本来は外国人からの違法献金問題が発覚したことで辞任すべきだった菅首相だが、三月十一日の東日本大震災の発生によりその責任の追及どころではなくなって、首が繋がった。あまりにも杜撰な政府の震災への対応の故に、自民党から六月に出された内閣不信任案も、鳩山前首相と密約を交わすことで切り抜け、結局その約束を反故にすることで、菅首相は鳩山氏から「ペテン師」呼ばわりされた。粘りに粘る菅首相に対して、民主党内では「菅降ろし」が最も重要な最優先事項となっていった。八月十日の産経新聞朝刊の一面には「民自公『菅降ろし』全てに優先」という見出しで、三党が特例公債法案の早期成立で合意したことを報じている。また、『三党幹事長会談で岡田氏は野党幹事長の要求を当たり前のように受け入れた。民主党は自民、公明両党との三党合意で、マニフェスト(政権公約)という平成二一年衆院選の金看板をなりふり構わず降ろした。党内の反発など考えず、とにかく菅直人首相の退陣に道筋をつける。そのことが全てに優先されていた』と報じた。菅首相が明言していた退陣三条件の内、第二次補正予算に続き特例公債法案も可決の目処がつき、残る再生可能エネルギー特別措置法案も月内成立の見込みとなり、菅総理の退陣に漸く目処がついた。
再生可能エネルギー特別措置法案は自然エネルギーの更なる活用を目指すものだが、日本での自然エネルギーのコストは高い。温暖で四季がはっきりとしている分、太陽光発電の適地とはいえず、先行して作られた風力発電所の多くも発電量が少なく低効率で、雷などによって破損し使用できなくなっているものも多い。これら非効率な発電手法で作られたコスト高の電気を全量買い取るため、電気代は当然上昇する。脱原発から減原発へと変化したにせよ、菅首相はこの再生可能エネルギー法案を何が何でも成立させたかった。そのために「菅降ろし」で一致した民自公が妥協して、この法案の通過に合意したのだ。しかしこの妥協は、将来に禍根を残しかねない。
先月の本稿にも書いたが、自然エネルギーの固定価格買取制度を導入したスペインでは、買取価格を高く設定しすぎたために、買取義務を負った電力会社が巨額の赤字を計上、結局負担は電気料金の値上げと税金によって、国民に転嫁されてしまった。太陽の国とも呼ばれるスペインでも補助金がなければ火力発電や水力発電並のコストとはならない。一方原子力発電はさらにローコストだ。日本でもこの再生可能エネルギー法案によって全量買取となれば、国民の負担は増加する。いち早くこれをビジネスチャンスと見たソフトバンクの孫正義氏の高笑いが目に浮かぶようだ。
そもそも民主党内の内部抗争である「菅降ろし」に、自民党や公明党までが加担して法案成立に協力するのはおかしなことだ。菅首相退陣の結果、より人気のある政権が誕生した場合には、民主党政権がまだ続く。与党政権の延命に野党が力を貸すのは、政党政治として邪道だ。本来政党政治であれば、与党に対して政策の不備を追求し、野党が自党の政策の優位性を訴えて、国会で論陣を張るべきで、その結果として国民の支持を失わせ、総辞職に追い込んだり解散総選挙へと持ち込むべきである。
一昨年の政権交代から鳩山、菅と二代続いた民主党政権がどれだけの失態を重ねたかを明らかにしていかなければならないはずの野党が、この体たらくとは情けない。今総選挙になれば議員数が三分の一程度に激減することが予想される民主党は、恐らく衆議院議員の任期満了まで首相の首をすげ替えながら延命を図り、売国法案(人権侵害救済法案・リーク防止法制など)を出し続ける。これがあと二年も続く。
過去を振り返れば、もう自民党政権の終焉かという時になって小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と主張して総選挙に圧勝して四年間、その後安倍、福田、麻生と首相の首をすげ替えながら妥協に次ぐ妥協を重ねて延命を図り、「日本は良い国であった」と論文に書いた元航空幕僚長を降格、解任するような左翼政権に成り下がった。
今の民主党も全く同じで、鳩山、菅ときて、また次期総理を選ぶこととなる民主党代表選を行って政権を長らえようとしている。当初は候補が乱立していたが前外務大臣の前原氏が最後に出馬表明をし、一気に小沢vs反小沢選挙となった。次の選挙でどうしても勝ち馬にのらなければならない小沢元代表と次の選挙に不安な一年生議員を多数抱える小沢派は、前原氏の国民的人気の高さ故に「反前原」では結束できず、決選投票となるはずだ。そして前原氏が三位、四位、五位の候補をポストで釣り、最終的に勝利することになるだろう。前原氏は鳩山や菅などと比べれば政策は理解できるので、新政権成立直後の支持率は相当上がる。しかし参院での過半数割れは変わらず、外国人献金問題などで批判が繰り返され、その後支持率が急落する。現在の議院内閣制の小選挙区制度で選ばれた議員が選ぶ総理が国家・国民のためではなく自らの政権維持のための行動しかとれないのは、自民党も民主党も変わらない。民主党の方が一層問題なのは、この党が党綱領も持たない選挙当選互助会であることだ。選挙の当選と政権交代だけが目的だったために、詐欺マニフェストで選挙に圧勝していざ実際に政権を取ってみると、統一政策がない。これが今の日本の政治の現実であり、国民の民主主義への不信感は募る一方だ。
先の大戦後、旧軍の軍需技術の民需転用によるモノづくりで世界第二位の経済大国となった日本だが、これは冷戦漁夫の利によるものと言える。血と汗と金をつぎ込んで冷戦に勝利したアメリカは、ソ連に勝って日本に負けたと言われないよう、冷戦終結後は日本弱体化を図るべく、グローバルスタンダードという名のアメリカンスタンダードとも言える年次改革要望書を毎年日本に押しつけてきている。その結果、今の日本の疲弊を生み出した。バブル経済崩壊から二十年間にわたってデフレが継続し、日本のGDPを押し下げ、中国にも抜かれて世界第三位に転落した原因も、日本の強みであった間接金融(銀行融資)に歯止めをかけるBIS規制や国情に合わない規制緩和、郵貯の民営化、建築確認業務の民間への解放などである。民主党新政権の誕生を期に実施されたばらまき3K(子供手当、農家戸別所得補償、高速道路無料化)などの出費を補うため、事業仕分けなどによる支出削減を行ったが到底賄えず、マニフェストを取り下げることにした。増税する計画や、鳩山前総理の国際的ばらまき公約「温暖化ガス二五%削減」や菅総理の脱原発政策を見直し、大々的に建設国債を発行してインフラ整備を図ることで需要を創造し、お金を市場に回し、GDPを押し上げ、景気回復を図らないとどんどん経済的衰退が続き、国家としての存在意義が失われることとなり、いずれは中華経済圏に取り込まれてしまうだろう。中国は二〇〇八年の北京オリンピック、二〇一〇年の上海万博・広州のアジア大会、そして二〇一一年の深3Wでのユニバーシアードと、次々に経済のリバウンドを防止するための巨大イベントを開催して需要を創造し、バブル経済を膨張させ続けている。
八月十三日付の日本経済新聞の朝刊の第一面は、『消費者物価マイナスに』『脱デフレ遠のく』という見出しで、総務省から発表された基準改定後の四月から六月までの全国消費者物価指数が、軒並みマイナスになったことを伝えている。見出しにもあるように『ゼロ金利政策長期化必至』だ。同じ日の日本経済新聞の総合面には『韓国、ウォン安路線貫く』という見出しも踊る。インフレ圧力が高まっているのに、韓国政府は輸出産業の後押しを優先して、利上げを見送り続けているというのだ。
日本はここ二十年間デフレ問題と格闘している。東日本大震災は大きな不幸だが、同時に需要創造のチャンスでもある。例えば被災地のがれきをボランティアや自衛隊のみで片付けようとしても、作業は進まず、経済効果もない。こういう場合は大々的に復興対策として金を注ぎ込み、被災地はもちろん全国から業者を集めてがれき処理や復興事業を行うべきだ。またこの機会に、私がかねてから主張しているように、被災地には二〇〇メートル間隔に鉄筋コンクリート六階建ての津波避難マンションを建設し、被災地と交換で無償供与したり、東京には「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」を活用して、山手線の地下四十m以深の大深度地下に一旦作れば永遠に収益を生む周回高速道路や皇居地下を横断する道路を建設して、大規模需要の創造も図っていく。超円高を機にこれまでの加工貿易による外需に依拠する経済から内需を伸ばし、豊かさを感じながらお金を回していく政策に転換するべきだ。
七月に起きた中国の高速鉄道の事故だが、その原因は高速鉄道網をわずか五年ほどで、八千キロ以上にも伸ばしてきたことにある。この高速鉄道工事もオリンピック、万博、アジア大会の開催と同じく、インフラ整備による需要創造施策のひとつだ。またこの高速鉄道計画には政争も絡んでいる。胡錦濤が中国の最高指導者になって八年が経つが、前任の江沢民との争いはまだ続いている。鉄道省は伝統的に江沢民の勢力下にあり、胡錦濤はなかなか手がつけられなかった。この事故をきっかけにして、病気で余命いくばくもないと言われている江沢民が支配している鉄道省を舞台に、胡錦濤派によって江沢民派の追い落としが行われているのは間違いない。続けざまの需要創造で経済成長を果たし続けている中国だが、問題は山積している。一部の特権階級に富が集中し、大半の人々は貧しいままで教育も医療も満足には受けられない。バブル経済が続いているうちはまだしも、この先バブル崩壊となれば不満が増大し、暴動が多発することは必至だ。マカオのカジノでの取扱額がラスベガスを抜いたことでもわかるように、中国の富裕層はマカオのカジノでマネー・ロンダリングに勤しんでいる。このようにロンダリングされた金を、富裕層はバブル経済崩壊リスクを回避するため海外に貯蓄したり投資したりしている。中国経済は確かに拡大を続けているが、国民すら自国の経済を信頼しない国に果たして未来はあるのか、非常に疑問だ。また核を持つ隣国の中国で暴動や内乱が発生した場合には、日本へも大きな影響が予想される。その規模はチュニジアやエジプト、リビアの比ではないだろう。これに日本は備える必要がある。
八月十三日付けの日本経済新聞の総合面には『財政潜在リスク 日本突出』という記事も掲載されている。『内閣府が一二日閣議提出した「経済財政の中長期試算」によると、二〇二〇年度の国・地方の借金は国内総生産(GDP)比で二〇〇%を超え、世界でも最も厳しい財政状況が続く』『日本二三〇%、ギリシャ一五二%、イタリア一二〇%、米国九八%ー。世界各国の直近の公債残高比率を比較可能な国際通貨基金(IMF)の試算(四月現在)で比べると、日本の財政事情はギリシャ以上に厳しい』という。しかしプライマリーバランスの黒字化ばかりを考え、緊縮財政と増税を行えば、日本経済は悪循環へと突入する。増税が不景気を招き、結果税収減と赤字国債の増加を招くことになる。次の政権が行うべきなのは、増税よりも公共投資の拡大だ。民需が細っている今、頼りはやはり官需である。これによって景気が回復すれば、税収が増加するのだ。「コンクリートから人へ」というスローガンを改め、震災需要を梃子にして建設国債を大々的に発行し、さらに需要創造を目指すべきだ。中国ほどの行き過ぎた、急速なインフラ整備による需要創造を行うべきではないが、内需拡大によってデフレスパイラルから脱し、景気回復を行うのである。高速道路も依然として不足しているし、時速百三十キロメートルで安全に走行できる設計の、最低片側三車線で車線幅の広い超高速道路の建設も必要で、現在途中で中断されている第二東名高速道路の建設もこの超高速道路の基準に合わせて建設を急ぐべきだ。リニア新幹線も待望されている。また、在来型の新幹線計画でもまだ建設されていないところがある。日本にはまだまだ公共事業によってインフラ整備を行うべきことが多い。
公債残高比率が高いとは言え、日本と諸外国ではその中身が異なる。ギリシャやイタリアなどは国外からの資金によって公債が購入されているが、日本の国債の九割は国内の投資家によって購入されている。さらに日本の消費税率は五%と欧米に比べてかなり低く、今後の増税の余地を残していることも勘案すると、日本の先行きに絶望する必要は全くない。まず重要なのは景気浮揚だ。先に挙げた公共事業の推進の他にもこの秋切れる住宅エコポイントやフラット35S(優良住宅取得支援制度・住宅融資金利一%優遇)を継続させるとともに、各住宅に蓄電池を設置して夜間電力を使う節電ポイントを創設し、大家族制度の復活のための大型住宅の建設を促すよう大型住宅の固定資産税を大幅に減税し、法人・個人の所得減税の促進や、設備や建物の研究開発費の償却期間を短縮する加速度償却制度の導入なども行い、多角的に景気回復をサポートすべきだ。特に諸外国と比べても高い法人税は日本での起業意欲を失わせており、このままでは日本は空洞化してしまう。また個人が所得税を支払って蓄積した財産に再びかかる相続税や贈与税、住宅取得時の建物に対する不動産取得税と消費税が二重にかかる制度を撤廃すべきであり、消費税の増税は、法人税減税と個人所得税の減税に併せて行われるべきだ。また消費税増税の対象から医療や食料や住宅を外す必要もある。
今の増税案は消費税増税のほか法人税や個人所得税も上げるというもので、相次ぐ増税と超円高により輸出産業中心の日本経済は更に追い込められ、企業の海外移転を余儀なくされ、日本を魅力ややりがいのない国にしてしまう。思い切った景気浮揚策は、今度の民主党の新政権にも望めないだろう。やはり再度の政権交代によって日本を誇れる国へと再興させることを目指す政権を誕生させて、大胆な経済政策を打ち出す必要がある。日清・日露戦争からの日本の戦いによって世界から植民地支配がなくなり、人種平等が達成された。かつてアインシュタインも「理想の国」と讃えた日本の真の姿、「誇れる国、日本」の再興を目指す真正保守の政権の誕生が切望される。
8月27日 午前2時17分校了