元谷 本日は、ビッグトークへのご登場、ありがとうございます。
セラヤンディア こちらこそ、よろしくお願いします。先日はご自宅での「ワインの会」にもお招きいただき、楽しい時間を過ごさせていただきました。
元谷 しかしセラヤンディアさんは、本当に日本語がお上手です。エルサルバドルの言葉はスペイン語ですよね。当然英語もお出来になるでしょうし…。
セラヤンディア フランス語も話せます。滑らかに話せるのは、この四カ国語なのですが、ドイツ語と中国語も勉強していて、片言なら大丈夫です。日本語と言えば、四月十九日に行われた日本に滞在する各国の大使館員の日本語スピーチコンテストで、優勝しました。大使で参加していたのは、私だけでしたね(笑)。
元谷 それは、おめでとうございます! 日本人でエルサルバドルという国のことを知っている人は、まだまだ少ないです。今日は読者に少しでもお国のことを伝えられれば…と考えています。
セラヤンディア 日本とエルサルバドルの関係は、非常に深いものがあります。一九五一年、連合国諸国と日本の間にサンフランシスコ講和条約が結ばれた時に興味深く良い話があります。エルサルバドルも連合国の一員として、駐米大使が講和会議に参加しました。条約の原案は少数の大国によって既に作成されていて、会議の直前にその他の国に渡されました。エルサルバドルの大使は文書を読んですぐ、この原案はエルサルバドルでは実行できないと考えました。原案の14条は、日本国籍を持つ者、日本もしくは日本人の代理人、または日本もしくは日本人が所有・管理する団体について、そのすべての財産・権利・利益は、連合各国が差し押さえ、保持し、清算し、または処分する権利があるとしていました。これはエルサルバドル憲法に反します。同時に、日本との平和条約の2条に列挙されているこれらの領土の移譲に関して、他国が結んでいたかもしれない誓約に基づいて条約は受け入れられず、また批准することができませんでした。この際、被災民の自由意思が考慮されたり、尊重されることはありませんでした。この留保条件は、樺太の一部や千島列島の移譲に適用され、また台湾に関する類似の事案および誓約にも適用されています。
元谷 対外資産の没収は許されないと。確かにそれが筋でしょう。
セラヤンディア はい。また資産の没収だけではなく、住民の承認なしで別の国になるということが、エルサルバドルの憲法に反するのです。すぐに母国の大統領に報告したエルサルバドル大使は、その承認を得て、これらの点について講和会議で条約案反対の演説をしました。当時の日本の首相だった吉田茂も、このエルサルバドル大使の演説は有り難かったと書いています。
元谷 その話は知りませんでした。
セラヤンディア 演説の翌日、エルサルバドル駐在のアメリカ大使が、エルサルバドルの外務大臣に直接会って、抗議をしたそうです。しかし大臣が「駐米大使には憲法に従って発言するように指示している。条約案は憲法違反なので、あのように演説せざるを得ない。大使、あなたは質問をし、私は答えた。ドアはそこにあります」と答えたところ、アメリカ大使はそれ以上は何も言わずに、帰っていったそうです。ただこの反対意見は通らず、結局エルサルバドルは、一九五二年にサンフランシスコ講和条約に署名しています。
元谷 それでも日本にとって、非常に意義あることをエルサルバドルは行ってくれたと思います。サンフランシスコ講和条約が結ばれた一九五一年には、すでに冷戦が始まっていて、その代理戦争である朝鮮戦争も前年の一九五〇年に勃発していました。日本との講和条約も、結局はソ連、中国などを外した西側諸国だけで締結することになりました。日本の独立を急に認めるようになったのは、東アジアに共産化の波が押し寄せてきたからです。日本にとっては、ありがたいことだったのですが。
セラヤンディア その通りだと思います。
元谷 終戦までは満州に日本がいることで、中国の共産化の歯止めになっていたのですが、それが無くなってすぐに中国共産党が全土を支配しました。さらにスターリンは北朝鮮の金日成に圧力を掛けて、朝鮮半島の統一を狙わせました。朝鮮戦争の勃発です。韓国軍と国連軍は釜山付近にまで追い込まれ、絶体絶命の状態に陥ります。しかし、アメリカ軍が仁川上陸作戦を成功させて一気に挽回、ソウルからさらに三十八度線を越え、平壌を制圧、さらに中朝国境付近にまで北朝鮮軍を追い込んだところで、中国人民解放軍が参戦し再び押し戻されます。最終的には三十八度線で休戦状態に入り、今に至ります。日本を西側に置いておく一方、ソ連の扱いもアメリカは考えなければなりませんでした。北方領土や樺太の問題をエルサルバドルの大使が、堂々たる正論で論じてくれたのですが、そこはソ連が不当な手段で占拠していた場所です。不当という認識はあっても、力の現実では変更は難しい。だからせっかくの正論も、受け入れられることがなかったのでしょう。
セラヤンディア 代表の仰るとおりだと思います。
元谷 そのような日本との深い結びつきもあるエルサルバドルですが、少し国の基本的なことを教えて下さい。
セラヤンディア はい。エルサルバドルは、西をグアテマラ、北から東をホンジュラス、そして南を太平洋に囲まれた、面積が九州の半分ぐらいの国です。人口は約六百三十万人。首都はサンサルバドルになります。言葉はさっきお話したようにスペイン語、宗教はカトリックが主流です。北部は山岳地帯になって、開けている海岸線沿いにはパンアメリカン・ハイウェイが走っています。
元谷 中央アメリカの細いパナマ地峡にあって、交通の要衝とも言える場所ですね。
セラヤンディア はい、そうです。十六世紀初めにスペインによって占領され、植民地として開発が進みました。十九世紀初頭にスペインから独立、その後様々な政権が樹立して、今に至っています。
元谷 一九八〇年から一九九二年までエルサルバドルは内戦状態になり、七万五千人もの犠牲者を出してしまいました。世の中で一番悲惨なことの一つが内戦です。対外戦争よりも犠牲者が出やすく、実際アメリカが過去最大の六十二万人の戦死者を出したのは、内戦である南北戦争でした。戦争が公共事業とも言えるアメリカでもそうなのです。エルサルバドルの内戦は、東西冷戦を背景にベトナム同様、ソ連とアメリカの代理戦争の様相がありました。近くの国で、革命も起きましたし。
セラヤンディア エルサルバドルは社会不正、経済格差、選挙の不正、デモ隊への政府からの圧力が原因で不安定化しました。革命が起きたのは、キューバとニカラグアですね。アメリカはキューバの二の舞いを避けるために、中米各国で政府を強く支援していました。それをバックに、エルサルバドル政府は左派勢力を厳しく弾圧したのです。国のために活動を行ってきた左派勢力も、あまりの弾圧に、いずれにせよ殺されるなら、戦って死んだ方がましと急速に武装化・ゲリラ化していき、内戦へと繋がっていきました。当時の政府はゲリラとの戦いで忙しく、東部のエルサルバドルとの国境近くにある島で、左翼の力がニカラグアから武器を手にするのを防ぐため、その島の監視をホンジュラスに依頼したのです。すると内戦終結後、その隣国の政府は勝手にその島にヘリポートを建設し、領有権を主張してきました。これにエルサルバドルは、ずっと抗議をしています。
元谷 韓国が竹島に行ったことと全く同じです。歴史的にはエルサルバドルの領土なのに、一時期監視を依頼しただけで、隣国に占領されてしまったということですね。日本の尖閣諸島や竹島をはじめ、世界では領土争いは珍しいことではありません。理屈よりも一番強いのは、実効支配をしているかどうかでしょう。とにかく武力による現状変更を認めては駄目です。今回、ウクライナのクリミア共和国は、結果的には武力による現状変更になってしまいました。しかし領土争いが問題になるのも、エルサルバドルが内戦を乗り越えて平和になった証でしょう。内部でもめている時に、他国との領土争いは問題にならないでしょうから。
セラヤンディア 確かにそうかもしれませんね。内戦の終結について、私達が一番誇りに思っているのは、政府もゲリラも武器を置いて、きちんとそれぞれの条件を出して話し合いを行って、一九九二年一月十六日に平和協定が結ばれたということです。このような終わり方は、世界の歴史でも非常に珍しいことで、国連平和維持活動の一番の成功例と言われています。双方に、ここで戦いを終結させないと国が滅びるという認識があったからでしょう。
元谷 その後は順調に安定した国へと歩んできましたね。
セラヤンディア はい。今では世界に向けて民主主義の定着を宣言できるようになりました。今年の三月に大統領選挙の決戦投票が行われ、激戦の結果、従来からの与党であるファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)のセレン氏が選ばれました。六月一日に大統領就任式が行われます。
元谷 これまでのフネス大統領も、非常に人気がありましたね。大統領は一期だけなのですか?
セラヤンディア 任期五年で、連続の再選は禁止されているのです。フネス大統領の支持率が高かったので、今回セレン氏が勝利できたのだと思います。新政権が行わなければならないことは、山積しています。経済成長のための戦略の一つは、投資を誘致することです。エルサルバドル国際空港をハブ空港化することが私の夢で、この国にとって大きなチャンスになるでしょう。この空港は日本からの円借款で建設され、内戦の直前に完成したものなのです。
元谷 多くの大使と話していると、日本が世界各国に貢献した事業の話が数多く出てくるのです。しかし日本人があまり主張しないために、日本人も世界の人々もそれを知りません。国によってはどこの援助で作ったかというプレートもつけないので、援助された国の人々でさえ、知らないのです。逆に中国や韓国に、出鱈目な歴史を広められることで、日本の評判が落ちています。韓国は日本の援助によって、朴正熙大統領時代に「漢江の奇跡」と呼ばれる急速な復興を遂げることができました。そのことを、娘の朴槿恵大統領は知っているのでしょうか。中国や韓国はよく「日本は歴史を直視せよ」と言いますが、直視すべきなのは彼らの方です。南京で三十万人が虐殺された証拠など一つもありませんが、虐殺などなかったという証拠は豊富にあります。慰安婦についても、一九四四年にアメリカ軍がビルマで捕まえた慰安婦を尋問した記録が、ワシントンの国立公文書館に残っています。そこには慰安婦は軍隊を追って商売をする単なる売春婦だと、明記されているのです。性奴隷や強制連行など、全くの出鱈目です。
セラヤンディア ほんとうですか? 知りませんでした。
元谷 ところで政治の安定によって、人々の暮らしも変わってきましたか?
セラヤンディア はい。これまで貧しい人が多く、学校にも行けず、医療も受けられない人が多かったのです。二〇〇九年に初めてフネス大統領を首班とする左派政権が誕生、最初は周囲との摩擦が激しかったのですが、次第に理解を得るようになっていきました。フネス大統領は世界各国を回ってエルサルバドルのことを語り、国内統一にも尽力してきました。今、国の一番の課題は経済成長です。社会投資を行うための財源が求められています。そのため、あらゆる方面で生産力向上の施策が行われています。
元谷 先ほど人口が約六百三十万人とお聞きしましたが、海外に住んでいるエルサルバドル人も多いというのですが…。
セラヤンディア 内戦の時に海外に移住した人が多いのです。私の姉二人と弟一人が、サンフランシスコで暮らしています。エルサルバドル人はいくつかの分野で働いていると言われています。彼らは労働者として優れていて自分の仕事に情熱を持っていると評されています。これはエルサルバドル人と日本人に共通するのではないでしょうか。例えばアメリカの日本食レストランの調理担当として働いているエルサルバドル人の話を聞いたことがあるのですが、覚えも早いと言われていました。
元谷 日本人と似ているのではないですか?
セラヤンディア はい、その通りです。エルサルバドルは、他の国から「中米の日本」と言われているのです。資源がなく、住んでいる人が頼り。だから非常に勤勉なのです。また二〇〇一年に大地震があったように、火山国で地震の多い国です。この点でも日本に似ています。
元谷 環太平洋火山帯に位置しているからですね。耐震化に関して日本は世界有数の技術を持っています。
セラヤンディア よく知っています。防災や耐震はエルサルバドルと日本を結ぶ柱なのです。エルサルバドルで、日本語の「タイシン」や「ボウサイ」は、そのまま通じるのですよ。何人かの学生が日本の大学に留学して、技術を学んでいます。
元谷 何人ぐらい日本に留学しているのですか?
セラヤンディア 正確な数字はわかりませんが、日本への留学生の数は少ないです。もっと増やしたいと考えているのですが…。
元谷 エルサルバドルのような親日国家に対しては、大学の留学生枠や奨学金など、日本側の受け入れ体制をもっと整える必要がありますね。私が常々主張しているのは、防衛大学に親日国家の学生をもっと受け入れることです。安倍内閣は、武器輸出三原則の変更を四月に閣議決定しましたが、親日国とは武器だけではなく人材の交流も、積極的に行うべき。それによって日本を中心に良い国家関係が築かれ、最終的には世界平和に貢献することに繋がると思います。
セラヤンディア 私も同感です。
元谷 いくら憲法で平和を謳っていても、相手が軍事力を行使してきたら、力の論理で屈服せざるを得ません。エルサルバドルの島も竹島も、実効支配されてしまうと、それを取り戻すのはかなり困難です。本来であれば、実効支配される前に手を打つべきなのですが、韓国が一九五二年に李承晩ラインを引いて一方的に竹島を自国の領土とした時には、日本にはそれを跳ね返す力がありませんでした。この李承晩ラインによって韓国に多くの日本漁船が拿捕され、漁民が抑留され死傷者まで出ているのです。これが力の現実でしょう。
セラヤンディア 悲しいですが、その通りです。
元谷 国際関係の現実は、「惻隠の情」や「思いやり」など存在しない過酷なものです。それを島国で平和を貪ってきた日本人は知らないのです。日本人は嘘をついてはいけないと考えますが、相手国は嘘で騙される方が悪いと考えるのです。
セラヤンディア 正しく現実を認識しないと、危険ですね。
元谷 その通りです。
セラヤンディア 日本企業最初の海外工場は一九五〇年代にエルサルバドルに設けられました。エルサルバドル人の気質は本当に勤勉ですから、日本企業からの投資に向いています。駐エルサルバドルの元日本大使から聞いたのですが、外国人投資家がエルサルバドル人の性質に非常に驚いたと言っていました。ある日本資本の工場の話です。二〇〇一年の大地震の後のある日、工場長がエルサルバドル人の従業員は誰も来ないだろうと思っていたら、全員出社したというのです。また今は特に、内戦後の国を復興させたいという気持ちに満ちていますから、非常にみんな前向きです。国民の平均年齢も二十四歳ととても若いですし。
元谷 平均年齢が若いというのは、子供がどんどん生まれているということで、平和になった証です。
セラヤンディア そうですね。また観光客にも、もっとエルサルバドルを訪問して欲しいですね。通貨はアメリカドルですから、旅行者にとっても便利です。またロサンゼルスから四時間のエルサルバドル国際空港は中米エリアのハブ空港ですから、どの国に行くにも便利です。
元谷 エルサルバドル国際空港を本拠地にしている航空会社はどこになるのですか?
セラヤンディア 南米最大の航空会社だったコロンビアのアビアンカ航空と、中米に強かったエルサルバドルのタカ航空が合併した、新しいアビアンカ航空が飛んでいます。合併により離着陸が増え、空港を拡張しないと間に合わない状況になっています。
元谷 世界が豊かになって、航空機に搭乗する人が増えています。どの国でも国民の平均所得がある水準を越えると、海外旅行ブームが沸き起こりますから。中国、インドの平均所得がこの水準に達すると、世界中を人々が行き交うことになり、航空機の需要が飛躍的に伸びるでしょう。日本はアメリカに押し付けられた不文律によって、ずっと航空機開発に参入できずにいました。しかし小型旅客機であるMRJ(三菱リージョナルジェット)の量産計画が発表されるなど、状況は変わりつつあります。今後数倍の規模にまで発展しそうな航空機市場に、日本はもっと積極的に強い意志を持って参入すべきです。どんな国同士でも主張すべきは主張し合って、妥協点を探るというのが普通です。しかし日本は主張が足りない。ここを改めるべきです。
セラヤンディア そんな大旅行時代に備えて、ぜひエルサルバドルにアパホテルを作ってください。温泉もありますので(笑)。
元谷 わかりました(笑)。いつも最後に「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
セラヤンディア 日本の若い皆さんは、とても幸せだと思います。世界中いろいろな国がありますが、日本ほど平和で人権を尊重する国はありません。そして、国民の血には思いやりの気持ちがしっかりと流れています。これは正に財産です。永遠に次の世代に伝えていって欲しいですね。
元谷 外国の方にそのように評価してもらえると、とても嬉しいです。
セラヤンディア 私が最初に日本のことを知ったのは、小学校六年生の時の学校の授業でした。教科書には原爆のキノコ雲の写真が載っていたのですが、戦争によって多大な被害を受けながら復興、経済大国になったという話に、子供ながら凄い国だなと思いました。またナショナルやトヨタ、ホンダなど、エルサルバドルに入ってくる安くて性能の良い日本製品にも感動を覚えましたね。エルサルバドルで知り合った日本人と結婚したことで、憧れの日本にやってきたのですが、大使になれて私は本当に幸せです。というのはそれによって自国のため、また両国の友好な関係のために働いて、できることが増えるからです。逆に日本の人にも、もっとエルサルバドルを知って欲しいと思います。
元谷 私もぜひ一度訪問したいと思います。今日はありがとうございました。
ディダ・セラヤンディア氏
1957年エルサルバドル第3の都市であるサンミゲル生まれ。エルサルバトルの国立音楽学校で音楽教育とピアノを学ぶ一方、エルサルバトル国立大学で生物学などを学ぶ。その後日本人と結婚して来日。1985年から日本でフリーランスの翻訳者として大使館やJICA、警視庁などの仕事に従事。藤沢市の市立学校の教師を経て、2010年にエルサルバトル大使館の公使参事官に就任。2011年から現職。
対談日:2014年4月25日