Essay

藤誠志 社会時評エッセイ220: 日本を「独立自衛の国」とする絶好の機会

藤 誠志

中国の強硬な姿勢は
国内の結束を固めるため

十一月十三日付の産経新聞朝刊の国際面に、『アジア大会開幕、共産党、社会の安定維持に利用』『貧富格差広がる広州 国家イベントで市民懐柔』という見出しの記事が出ている。『中国第三の都市、広東省広州市で十二日、アジアのスポーツの祭典、広州アジア大会が開幕した。北京五輪、上海万博に続く中国の“国家イベント”は、世界に向けて経済発展をアピールすると同時に、共産党指導部が望む社会の安定維持に利用されている』『共産党機関紙、人民日報は十一日付の社説で「スポーツは国家の総合的な実力と人民の文化レベルを示す窓口である。経済社会の急速な発展は、広州のアジア大会の準備の底力となっている」と述べた』。『アジア大会開催の主眼は、都市整備と市民の文化レベル向上に置かれている』『広州は交易都市として経済発展してきた。一方でそれは、逆に貧富の格差を広げた。今年五月、広東省で起きた賃上げを求めるストライキが中国各地に飛び火。広州市政府は、物価高で家計が圧迫されている低所得世帯の生活を支援するために一時金支給を決めるなど、くすぶり続ける市民の不満をいかに緩和するかに苦心している』という。
これまで飛躍的に発展してきた中国経済の原動力は、二◯◯八年の北京オリンピックと今年の上海万博、さらにあまり大きな話題にはなっていなかったが、この広州でのアジア大会だった。日本が一九六四年の東京オリンピック、一九七◯年の大阪万博をテコに急速な経済発展を行ったのと同様に、中国もビッグイベントを利用して経済を成長させ、その規模はあたかもバブルのように膨らんできた。北京オリンピックのあと、リーマンショックにより引き起こされた世界大不況にも、バブルの崩壊を恐れた中国政府は莫大な公的資金の投入を行って経済の下支えを行い、なんとか体裁を繕ってきた。しかしアジア大会が閉幕すれば、中国は経済の牽引車となるカードをすべて切ったことになり、今後の経済状態の見通しは極めて不透明な状況だ。中国共産党は事態の打開のために焦り始めており、それが九月の尖閣諸島で中国漁船が起こした事件での中国人船長の処遇に対する温家宝首相らの、あそこまでの過度な反応を引き出した。反日姿勢を強めることで、国内の結束を固め、中国国内の問題を覆い隠そうとしたのである。

急激な衰退が予想される今後の中国経済

尖閣での事件以降、四川省の成都などで大規模な反日デモが行われ、これと中国政府の強い反発に恐れをなした菅内閣は、中国人船長を起訴もせずあっさりと釈放した。中国政府としては適度な反日デモは不満分子のガス抜きとなるので許容しているが、それ以上進むと反日運動が反政府運動に転換するのではという恐怖を抱いている。それほど、中国の国内状況は極めて逼迫しているのだ。十一月号の雑誌「選択」に、『中国「中流層」誕生は幻想』『「三億人が中流」は数字の遊び』という見出しで、今の中国国民の経済状況をリアルに伝える記事が掲載されている。『「被消失的中産(消滅させられた中流層)」。こんな言葉が中国のメディアを賑わせている。中国の中流層といえば、日本企業が今、最も注目し、中国ビジネスの最も重要なターゲットにしようとしている消費者グループだが、実は今、カベにぶつかり、消費のエネルギーを失いつつある。中国が日本のような「総中流社会」に転換し、消費が今後ますます伸びるという期待は裏切られる公算が大きい。中国の中流層は中国共産党が政治的に創り上げ、そして政策の矛盾によって、消滅させられかけている「幻想の階層」にすぎない』『中国で二◯◯五年あたりから存在が急激に目立ち始めた中流層は、主に沿海都市部の国有企業や金融機関の管理職層や政府組織の課長級以上、外資系企業のサラリーマンなどホワイトカラーや飲食店経営の自営業者、ITベンチャーの経営者などで構成されていた。彼らの消費行動は「マンション、乗用車、海外旅行、ゴルフ」などに代表され、中国社会が豊かになったことを内外に印象づけた』『だが、◯八年以降のマンション価格高騰で、状況は一変した。北京、上海、広州など沿海大都市部のマンションは中国の物価とはかけ離れた値段になり、中流層といえども年収の三十年分、五十年分という値段に跳ね上がったからだ。マンションを購入したばかりにローンの返済に追われ、豊かな消費生活を諦めざるを得なくなった人たちを中国では「房奴(房は部屋の意味)」と呼ぶ。マンションのオーナーではなく「マンションの奴隷」という意味だ』『ローン支払いのために生活費が激減し、自動車、家電製品、旅行などにお金を割く余裕がない。食品も低価格品を選んで買うのが、今や中国中流層の実態だ。もちろん親から住宅を受け継いだ二十代、三十代はローン地獄に落ちてはいないが、その代わりに高級車を購入し、自動車ローンに追われるケースが多発している。車の奴隷になっているため「車奴」と呼ばれる。こちらも消費財購入を手控えるなど、中流層の行動パターンから外れつつある』『中流層の没落にさらに追い打ちをかけたのが、株式相場の急落だ。中国の代表的な株式指数である上海総合指数は◯七年秋には六◯◯◯を超えたが、今や半値の三◯◯◯を挟んだ値動き。一時は二◯◯◯台前半に沈んでいた。中国では証券会社に株式の取引口座を持つ人が一億人を超えており、中流層にとって株式投資は今や当たり前のものとなっている。◯七年あたりの株高が高額消費のエネルギーともなっていたが、株価が半分以下に下落したことで、中流層は逆資産効果にあえいでいる』というのだ。ローンの返済ができずにマンションを手放す人も多く、不動産価格も最盛期の三分の一?五分の一になっているという。日本でもバブル崩壊のあと、二十年かかってもまだ株価は四分の一、地価は五分の一程度にしかなっていない。これと同じ現象がこれから始まるわけで、中国経済が今後長いトンネルに入っていくのは必至といえる。

アメリカ・ヨーロッパを軍縮の波が襲っている

経済が成長している間は、大都市労働者の一部を豊かにすることで、中国政府は「上海を見ろ!中国は豊かになった!」と叫び、インテリ層などの不満を吸収することができた。しかし経済成長が鈍りつつある今、もうこの手は使えない。すでに大学を卒業した人の四割が職に就くことができず、不動産バブルも崩壊寸前、ローンを支払えずに家を追い出される人も増え、七億二千万人の農民は未だ貧しいままだ。一九八九年の天安門事件のような大都市でのインテリや学生の暴発が、いつ起こってもおかしくないのだ。この天安門事件の時には、鄧小平が強いリーダーシップによって、武力により暴動を鎮圧。その後はガス抜きとしてインテリ層を優遇することで、今日の中国の経済的発展を導いてきた。しかし今当時と同じような暴動が勃発した時に、胡錦濤や温家宝が鄧小平と同じように強権力を持って武力弾圧ができるのか、非常に疑問だ。中国政府の首脳陣が、このことを一番よく理解しているだろう。
こうした中国の現状を考えると、尖閣問題の際の温家宝の常軌を逸した要求の理由がわかるだろう。外に向けての強硬策で内部の矛盾を忘れさせようとしているのだ。またその強硬策のバックグラウンドをより一層固めるべく、軍事力の強化に力を入れている。一方、大国・アメリカは今後五年間で一兆ドル(約八十三兆円)の軍事費削減を表明、これまでのオーバーコミットメントともいえる外交スタンスの見直しを開始している。冷戦終結後、湾岸戦争、イラク戦争、そしてアフガン戦争と続けざまの戦いで大きな痛手を被ったアメリカは、その反省から国内問題に専念する方向に向かっており、軍事力も縮小モードで、中国とは好対照となっている。同じく「選択」十一月号の『軍縮にひた走る欧州諸国』という記事では、ヨーロッパもアメリカと同じ方向だということがわかる。『デビッド・キャメロン首相が十月に発表した英軍削減方針は、大きな衝撃だった。欧州で最も戦闘力の高い軍隊は、向こう五年間で国防費を八%削減し、一万七千人以上の兵員を減らし、ドイツ駐留英軍二万人も二◯二◯年までに全面撤退させるというのだ』。アフガン戦争に関して『ドイツ軍は「不必要な戦闘をしないのが国是」なので、平穏な北部を割り当てられ、タリバンを野放しにしていた』『オランダでは国内で厭戦論、撤退論が強まり、バルケネンデ内閣が今年二月、崩壊した。二千人の軍隊は中部ウルズガン州の担当だったが、ここでもタリバン退治ができず、結局オランダ軍は八月一日に撤退した。フランス、イタリア、スペインはもはや戦闘部隊を送らず、「アフガン治安部隊を訓練する」ことで、米軍にお付き合いするだけだ』『このままでは、NATO軍は歯が抜け落ちるように順次アフガニスタンから撤退することになり、同盟創設以来、最悪の軍事作戦になる』という。さらに『すでに米欧間の軍事不均衡は決定的だ。NATO加盟の欧州二十七カ国の防衛予算合計は約三千億ドルで、米軍の約七千億ドルの半分以下。しかも、これからなお、年間防衛予算を六?一◯%減らすというのだから、米側の苛立ちは強まるばかりだ。国民一人当たりの防衛費で比べると、欧州側が三百ドル以下で、米国の五分の一。防衛費のGDP比では、欧州側は昨年の時点で一・七%と、NATOの目安二%を下回る(米国は四%)』という。ちなみに日本の防衛費は約四・七兆円で国民一人当たりだと約四百五十ドル、これはGDP比では約◯・九%になる。

東アジアの平和を守るのが日本に課せられた使命

 軍事力の縮小を図りたいアメリカは、今後日本との関係を重視することで東アジアの安定を守ろうとするだろう。自らの軍隊の撤退の代わりに、日本の軍事力の増強を望むのも間違いない。日本にとって、今までアメリカに抑えられて叶うことがなかった、独立自衛の国となるチャンスではないだろうか。これを逃してはいけない。第一に行うべきは、その成り立ちからして正当性がない日本国憲法を改正して、自衛隊を国軍とすることだろう。前航空幕僚長の田母神俊雄氏がいうように、通常の軍隊では「やってはいけないこと」が定められていて、それ以外は行ってよいことになっているのだが、自衛隊の場合は「やっていいこと」が定められていて、それ以外の行動が取れない。自衛隊は手枷足枷をはめられた、がんじがらめの状態であり、どれだけ予算をかけようがほとんど力を発揮できない。一人ひとりの兵士が法を犯す覚悟で行動しなければ国を守れないなど、とても軍隊とはいえないだろう。これは戦後アメリカが日本が再び強国とならないよう定めたことであり、即刻撤廃しなければならない。
また集団的自衛権の解釈を変更して、「持っているが行使できない」を「行使できる」にするべきだ。さらに密約の暴露によって形骸化が明らかになった非核三原則も、少なくとも「持ち込ませず」は撤廃する。武器輸出についても、規制を大幅に緩和すべきだ。軍備は強化すべきだが、私は防衛費の拡大を望んでいるのではない。限られた予算の中で、今の時代にふさわしい効果のある軍備を行うのである。本来最もコストパフォーマンスが高い兵器は、一発持つだけで大きな抑止力となる「核」である。しかし日本がいきなり核武装するというのは、国内外の世論を考えてもハードルが高いだろう。かねてから私が主張しているように、まずベルギー、ドイツ、イタリア、オランダのNATO四カ国が参加しているニュークリア・シェアリングを日本にも導入すべきだ。これはアメリカの核兵器を「レンタル」できるというもので、平時はアメリカと参加国がともに訓練を行い、有事には参加国がアメリカの核兵器を使用するというものだ。また今世界が警戒しているのは、正面きっての敵軍の上陸作戦ではなく、国内に混乱を巻き起こす少人数の特殊部隊による攻撃や、コンピューターネットワークを狙うサイバー攻撃だ。アメリカがサイバーコマンドを設立するなど、各国ともこの二つの攻撃への対策を強化している。日本も得意の科学技術を駆使して、サイバー攻撃を感知して撃退したり、逆攻撃を仕掛けることのできるサイバーコマンドを養成したり、北方配置の陸上自衛隊を二分して半分を急速展開の出来る海兵隊として創設し南西方面に対する備えとしなければならない。今最も可能性が高い北朝鮮の特殊部隊による上陸作戦に対抗して日本の特殊部隊を強化しなければならない。何かされたら反撃するだけではなく、そもそもちょっかいを出されないための「抑止力」が国の防衛には必要だ。抑止力を持つためには、攻撃力を持つ必要がある。「全ての爆弾の母」とも呼ばれるMOAB(モアブ)のような強力な破壊力を持つ通常兵器の開発や、無人化へと向かう世界の戦闘の流れに沿った無人兵器の開発も必要だろう。
アフガニスタンでアメリカは、イスラエルがパレスチナに対してするような大衆の中に紛れ込むテロリストや指導者を無人偵察機で識別、周囲の巻き添えを省みず攻撃する、暗殺まがいの殺戮を実施している。ここまで行わないといけないところまで追い込まれているのが、アフガニスタンの現実なのだ。結局近いうちにアメリカやNATOはアフガニスタンから撤退し、この国はタリバンの支配下に置かれることになるだろう。これからは「軍事費を削減して、自らに直接の利害のない他国には干渉しない」というのが、世界全体のトレンドになっている。唯一軍事力を増張し続け、周辺国を恫喝するのが中国だ。この先戦争のリスクは東アジアでどんどん高まってくるだろう。この状況下、日本は持てる力を発揮して、平和維持に務めなければならない。アメリカから軍備増強の理解を得られるこのタイミングで、一気に憲法改正など一連の手続きを行うべきである。これは日本を「独立自衛の国」にする絶好のチャンスでもあるのだ。