入して近代化を進め、農作物の輸出を増やしていきたいのです。またこれら農作物による食を、ギリシャ観光の魅力の一つに育てていければと考えています。日本からの農業技術も大歓迎です。ギリシャへの海外からの観光客は昨年は二千四百万人でしたが、今年は三千万人になる見込みで、ギリシャへの投資も今がチャンスだと思います。

元谷 素晴らしい景色も一時間も見ていれば飽きます。しかし美味しいものは何回食べても美味しい。問題はそういう食材や食文化をどう作るかです。

カラツォリス ギリシャ料理という文化があります。気候によって異なるギリシャの土で育ったユニークな食材を用いており、どれも美味しいものばかりです。

元谷 今ギリシャは頑張っていますが、日本はこれまで観光政策に力を入れなさすぎたのです。こんな素晴らしい国を訪れる外国人旅行者が、三年前までは一千万人にも及ばなかった。ようやく昨年はほぼ二千万人になりましたが、政府がさらに四千万人、六千万人という立派な目標を掲げたのですから、これをどうやって実現するかを考えるフェーズに入っています。今一番深刻なのは、宿泊施設の不足です。先日、私は様々な容積率アップの提案をしました。マンションの場合、廊下やベランダ、エントランスホールなどの共用部分は容積率の計算に含めなくて良いことになっています。しかしホテルの場合はそれらは容積率に入ってしまいます。これをマンション同様にすれば、同じ面積の土地でももっと部屋数を増やしたホテルを建設することができます。また今は文教地区でのホテル・旅館の営業を条例で禁じている自治体が多いですが、これも時代に合いません。また港区や千代田区など、ホテルを建設する時には一定数の住宅も作らなければならないと定められている自治体もあります。これはかつてあった都心から住宅が少なくなるというドーナツ化現象を減らすための対策として考えられたものですが、住宅が都心に回帰、ホテルが絶対的に不足している現状では不必要。現行の法律や条例を見直して、ホテル不足解消の障害になるものは早急に撤廃すべきでしょう。六千万人は何もしなければ達成できません。まずはホテルの増設、そして案内の多言語化など観光スポットの整備を進めるべきでしょう。

カラツォリス 全く同感です。

超低金利を利用して
私設年金を作るべきだ

元谷 ところでチプラス政権の近況はいかがでしょうか。

カラツォリス ギリシャ政府は経済の安定と回復に勤しんでおり、特に新しい方針の下、租税や社会保障の問題に取り組んでいます。よく言われているように、これまでギリシャは年金制度が手厚すぎました。年金制度そのものを見直して、持続可能なものに変えようとしています。年金を受け取るお年寄りが増えていて若い人が減っているのは、ギリシャと日本の共通の問題です。チプラス首相はリーダーシップを発揮して、納税者の負担を均一化する方針、民主的な運営方法によって、この問題を上手く解決しようとしています。

元谷 高齢化社会が悲劇のように言われますが、私は違うと考えています。子供を増やしていくことも大切ですが、いつまでも人生をエンジョイして、元気で加齢を楽しむ人を増やすことに力を入れれば、日本の活力は衰えません。観光立国と共に、先端科学技術と先端医療技術を伸ばしていくべきです。医療技術は国民のQOLも高めますし、日本に来て人間ドックを受け、何か問題があれば集中治療するなど、海外から人を集める手段にもなるでしょう。

カラツォリス 日本の富裕層がギリシャに来て、医療行為を受けているというケースもあるそうです。それは温暖な気候と安定した生活水準を求めてのことだと思いますが。

元谷 ギリシャも同じだと思いますが、日本の人口ピラミッドは今や壺形です。こういう人口構成では、年金だけでは老後の安心は覚束ないのです。今はマイナス金利の時代で、お金を借りても非常に利息が安い。私は私設年金として、日本人は資産を持つべきだと言っています。人口が増えていて、人口ピラミッドが本当にピラミッド型である時は、一人の老人を五、六人の稼いでる人が支える健全な形となり、年金制度は有効でした。しかし逆にこれからは一人の稼いている人が三、四人の老人を支えなければならず、早晩年金制度は破綻します。それに向けて自分で対策を講じないと。だから超低金利の今、固定金利でお金を借りて、小さくてもいいので住宅を購入し、賃貸に出すのです。二十代で始めれば、定年退職の時にはローンも払い終えて、家賃収入が純粋に年金の代わりになるでしょう。自分の人生は自分で守っていかないと。国に過度な期待をしてはいけません。ギリシャの人々も年金に頼り過ぎたことを今反省しています。日本はその轍を踏まないようにしなければなりません。

カラツォリス その通りですね。

元谷 人口約一千万人のギリシャでも三千万人の外国人観光客を受け入れられているのですから、一億二千万人もの人が暮らす日本が、四千万人とか六千万人の外国人観光客を受け入れられない訳がありません。日本は人口減少社会となるので、これから大変…という人がいますが、それを海外からの観光客で補うのです。旅行者は一日当たりの消費額も多いので、景気の浮揚も期待できます。人口増加を移民に頼った国はトルコ人の多いドイツにせよ、アルジェリアなど旧植民地の人が多いフランスにせよ、良い状態ではありません。日本は移民政策を進めるべきではないでしょう。

カラツォリス ギリシャはシリアからドイツなどへ向かう移民達の「橋」になっています。紛争地から逃げてくる人々は避難地として受け入れざるを得ないですが、ヨーロッパで働きたいという経済的な理由でやって来る人も非常に多いのが実情です。EUは戦争難民は受け入れるが、経済難民は元の国に追い返すということで三月に合意しました。これにより、すでにギリシャに到着している経済難民をトルコが受け入れるという合意に至ったことで、ギリシャ政府が早速実行に移しているところです。

元谷 ギリシャはギリシャ人が国民のほとんどを占めていて、日本と非常によく似ています。

カラツォリス 言葉も一つですし。かつてアフガニスタンからの経済難民を受け入れたことがあります。人数も少なかったので、彼らは農業従事者となりました。しかし今は非常に多くの人々が毎日やってきます。とても受け入れられないし、そもそも仕事がありません。

元谷 日本もギリシャも単一言語と独自の文化と、誇れる民族の歴史を持っています。移民国家であるアメリカは、徐々に有色人種の国家になろうとしています。日本でも移民を認めるべきという主張がありますが、私は反対です。

カラツォリス ギリシャの文化もユニークなものですが、外から来た人の理解と関心が重要になってきます。

どの国の歴史にも明暗が
その両方を学ぶことが大切

元谷 神話を持たない民族は滅びると言われています。日本では神話が失われつつあり、私が再興運動を行っています。日本は七十一年前に軍隊が無条件降伏をしたのですが、国家が無条件降伏したのではありません。しかし占領軍によってあらゆることがアメリカナイズされ、日本の誇りや神話や伝統が失われました。海外からの観光客が増加するこの時期に、日本の国の誇れるものを若い人に知ってもらうことが大切だと感じています。その点、ギリシャでは古代の哲学者を評価して、守り続けているのが素晴らしいと思います。

カラツォリス ありがとうございます。

元谷 現代の西欧文明の発祥は古代ギリシャです。当時は遅れていた西ヨーロッパの国々が、イスラムの航海術によって大航海時代を迎え、鉄砲を使って新大陸で酷い虐殺を繰り返しました。そして五百年に亘って植民地を広げ、世界を席巻したのです。しかし古くから独自の文明を確立させてきたギリシャや日本に比べて、文化の深みが足りません。

カラツォリス その通りです。先日小豆島に行ってきました。オリーブの栽培の盛んな小豆島はギリシャのミロス島と姉妹島になっていて、小豆島オリーブ公園には、大きな女神アテナの像が立っています。そもそも小豆島にオリーブが植えられたのは、日本の海軍向けに作るオイルサーディンの缶詰のオイルを生産するためだったそうです。海軍といえば、紀元前五百年にアテネは三百隻の軍艦を保有していました。歴史上、三百隻の軍艦を持つ国は、その後は十九世紀のイギリス海軍まで、存在しませんでした。

元谷 そういうことを誇りに思うのが、世界的に普通なのです。しかし日本は謝ってばかり。日本が太平洋を席巻して、大東亜共栄圏を目指したことを、戦後七十一年経過した今、もっと公平に前向きに評価してもいいのではないでしょうか。どの国にも今から振り返ると「悪い歴史」と「善い歴史」があります。その両方を伝えていかないと、子供達が正しく育たないでしょう。特に今、日本の周辺は中国が海上覇権を求めて、南沙諸島での岩礁埋め立てや尖閣諸島への圧力など、揉め事を起こし続けています。これに対抗して平和を維持するには、力が必要です。現状では日米安保が日本を縛る軛になっていますが、これをかつての日英同盟のような相互的なものに変える必要があります。日本が軍隊を持ったところで、他国を侵略することなどあり得ません。逆に自分の国を自分の力で守れなくて、独立国家と言えるのかということです。トランプ氏が大統領になれば、日本の本当の独立を実現する良いチャンスとなるでしょう。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

カラツォリス 二〇二〇年の東京オリンピックに向けて二つのことを行って欲しいと思います。まず何のためにオリンピックを開催するのかを、もう一度考えて欲しい。そして、日本文化の価値、日本的な精神を見直して、自分たちが何を大切にしてきたのかを再認識して欲しい。日本人が日本を見つめなおす、良い機会だと思います。

元谷 その通りですね。また一九六四年の東京オリンピックの時には、わずかの期間で首都高速や東海道新幹線を整備しました。今回は何をもたもたしているのかという感があります。二〇二〇年を目指して、日本人は団結していくべきです。今日はいろいろなお話を本当にありがとうございました。

カラツォリス ありがとうございました。