Essay

混乱する世界を俯瞰し日本再興のチャンスとせよ

藤 誠志

様々な問題に直面するロシア、中国、中東各国

十月十二日付けの読売新聞朝刊の国際面に「ロシア経済三重苦」「原油安、ルーブル安、制裁」という記事が出ている。「ロシア経済の苦境が一段と鮮明になっている。経済の屋台骨である原油の価格が急落しているためだ。資金流出も止まらず、通貨ルーブルは、米ドルに対して最安値を更新し続けている。原油安・通貨安、米欧の制裁のトリプルパンチは、ロシアの財政や企業、国民だけでなく、外交戦略にも痛手となる可能性もある」と伝えている。
苦境に陥っているのはロシアだけではない。中国もだ。香港では「真の普通選挙」を求める民主派が、十月十日に数万人規模の集会を開いた。民主派が求めているのは、中国への返還時に五十年間約束された一国二制度の維持だ。中国当局から見れば、一九八九年の天安門事件の時のようなデモ隊の強制排除を行えば、全世界から批難を受けることは必至だが、さりとてデモの圧力に屈する形で二〇一七年の選挙を実施することになれば、香港だけの問題には留まらず、必ず新疆ウイグル自治区やチベット自治区に飛び火する。実際九月にも新疆ウイグル自治区で、大規模な暴動とその鎮圧によって数十名もの死者が出たという報道があった。貧富の格差の拡大による不満は中国全土に及んでいる。膨大な富を蓄積した一部富裕層は、海外に子女を留学させると同時に不正に海外に財産を移動させ、いつでも中国から脱出できる準備を整えている。その姿は、あたかも沈没寸前の船から逃げ出すネズミのようで、中国が崩壊間近であることを物語っている。
また、中東も今や制御不能な宗派間での武力闘争で鬩ぎ合い、混乱を極めている。その最たるものがイスラム国と称するスンニ派テロリスト集団の勢力拡大だ。
世界経済を見ても、デフレリスクの高まりやロシア経済の落ち込みによって、ヨーロッパの成長シナリオが揺らいできている。そのため日本とアメリカの経済に期待が集まってきているが、その期待通りには推移していない。
日本ではアベノミクスの下、二%のインフレターゲット政策をとっているが、地価と建築費の急激な上昇で新規のマンション供給が滞るなど、経済活動が沈滞しつつある。その一方で東日本大震災の復興として福島原発放射能漏れで健康に全く害を与えない放射能線量にもかかわらず、今は見直されたが、民主党政権により厳しい基準一ミリシーベルト以下という厳しい基準で除染し、津波が来たときには屋上に避難できる防災マンションを津波被災地に建設費の半額程度を補助して造れば、生命の安全は確保できるのにもかかわらず、高さ八メートルものスーパー堤防を建設するなど無駄なところに、多額の費用を使い、必要なところに資金が流れていない。円安効果によるプラスも一部の企業だけに留まり、逆に行き過ぎた円安による輸入物価の高騰と消費増税による影響が目立ってきている。特に車を移動手段とする地方のガソリン価格の高騰は問題だ。このように政治的にも経済的にも、世界全体が混迷状態に入ってきていると言えるだろう。

軍を掌握しきれていない習近平体制の危うさ

この混迷の一番大きな原因は、アメリカによる一極世界支配体制が崩壊しつつあることだ。二〇一三年九月のテレビ演説でオバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したことから、世界の歯車は狂い始めた。その一番顕著に現れた弊害は、選挙で選ばれた親ロシア派大統領ヤヌコビッチが西側が仕掛けたデモで追放されたことで始まったウクライナ問題を契機に、ロシアが武力侵攻してクリミア半島を併合したことと、それに対する欧米の経済制裁である。またアメリカのシェールガス・オイル開発の伸展に伴って、中東への原油の依存度が低下し、原油価格の下落に繋がっていて、その肩代わりに福島原発事故を起こした日本の原発の再稼働を阻止しようとして情報謀略戦を駆使し不安を煽り続けている。
前出の読売新聞の記事によると「ロシアは、原油と天然ガスに輸出の約七割、連邦予算の五割を依存しているいびつな経済構造」であり、原油安の影響をストレートに受けて経済が停滞、通貨のルーブル安になっているのだ。結果発生したインフレによる食料品高騰によって、ロシア国民の生活が苦しくなってきている。今や世界は密接に結びつきあっていて、様々なことが原因と結果となって影響を及ぼし合っている。
経済状態が思わしくない時に政権を維持しようとすれば、反撃してくる心配のない相手に対して、強硬な外交攻勢をかけるのが常套手段だ。しかしその常套手段の一環かと思っていたら、それよりも遥かに恐ろしい、権力者が権力の掌握ができていない事態だということを露呈したのが、現在の中国だ。十月十二日付けの日本経済新聞の「風見鶏」欄に以下の記事が出ていた。「九月一七日からの習氏のインド訪問の数日前。現地からの報道によると、中国軍がいきなり、インド側に越境したのだ。中印戦争後、なお国境が画定していないラダック地方でのことだ」「越境した兵士は最大で一〇〇〇人を超えた。習氏がインドに着き、『友好と協力』を呼びかけた最中にも彼らは居座っていた」「インドをけん制するため、習氏が越境を許したとの観測もある。だが、有力な説は、習氏が知らないうちに部隊が動いたというものだ。日米の安全保障当局者らに聞いても、後者を信じる向きが多い」「習氏がインドに飛んだのは中印友好を唱え、日米をけん制するためだ。越境騒ぎでそれは台無しになり、習氏のメンツもつぶれてしまったというわけだ」「今年に入り、中国軍機は自衛隊機に二回、米軍機にも数回、異常接近した。中国の『挑発』との報道もあったが、日米当局者は『パイロットか、現場司令部の独断だった』とみる」という。これらの事実は、習近平主席が掌握しきれていないところで、軍事衝突もあり得るということを意味している。非常に怖いことだ。

軍服姿の朴正煕像を韓国大使館前に建設せよ

先日二十のテーマで読み解く「アメリカの歴史」の著者で関西学院大学の鷲尾友春教授とブラジル日本会議理事長 徳力啓三氏を招いて我が家でワインの会を行った。
その席で鷲尾教授より、彼の知人でアメリカの著名な戦略研究家であり、現在アメリカの戦略国際問題研究所のシニアアドバイザーを務めるエドワード・ルトワック氏の著書『自滅する中国』を進呈された。その著者の有名な著作に『エドワード・ルトワックの戦略論』があり、その本で有名なのは、「戦略の逆説的論理」だ。Wikipediaによると「ルトワックによれば戦争においてはしばしば逆説(Paradox)が働いていると考えられる。例を挙げれば、目標地点に向かう接近経路の選定の問題において一般的には最短距離の道路が選択されるものであるが、戦争においては敵情に応じては迂回することになる悪路を選択すべき状況が考えられる。なぜならば敵の行動を考えれば前者の方が敵の警戒や防備が十分である可能性がある一方で、後者の方を選択すれば奇襲する可能性があるためである。このような逆説は戦争の本性として認められるものであり、平和維持活動に対しても適用できる。ルトワックは改訂版の本書で紛争の休戦を助けるよりも、むしろ両勢力のどちらかが完全に打倒されることで最終的な平和が確立されるものであると主張を展開している」という。ルトワック氏はかなりのプラグマティスト(実用主義者)だ。またこれは正に安倍首相が今行っている迂回戦略と合致する。
戦略の構造についてルトワック氏は「技術(Technical Level)、戦術(Tactical Level)、作戦(Operational Level)、戦域戦略(Theater Strategy)、大戦略(Grand Strategy)の垂直的な水準と軍事以外の戦争手段である外交、プロパガンダ、経済力、情報などの水平的な水準があり、この五つの垂直的水準と水平的水準の相互作用の調和(Harmony)が重要だと指摘している」(Wikipedia)。先日のワインの会の話題で、韓国が慰安婦像を日本大使館の前などに建てるのならば、日本は大日本帝国陸軍の制服を着た朴正煕の銅像に、日本名高木正雄と付記して韓国大使館の前に建てればよいという話もあった。朴正煕は日本の陸軍士官学校を卒業した大日本帝国に忠実な軍人だった。
終戦後は日本の援助もあって韓国大統領にまで上り詰め、経済的にも「漢江の奇跡」とも言われる飛躍的な成長を成し遂げた。その娘である今の朴槿恵大統領は、父親が親日派であったことで政治生命を絶たれないよう、必死に反日スタンスを保っていて、慰安婦問題を理由に日韓首脳会談も拒否している。その間にどんどん韓国経済は失速して、国民から不満の声が挙がり、支持率が低下している。そんな状況の中で、現大統領の父親が日本に忠誠を誓っていたことを示す朴正煕の像を建てることは、強烈な政治的打撃を朴槿恵と韓国に与えることになる。
今や中国に取り込まれ中国の属国となってしまったかのような韓国には、米国は最新の軍事機密などを与えないし、経済的に行き詰っても日・米ともに手助けする必要はない。これはルトワック氏の書による水平的水準の情報謀略戦の一手だと言えるだろう。
水平的水準の経済力も重要だ。日本がGDPで世界第二位の時には、韓国もここまで慰安婦問題を荒立てなかった。中国も尖閣諸島の領有をここまで主張しなかった。
毛沢東は、一九六四年に訪中した社会党の佐々木更三委員長の謝罪に対し、「何も申し訳なく思うことはありませんよ、日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしました。中国国民に権力を奪取させてくれたではないですか。皆さん、皇軍の力なしには我々が権利を奪うことは不可能だったでしょう」と感謝の意を示した。今日の中国の発展も日本のODAなどによる金銭的、人的、技術的な協力があった上のものだ。韓国の発展にも同様に日本が大きく貢献したのであり、両国は日本に感謝すべきなのに、逆に経済力が衰えた日本を批判する側に回っている。

力のバランスを保つことで平和を維持する

インターネットの普及によって、世界の片隅で起こったことが多くの人々に知られる時代になった。これもあって、混沌とした状況に陥っている世界の様子が、私達に刻々と伝えられてくる。香港の民主化要求デモは、矛盾の臨界を迎えた中国を根本的に変える変革の第一歩かもしれない。ロシアが抱えているのはウクライナ問題だけではない。チェチェンの独立問題も未解決のままだ。十月五日にもチェチェン共和国の首都グロズヌイで、十九歳の男が自爆テロを行い、五人の警官が死亡した。これらのニュースが他の地域に波及していく。イスラム国はインターネット上でのプロパガンダに非常に熱心だ。世界中から彼らの考えに共鳴した若者が合流しようとしており、日本でも、イスラム国に向かおうとした北大生が取り調べを受けるという事件が起こっている。昼はアメリカの空爆に耐え、夜に行動するというイスラム国の状況は、かつてアメリカが一敗地に塗れたベトナム戦争を思い起こさせる。空爆だけではイスラム国の支配地域を奪還することはできない。軍需産業に煽られて空爆を始めたアメリカは次にどうするつもりなのか。
中東の国々はそもそも部族国家であり、民主主義を掲げる西欧の国家とは決定的に異なる。これまでに私が訪ねたチュニジアのベンアリ大統領やリビアのカダフィ大佐、エジプトのムバラク大統領、そして駐日大使と親しくしているシリアのサダト大統領らは西洋列強国家米・欧からは独裁者と呼ばれながらも、それぞれの国を平和に統治していた。しかしその平和は、欧米が後押しするジャスミン革命によって大混乱に変わってしまった。
アメリカは東西冷戦の終結によって、仮想敵国を経済大国となっていた日本とドイツに変えた。そしてアメリカの軍需産業は兵器の輸出先と実験の場として中東に目をつけ、湾岸戦争からイラク戦争まで一連の戦争を引き起こすことによって、莫大な富を得たのだ。そんなアメリカとの同盟関係を日本は重視しなければならないが、いざという時のためにも独自の防衛力を整備できるように、憲法を改正して自衛隊を独立自衛の軍隊としなければならない。
国同士の関係はバランス・オブ・パワーで決まり、力の空白域が生じることで戦争が勃発する。今の世界の混乱は収まる気配を見せない。こんな中で、これまで日米安保条約によって守られてきた日本の平和を憲法九条があったから戦争に巻き込まれなかったと、汚れ仕事はアメリカに任せ、日本だけが平和でよかったと脳天気な考え方では、いつかしっぺ返しを食うのは明らかだ。一日も早く日本でも、力で平和を維持するという現実的な考えを主流にしなければならない。
情報によって繋がり、あらゆることが他の地域に影響を及ぼす現在の世界情勢下では、一国だけが繁栄や平和を享受することなど許されない。中国も韓国もロシアも、そして中東も問題を抱え、世界中が混乱状態に陥りつつある。アフリカではエボラ出血熱の拡大が止まらないが、エボラ出血熱は接触感染するもので、空気感染する感染症よりも感染拡大の恐れが少ない。そもそも最も多いインフルエンザやエイズなどそれ以外の感染症によって、世界中で年間一千万人以上の人々が亡くなっている。感染症による被害はこれまでの鳥インフルエンザもSARSも新型インフルエンザも最大の被害が風評被害で、日本など先進国では風評被害を拡大させない、正しく不安を煽らない統計学的確率計算に基づく報道にメディアは徹してほしい。
日本をはじめとする先進国では毎日大量の食料が期限切れで破棄されているが、一方まだ飢餓に苦しみ餓死する人も一千五百万人いる。私は世界七十八カ国を訪問したが、日本のような平和で安心して暮らせる幸せな国は他にはない。永遠には続かないかもしれないが、子孫のためにもこの繁栄を少しでも長く続けなければならない。危機はすぐそこに迫っており、時間はもうあまり残されていない。世界を俯瞰して、絶えず過去、現在、未来を考え、地域的にも時間的にも広い視野を持って、日本がこれから取るべき道を考える段階に来ている。日本国民全員がこの現実を直視すべきである。

2014年10月24日(水)18時15分校了

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