Big Talk

国内の資源をフルに活かして「おもてなしの心」で 観光立国を

インド洋に浮かぶ「真珠の首飾り」とも称される一千百九十もの島からなる国・モルディブ共和国。シーレーンの要衝に位置することから日本との関係も伝統的に深く、ハネムーン客をはじめ多くの日本人観光客が訪れているこの美しい島国初の駐日大使、アハメド・カリール氏に、モルディブの持つ三つの資源や日本との関係の可能性についてお聞きしました。
アハメド・カリール氏
1963年生まれ。モルディブのマジーディッヤ学校を1980年に卒業した後、外務省に入省。1984年パキスタンの外交官養成所外交官養成プログラムを修了、1992年にはオックスフォード大学の外交官プログラムを修了。国連や本国での勤務の後、2006年に臨時代理大使として駐日モルディブ共和国大使館立ち上げを行う。2007年からの国連代表部大使を経て、2009年から駐日大使に。

観光と漁業が主力産業島ごとに役割が異なる
元谷 今年最初のビッグトークにお越しいただき、ありがとうございます。多くの日本人はモルディブという国名に、「海のきれいな島国」というイメージを持っていると思います。今日はモルディブについてさらに詳しいお話をお聞きしたいと思い、お招きしました。
カリール このような機会を与えていただき、モルディブのアブドゥッラ・ヤーミン・アブドゥル・ガユーム大統領、国民に代わってお礼を申し上げます。私が駐日大使館に勤務するのはこれが二度目になります。実は現在の駐日大使館を二〇〇七年に立ち上げたのは私なのです。しかし、その時は特命全権大使ではなく、臨時代理大使という役職でした。二〇〇七年末に一度日本を去りましたが、二〇〇九年十二月に特命全権大使に任命されました。モルディブ共和国からは私が二人目の特命全権大使になります。
元谷 そうでしたか。日本人がいいイメージを持っているモルディブなのですが、場所も含め、いざ聞かれるとよくわからない人が多いような気もします。お国の基本的なことから、教えていただけますか。
カリール はい、わかりました。モルディブはインドの南西、インド洋の真っ只中にある島国です。国土は千百九十の島から成り立っており、それらが約九万平方キロメートルの海域に広がっていますが、その中で陸地はたった一%だけです。総面積は日本の淡路島と同程度だと理解しています。人口は約三十四万五千人、首都はマレです。この街はマレ島とヴィリンギリ島の二島から成ります。マレ島からおよそ一キロメートル離れたフルレ島が空港になっています。マレ島の面積は約一・八平方キロメートルしかないのですが、その中に約十五万人が暮らしています。
元谷 マレにすべての首都機能が集約されているということですね。それにしても、凄い人口密度です。
カリール はい。今フルレ島の空港の隣に人工島・フルマーレ島が作られ、そちらに住む人も多くなってきています。マレが直面する人口過剰問題をこの新しく作られた島が緩和してくれることを期待しています。モルディブ全体の平均海抜は一・五メートルなのですが、フルマーレ島の海抜は二・五メートルあります。モルディブは小さな島の集合国家ですから、それぞれの島が工場だの石油貯蔵だの、役割を持っています。
元谷 面白いですね。
カリール 日本とモルディブは島国という共通点があるのですが、もう一つ「おもてなしの心」という共通点もあります。モルディブの漁業と並ぶ主要産業は観光なのです。
元谷 お聞きしたところ、一つの島には一つのホテルしか建設しないというのを、政策としてやってらっしゃるそうですね。訪れたい人々は、ホテルというよりは、島全体をリゾートと考えて選ぶ。島に一つならプライバシーもしっかり守れるでしょう。世界中の富裕層が隠れ家的にリラックスできるリゾートだと思います。私も一カ月ほど滞在して、海岸で寝そべったり、スキューバダイビングをしたり、のんびりと過ごしてみたいです。
カリール 代表の仰る通り、「一島一リゾート」の政策は大成功で、モルディブは世界でも有数のリゾートというブランドを手に入れることができました。その結果、国民一人当りのGDPが六千~七千ドルと南アジアでもトップレベル。高い生活水準を国民は満喫しています。国の外貨収入の約七割は観光によるものです。
元谷 日本からも年間約四万人の観光客がモルディブを訪れているそうですね。
カリール はい。四万人の内、四分の三の方がハネムーンでいらっしゃいます。
元谷 そうなのですか。日本からモルディブへの航空機の直行便はないと思うのですが、どのようなルートで行くのが良いのでしょうか。
カリール トランジット地の候補としては、シンガポール、マレーシアのクアラルンプール、スリランカのコロンボが考えられますが、シンガポールが一番便利ではないでしょうか。東京からシンガポールまでは約七時間、シンガポールからマレまでは四時間になります。シンガポール~マレ便は一日二便飛んでいます。フルレ島のイブラヒム・ナシル国際空港から各島には、ボートや水上機を含む軽飛行機で簡単に移動することができます。
元谷 きちんと島間の交通網が整備されているのですね。たぶん国としてのエリアのほとんどが海だと思います。水産資源は漁業によってかなり活用していると思うのですが、その他鉱物資源などの開発はどのような状況なのでしょうか。
カリール モルディブのテリトリーは九万平方キロメートルに及ぶのですが、その九九・七%が海です。ほとんどの鉱物資源は海底にあることになります。そのために、資源の調査や開発はまだ進んでいません。
 
領海侵犯は初期対応が大事 パラオに日本は見倣うべき

元谷 日本の尖閣諸島の場合、資源があるかないかわからない時には、中国は全く何も言いませんでした。ところが国連の調査によって資源の存在が判明したとたんに、尖閣諸島は中国の領土だという主張を始めたのです。資源は隣国との紛争のタネです。モルディブにはまだ未調査の広大な領海があるとのこと。資源があるとわかったとたんに、近隣諸国からちょっかいを出されるのが世界の常識ですから、十分気をつけないと。
カリール 仰る通りです。そのような紛争が世界中で起こっていることは確かに理解しています。現実にはモルディブは近隣諸国との不和は抱えておらず、すべての国と友好な関係と協力を維持しています。隣国としてはインドが最大の国になりますが、経済的にも文化的、人的にも極めて友好的な関係を築いています。隣国関係については、現状を私は楽観視しているのですが…。
元谷 隣国と言えば、インドとスリランカになると思いますが、主な宗教がインドはヒンドゥー教、スリランカは仏教、モルディブはイスラム教スンニ派とそれぞれ異なりますね。
カリール はい。我々の宗教は異なりますが、お互いの宗教には十分に敬意を払っています。モルディブはこれまで常に穏健なイスラム教国でしたが、これは今後も変わらないと確信しています。我々は国の急速な社会経済的発展を持続させることに注力しており、これは過去数十年間において行ってきたことです。
元谷 それが賢明です。宗教対立による殺し合いで世界がどれだけ資産を失っているか。一月のフランス・パリの風刺漫画新聞社襲撃事件も悲惨なものでした。
カリール あの事件の犯人達の考えはイスラム教ではありません。彼らは単なる犯罪者であり、あのような野蛮で卑劣な行為を我々は最も強い言葉で非難します。
元谷 日本では元来八百万の神という考え方がありますから、どんな宗教にも寛容なのです。大陸国は国境を接する近隣諸国との関係に非常に神経を使いますが、日本やモルディブなど島国はまずその点では穏やかです。とはいえ、隣国は全て仮想敵国と考えるべきです。今は良い関係を築いていても、資源問題がきっかけで宗教問題に波及すれば、一気に関係が悪化することも考えられます。軍事的な衝突だけは避けたいですから、対応が非常に難しい。私は最初の対応が一番大切だと考えています。最初に領海を侵犯してくる漁船の排除が甘ければ、次に官船、そして軍艦とどんどん事態が進展してしまいます。
カリール 確かに、その通りだと思います。
元谷 二〇一二年にパラオ共和国は領海内で違法操業を行っていた中国漁船を拿捕しようとして銃撃、船員一名を射殺して、二十五人を逮捕して裁いています。毅然とした対応で、素晴らしいと思いました。一方日本は二〇一〇年、海上保安庁の巡視船に漁船をぶつけてきた中国人船長を、「処分保留」という扱いにして、飛行機で帰しています。これではいけません。海面上昇によって国土が失われつつあることから、モルディブでは他国に移住するという計画もあるようですが、広い領海から来る豊富な海洋資源の可能性があります。これを捨てるのは、非常に惜しい。移住は止めて、その費用でオランダのように堤防を作って干拓によって国土を作るとか、フルマーレ島のような人工島をもっと作るとか、今の場所で国家を続けるための方策を取った方が良いのではないでしょうか。今も活用している観光資源と漁業資源に海底資源が加われば、人口が約四十万人のモルディブは、一人当りで考えれば世界で最も豊かな国になる可能性があると思います。
カリール 移住の話は本気ではありません。前大統領が国土消滅の危機をアピールするためだけに語ったことです。私達モルディブ人は今の国土に愛着がありますから、離れたくはありません。
元谷 それを聞いて安心しました(笑)。
 

眺望を奪う海壁よりも防災マンションが効果的だ

カリール 二〇〇四年のスマトラ沖地震の時は、津波によって八十二名の犠牲者が出ました。今の国土を守るにしても、防災の大切さは痛感しています。
元谷 二〇一一年三月十一日の東日本大震災の際、私は東北の沿岸地域の復興にあたっては、六階建ての防災マンションを建設するのが良いのではという提言を行いました。津波が来た時だけにしか役に立たない避難塔や高い堤防などは無駄が多い。毎日居住に使えるマンションなら非常に効率的です。津波が来たら屋上に避難すればいいのです。六階分あれば、どんな津波にも対応できます。モルディブでも同じです。各島に一つ、防災マンションを建設してはどうでしょうか。
カリール 一九九〇年代初頭に、首都のマレ島の周囲では日本の援助によって海壁を作る工事が行われました。当時は、海の眺めがなくなり景観を損ねることを恐れて多くの人が反対したのですが、実際にはこれがあったお陰で、スマトラ沖地震の時にはマレでは一人の犠牲者も出ませんでした。以後、津波対策としてモルディブでは海壁を検討することが多いのですが、代表の防災マンションも良い案になり得るでしょう。
元谷 観光的に景観を重視するのなら、防災マンションの周囲に背の高い木を植えて、見えなくすればいいでしょう。自然環境にももちろん配慮すべきです。海の見えないリゾートなどあり得ません。海壁では海岸線という貴重な観光資源の破壊になってしまいます。
カリール 仰る通りだと思います。先日大統領と話をした時に、代表のことにも触れました。機会があれば、大統領もビッグトークに喜んで登場することでしょう。その時に防災マンションの提案もしていただければ。
元谷 わかりました。モルディブは景観をはじめとした観光資源と漁業資源、そして海底資源と三つの資源の国ですから、特に景観は大切にするべきだと思います。また多くの国で人口増加による治安問題や移民問題で騒動が起きている中、資源がありつつ人口の少ないモルディブは、いわば理想郷です。この環境を守り、国民が豊かさを満喫できるようにするのが、政治の役目だと思います。さらに安心と観光が両立できるように、ホテルと同時に防災マンションを建設して欲しいですね。あと島の開発ですが、どこも一様に行うのではなく、各島柄に合わせて変化をつけて。そうすれば、一つの島を訪れた後次は違う島と、リピーターが増えてくると思います。
カリール 全く同感です。ヤーミン大統領の観光と持続可能な開発に関する政策においても、そのような側面に重点を置いています。昨年四月に大統領は訪日して、安倍首相と会談を行い、さらなる二国間の連携の強化を確認しました。その際、日本ブランドのリゾートホテルがあれば、もっと多くの日本人がモルディブを訪れるのではという話になりました。アパホテル&リゾートは最適な候補です。まず一度モルディブにいらっしゃってください。
元谷 最近ブラジル、アルゼンチンを訪れて、私の訪問国は世界八十一カ国になりました。八十二カ国目はモルディブにしたいですね。訪れる場合、ベストシーズンはいつでしょうか?
カリール 一月~四月の乾季が雨が少なく、過ごしやすいと思います。気温は二十八~三十二度程度ですが、乾燥していますからとても爽やかですよ。
元谷 ぜひ実現させましょう。観光立国のモルディブに倣って、日本も観光大国にならないと。日本は治安が良く、種類豊富で衛生状態が良い飲食店や時間通りに運行する交通機関があって、約束は必ずきちんと守られて、おもてなしの心もある…。こんな国は世界の中で日本しかありません。しかしこの環境にどっぷり浸っている日本人は、これらの良さに気づいていないのです。
カリール その通りですね。
 

環境問題の影響は真っ先に小さな国にやってくる

元谷 少し個人的なこともお聞きしたいのですが。カリールさんは生粋の外交官なのでしょうか。それとも他分野から大使に任命されたのでしょうか。
カリール 私は職業外交官です。外務省にはとても若い時に入省しました。まずモルディブで教育を受け、パキスタンに留学し、そしてイギリスのオックスフォード大学で学びました。私のキャリアで良かったことは、国連へのモルディブ恒久使節団においてニューヨークで多国間外交の分野に従事できたことです。日本には二〇〇六年に駐日大使館を立ち上げるために来ました。日本で十一カ月間滞在した後、再びニューヨークに今度は特命全権大使として派遣され、二〇〇九年中頃までその職にありました。二〇〇九年十二月に二代目のモルディブ駐日大使に任命され、既に五年間在職しています。
元谷 日本に来られた感想はいかがですか。
カリール 駐日大使になることができたのは、最高にラッキー、私の外交官経験の中で重要な出来事です。先程お話ししたとおり、来日する前、私は十九年間国連の政府代表団の一員でした。ご想像に難くないと思いますが、モルディブのような小国にとって国連はとても困難な場所になり得ます。モルディブのような小国の言い分など、どの国も聞いてくれないのです。それがずっと不満でした。一方、ここ東京では私は日本政府とのみやり取りしますが、誰もが私の話をちゃんと聞いてくれます。モルディブの経済を日本がいろいろな形で助けてくれているのですが、私もその一端を担って初めてきちんとした成果を上げることができました。
元谷 それは本当に良かったです。国連といえば、先の大戦からもう七十年経ちますから、戦勝国が中心となった体制をそろそろ改める時期ではないでしょうか。まずは国連憲章の敵国条項の削除です。国連総会で削除する決議案が採択されているにも拘らず、各国での批准が進まないために、実際にはまだ削除されていません。
カリール 仰る通りで、各国は早く削除の手続きを進めなくてはなりません。モルディブは国連でもずっと日本を支持していて、安全保障理事会の常任理事国入りにも賛成しています。もちろん、東京オリンピックも支持していましたよ。
元谷 ありがとうございます。日本は小さな国の利益までしっかり汲み取ることで支持を集め、大きな国の横暴を止めなければならないという使命があります。モルディブもパラオのように小さな侵害にもしっかりと対応して、日本人をはじめとした観光客がいつでも安心して訪れることができるように、素晴らしい三つの資源を守っていって欲しいですね。
カリール わかりました。
元谷 最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
カリール 私が若い人に伝えたいのはただ一つです。地球環境において起こっている変化についてもっと考えて欲しい。気候変動に国境はなく、そこに区別はありません。大きな国では影響は少ないかもしれませんが、私達のような小さな国は地球温暖化や海洋汚染の影響を真っ先に受けているのです。状況を変えるためには、みんなで一緒に取り組む必要があります。
元谷 アパホテルも今環境問題に真正面から取り組んでいます。今謳っているのは、高品質・高機能・環境対応型の「新都市型ホテル」です。例えば最新のアパホテルの一平方メートル当りの炭酸ガス排出量を、通常のシティホテルの三分の一にまで抑えました。浴室だけでも、浴槽を卵型にすることでゆったり感を保ちながら必要となる湯量を減らしたり、空気を混ぜることで少ないお湯でも十分に使える節水シャワーや断熱性の高いシャワーカーテンを導入したり、また室内の照明は全てLEDにしたり。日本初の新しいホテルのモデルケースになるはずです。
カリール そうですか!
元谷 やはり時代はキャデラックよりプリウス、ジャンボジェットではなく七八七などのエコ機ですから(笑)。この「新都市型ホテル」を掲げて、今年九月にはアパホテル〈新宿 歌舞伎町タワー〉が、十月にはアパホテル〈品川 泉岳寺駅前〉、来年七月にはアパホテル〈巣鴨駅前〉、九月にはアパホテル〈広島駅前大橋〉がオープンします。この4つのホテルで部屋数の合計は二千四百二十二室になります。
カリール 事業としても、またそのコンセプトも素晴らしいと思います。そんなホテルを通して、多くの日本の若者に地球環境の大切さが伝わるといいですね。
元谷 私もそう願っています。今日は本当にありがとうございました。