ここ何カ月かこのエッセイで、私は安倍首相は憲法改正をテーマに衆参同時選挙に打って出るべきだと提言し、五月二十三日には安倍首相の携帯に直接電話をして、進言もした。にも拘わらず、安倍晋三首相は二十九日の読売テレビのインタビューで、衆参同日選の可能性について「昨年衆院選をした。衆院議員が落ち着いて仕事をしていくことができることも大切だ」と述べ、衆参同日選に否定的な考えを示した。これまで常に「適時適切に判断」と言ってきた首相だが、ここに来て初めて「適時適切」と言わずに「衆議院議員が落ち着いて仕事をしていく事が大切だ」と言った。普通では理解し難いおかしな理由で衆参同時選に否定的な言葉を口にしたのは、自分の思い通りにできなかったからかもしれない。
過去を振り返ると、二〇〇八年の九月に麻生内閣が発足したが、その翌月の十月二十八日には、日経平均株価がバブル経済崩壊後最安値の六、九九四円となった。また翌々日の三十日には、アパグループ主催の「真の近現代史観」懸賞論文の最優秀賞を獲得した、現役の航空幕僚長であった田母神俊雄氏が、「政府の公式見解と異なる内容の論文を書いた」として更迭された。メディアからの攻撃も激しく、私にまで警察から「殺害予告が入ったので警護します」と言われた。自民党が一番苦しかった時だ。小泉郵政選挙で自民党が大勝した衆議院の任期ぎりぎりまで解散を引き伸ばした麻生首相だったが、二〇〇九年七月に衆院を解散、翌八月の総選挙で惨敗。「民主党政権実現へ」との酷いメディアの煽動や「チェンジ」の合唱で自民党は完敗、政権交代が行われ、鳩山由紀夫内閣が発足した。選挙の前に鳩山首相は沖縄の普天間基地の移転に関して「最低でも県外、できれば国外」と発言していたのだが、実際に政権をとったことで自民党が長い時間を掛けて築いてきた日米合意はご破算となり、普天間の移転問題は迷走を始めたのである。「日米中は正三角形の関係」「日本列島は日本人だけのものではない」など現実を直視しない発言を繰り返した鳩山首相は、普天間問題によって日米関係がぎくしゃくしたこともあって、どんどん中国に付け入る隙を与えていった。数々の失政と実母からの献金問題によって鳩山首相は二〇一〇年六月に辞任。次に菅直人氏が首相となると、周辺国による日本を舐めた行動が多発し始めた。翌七月にはメドベージェフ大統領が国後島を訪問。これはロシアの大統領としては初めての北方領土訪問だった。九月には尖閣諸島海域で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりをするという事件が発生。翌二〇一一年八月には李明博大統領が竹島に上陸し、天皇陛下を貶める発言(韓国を訪問したいなら独立運動で亡くなった人々を訪ね心から謝罪するならばよい)をした。
また菅首相にも外国人からの献金疑惑が湧き起こり、追求されれば辞任は必至かと思われた時に発生したのが、東日本大震災だ。二〇一一年三月十一日に発生したこの地震をチャンスに菅政権は延命を図ろうとした。そのため、本来避難させる必要のない地域の全ての人々を強制的に、特に重篤な入院中の病人まで急速に避難させ、そのストレスで死に至らしめた。
自民党政調会長の高市早苗氏が「放射線の被曝で死んだ人は一人もいない」と言って批判されたが、批判されるべきは民主党であり、福島県の災害関連死が一、四一五人と多くなった責任は民主党にある。これこそが民主党政権最大の失政と言える。
百ミリシーベルト以下の被曝で癌の発生率が増えたという科学的データがないにも拘わらず、二十ミリシーベルト以上の地域は避難と言いながら、原発から三十キロメートルの同心円内を放射線被曝の有り無しに拘わらず避難地域と定め、強制避難させたのだ。また除染の基準をこれまでの環境省基準の五ミリシーベルトから、本来であれば非常時だから一時的にでも二十ミリシーベルトぐらいにすべきなのに、民主党原発事故担当大臣の細野氏は、日本人は自然界からでも年間一・五ミリシーベルトの放射能を浴びているのに、除染基準をそれより厳しい一ミリシーベルト以上としたために、一ミリシーベルトを超えると危険であるとの思い込みを定着させ、膨大な面積の土地が除染の対象地域となり、多額の税金が浪費されることとなった。また、福島の事故の評価を当初のレベル五からいきなりチェルノブイリと同じ最大値のレベル七としたのは、菅政権が低いレベルと評価したとの批判を避ける為だったが、これも大きな失敗だ、この評価の為に、世界中にこの事故が実態以上に深刻に伝わった。
二〇一二年になって石原慎太郎東京都知事が尖閣諸島を東京都で購入し、そこに何らかの施設を建設する計画を発表したところ、「これは中国を刺激する」と野田政権は中国に慮って、急いで尖閣諸島を買い取って国有化する決定を下した。ところが中国政府はこの善意を逆手にとって、「中国の面子を潰した」と言い掛かりをつけ、中国国内を煽って激しい反日暴動を起こさせた。一連のデタラメな政策により民意は民主党から自民党へと移り、十二月の総選挙で自民党が圧勝、安倍晋三氏が再び首相に返り咲くことになった。政権が発足して間もない今年二月に、海上自衛隊の護衛艦への中国海軍フリゲート艦からの火器管制レーダーの照射を公表するなど、明らかにそれまでの民主党政権とは異なる中国への対応を安倍首相は示した。尖閣問題で刺激すればするほど日本は保守化し、安倍政権の支持率が上がると、中国はアメリカからの要請もあって、最近少し静かになった。
アベノミクスで株高、円安となり自民党の支持率もこれまでの最高の三十八パーセントと好調だ。衆参同時選挙が行われれば、両院とも自民党が圧勝して参院非改選議員も靡いて、改憲勢力が議席数の三分の二を確保して、憲法改正への道が開ける可能性も高く、日本が真っ当な国となる絶好のチャンスだったのだ。しかしこれに水を差したのが、橋下発言だった。
五月十三日のぶら下がり取材での橋下徹日本維新の会共同代表の「慰安婦問題発言」を、ニューヨーク・タイムズやBBCなど世界中のメディアが批判的に報じた。またこの発言を安倍首相の村山・河野談話見直し発言に絡めて、日本の右傾化を警戒する海外での報道もいくつか出てきた。世界が日本の一野党の代表の発言にここまで反応したのは、先の大戦前後の歴史の見直しは一切許さないという、アメリカなど戦勝国の姿勢の表れだろう。この発言の影響もあって、日本維新の会の政党支持率は最盛期には第二位の一六・五%(共同通信二〇一二年一二月一八日)まで達していたが、六月二日には四・二%と四分の一近くまで激減している。この橋下代表の発言とそれによる支持率の大幅低下が、安倍首相の衆参同時選挙構想の大きなブレーキになった。
最初の安倍首相の心積もりでは、自民党と維新が憲法改正で連立を組み、改憲反対を主張する公明党は切り捨てて、改憲をテーマに衆参同時選挙に臨もうとしていたと私は見ている。橋下発言が世界中で大きく報道された後も、その構想は生きていた。私が五月二十三日に安倍首相に電話した時には、まだ彼は逡巡している様子だったのだ。その証拠に、翌二十四日には自民党と公明党は参院選に向けての共通公約の策定を見送っている。これは連立解消への布石だったはずだ。
しかし二十七日の橋下氏による外国人記者クラブでの記者会見後も、世界のメディアからの批判的報道は続いた。このまま解散すれば衆院維新の会が壊滅的ダメージを受け、折角ある現在の改憲勢力三分の二の衆院での議席も難しくなる可能性も高く、また維新と連立を組めば世界から安倍政権も橋下氏と同一視され、極右政権と非難を浴びる事になることから、解散を断念せざるを得なくなった。そんな状況で公明との連立を継続する事となり、五月二十九日の朝、自民・公明両党の幹事長と国対委員長が参院選の投票日を決定、投票日を七月二十一日とした。この決断を踏まえての、二十九日の読売テレビでの安倍首相の発言だったのだろう。そう考えれば、「落ち着いて仕事」というおかしな発言の理由も読めてくる。橋下発言によって維新の支持率が激減し、組んでも自民党のメリットがなくなり、公明党が連立から離れることに危機感を抱いたことが、両党が再び連携したことの理由だろう。
衆参同時選挙断念のもう一つの背景は「アメリカの壁」だ。アベノミクスによる株価の上昇、円安の進行などで安倍内閣の支持率は落ちる気配を見せない。このまま同時選挙となれば両院で自民党が圧勝し、憲法を改正して真っ当な国を作ることにまた一歩近づくことになる。真っ当な国になった日本は脅威だ。この点でアメリカと中国は共通の認識を持っている。危惧を感じたアメリカは、中国に何らかの圧力を掛けて尖閣諸島問題でこれ以上日本を刺激することを止めさせた。刺激すればするほど、日本の保守化が進み、自民党支持が増えるからだ。六月二日に中国の戚建国副総参謀長が尖閣領有問題を棚上げにすべきと発言しているが、これもアメリカからの圧力の結果の一つだろう。最近の維新潰しや、株価の乱高下も、日本の一人立ちを認めないアメリカの透明に見えるガラスの壁である。
安倍政権の成立以来、順調に円安株高と続いて、このままでは益々安倍政権の支持率が増えると、アメリカはヘッジファンドを総動員して、株を買い上げさせておいて、一転、空売りに走らせ、値を下げたところで買い戻す事を繰り返して、莫大な利益を手に入れさせるとともに、アベノミクスの経済政策に不安感を与えたものと思われる。しかし、株価の底と底、山と山を線引きすれば右肩上がりで、この傾向はこの後も続き、日本経済は着実に回復して来ている。
株価の乱高下に動じることなく、安倍首相は腰を据えて、世界情勢を見ながら政権を運営していって欲しい。大きな課題は、どうやってアメリカを納得させ良い関係を保ちながら、戦後レジームからの脱却、すなわちアメリカからの自立を達成することができるかだ。そのためには、正しい歴史教科書に基づき、日本の誇れる歴史を教え、知らないが故に反日日本人となっている多くの国民に真実の近現代史観を身に付けさせ、アメリカと中国の影響を強く受けているNHKや日経新聞・朝日新聞などのメディア報道を無条件に信じることを止めさせなければならない。
橋下叩きに便乗した安倍叩きを避けるために、今回衆参同時選挙を断念したことはやむを得ないことだった。今は我慢の時だ。衆院議員の任期満了と次の参院選が重なる三年後の衆参同時選挙を目指して、着実な成果を上げることで安倍政権は長期政権を目指すべきだ。元自民党幹事長の中川秀直氏の著書『官僚国家の崩壊』に書かれた「ステルス複合体」と呼ばれる東大法学部卒業者を中心とした官僚・法曹界・大企業・マスメディアに広がるネットワークはアメリカとしっかり連携し、アメリカによる間接支配の尖兵となっている。五年前の第一次安倍政権ではそこに対する警戒心が不十分で、一気に物事を進めたために、アメリカとステルス複合体の両方の抵抗を受けて、わずか一年で頓挫した。今回はその二の舞を踏んではならない。そこで今は河野・村山談話も踏襲すると述べると共に先の安倍政権下で「靖国参拝が出来なかった事は痛恨の極み」と述べていたにも拘わらず、今回の春の例大祭にこれまで最高の四人の現職閣僚と百六十八人の国会議員の参拝を実現させるも、自らは参拝せず真榊料を奉納するにとどめ、その一方で遺骨収集担当大臣を置き、遺骨収集に全力を挙げると発表した。三年後の衆参同時選挙で勝利すべく、これまでの批判される対象に対して正面突破を避け、迂回戦略で搦め手からの日本の保守化を進めると共に、日本の最大の力はソフトパワーであるとしてデフレ脱却を図るための大幅金融緩和と規制改革を図り、投資減税を行うと共に、都心の容積率アップや国家戦略特区の制定・原発再稼働を進め、海外への輸出・大深度地下の利用など次々と手を打って、一人当たりの国民総所得(GNI)を十年後までに一五〇万円増やす政策を立てている。そして三年後には衆参同時選挙を行い、大勝して憲法改正を行い力をつけた後に、謂われなき南京虐殺や従軍慰安婦問題などの村山・河野談話の見直しを行うのだ。経済を成長させ国民所得を増やすのはもちろんのこと、この三年間で憲法改正のための国民世論を熟成し一つの案に昇華させる。そうなれば九六条の先行改正の必要もなく、最初からその国民案と呼ぶべきもので発議し、国民投票に掛ければ良いのだ。また日本は、インド、インドネシア、ロシアなど中国と隣接する大国との関係を深め、アメリカとの同盟関係を維持しながらも、撤退するアメリカと膨張する中国の中にあって、アジアのバランス・オブ・パワーの一翼を担うべく行動していくべきだ。
先日東洋経済の六月十五日号を読んでいたら、「世界の視点」というコラムでニューヨーク在住のリチャード・カッツ氏(The Oriental Economist Report 編集長)が、私と下村博文代議士(文科大臣となる前の)が昨年十二月号本誌のビッグトークの英訳を読まれたのだと思うが、下記のタイトルで記事を掲載していた。
「安倍政権を擁護するメディアの不可思議」。
「日本のメディアは首相に対して就任後数カ月も経てば悪口を言い始めることで知られているが、安倍晋三首相は信じられないようなフリーパスを六カ月も与えられてきている」と安倍首相に対して日本のメディアが批判を怠っていると非難し、「日米関係揺るがす安倍首相の発言」とのタイトルで、安倍首相が国会答弁で、日本の行為が村山談話の「侵略」という呼び方に値するか否かについての首相の発言をめぐり、「これは歴史学者の問題であって政治家の問題ではないと国会で公言することは事実上、村山談話の内容の再確認を拒否したということだ」と非難し、安倍首相の発言について日本のメディアが批判することを求めた。
「日本のメディアは、なぜ多くの首相側近たちが極端な修正主義者的見解を持つかを調査してこなかった。たとえば、下村博文文部科学相は二〇一二年のインタビューで『安倍首相は、南京大虐殺は起こっておらず、慰安婦の問題は存在しないと宣言するべきだ。東京裁判の歴史的視点を完全に否定し、靖国神社に参拝するべきだ』と語っている。このインタビューの相手は不動産業界の大物で首相と関係がある元谷外志雄氏だ。同氏が発行する雑誌は〇八年に田母神俊雄氏が書いた懸賞論文に最優秀賞を授与した。第一次安倍内閣で航空幕僚長に任命された田母神氏は『日本は、日本を戦争に引き込むために米国が非常に注意深く仕掛けたわなにはめられた』と主張して更迭されたが、安倍首相の支援集会などで首相とともに頻繁に公の場に姿を現している」と私と下村氏とのビッグトークでの発言をメディアが批判しなかったから歴史の見直しを主張する代議士が大臣になったと日本のメディアを非難する一文を載せている。
私はこれが「真の近現代史観に立つ者を極端な修正主義者と批判し、排除しようとする」、プロテスタント原理主義国家アメリカの本性ではないかと思う。大統領就任式で、聖書に手を置き宣誓する一神教・キリスト教徒である大統領の最終の使命は、世界をキリスト教に染め上げることにある。安倍政権は内外からの批判に屈せず、黄金時代とも言える選挙のないこの三年間に、大いにソフトパワーをつけ、憲法改正への国民世論を醸成してほしい。私が主宰する勝兵塾もこの安倍政権をしっかり応援していきたい。
6月21日(金)午前10時10分校了