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ビッグトーク245(BIG TALK) 弱い国は叩かれ、強い国は叩かれない。これが国際社会の常識だ。

数々の苦難を経て一九四八年にユダヤ人の国家として独立。その後、四度にわたる中東戦争など数々の戦いを勝ち抜いて、国家としての主権を国民一体となって守り抜いてきたイスラエル。駐日イスラエル大使のニシム・ベンシトリット氏に、敵に囲まれた国がどのようにして国を守ってきたかや、世界の情報謀略戦の実態などをお聞きしました。

徴兵制によって国に貢献する心を育てる

元谷 ビッグトークへのご登場、ありがとうございます。先日は勝兵塾で素晴らしい講演もしていただきまして。今日はその講演でのお話をもっと深めて、イスラエルという国家を今日まで運営してきた知恵を学びたいと思い、お声をお掛けしました。

ベンシトリット よろしくお願いいたします。日本とイスラエルには多くの共通点があります。両国とも三千年を越える古い歴史を持ち、天然資源に乏しいために人材育成に力を注いで、今日の発展に至っています。

元谷 日本の場合には、江戸時代から教育には力を入れていました。武士は藩校、町人は寺子屋で学び、識字率も高かった。これが明治維新以降、近代国家建設の土台となったのです。周りを敵意を持つ国に囲まれているイスラエルの場合、人作りは死活問題でしょう。それを強い意志を持ってやってきたことが、今イスラエルが立派な国家として存続している理由だと思います。

ベンシトリット 良い国の三条件とは、まず教育、そして安全保障、最後に強い社会だと私達は考えています。これらを達成するために最適なシステムを構築してきたのです。大きな柱は男性は三年、女性は二年兵役につかなければならないという、強制的な徴兵制度でしょう。まずこの制度によって、若者達の中にいつでも国家に貢献しなければならないという雰囲気が醸成されます。また軍が持つ世界でも最先端のテクノロジーを学ぶこともできます。裕福な階層と貧しい階層の出身者が一緒に三年間を過ごすということも、国家のバランスから見ると非常に有益なことだと考えています。

元谷 そのように国を整備して、敵だらけの中で生き抜いてきたのがイスラエルという国家の強みだと思います。それにひきかえ日本は先の大戦後、アメリカにおんぶにだっこで、自らを守ることを忘れてきています。しかも本当にアメリカが日本を守ってくれるかどうかも、大いに疑問があるのです。中国が核実験に成功した時に、本来であれば日本は核兵器を保有するかどうかの議論を始めるべきだった。しかし今の日本では、明らかに日本に敵意を持つ北朝鮮が核実験を行った後にも、核兵器を持つかどうかという議論が生まれてきません。本当かどうか定かではありませんが、ダチョウは危険を感じると敵を見ないように、砂に穴を掘って頭を突っ込むといいます。日本の現状もこれと全く同じです。アメリカにかつてのような力があった時はまだ安心なのですが、年々衰退していっているので今からが心配です。イスラエルを参考に、日本は自国を守る術を身につけるべきだと私は感じています。

ベンシトリット なるほど、わかりました。もう一つ日本とイスラエルの共通点があります。どちらも悲劇に見舞われていることです。イスラエルはホロコースト、そして日本はもちろん東京大空襲や広島と長崎の原爆でしょう。ホロコーストから私達が学んだのは、自分たちのことは自分たちで守る。他国の助けには頼らないということでした。この点、日本とイスラエルでは、意識が異なるのではないでしょうか。

元谷 その通りです。イスラエルが核兵器を保有したと思われてから中東戦争は終わり、第五次は起こっていません。核兵器の抑止力というのは、数に拘わらず、持っているかいないかで決まります。しかも事実でなくてもいい。相手に自分たちが持っていると思い込ますことができれば、抑止力となるのです。世界中がイスラエルを核保有国だと考えていますが、公式にはイスラエルは核兵器も持っているとも持っていないとも表明していません。

ベンシトリット はい、そうです。

元谷 それが非常に巧みなところです。どちらとも言っていないからこそ、抑止力が生じている。一方日本は非核三原則などと称して、自ら核兵器を持たないことを宣言してしまっています。頭の悪い対応としか言いようがありません。

ベンシトリット イスラエルが戦った戦争は一九四八年、五六年、六七年、七三年の四回の中東戦争に加え、八二年と二〇〇六年の二回のレバノンとの戦いがあります。私も兵士として三回戦地に赴きました。三年の兵役後予備役として、四十五歳になるまで毎年一カ月の兵役義務があるのですが、それは平時のこと。戦時には一カ月ではなく当然もっと延長されるのです。元谷代表がおっしゃるように、イスラエルは核兵器を持っているとも持っていないとも言ったことはありません。ただ明確にしているのは、イスラエルが中東で最初に核兵器を導入する国には絶対にならないということだけです。

元谷 なるほど。

平和を保つには
防衛システムの維持が必須

ベンシトリット 兵器が人を殺すのではありません。人が人を殺すのです。この観点からも大切なのは抑止力を持つことです。日本は技術的には十分に自分たちを守る力を持っています。非核三原則をどのように取り扱うかは、北朝鮮など周辺国の動向を踏まえて日本政府が決定すべきことでしょう。

元谷 おっしゃる通り抑止力が重要なのですが、「やられたらやりかえす」という意志が伝わらないと、抑止力は生じません。イスラエルからは十分にその意志が感じられるのですが、今の日本は「やられたら話し合いをしましょう」という雰囲気です。イスラエル政府は強い決断力を持っているように思えます。一九八一年にフランスの協力を得てイラクが建設していた原子炉を爆撃して破壊したり、二〇〇七年には北朝鮮の援助を受けて建設されていたシリアの原子炉も爆撃しています。国を守るために政府がきちんと決断し、それを国民が支持する。日本ではなかなかできないことです。

ベンシトリット 諸問題を根本的に解決しようという意図で、イラクの施設を爆撃したのは確かです。しかしイスラエルは、シリアの爆撃は認めていません。

元谷 わかりました。国際社会は情報謀略戦が渦巻いています。核兵器を保有しているか否かを宣言する必要がないのと同様に、自らの行動を全て認める必要もありません。ただ世界中は、イスラエルは素晴らしい決断をしたと考えています。

ベンシトリット おっしゃる通り、近代戦は洗練された情報戦が基本となっています。これを基に、迫る脅威に対していかにクイックアクションを起こすことができるかが、生き残りの鍵なのです。

元谷 イスラエルの諜報機関であるモサドは非常に優秀です。情報収集と解析をきちんと行うことができるからこそ、イラクなどの施設の「予防的破壊」を行うことができたのでしょう。日本であれば、すぐに作戦の内容がリークされそうです(笑)。

ベンシトリット 平和を保ち国を防衛するためには、国家の防衛システムを適正に維持し続ける必要があるのです。

元谷 駐日コスタリカ大使は対談の時に「平和を望むなら戦争の準備をしろ」とおっしゃっていたのは、まさにこのことでしょう。平時でも絶えず情報を分析して有事に備えておく必要があります。戦争はしたくないから、武器を持たないし情報も集めないというのが一番危険なのです。平和であっても常に準備を怠らず、やられたらやりかえすという意志を示さないと国は守れない。日本人にはこういう常識が欠けています。
ベンシトリット 弱い国が叩かれるのであって、強い国は叩かれません。これが国際的な常識であって、常に強い国で在り続けることが重要なのです。

元谷 ユダヤ人がいろいろな国に分かれて生活しているのではなく、結束していて強い集団であったのなら、ホロコーストも防げたかも知れない。強さを保つためにイスラエルが建国され、核兵器も保有することになったのでしょう。核兵器はそもそもヨーロッパからアメリカに逃れたユダヤ人によって作られたものであり、それを考えれば人口七百万人のイスラエルが開発したとしてもおかしくない。また、日本は世界で唯一二度の核攻撃を受けた国であり、三度目の核攻撃を受けないためにも、核兵器を持つ権利があるのではないでしょうか。

福島の経験を生かして
安全な原発開発を行うべき

ベンシトリット 日本もイスラエルも過去に悲惨な経験をし、二国とも多くのことを学びました。イスラエルは自らの防衛のためには手段を選ばないことを決心し、一方日本は自国に地獄をもたらした核兵器を持たない国になることを決心しました。世界中の国が同じように核を持たないのなら良いのですが、そうではありません。私達はもっとリアルになるべきなのです。核保有国であるアメリカやイギリス、フランスやロシア、中国が日本を攻撃することは、おそらくないでしょう。しかし北朝鮮がどんな行動をとるか。これは予想がつきません。日本は北朝鮮対策として準備を行うべきでしょう。

元谷 まさに大使のおっしゃる通りだと思います。国家の安全を考えると、北朝鮮が核兵器を保有したと同時に日本は即座に対応を考えるべきだったのに、何も行われていません。メディアもそれに対して不安を報道することもない。日本もイスラエルの知恵から学んで、機密保護法の制定により、核兵器について「持っている、持っていない」を含め、全ての情報を一切機密にすべきなのです。ひょっとして開発しているかもと思わせるのが重要です。この措置に対してアメリカが異議を唱えるかもしれませんが、その時にはNATO五カ国がすでに実施しているアメリカから有事に核をレンタルすることができる「ニュークリア・シェアリング」の導入を迫るのです。

ベンシトリット 私は日本とアメリカの同盟関係についての詳細は知りません。しかし日本が攻撃を受けた時、義務としてアメリカが必ず対応してくれると私は信じています。ですから、日本がそこまでのことをする必要があるのか…。

元谷 そうかもしれません。しかしアメリカが守ってくれるにせよ、日本人が自分の国は自分で守るという意識を広く共有することが、国として必要なのではないでしょうか。また核の傘が現実にあると思うのは間違いです。福島の例でもわかるように、世の中に絶対安全というものはありません。アメリカは通常兵器での攻撃には反撃してくれるでしょうが、自国を核攻撃の脅威に晒すというリスクを冒してまで、日本のために核を使うでしょうか?私はまずイスラエルのように、小国でありながら国民の意志が統一された「強い国」が日本の目指す道だと考えているのです。その意志の力で中東戦争やレバノンとの戦いを勝ち進んできたのですから。

ベンシトリット 日本とイスラエルの国民の意識の違いは、その環境にも理由があると思います。イスラエルは毎日が戦いです。しかし日本は第二次世界大戦以降、基本的には平和な状態が続いています。六十六年間、戦争もしていませんしテロの標的にもなっていません。唯一の例外は地下鉄サリン事件ですが…。イスラエルは毎日自分たちを守る必要がありますが、日本はそうではないのです。これだけ周囲との関係が異なれば、国民の意識が異なってもやむを得ないでしょう。

元谷 平和が続いていることは非常にありがたいことなのですが、それに甘えて安心しきっていると、福島のようにしっぺ返しを喰らうような気がするのです。六十六年間、誰にも襲われていないからといって安心して何の準備もしていなければ、いざ事が起こった場合には一気に全滅です。元寇の時も、一回目の文永の役では神風によって救われました。二回目の弘安の役の時には、防塁を築くなどきちんと備えを万全にしていたからこそ、撃退することができたのです。守りの準備は常に必要でしょう。

ベンシトリット しかし事実として先の大戦以後にどの国も日本を攻撃していないのも確かです。これは日米同盟の抑止力が発揮されているという証しではないでしょうか。これまでは何も起こらなかった。これからも起こらないかもしれません。これは誰にもわからないことですね(笑)。

元谷 福島の原発事故では、日本の様々な問題が露呈しました。年間百ミリシーベルトが人体に影響がある世界的な基準といわれているのに、年間二十ミリシーベルトを基準として強制避難をさせるのは間違っています。さらにメディアの報道が、いたずらに人々の不安を掻き立てました。

ベンシトリット 日本政府が原発を廃止することはないでしょう。二〇三〇年には全エネルギーの五〇%以上を原発で賄うと言っていたのですから。

元谷 それが菅政権の時に脱原発で一時期怪しくなったのです。しかし野田政権になって、また原発推進に戻りつつあります。そもそも今回の事故の原因は千年に一回ともされる巨大地震による全電源喪失であり、それによってメルトダウンが起き、今のような事態にまで至ったのです。メルトダウンを防ぐことはできませんでしたが、事態の推移を検証することはでき、この経験を生かしてより安全な原発を作ることが可能でしょう。一度の巨大地震によって全ての原発を廃止するというのは、あまりにも感情的な判断です。日本がこれまで積み上げてきた技術に今回の事故から学んだことを加え、安全な原発を作って海外に輸出する政策をとるべきなのです。

ベンシトリット 全く同感です。原発は使わざるを得ないでしょう。石油など化石燃料はいずれ枯渇するものですし、原発はエネルギー効率や地球環境保全の観点からも優れています。日本は福島の事故によって、大きな犠牲を払って貴重な経験を積んだのです。ぜひそれを生かした安全な原発作りに邁進して、ベトナムやヨルダンをはじめ世界中に輸出して欲しいですね。日本の技術力があれば、二?三年で安全性が遥かに向上した原発ができるのではないでしょうか。

パレスチナの国連加盟は
まず一枚岩になってから

元谷 
話を変えまして、パレスチナの国連加盟について少しお聞きしたいことがあります。イスラエルはこれに反対していますが、その理由を教えていただけますか?すでにヨルダン川西岸とガザ地区に自治区を認めているのですから、国家として国連に加盟しても、イスラエルにとって悪いことはないと思っていたのですが。

ベンシトリット 問題はイスラエルとパレスチナの間には領土問題があるということです。これは本来二国間で解決すべき問題です。例えば中国と日本は尖閣諸島を巡って対立していますが、この問題を一方的に中国が国連に訴えたら日本はどう考えるでしょうか?今回のパレスチナの国連加盟問題は、これと同じ。二国間交渉の相手を無視した行動なのです。

元谷 しかしパレスチナ自治区の人々は、今でもイスラエルに対してテロ活動を行ったり、ロケット弾を打ち込んだりしています。国家として国連に加盟させれば、国としての責任からそのような行動はとれなくなるのではないでしょうか。

ベンシトリット この問題はなかなか複雑なのです。国として認めにくい理由をもう一つ挙げれば、パレスチナが一枚岩ではないことです。ヨルダン川西岸地区とガザ地区では考え方が全く異なります。ガザ地区はハマスに支配されており、イスラエルの存在を一切認めないというスタンスです。ヨルダン川西岸地区はファタハの支配下であり、もっと柔軟な考えを持っています。全く異なるこの二地区を一国として国連加盟させるのには無理があります。まずこれらが統一された上で、国連加盟を申請するべきではないでしょうか。

元谷 非常に長い歴史のある問題ですから、一気に解決するのは難しいとは思います。しかしイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の三つの宗教の争いで世界は大きな影響を受けています。なんとか共存の道を探れないものでしょうか。

ベンシトリット 紀元前のバビロン王朝の時代から何十世紀も、イスラエルのある場所は紛争地帯なのです。戦争の火種は常に中東からというが当たり前になってきています。

元谷 少しでも争いが収まる方向に世界が向かって欲しいと願っています。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。

ベンシトリット 日本の若い人というよりは、世界の若い人に言いたいのですが、多くの国で今、理想主義から個人主義への転換が起こっています。過度な個人主義は本人も周りにも、良くないことです。上手く理想主義と個人主義のバランスをとれば、いろいろなことがもっとスムースに進んでいくはずです。

元谷 日本は戦後個人主義が進みすぎ、「郷土を愛する」ことは良くても「国を愛する」のは右翼だといったおかしな考え方が一般的になってしまっています。個人主義を認めないのは独裁国家ですが、これが行き過ぎても駄目です。おっしゃる通りバランスが重要ですね。

ベンシトリット 若い人は自分のことばかりではなく、社会への貢献にも目を向けることができる人になって欲しいですね。

元谷 全く同感です。今日はありがとうございました。

ニシム・ベンシトリット氏
Nissim Ben Shitrit 1949年モロッコ生まれ。1981年ヘブライ大学卒業。1969年外務省広報部情報課入省。1973年在トルコイスラエル大使館アタッシェ(外務省専門職員)、のちに三等書記官。1976年人事課資料担当次長、1980年課長を経て、1982年在アメリカ・ワシントンD.C.イスラエル大使館一等書記官、のち参事官。1986年人事管理部次長、1987年部長を経て、1993年官房担当次官補、2005年筆頭次官補兼官房長。2007年より駐日イスラエル大使に就任。

対談日:2011年10月7日