元谷 ビッグトークへのご登場、ありがとうございます。先日は「日本を語るワインの会」にもご参加いただき、一緒に楽しい時間を過ごすことができました。
ジャドマニ ワインの会は参加されている方々が皆さん知識が豊富で、妻も私も大変勉強になりました。
元谷 昨年の十二月に私は「ジャスミン革命」直前のチュニジアとリビアに行ってきました。民主的で開けた国家だと思っていたチュニジアは、街の交差点に必ず警官が立っていたり、大統領官邸も要塞のような警備が行われていたりで、非常に緊張した雰囲気が漂っていました。一方独裁国家のように思っていたリビアは警官の姿が少なく、街の発展も著しく自由でリラックスした雰囲気でした。日本で見る報道からの印象と、実際にこの眼で見た事実との違いを痛感しましたね。
ジャドマニ 映し出される映像とその場で起きている現実は異なる場合があるので、報道される事件を吟味しなければいけません。わが国パキスタンが良い例です。メディアは時に、特殊な事件を報じ、パキスタンは暴力的な事件が蔓延り、まるで皆が銃を手にして殺し合っている国であるかのような印象を与えます。しかしそれはまったくの間違いです。わが国はテロとの戦いで重要な役割を演じているがために、テロリストの手にかかった暴力的な事件に晒されています。しかしながら、わが国は確固たる決意の下、これらテロリストの制圧に成功しました。わが国は強固な制度と力強い市民社会を誇ります。
元谷 世界的にみてもマスメディアの報道には、必ずユダヤとアングロ・サクソンのフィルターがかかっていますから、公平とは言い難い。私は世界七十三カ国を訪問しましたが、そこで見たり、政治家の方とディベートして得たりした情報を基に、物事を判断しているのです。
今は世の中変わり目に来ているのではないでしょうか。その原動力となっているのが、ツイッターやフェイスブック、ユーチューブにウィキリークスなどインターネットのサービスです。それまで存在した本音と建前の壁が取り払われて、秘密というものを維持することが非常に困難になってきています。さらにチュニジアで起ったことがエジプトに飛び火するなど、国境を越えた影響力も非常に強いものがあります。
ジャドマニ その代表のスタンスは素晴らしいと思います。ぜひパキスタンにもお越しいただきたい。パキスタンは歴史、宗教、経済など、さまざまな側面から多くのことを語ることができる国です。例えば歴史であれば、五千年前にインダス文明が誕生した地なのです。この文明の都市だったモヘンジョダロの遺跡にはレンガの家や舗装道路などがあり、人類が初めて文化的な暮らしを行っていたことがわかります。また三千年前には、仏教を広めたことで知られるガンダーラ文明がパキスタンの北部に出現しました。タキシラという町には最古の仏教大学が作られ、ここで学んだ卒業生が中国、朝鮮半島、そして日本に仏教を伝えていったのです。
元谷 アジアの仏教のルーツということですね。
ジャドマニ パキスタンの自然についてお話しさせてもらうと、わが国には地球上で二番目に高いK2があります。また、標高八千メートルを超す山が五つあり、標高七千メートルを超えるものも百以上あります。登山家がこぞって訪れるのも無理ありません。山以外にも砂漠や森があり、北部ではスキーを楽しむことができます。
元谷 ぜひ自分の眼で確かめてみたいですね。
ジャドマニ いらっしゃるときには私にご連絡をください。万全のスケジュールを組んで、観光スポットの訪問や政府要人から財界人までのミーティングをセッティングさせていただきます。
元谷 ありがとうございます。日本人の多くが、パキスタンという国のことを知っているようで、実はあまりよく知りません。人口が一億七千万人で世界第六位、イスラム圏ではインドネシアに次いで二番目に人口が多い国なのですね。
ジャドマニ そうです。パキスタンは一九四七年に英国領インドから独立を果たしました。シルクロードがパキスタンを通ることからもわかるように、南アジア、中央アジア、そして中東が交わる戦略的に重要な地域に位置します。アフガニスタン、中国、インド、そしてイランと国境を接しています。豊富な資源を持つ中東と中央アジアへの通り道となっており、日本やその他の国からのタンカーがパキスタン沖を通ります。インドはパキスタンと同時期に英国からの独立を果たしました。パキスタンは全ての国々と友好的な協力関係を築く方針を追求しています。三度の戦火を交えたインドとの間には、カシミール帰属問題をはじめとした、地域の平和な環境を築くために解決しなければならない重大な課題を抱えています。
元谷 地政学的にパキスタンの位置は、非常に重要な場所です。パキンスタンの不安定化が世界の不安定に繋がるといっても過言ではないでしょう。幸いなことにインドとの戦争は、ここ四十年間勃発していません。これはインドとパキスタン両国が核兵器を保有することで、力のバランスがとれたからではないでしょうか。
アメリカに対抗してソ連、それに対抗して中国、そしてインド、パキスタンとバランスを求めて核はどんどん広がっていきました。核の拡散には慎重であるべきですが、核による力のバランスで戦争が抑止されてきたことも事実です。日本は今ロシアに中国、そして北朝鮮と三つの核保有国に囲まれています。日米安保や「核の傘」を理由に「日本は安全」という人がいますが、それは間違っています。自らを核で攻撃されるリスクを冒して、アメリカが日本を守るとは思えません。「核の傘」などそもそも存在しないのです。日本もパキスタンを見習って、核保有を考えるべきではないでしょうか。
ジャドマニ わたしたちの隣国インドは一九七四年に核実験を実施し、皮肉にも実験は「スマイリング・ブッダ」と呼ばれていました。インドによるこの核実験を受けて、地域の緊張が高まりました。パキスタンはインドの核実験により安全保障が阻害されたと判断し、均衡を是正する為同じ道を辿らざるを得なくなりました。パキスタンは常に、この地域に限らず世界における核武装の導入に反対でした。しかしながら、地域の戦略的均衡を回復する為、同月核実験に踏み切ったのです。一九九八年五月十一日、インドは再び核実験を実施しました。日本は歴史的観点から、核に対する考え方がわたしたちとまた異なったものだと思います。何をお伝えしたいかと申しますと、核を所有するいうことは、多大な責任と義務が生じます。わたしたちの核実験の目的は戦略的均衡を保つことであり、わが国の立場は、抑制と責任が伴ったものです。
元谷 よくわかります。
ジャドマニ 何が残念かと申しますと、インドは核拡散防止条約(NPT)に非加盟でありながら、特別に原子力供給国グループ(NSG)への加盟が認められようとされていることです。原則よりもビジネスが優先されているのです。このアプローチが一つの国に制限されたものでないことを祈ります。いかなる基本原則や基準が一つの国に展開されたならば、その他のNPT非加盟国にも同様に適用されるべきです。
元谷
おっしゃるように日本では「核兵器保有などとんでもない」という意見が主流になっています。しかし脅威から自国を守ることを、日本も真剣に考えなければならないタイミングに来ているのです。核武装の特徴として、量の多寡があまり問題にならず、一発でもあるかないかが重要だということがあります。いきなり核保有は難しいかと思いますが世論を変えて、まずはNATO四カ国が採用しているレンタル核システムであるニュークリア・シェアリングを日本にも導入するべきでしょう。
ジャドマニ
なるほど。
元谷
パキスタンのように、安定した政権を持つ国に核兵器が広がることは、地域の安定に貢献します。危険なのは、国を持たないテロリストに核兵器が渡ること。これだけは何としても避けなければなりません。
日本の今の安全保障政策は大幅に変更する必要があります。日米安保をもっと対等な条約に、そして集団的自衛権の解釈も「あるけど使えない」ではなく行使できるように。そうして独立自衛の国を目指さないことには、どんどん日本は国際的な力を失い、最終的には中国に吸収されてしまうでしょう。
ジャドマニ
日本は強い国です。情報が十分に行きわたる社会なので、よく議論した上で適切な判断を下すことができるでしょう。今日のパキスタンは民主主義の強さを証明しています。わが国は弾力的な国家です。パキスタンの経済と豊かな社会の枠組みは、共産主義に第一線で立ち向かう役割を担わされたことで影響を受けました。国際社会は、アフガニスタンからあまりにも早く手を引くという間違いを犯し、アフガン内戦という問題を引き起こしました。タリバンやアルカイダはムジャヒディーンから生まれ、ソ連に対抗しました。そして二〇〇一年の悲劇的な同時多発テロへと導き、アフガニスタンの混乱を招いたのです。先ほど述べたように、わたしたちは核保有国家としての責任を認識しています。パキスタンは非常に強固で重層的な指揮権と管理体制を有する国家なので、安全な核兵器の保有を保証します。
元谷
おっしゃるとおりです。
ジャドマニ 過去三十年以上に渡りアフガニスタンは不安定な状況に陥っており、パキスタンにも多大な影響を与えています。パキスタンは元々共産主義と対峙し、今はテロ行為と戦っています。その経済損失は四百五十億ドルを超えると試算されています。パキスタンの民主主義への移行は根本的な重要性を持っており、わたしたちは安定した基盤を持って国家運営を行うことができるようになりました。わたしたちはタリバンと彼らの過激なイデオロジーを打ち負かし、影響を受けた地域における政府の権限を取り戻しました。三つのD戦略、Dialogue(対話)、Development(開発)、Deterrence(抑止)を採用しました。この戦略は人々の心を捉えました。しかしながら、不安定なアフガニスタンはわが国にも同様に影響します。現在わが国は、日本やアメリカといった国々の協力を得ながら、アフガニスタンに安定をもたらすよう、アフガニスタン政府と共に懸命に取り組んでいます。
元谷 ソ連崩壊にも一役買うなど、パキスタンが世界に果たしてきた役割は非常に大きかったと思います。冷戦終了後、アメリカはこれを機会にヨーロッパが伝統的に権益を持つ中東や中央アジアに触手を伸ばそうとし、湾岸戦争やイラク戦争、アフガニスタン戦争を仕掛けて、膨大な金を失いました。アメリカの国力が弱まってくる一方、世界全体を自国と見なす中国の力が高まってきています。アメリカにいつまでも頼っていられないことが明らかな今、日本には明確な国家戦略が必要なのです。
ジャドマニ おっしゃる事は理解できます。
元谷 しかし民主党政権ではちょっと無理かもしれません…。今私が一番心配しているのは、チュニジアやエジプトの政権崩壊後、どんな新政権が誕生するのかということです。特にエジプトはイスラエルとの関係もあって、新政権次第で世界が大きく影響を受ける可能性があります。
またアメリカは今年の七月にアフガニスタンからの撤退を開始するといっています。そうなるとさらにパキスタンの担う役割が大きくなってくるでしょう。タリバンが復活したり、過激派イスラムゲリラが権力を握るようなことがあってはなりません。アフガニスタンが不安定だとパキスタンに直接影響を与えます。パキスタンも自分の国を守るためにさらなる努力をされると思いますが、日本もアメリカ頼りから離れ、苦しくても自国は自分で守るという道を進んでいくしかないのです。
ジャドマニ まったく同感です。日本の政府は国内外の利害関係に関する適切な決断を下すことができます。パキスタンは日本の継続的な支援と、アフガニスタンにおける永続的平和と安定への貢献に感謝しています。パキスタンと日本の連携はアジアにおける平和、安全、安定、そして繁栄という共通の目標が前提となっています。パキスタンの役割に関していえば、わが国は適切と思われるアフガニスタンの平和に向けた努力への支援を惜しみません。国内に関して、パキスタンは根本的な民主主義への移行を果たしました。政府組織は強固で、市民は自由に意見を述べることができ、継続的な経済発展を遂げています。民主主義は復活し、パキスタンに活力を与えています。議会下院の議席数三百四十二のうち、六十席が女性枠となっています。その他に十二名の女性が当選し、議会に総勢七十二名の女性議員がいます。ベーナズィール・ブット首相はまた、イスラム国家を率いる初めての女性首相でした。メディアはとても開かれており、市民は自由に政府や政策を批判することができます。
元谷 その通りだと思います。民主主義国家には民主的な手続きによって政権交代ができるようになっていることが必要です。チュニジアのベンアリ大統領にせよ、エジプトのムバラク大統領にせよ、長期政権が腐敗を生みました。それでも経済が発展を続けていれば不満は抑えられますが、リーマンショックによる世界的な景気の停滞によって失業者が増え、さらにネットによって不正蓄財など権力者の腐敗ぶりが明らかとなって、今回のような事態になったのでしょう。早く新しい政権を誕生させて、政権交代ルールを確立した国になるべきです。そのプロセスをパキスタンも日本も、世界中の国がサポートしてあげるべきでしょう。
ジャドマニ わたしたちは国際社会における責任ある一員の役割を担っています。
元谷 戦争というのは古今東西、力の空白域が生じることで勃発しています。「平和と唱えれば平和になる」と信じている「念仏平和主義」の人間が日本には多いのですが、力の現実をまったく理解していません。この根本にあるのが、アメリカ占領時代に作られた今日本で教えられている誤った歴史です。誇れる国・日本の再興のためには、真の近現代史観を国民が知る必要があるのです。私が主催した懸賞論文に応募した田母神俊雄氏が今や国民的な人気を得て、日本覚醒のきっかけとなってきています。真実を知りポスト冷戦時代の国家戦略を作成し、日本は独立自衛の国になるべきなのです。そのためにも核武装が必要なのですが、NPTに加盟している以上なかなか難しい。だから現実的にはニュークリア・シェアリングを採用すべきでは?と考えているのです。昨年尖閣諸島では中国が、北方領土ではロシアが問題を起こしました。これは日本が態度を明確にしていないからです。中東の安定がパキスタンの安定にかかっているように、東アジアの安定は日本の安定にかかっているのです。
ジャドマニ わたしが駐日パキスタン大使になって二年経ちますが、日本という国は驚くべきソフトでスマートな力を持った国だと思います。日本人と日本政府への尊敬の念は増すばかりです。日本は世界的に見て、尊敬されるべき国だと思います。パキスタンでは日本のODAを通して六十の開発プロジェクトが実行されており、計画が進行中のものもさらにあります。日本とパキスタンが国交を樹立したのは一九五二年のことでしたが、それ以前から繊維製品の輸出入を通じて交流が盛んであり、戦後の日本経済の発展に伴って、パキスタンの繊維業界も発展していったのです。
元谷 経済的な結びつきが長いのですね。
ジャドマニ はい。現在、自動車セクターのトヨタ、スズキ、ホンダをはじめ、五十以上の日本企業がパキスタンに設備を持っています。以前も述べましたが、パキスタンの治安に懸念を示す日本人は多いですが、これらの企業はうまくビジネスを拡大させています。パキスタンは国土面積が日本の二倍で、一億七千万人の人口を抱える大きな市場です。さらに労働力が非常に安価です。現在のところ、わが国の産業は、農業が三十パーセント、製造業が二十パーセント、そして残りがサービス業界で構成されています。日本の事業家の皆さんには、ぜひパキスタン進出を検討していただきたい。ホテルのベッドリネンもパキスタン産が世界トップシェアです(笑)。是非とも実際にパキスタンを訪れてご自身の目でご覧になっていただければと思います。カラチでは今、日本人投資家向けの八百ヘクタールもの広大な経済特区の計画が進行中です。アパホテルを建てるなんてどうでしょう…。
元谷 一月下旬に、マカオにホテルを所有する香港の事業家の招待で香港、マカオ、海南島、そして広州を訪れました。中国では、伝統的な安いホテルも残したまま、五つ星の高級ホテルの開発がたくさん進んでいます。しかし、アパホテルのような中級ホテルがありません。彼は、アパホテルのノウハウを使って中級ホテルを作りたいと言っていました。思い返してみると、今の中国はアパホテルが中級ホテル分野の先駆けとなった三十年前の日本と同じ状況です。同様の問い合わせが韓国とロシアからも来ています。
ジャドマニ それは素晴らしいですね!
元谷 これまでお金持ちだけが旅行をしていたのが、中流層の移動も激しくなってきています。そこで世界が日本のミドルクラスホテルを求め始めているのです。海外展開に関してアパホテルは、資本を投下して現地で自己保有のホテルを建設することはせずに、社員研修や支配人の派遣によるノウハウの提供からスタートしようと考えています。
ジャドマニ 同じことはパキスタンにも当てはまるかもしれません。ぜひご検討を!
元谷 わかりました。まずは視察からですね。最後にいつも「若い人に一言」をお聞きしているのですが。
ジャドマニ 世界の誰もが日本社会を支える国民の勤勉さに感銘を受けています。例えばパキスタンでは日本製の商品が絶対的な信用を持っています。いくら安い他国の商品があっても、人々は日本製を選ぶのです。日本は他の国々を助けています。そして日本は素晴らしい技術を武器に持つ知的な国というイメージがあります。日本の若い人はパキスタンに来て、こんな評価に触れて、もっと日本のことを誇りに思って欲しいですね。またメディアに頼らず真実のパキスタンを見て、感じていって欲しいと思います。
元谷 日本は世界から非常に高く評価されているのに、日本人はそれを自覚していない。これは問題ですね。本当のことをもっと知るべきです。今日は大変面白いお話をありがとうございました。
ジャドマニ こちらこそ、ありがとうございました。
ヌール・ムハマド・ジャドマニ氏
1955年生まれ。経済学、防衛戦略学修士取得後1980年パキスタン外務省入省。マスカット(1983-1988年)、ニューヨーク(国連代表部1991-1994年)、カドマンズ(1994-1997年)、ブリュッセル(2001-2003年)、ロサンジェルス(2003-2006年)に赴任。2009年3月2日駐日パキスタン特命全権大使。