馳浩の永田町通信

2013年7月号 第155回「殺気を感じる」

 プロレスの試合に招待をいただいた。
 日本武道館。涙雨が降っていた。レスラーとして、かつては何度もメインをつとめた聖地。
 今では、一人のOBとして観戦。
 仲間であった小橋建太選手の引退試合。
 致命的な首の負傷により、やむをえず、45才での引退。若すぎるけど、命が最優先。
 試合前のセレモニーで花束贈呈し、労う。
 すると、ひときわ大きな歓声で迎えられたのが、民主党の野田佳彦前総理。
 政界一のプロレスマニアであることはつとに有名。久しぶりの大舞台登場?
 花束を渡し、はにかみながら小橋選手とツーショットの記念撮影。観客席からもしきりに激励の声援が飛ぶ。プロレスファンは温かい。
 でも、アレ?!
 今夜は「民主党大反省会」を、都内某所でやってるんじゃなかったっけ?
 そっちは欠席して、こっちに来てていいの?
 よけいなお世話かな。
 同業者としては、野田さんのその後のポジションの取り方が気にかかっていたので(この時をさいわいに)試合後の食事会をおさそいする。
「いいですね。試合が終わってそのまま帰るのもアレですから。クールダウンに行きましょうか!!」
 と、気さくに応じていただき、個室のとれる料理屋を予約。呉越同舟。
 ついでに、メインイベントに登場した武藤敬司選手と、野田さん同行の長島昭久代議士も合流し、同世代(昭和30年代生まれ)が集まっての懇親会、異業種交流会がスタート。
 政治に関心の高い武藤選手は、ふだん思っていることを、メインイベントの興奮の余韻そのままに、生ビールを一気飲みしてから野田前総理に投げかけていく。
「野田さん、オレたち、政治もプロレス的な見方をするんですョ。野田総理のとき、一人で集中砲火にあってやられてたじゃないですか。大変だったでしょ?」
「そうですねぇ。とりわけ予算委員会での馳さんのヤジ攻撃には参りましたョ。」
 とその場を和ませながらも、図星。
「私のほかにヒールがいれば良かったのかもしれません。あの時、民主党には悪役と呼べる存在感のあるヒトがいませんでしたから。」
 と、プロレス用語を駆使して遠くを見つめながら問わず語りの前総理。
 さらに武藤選手が追いうちをかける。
「あんだけ野田さんがマスコミにボロクソにやられちゃったもんだから、今、安倍総理が光って見えてるんですよ。民主党って今、見るカゲもないじゃないですか。そろそろ野田さん、カムバックしたらどうですか?!」
 ……
 よりによって、前総理をつかまえて、宴会とはいえ、ここまでアケスケにモノを言える武藤選手の天真爛漫さが、コワい。
 しかし、笑いながらも正攻法で返す。
「いやぁ、武藤さんのスター性は抜群です。どうですか、夏の参議院選挙に比例区で出馬しませんか?! 救世主になれますよ!!」
「ダメダメ、俺、マジメにシラフのときにゃしゃべれねぇから。街頭演説であわわわわ、ってなっちまうよ!!」
 と会話が転がって行き、さらに突っ込む。
「でもさ、本当に野田さんの今の立場って、どうなんですか、党内で?!」
「エレベーターで民主党議員と乗り合わせると、沈黙なんですが、視線に殺気を感じますよ。あぁ、やっぱりまだ、許されないんだなァ、ってその殺気を受けとめています。」
 と。
 殺気ねぇ。
 恨みをもって野田さんをにらみつけている民主党内の政治家たちは、何かカン違いをしているのではないかと、そう思う。
 党益を考えれば、それは殺し足りないだろうが、国益を考えれば、あのタイミングで解散をしないと、今頃、日本の外交や経済はどうなっていたことか。ましてや、3党合意をまとめるにいたった「税と社会保障の一体改革」は、まだ道半ば。内輪争いの場合でない。
 それこそ、民主党政権での大きな大きな成果を取りまとめた当事者として、野田佳彦という政治家と、民主党の政党としての役廻りはまだまだやるべき仕事が残っているはず。
 最後に、温和な野田さんが唯一もらした強気な一言は、
「維新の会代表の石原さんも橋下さんも、(プロレスで言うところの)受け身を取れないんですよね。攻撃一本やりでは、この国を守ることはできませんからね。」
 と。この一言に、我こそは、の自負を感じた。
 小橋建太のプロレス人生が脳裏をよぎったのだろうか。この夜の野田前総理は、新たなスタートへのエネルギー充電を果たしたようだった。帰りにもらした一言が、力強かった。
「安倍さんも、再チャレンジを果たしたことだしね……」野田さん、カムバックはいつ?

(了)