Big Talk

遺恨は忘れて、未来志向の関係を築け

駐日ハイチ共和国大使館 臨時代理大使 ジュディット・エグザビエ
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APAグループ代表 元谷外志雄

世界最初の独立黒人国となり、一貫して奴隷廃止、基本的な自由、人種平等のために戦ってきたハイチ共和国。日本とも百年近い交流も持ち、今後は豊かな自然資源を活かした観光や工業にも力を入れて、経済的にも飛躍しようとしているハイチの駐日大使のジュディット・エグザビエ氏に、その激動の歴史や将来への展望をお聞きしました。
ジュディット・エグザビエ氏

ポルトープランス(ハイチの首都)生まれ。シートンホール大学(アメリカ)で国際関係論の学士号を、ノッティンガム大学(イギリス)で政治学の修士号などを取得。現在早稲田大学の博士候補。10年以上に亘って世界を股にかけて、民間企業などで国際開発の仕事をしていたが、今は外交分野に。ハイチ政府の上級外交官として、2011年から日本の臨時代理大使に就任している。

マイアミから約一時間半の「カリブ海の真珠」

元谷 本日はビッグトークにご登場、ありがとうございます。エグザビエさんは、これまでにも勝兵塾やワインの会にお越しいただいています。ハイチ共和国は二〇一〇年に大地震に見舞われ、日本からも自衛隊がPKOに派遣されたことは知られていますが、日本人はハイチという国についてよく知らない人がまだまだ多いと思います。今日は基本的なところから教えていただければ…と考えています。

エグザビエ お招きありがとうございます。このような機会は、ハイチ共和国にとっても非常に貴重です。よろしくお願いいたします。

元谷 まずハイチがどこに位置するのかを教えていただきたいのですが。

エグザビエ カリブ海にあるイスパニョーラ島の西側がハイチ共和国です。島の東側はドミニカ共和国になっています。アメリカの南東にあたり、西にはキューバやジャマイカがあります。国土の面積は約二万七千平方キロメートルです。

元谷 四国と九州の丁度中間ぐらいの大きさです。

エグザビエ そうですね。キューバ、ドミニカに続いて、カリブ海では三番目に大きい国になります。自慢は九百キロメートルにも及ぶ美しい海岸線です。この美しさから、ハイチは「カリブ海の真珠」とも呼ばれています。

元谷 カリブ海ではキューバやバハマは、私も何度か訪れたことがあります。スキューバダイビングやトローリングでのシイラ釣りなどを楽しみました。サンゴ礁など海が非常にきれいだったという印象があります。またキューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長にも会ってきました。

エグザビエ それは素晴らしいことです。でもカリブ海までいらっしゃっていて、ハイチを未訪問というのは残念ですね。ハイチは人気ダイビングスポットで、世界中からダイバーがやってきます。今のマルテリー大統領との会見もセッティングしますので、ぜひ一度訪れてみてください。

元谷 ぜひ。アメリカからは飛行機でどれくらい時間がかかるのでしょうか。

エグザビエ ニューヨークからは三時間半、マイアミからなら一時間半です。

元谷 マイアミ半島のオーランドにあるディズニーワールドは訪れたことがあります。またレースのインディカー・シリーズでもマイアミのサーキットに行きました。

エグザビエ ハイチは日本人にとって非常に遠いイメージがありますが、多くの日本人が訪れているディズニーワールドから飛行機を使えばすぐです。またマイアミから出港、ハイチにも寄港するカリブ海クルーズも非常に人気があります。

元谷 クルーズは楽しそうですね。熱帯ですから平均気温は高いのでしょうか?

エグザビエ その通りです。しかし標高も高く湿度が低く、いつも柔らかい風が吹いていて心地良いですよ。

元谷 ハイチは元々はフランスの植民地だったと思うのですが、公用語はフランス語になるのでしょうか。

エグザビエ フランス語もそうですが、もう一つ、ヘイシャン・クレオール語が公用語になっています。これはカリブ海にやって来た様々な国の人々と現地の人々の間の意思疎通のために自然に作られた言葉で、現地の言葉に、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、アフリカ語などがミックスされています。ハイチの人口は約一千五十万人なのですが、その九割近くがこのヘイシャン・クレオール語を話すことができます。

元谷 公用語が二つあるのですね。エグザビエさんは英語もお上手です。教育は主にどこで受けたのですか?

エグザビエ アメリカとイギリスの大学で学びました。私は幼い時から外交官になりたかったのです。ハイチでは、多くの親は子供が弁護士か医者、エンジニアのいずれかになることを望みます。小学校の最初の頃に、先生から将来就きたい仕事を聞かれたのですが、私はこの三つではなく、外交官と答えました。それは私の国のその頃の政治に飽き飽きしていたからです。若い私は、外交官になることで変化をもたらし、ハイチ人の人生を改善していくことが出来ると考えたのです。

元谷 小学生の時からしっかりとした考えをお持ちだったのですね。

自国の独立だけではなく他の独立も支援したハイチ

エグザビエ この私の意識には、ハイチの歴史が深く関係しています。少し歴史についてお話します。ハイチのあるイスパニョーラ島は、ネイティブアメリカンの一派であるタイノ人が紀元前から住んでいました。一四九二年にコロンブスがイスパニョーラ島を「発見」、その後のスペイン人による征服の過程で、ヨーロッパから持ち込まれた伝染病と過酷な使役によって、タイノ人は絶滅してしまいます。十七世紀になって島の西部をフランス人が占領し、今のハイチの領土にあたる部分がフランスの植民地として確定します。フランス人は労働力としてアフリカから多くの黒人奴隷を連れてきて、コーヒーやサトウキビ栽培の農場を運営しました。これはフランスに巨万の富を生み出します。ところが一七八九年にフランス革命が勃発した後、黒人による独立運動が盛んになり、一八〇四年にフランスからの独立を宣言しました。

元谷 ラテンアメリカ初の独立国の誕生です。

エグザビエ 独立したハイチは、フランス人とスペイン人を全て追い出し、全島を支配しました。一八〇三年にフランスはアメリカにルイジアナ州を売却していますが、これはハイチ独立が影響しています。当時、ヨーロッパで流通するコーヒーの四〇%をハイチ産が占めるなど、フランスの経済はハイチに大きく依存していました。それを失ったために、ルイジアナも手放さざるを得なかったのです。アメリカ領になったルイジアナですが、十八世紀までに培われたクレオール文化が、今も息づいています。

元谷 確かにニューオリンズなどルイジアナ州には、料理など独特の文化が残っています。

エグザビエ 独立はしたのですが、国政はなかなか安定しませんでした。一八〇四年から現在までに、三十二回ものクーデターがあったことが、この不安定さを象徴しています。旧フランス領と旧スペイン領の「違い」も深刻な問題でした。西側は黒人奴隷の末裔が多かったのに対し、東側は島生まれのスペイン人の末裔の白人が支配していました。文化的にも二つは相容れないものでした。数々の内戦の後、一八四四年に東側はドミニカ共和国としてハイチから分かれていきます。今でもハイチとドミニカは仲が悪く、「ハイチに植民地化された」という歴史認識をドミニカ人は持っています。しかしハイチはどの国も植民地にはしていません。逆にシモン・ボリバルを軍事的にも経済的にも支援して、ベネゼエラやコロンビア、パナマ、エクアドルがスペインから独立するのを助けたのです。

元谷 どの国も隣国との歴史認識が問題になるものなのですね。

エグザビエ またハイチの目的は、奴隷を解放することでした。シモン・ボリバルへの支援も、独立戦争後に奴隷を解放することが条件で、多くのラテンアメリカ諸国の奴隷解放に一役買ったのです。ハイチはラテンアメリカの戦争だけではなく、アメリカの独立戦争にも参加、一七七九年にルイジアナに五百人の兵士を送り、アメリカ側についてイギリスと戦いました。

元谷 アメリカのイギリスからの独立も、他の植民地からすれば勇気をもらえる事件だったのでしょう。日本が日露戦争に勝利したのと同じような感覚を、世界の多くの植民地の人々は味わったのではないでしょうか。

エグザビエ その通りだと思います。また一連のハイチの独立への動きも、欧米列強の植民地だったアフリカに大きな影響を与えました。ハイチのスタンスは反植民地、反奴隷で一貫しており、一九三五年のイタリアのムッソリーニのエチオピア侵攻に対しても、絶対に認められないと非難を行いました。一九四五年の国連創設にも、ハイチは原加盟国として参加しています。

元谷 ハイチは人種平等を目指して、長年活動を続けてきたのですね。

エグザビエ そうなのです。しかし第二次世界大戦後、ハイチの政治は不幸な時代を迎えます。一九五七年に就任したデュバリエ大統領は、親子二代に亘って独裁政権を担い、国民を苦しめました。一九八六年に息子のデュバリエ大統領がハイチを去った後も、何度もクーデターが起こり、政治は不安定なままでした。また二〇一〇年のハイチ大地震で約二十二万人の犠牲者が出、被災者は人口の三分の一にも及びました。しかし日本をはじめ、各国からの支援を得て復興も進み、今は政治的にも安定しています。

米議会での安倍演説で新しい日米関係が始まる

元谷 それらの歴史があって、エグザビエさんは外交官になられたのですね。今もコーヒーはハイチの主要な輸出品なのでしょうか。

エグザビエ そうですが、他の農産物も増えてきています。例えばベチバー。これはイネ科の植物なのですが、根を水蒸気蒸留して得られる精油が、世界でも最高級の香水に使われています。ベチバーの輸出はインドが世界一。ハイチは二番目の輸出国です。またハイチの経済を支えているのは、「ディアスポラ」の存在です。

元谷 ディアスポラとは何でしょうか?

エグザビエ 様々な理由で、北米やフランスに移住していったハイチ人のことです。ハイチの人口一千五十万人に対して、ハイチのディアスポラは四百五十万人にも及びます。彼らは祖国ハイチのことを忘れず、親戚や家族に送金したり、投資を行ったりしてくれているのです。ハイチのGDPの五二%が、このディアスポラに依存していると言われています。

元谷 エグザビエさんは日本に来られて、どれくらい経ちますか? その間感じられた日本の良い所とは、何でしたか?

エグザビエ 私は来日して五年です。この間で一番感じたのは、日本精神の素晴らしさでしょう。特に東日本大震災の後に、日本人の一つになろうとする気持ちと優しさを痛感しました。また一九四五年の廃墟の中から立ち上がり、国を再建して世界第二位の経済大国になるなど、誰も予想していなかったことを成し遂げました。ここに至った意志の力と実行力を私は尊敬しています。

元谷 ありがとうございます。先の大戦後日本は急速に復興し、一九五〇年台には造船業で世界一に、その後東京オリンピックなどを経て、国民全員が結束して国を盛り上げてきました。その過程で数々の偉業を成し遂げているのですが、日本人は自国に関して自虐的です。日本には問題が山積だと考えている人が多いですが、世界八十一カ国を見てきた私から言わせれば、日本ほど素晴らしい国はありません。私はこのことを主張した「誇れる祖国『日本』」という本も書いています。もっと日本人は自国に自信を持つべきなのです。

エグザビエ 私も全く同感です。もう一つ指摘したいのは、特に第二次世界大戦によってあらゆる意味で一旦悲惨な状態に陥ったのですが、日本人は日本文化を維持し続けたということです。これも非常に重要なポイントだと思います。

元谷 経済大国のみを目指すという日本の姿勢は、冷戦終結までは良かったのです。血と汗と金を投入してようやく冷戦に勝利したアメリカは、このままでは経済戦争に負けてしまうと考え、仮想敵国をソ連から日本に変更したのです。一方このタイミングで、中国の国家主席も鄧小平から江沢民に変わりました。華々しい軍歴もなく、上海の一書記だった江沢民は鄧小平に引き立てられて国家主席になったものの、弱い権力基盤で政権を掌握するために、日本叩きを行いました。冷戦後の米中二大国からの圧力のため、日本では短期政権が続きました。しかし四月二十九日のアメリカ連邦議会上下両院合同会議で安倍首相は演説を行ったのは快挙です。安倍政権が長期政権となって、日本が再び復活するきっかけとなるでしょう。開催を決定づけた安倍首相が自ら、首相として二〇二〇年東京オリンピックの開会宣言を行って欲しいですね。エグザビエさんはこの演説をお聞きになりましたか?

エグザビエ 残念ながら聞いていません。そのタイミングで私はアメリカにいたのですが、メディアはボルチモアの暴動一色になっていました。人種差別との戦いです。

元谷 確かに、同じタイミングで発生しましたね。今回の安倍首相の演説は、スタンディングオベーションが十三回も沸き起こった素晴らしいものでした。今の民主党のオバマ大統領は、ノーベル平和賞はもらいましたが核廃絶と言ってみたり、世界の警察にはならないと言ってみたり、現実を無視した脳天気な言動で世界を混乱させています。安倍首相の靖国神社参拝に対して「失望」と言ってみたり。しかし今のアメリカ議会は上院も下院も共和党が多数を占めていますから、安倍首相の演説への支持は大きかった。それが結果として、民主党議員も巻き込んだスタンディングオベーションに繋がったのだと思います。演説で謳われた「希望の同盟」が示す通り、正に新しい日米関係の夜明けではないでしょうか。これで安倍首相は長期に亘って政権を維持する自信を得たと思います。

日本文化を見直して誇りと自信を胸に未来へ

エグザビエ 私も日本とアメリカが良い関係を維持することを望んでいます。私の娘は今はアメリカで勉強しているのですが、八月に日本に戻ってきます。その後、日本の早稲田大学かテンプル大学か、どちらに進学するか、迷っているところです。

元谷 そうですか。私の妻のホテル社長も早稲田大学の博士課程を修了して、今東京国際大学の客員教授をやっています。娘さんもぜひ早稲田大学に(笑)。

エグザビエ 伝えておきます(笑)。

元谷 この日米接近の空気を感じて、四月の日中首脳会談時の習近平主席の表情でわかるように、早速中国の態度も変わり、日本に歩み寄ってきています。まだ日本に対して敵対しているのは、韓国だけです。彼らは当時の日本の法律では合法だった慰安婦に関して、朝鮮半島から女性が二十万人強制連行されたなど虚偽の歴史を未だに主張しているのです。しかもベトナム戦争に参加した韓国軍兵士が現地で多くの女性に暴行を行った結果、ライダイハンと呼ばれる混血児が一万人以上生まれたと言われています。極力国際法を守ろうとしていた日本軍には、そんな多数の混血児を作ったという歴史はありません。

エグザビエ それについては私は詳しく知らないので、コメントすることはできません。ただどの国でも歴史については、それぞれが異なる見解も持ってます。大切なのは、過去を踏まえて未来をどう築くかです。進歩はそこから生まれてきます。

元谷 その通りです。安倍首相は歴史認識についてもしっかり明言したので、今後日本を巡る歴史問題は未来に向けての展開を見せてくるでしょう。

エグザビエ そうなると良いと思います。少しハイチの宣伝をしても良いでしょうか。今、ハイチへは世界各地から年間百万人の観光客がやってきます。ハイチは観光立国に向けて、様々な施策を行っています。また三億ドルを投資して、カリブ海有数の工業団地も作りました。これにより六万五千人の雇用の創出を目指しています。すでに韓国企業が進出してきて、五千人の雇用が生まれています。今後の観光とビジネスの需要を見越して、マリオットホテル、ベストウェスタンプレミアホテル、ヒルトンホテルなど、大手ホテルも進出してきています。日本の皆さんにお伝えしたいのは、ハイチは美しく未来のある国なので、ぜひ一度訪れてその目で見て、ビジネスのサポートも考えていただきたいということです。日本とハイチは、一九二一年にハイチが神戸に領事館を置いて以来の古い友好関係があるのですから。

元谷 わかりました。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

エグザビエ 五年間、日本の若い人を観察してきました。日本には非常に大きなチャンスがあります。若者は古くからの日本の文化を見直し、これに自信と誇りを持って、次に何をするかを考えるべきでしょう。

元谷 日本人に自信がない原因は、教育にありました。しかし安倍首相の教育改革で事態は変わりつつあります。今年、南京事件を記載しない歴史教科書が検定を通りました。どんどん状況は良くなっていくでしょう。変わらないのは、世界に反日国家が三つあること。中国と韓国、そして日本です。

エグザビエ どんな国家間にも様々な歴史がありますが、ポジティブに解釈して、遺恨は忘れるべきです。いつまでも引きずっているのは、おかしいでしょう。真の意味での未来志向が大切です。

元谷 私も同感です。今日は本当にありがとうございました。