コラボレーションを実現するには、情熱と行動力が必要。チャンスは、貯金できない。
アパグループ 専務 元谷 拓
1976年埼玉県生まれ。2001年株式会社麺屋武蔵入社。2003年「麺屋武蔵 武骨」店主、2004年「麺屋武蔵 新宿総本店」店長を経て、2013年より現職。著書に『麺屋武蔵 ビジネス五輪書』(学研プラス)、共著に『サラリーマン社長の出世術』(東京ニュース通信社)がある。
会社のリソースで実現する
元谷 今日はグッドトークにご登場いただき、ありがとうございます。この四月に矢都木さんは、アース製薬の川端克宜社長、ウエルシアリテールソリューションの村本泰恵社長と共著で、『サラリーマン社長の出世術』という本を出されました。二〇〇一年に麺屋武蔵に就職され、創業者の山田雄さんの跡を継いで、二〇一三年に二代目社長に就任されたのですが、入社時にはゆくゆくは独立しようと考えていたのではないでしょうか。
矢都木 最初はそのつもりでした。でも考えが変わったのです。入社して二年で、三号店となる御徒町の「麺屋武蔵 武骨」のオープンを任されることになりました。麺屋武蔵は全店味が異なるのですが、この時も社長はお前が好きな味でやってみろと。当時は新宿の醤油ラーメンが全盛でしたので、それをぶち壊す味を打ち出そうとトンコツ味を選びました。店名も「武蔵の豚骨」なので「武骨」としたのです。開店するとお客様の評価は賛否両論でしたが、革新的だと褒めてくれる人もいて店は繁盛しました。そこで、会社のヒト・モノ・カネというリソースを使って、自分のやりたいことが実現できるなら、独立しなくてもいいかと考えるようになりました。また会社にいれば、独立するよりもリスクが少ない一方、スケールの大きいことができるのではとも思ったのです。
元谷 先代社長の「店長に店舗をまるまる任せる」という方針が、良かったのですね。
矢都木 非常に魅力的な会社だと思いました。
元谷 私は昔から麺屋武蔵のファンなのですが、最近は昔はなかった「つけ麺」が充実しています。お客様の注文もつけ麺が多いのでは。
矢都木 今は注文の八割がつけ麺です。これは元々私がつけ麺店をやりたくて、麺屋武蔵に入ったことが大きいです。二〇〇六年、五号店の「麺屋武蔵 武骨外伝」を渋谷にオープンする時に、ここを念願のつけ麺店にすることを提案、それが通ったのです。「武骨外伝」のつけ麺はすぐ評判になり、店が軌道に乗るようになって、麺屋武蔵の他の店でもつけ麺をやりたいという話になり、全店に広がっていきました。
元谷 二〇一三年にテレビ朝日が放送した「ラーメン・つけ麺総選挙」で、麺屋武蔵はラーメン部門で三位、つけ麺部門で一位になりましたね。
矢都木 私としては、つけ麺一位がとても嬉しかったです。
元谷 矢都木さんが二〇一七年に出された『麺屋武蔵 ビジネス五輪書』という本を読んだのですが、凄く面白い。特に「感動は、細部に宿る」の章が好きです。ダスターの折り目は必ずお客様の方に向ける、商品提供の際には丼の正面をお客様に向ける、女性やお子様には色付きのグラスで水を出す等、細かいことの積み重ねが、お客様の印象を決定的に左右して「大きな感動」を生み出すというお話に、思わず唸りました。
矢都木 私が麺屋武蔵に入って一番びっくりしたのが、店の方針が「味ありき」ではなかったことです。いくらラーメンが美味しくても、お客様が怒って帰ったら失敗。「お客様に喜んでもらうこと」が一番大事だと、先代に叩き込まれました。旨いラーメンを学ぶ意気込みで入った私には、衝撃でしたね。よく考えると、ラーメンはツールに過ぎないということ。テーマパークでいえば、一つのアトラクションなのです。麺屋武蔵に来店した体験全体で、お客様に喜んでもらうのが私達の目標。そのための「細かいことの積み重ね」なのです。
元谷 とはいえ、麺屋武蔵は味も抜群です。
矢都木 一つひとつ、丁寧に作るのが大事だと考えています。麺屋武蔵では、二〇二一年に出した『抽象と捨象のラーメン調理法』(旭屋出版)という本で、全店の全レシピを公開しています。なぜ公開したかというと、レシピは音楽でいえば楽譜だと考えているからです。楽譜があるからといって、素晴らしいピアノの演奏ができることはありません。日によって食材は異なります。夏場の豚はバテていて、出汁の出が悪い。また火にかけた寸胴が沸くのも、夏と冬では時間が倍違います。レシピがあったとしても、それを一年中しっかりとやり切るのは、非常に難しいのです。味が少しずれている時の対処法も、会得していなければなりません。
元谷 レシピ通りに作ったとしても、一回だけなら美味しくできるかもしれませんが、常に美味しく作るのは難しいということですね。
矢都木 その通りです。
元谷 例えば、煮卵を家庭で美味しく作るコツはありますか。
矢都木 ゆで卵を作る際、卵を先に冷蔵庫から出して常温に戻してから、沸騰したお湯に七分程度入れてください。こうすれば白身が先に固まって、丁度良い半熟になります。
元谷 今度、試してみます。
大切にする経営を目指す
元谷 矢都木さんが新しい店舗に挑戦される時に、一番大切にされていることは何でしょうか。
矢都木 マンネリ化しないことでしょうか。麺屋武蔵にはセントラルキッチンはありません。各店がそれぞれ工夫を凝らして、スープからタレまでを手作りしています。卓上にある味変用の調味料も、店主がいろいろ考えて作っています。製麺所は全店同じなのですが、各店店主がそれぞれの仕様の麺を発注しているのです。そんな麺屋武蔵ですから、新しい店舗を出す時には「どこかに似ている」と言われないよう、独創性を非常に重視していますね。
元谷 アパホテルも一ホテル一イノベーションを合言葉に、常に新しいものを追求しています。
矢都木 新しいことといえば、常連のお客様に喜んでいただけるよう、今年二月から麺屋武蔵アプリを導入しました。五百円ごとに一ポイントが貯まり、そのポイントに応じてメンバーズ、シルバー、ゴールド、ブラック、ダイヤモンドと会員ランクがアップします。ポイントをTシャツ等の景品と交換できたり、上位ランク限定のメニューがあったりします。将来は上位ランク向けの丼やコップを作りたいと考えています。
元谷 それは楽しみです。今、矢都木さんが、会社経営で一番気を付けていることは何でしょうか。
矢都木 お客様、弊社、取引先、株主というステークホルダー四者全員に喜んでいただく経営を目指しています。まずお金を落としていただくお客様に喜んでいただいて、それを取引先と社員、そして株主皆で分かち合える仕組みを作っていきたい。取引先からの商品を安く買い叩く等、誰かが泣いているような状況は、絶対に避けたいです。
元谷 素晴らしい考え方ですね。今後も生き馬の目を抜くラーメン業界で勝ち抜くために、何に注力していきますか。
矢都木 お客様に喜んでいただくという大前提は変えずに、常に進化していきたいです。
元谷 「変わらない味」よりも、「美味しくなった」と言われたいのですね。
矢都木 その通りです。
元谷 今日はありがとうございました。
矢都木 ありがとうございました。